第37話 冒険再開 初めての二人旅
――ゼノヴィア王国出入り口正門。
「おっ、お二人がいなくなってしまうと寂しくなってしまいますな」
「おおおおっ、おげげんきで、ご病気なっ、など無いように、お元気で!」
「ありがとう、また会いましょう」
「「ははは……」」
門番の男達は今、二度と会いたくないという言葉を必死に抑えてルキアとサクヤを見送っていた。
「それじゃあ行くわよサクヤ」
「はい……、ご主人様……」
サクヤはルキアに付き従って歩くが、その表情にはいつも以上に生気が無く不気味だった。まあ、サクヤに生気が無いのも無理は無い、サクヤはあの買い物から三日間、ルキアが買ってきた物を全て試され、薬まで飲まされ、宿にいる間殆どの時間攻められ続けていたのだ。
せめてもの救いは、相手が女であった為に、何かをぶちまけられる事が無かったという事だが、逆に女である為、ルキアが飽きるまで長時間酷使される事になったので、あまり救いにはならなかったとも言える。
しかし、これだけの事をされたのに、サクヤはルキアを恨む事やあの日の悪夢を思い出す事無く、幸せな時間を過ごし、充実した疲労感を味わっていた。行為自体は酷いものだとしても、愛する人からされるのであればそれは幸せな事なのだ。
まあ、その愛しているという想い事態が偽りなのだが、サクヤはその事を自覚する事が出来ない。
「ふふん、最後にあのお店にある桜色の薬も買い占められたし、これで暫くは楽しめそうね。まぁ、薬が少なくなったら新しい道具も揃える為にまた来ましょう」
「はい、畏まりました……」
サクヤは出来ればその時がこないで欲しいと考えていたが、ルキアの性格を考えれば、それは無理な話だと分かった。
それから、ルキアとサクヤは一時間ほど歩き続けたのだが、移動中突然魔物と出会う。
「おっし、敵さんのご登場ね」
「敵……ですか……」
最初に異世界に転生した時から幻界で生きてきたルキアには、移動中の魔物との遭遇などいつもの事なのだが、最近まで人界しか知らなかったサクヤには、街道での魔物との遭遇は慣れないものだった。
「グルルルルゥ……!」
目の前にいる魔物、それはムーンベアーと呼ばれる体長5メートルの熊である。
その巨体から繰り出される攻撃は一般人の肉体など紙切れの様に吹き飛ばし、その脚力は馬にも匹敵し人間では逃げ切れない。唯一の弱点は好奇心が旺盛で、荷物などを投げるとそちらを調べ始め、時間が稼げるのでその間に逃げられるという事なのだが、相手が興奮状態で唸り声をあげている場合はそれも無理だった。
「そうだサクヤ、魔法の訓練も兼ねてコイツを一人で倒してみなさい」
「一人でですか……」
ルキアにとっては、目の前の魔物は瞬きする間に殺せる程度の相手だが、一般人にとってこの魔物は、まず勝てない難敵である。いくらサクヤが一般人よりは強いとはいえ、ルキアのサポート無しでは、この相手は十分に強敵であった。
「大丈夫、大丈夫、ちゃんと見張っててあげるから、行ってらっしゃい」
「畏まりました」
サクヤはその様に命令されると、ルキアに逆らう事が出来ない。そして、サクヤはグランエグゼも形成しないまま、ムーンベアーに突撃する。
「魔法スペル・ブレード」
魔法で剣を召喚したサクヤは、ムーンベアーに正面から突っ込む。
「グルァッ!」
相手をなめているとしか思えないその行動に、ムーンベアーも怒り狂い、振り上げた両手をサクヤに叩き付ける。しかし、サクヤはムーンベアーの眼前で突然方向転換し、ムーンベアーの右側に回り込み、剣を振るう。
ザリュッ。
「硬い!」
「グルルアアア!」
サクヤはスペル・ブレードにある程度の切れ味を期待していたのだが、実際にはムーンベアーを傷つける事も出来なかった。ただ、これはスペル・ブレードが悪いのではない。ムーンベアーの体毛が並みの刃を弾くほど硬いのが悪いのだ。
しかし、そんな事を考える暇の無いサクヤは、この魔法は駄目だと判断し、一歩後ろに下がり次の魔法を発動させる。
「魔法シューティング・レイ!」
シューティング・レイは長距離砲撃魔法であり、その威力は人間の頭を貫ける程度はある。しかし、この時の相手は人間ではなく魔物だった。
「グガッ!」
ムーンベアーはサクヤの砲撃魔法の直撃を頭部に受けたのだが、軽く流血する程度の傷しか負わず、即死には遠かった。そして、その中途半端なダメージがムーンベアーを更に怒らせた。
「グガアアアア!」
怒り狂った5メートルの巨体の突撃、それをサクヤはマタドールのようにギリギリで避け、回転しながらムーンベアーに向き直る。
「魔法シューティング・レイ!」
もう一発の砲撃魔法。その魔法は運良くサクヤを睨み付けたムーンベアーの右目に当たるが、角度が甘く、右目を潰すだけに止まった。そして、右目を潰されたムーンベアーは怒りに任せてサクヤに跳びかかる。
「魔法シールド!」
その攻撃が避けきれないと判断したサクヤは防御魔法を発動。ムーンベアーの振り上げた右前足に合わせて展開する。だが、シールドの魔法はムーンベアーの攻撃によりガラス細工の様に砕け散り、殆ど何の意味も無い。それでもサクヤは、必死に体をひねり攻撃の直撃を回避したが、ムーンベアーの爪が左腕をかすめ、血を流してしまう。
「クッ! 魔法――」
サクヤはその回避の勢いを維持したままムーンベアーの左側へ跳んだ。
「ダブル・ジャンプ! 魔法――」
サクヤはムーンベアーの横に跳ぶと、空中に足場を作り出し、壁を蹴る感覚で三角跳びし、ムーンベアーの死角から一気に接近。右掌をムーンベアーの頭部に押し当てる。
「ゼロ・インパクト!」
解放された近接攻撃魔法は、その衝撃によりムーンベアーの強靭な首をへし折りその息の根を止める。そして、サクヤはムーンベアーの体を蹴って、少し離れた位置に着地する。
「勝った……」
サクヤは倒れるムーンベアーを眺めながら勝利の余韻に浸る。そして、そんなサクヤの肩をルキアが
叩いた。
「途中少し危なかったけど良くがんばったわね。でも、無理して全部の魔法使う必要は無かったのよ?」
「いえ、全て使う事になったのは偶然です」
サクヤとしては、初めのスペル・ブレードだけで勝ちたかったのだが、気が付けば教えてもらった全ての魔法を駆使して戦っていた。まあ、実際に使ってみる事で魔法の使い勝手が分かったのだから、結果的には良かったのかもしれない。
「ふーん、それにしても私は使った事無かったけど、ゼロ・インパクトって結構強いのね。足の速いあなたにはピッタリかも」
「そうですね。私もそう感じました」
ゼロ・インパクトは射程がゼロの魔法である為、遠距離攻撃が主な魔法使いにはあまり愛用されていない魔法なのだが、筋力、体勢など関係なく強力な打撃を与えられる様なものなので、足が速く、接近戦が主体の人間には相性の良い魔法だった。
「ただ、他の魔法については微妙ね。特に防御魔法は発動が早い方が良いと思ったけど、回避が得意なあなたが防御に回る時こそ強力な防御魔法が必要なのかもね。今度はその辺も考慮して覚えさせるわ」
「ありがとうございます」
ルキアはサクヤを強くする事に楽しみを見出し、どうやって育てるかを考えながら歩き出した。そして、サクヤはそんなルキアの後を黙って付いて行ったのだった。
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