第34話 銀髪の魔女ルキアと奴隷少女
――幻界、ヘキサリス平原。
「第七部隊が戦闘開始! 敵の部隊を足止めしています!」
「良いか! そのまま一秒でも長く持たせろ!」
「駄目です! 敵軍の神意能力者の猛攻に耐えられません!」
ヘキサリス平原。今この場所では、ゼノヴィア王国軍とヘリオン王国軍という二つの軍がぶつかり合っていた。
当初この戦いは10万対2万という戦力差で、ゼノヴィア軍の方が優勢だと思われていたのだが、いざ戦いが始まると、ゼノヴィア軍の兵達は魔法と神意能力により易々と蹴散らされ、その数を3万まで減らし、神意能力者と魔法使いに至っては早々に全滅した。それ対して、ヘリオン軍は未だ一万四千もの兵数を維持し、神意能力者も健在だった。
数の上では未だゼノヴィア軍の方が多くとも、このまま戦いが続けばどうなるかは素人目にも明らかである。
「だから言ったじゃない、私を雇えって」
「なにっ!」
突然戦場で響いた愛らしい声に指揮官の男――クルツは思わず振り向いた。そして、そこには戦場など似合わない愛らしい少女が居た。
「銀髪の魔女か……、何しに来た……!」
「何しにって、この前のお話の続きをしに来たのよ」
劣勢に苦しめられるこの場において、その少女の笑顔は気に障るものであったが、クルツは自分の感情を抑えてその少女――ルキアに話しかける。
「確かに我々はお前の言った通り魔法と神意能力により敗北寸前だ。だが、今更お前に何が出来る」
この戦いが始まる前からルキアはこの男と接触し、この戦いは負け戦であると伝えていたのだが、クルツはいくらなんでも五倍の数の差があれば、押し切れると言って聞く耳を持たなかった。そして、その結果がこれである。
「ふふふ、私は言いましたよねぇ。私を雇ってくれるならどんな状況からでも勝ってあげるって。あれは今現在も有効なのよ」
その言葉にクルツは息を呑む。この少女はこの状況を見てもまだ、自分がいればどんな状況でも勝てると言うのだ。その言葉が本当だとすれば、ルキアは自分だけでも勝てると言っているも同然だった。
「そこまで言うならここからこちらの被害を最小限にして勝って見せろ! そうすればいくらでも報酬は払ってやる!」
クルツはその言葉に対してやけくそ気味に答えた。クルツからすればこのまま戦って負けようが、この女を雇ったうえで負けようが大差ないのだ。だから、自分達の力で勝利するという意地も誇りも捨てる事を決断した。
「勝利した後で死にたくなければ、その言葉、忘れるんじゃないわよ」
クルツの言葉を確認したルキアは前方の敵部隊に対して散歩にでも向かう様に接近する。そして、その後ろにはいつの間にか、生気を失った目の少女がいた。
「あの娘はいつの間に……?」
クルツがそう思った瞬間、その少女が走り出す。
「魔法アルティメット・ブースト。殲滅しなさいサクヤ」
「はい、ご主人様」
効果、消費魔力どちらをとっても究極の強化魔法とも呼ばれるアルティメット・ブーストを掛けられたサクヤは、目に光がない状態のまま、人間離れしたスピードで敵陣に突撃する。そして、サクヤが敵陣でグランエグゼを振るうと、その度にヘリオン軍の兵士が軽々と宙を舞った。
「何だコイツは!」
「化け物か!」
突如現れた強敵に、ヘリオン軍の兵士達は浮き足立つが、すぐに態勢を立て直し、魔法隊による反撃を開始する。
「魔法グラビティ・フィールド!」
「魔法スプレッド・シューター!」
素早いサクヤに対して、動きを阻害する攻撃を繰り返す魔法隊。しかし、味方が近くにいる状態でそんなものを使えば被害も多い。ヘリオン軍は味方の攻撃により少しずつ損害を出していく。
「馬鹿が! よく考えて魔法を使え! ホーミング――」
味方への被害を考慮した魔法使いが、追尾系の魔法を発動させようとするが、そこへ一筋の光が飛来する。
「魔法スペリオル・シューター」
それは、ルキアによって放たれた魔法である。その魔法の威力は凄まじく、対象となった魔法使いは一瞬で蒸発し、周囲のヘリオン軍兵士も重度のやけどの痛みでもがき苦しむ。
「魔法使いの数が多いわね。でも、私の方が強い。魔法アークナイト・フェアリーズ」
ルキアの次の魔法により、その周囲に光の玉に羽の生えた妖精の様なものが10体召喚される。そして、その妖精達は球体の表面を滑らせるように光の剣を操り、敵に向かって攻撃を開始する。高速で飛翔するその妖精の強さは、一般兵士など相手にならないレベルで、尚且つ小さくて攻撃が当て辛い。
「自律型支援魔法だと! あの魔法使いは別格だ! 総攻撃しろ!」
「そうは言っても、こっちの女もやば――」
そう言いかけた男は、サクヤのグランエグゼによって殴り飛ばされる。グランエグゼがいくら切れ味の無い剣と言っても、極限まで高められた力で振るわれれば、人間の肉体など一撃で粉砕する鈍器となる。サクヤはその力を持って次々と敵を倒していた。
「そっちだけに集中してて良いのかしら。魔法プリズム・セイバー」
混乱する敵陣に、ルキアは更なる魔法を発動した。その瞬間、ヘリオン軍に向かって七色の剣が次々と降り注ぐ。その数は百に達し、突き刺さった人間を体内から燃やしていく。
そして、七色の剣が降り注ぐ中、サクヤは全ての攻撃を避け、ある男のところへ向かった。
「クソッ! こっちに来るな!」
男が叫びながら手を振るうと、空中から人間より大きい巨大な氷の塊が現れ、サクヤに向かって撃ちだされる。発動の宣言も無く行使されるその力は、間違いなく神意能力である。
「あはっ!」
神意能力者を発見したサクヤは、生気を失った目のまま、表情だけは想い人を発見した少女の様な笑みに変え、その攻撃に向かって突撃した。その行動は周囲の人間には理解出来ないものだ。何故なら、サクヤはここに来るまで全ての攻撃を回避してきたのだ。そんなサクヤが態々攻撃に向かっていくというのは、通常なら理解に苦しむ光景だった。
しかし、本当に理解に苦しむ光景はその直後に見せ付けられた。
「何だと!」
氷を放った神意能力者は驚愕する。目の前にいるサクヤが、氷の塊に突っ込んだと思ったら、氷の塊を一瞬で消滅させ、そのままの勢いで自分に突撃して来たからだ。
しかし、彼も神意能力者。理不尽な光景には慣れている為、すぐに気持ちを切り替る。彼は自分の前に氷の壁を作り出し、更にサクヤの足元を凍りつかせて動きを阻害。そして、最後に全方位からの氷撃を繰り出そうとする。
それに対してサクヤは、足元の氷を蹴り砕きその場に急停止し、左手に装着した籠手型魔道具にグランエグゼを填める。それによりグランエグゼは光の剣の魔道具と同じ様に、手の甲部分に固定される。そして、サクヤは籠手に固定されたグランエグゼの切先を氷の能力者に向ける。
「貫け、ペネトレイター」
その宣言により籠手型魔道具が起動、セットされたグランエグゼが超高速で撃ち出される。そして、撃ち出されたグランエグゼは目の前の氷の壁など物ともせず直進し、氷を操る神意能力者の胴体も貫通した。本来グランエグゼには神意能力者以外を斬る能力は無いのだが、加速して撃ち出されたグランエグゼは後方の岩に突き刺さる程の威力を持っていた。
「うそ……だ……」
そんな断末魔の声を残して、男は白い粒子になりグランエグゼに吸収され、周囲の氷も同様に粒子となり吸収された。
「貴様! 何をした!」
自分達の切り札とも言える神意能力者の一人が殺された事により、激昂した兵士がサクヤに斬りかかって来る。兵士から見ればサクヤは武器を撃ち出して無防備に見えた。だから、やるならば今しかないと思ったのだが、そんな甘い考えはすぐに砕かれる。
「形成」
右腕を振り上げながらそう宣言した途端、サクヤの右手にグランエグゼが再形成され、兵士は脳天から頭蓋骨を砕かれる。それを見た他の兵士達はサクヤから距離をとり、射撃タイプの魔道具を起動、サクヤに向かって斉射した。しかし、サクヤはそれをただ走るだけで回避してしまう。所詮一般兵に持たされる戦闘用魔道具など安物で、素早いたった一人に当てるようには出来ていないのだ。
「頑張ってるわね、あの子。魔法ホーリーガード・フェアリーズ」
そんなサクヤの活躍を横目で見つつ、ルキアは自律型自動防御魔法を発動。魔法の盾を展開した10体の光の妖精達がルキアの周囲を飛び回り、攻撃を防いでいく。
「続けていくわよ。魔法フレイム・ライン」
防御を固めたルキアは続いて炎の魔法を発動。ルキアの前方に横幅五メートルの炎の絨毯が出来上がり、そのまま200メートル先まで炎の線が伸びていく。炎はそのまま足元からヘリオン軍の兵を燃やし、焼死体のラインも作り出した。
「小娘共が!」
次々と味方を殺してくルキアに対し、一人の男が右腕を向ける。すると、何かを察したように、サクヤがルキアの方に駆け出した。それを見てその男はにやりと笑う。
その男の正体は爆発の神意能力者であり、その能力はどこにでも大爆発を起こせるというものである。彼の能力を持ってすれば、防御の内側に爆発を起こす事も、逃げ道を塞ぐ位置に爆発を起こす事も可能であり、助けに向かったサクヤごと吹き飛ばすのも容易な事だった。
「消し飛べ!」
そして爆発の能力者は、この戦いで最もゼノヴィア軍の兵士を殺したその能力を解放。サクヤとルキアに向かって、過剰なほどの爆発を浴びせる。その爆発音は途轍もなく、周囲の声もかき消される。
「やったか!」
その一言と共に男は能力の使用をやめ、煙が晴れるのを待った。この神意能力は爆発を起こすという性質上、攻撃直後は相手の状態が確認出来ない。その為、相手を確実に殺せるほどの攻撃を加えてはいるのだが、もしも相手が無事であるなら、この一瞬は致命的な隙だった。
「あははっ!」
「まだ生きて――!」
少女の声が聞こえた爆発の能力者は、更なる攻撃を加えようと試みるが、その目に、煙から跳びだして来た物体が映る。そして、その物体を先ほど氷の能力者を殺したものと同じだと判断した爆発の能力者は、爆発によりその物体を吹き飛ばす。しかし、爆発の能力者が吹き飛ばしたそれは、その辺りに転がっていたヘリオン軍兵士の剣だった。
「貫け、ペネトレイター」
「はっ……!」
そして、意識をそちらの方に向けてしまった爆発の能力者の脇腹にグランエグゼが突き刺さる。しかし、その一撃を受けても彼の体は粒子にはならない。先ほどの氷の能力者のように全身を消滅させるには、相手の息の根を止める必要があるのだ。
「おっ……俺は生きて――」
「魔法シューティング・レイ。残念だったわね」
死んでいないのならしっかりと殺せば良い。ルキアは長距離砲撃魔法で爆発の能力者の頭部を撃ち抜き、その命を奪う。そして、命を奪われた爆発の能力者は、そのまま粒子となり、突き刺さったグランエグゼに吸収された。
「ふう、よくやったわサクヤ。今のは少し危なかった」
「ご無事で何よりです、ご主人様」
サクヤが爆発の能力を防いだ方法、それは、対幻想絶対防御領域による神意能力の無効化である。対幻想絶対防御領域、この力は外部からの攻撃を防ぐだけでなく、内側に直接影響する能力も妨害する事が出来る。その為、領域内で発動するはずだった爆発の能力は全て発動位置をずらされ、サクヤの手前で発動していたのだった。
「それじゃあ、残敵掃討といきましょうか」
「畏まりました」
爆発の能力者を殺した二人は、周囲の兵士を見回す。自軍の最強の手札を潰されたヘリオン軍兵士は、獲物を狙うような二人の視線に恐怖を覚え、逃げ出す者まで現れる。しかし、そんな彼らに魔法が降り注いだ。
「逃げ出すような臆病者はどうなってもかまわん! 味方ごとあいつらを吹き飛ばせ!」
そう命令を言い放ったのはヘリオン軍指揮官の男である。男の命令により、後方から魔法が雨のように降り注ぎ、サクヤとルキアの周囲にいるヘリオン軍兵士を吹き飛ばしていく。しかし、肝心の二人には魔法が一切当たらない。
「魔法マジック・ジャマー。ふふーん、この程度なの?」
それは、ルキアの魔法の効果である。この魔法は誘導または追尾効果の無い魔法の進行方向を変更する効果があり、二人に降り注ぐ魔法の殆どはこの魔法で逸らされ、残った魔法はホーリーガード・フェアリーズによって防がれていた。
「何なんだあれは!」
叫ぶ指揮官の男の見ている前で、ルキアは右手を掲げ魔法を発動させる。
「それじゃあ、次はこっちの番ね。魔法エンシェント・ノヴァ」
ルキアの魔法が発動した瞬間、指揮官の男の真上に巨大な魔方陣が現れ、そこから破滅の光が落ちてくる。
「ばか……な……」
指揮官の男がそんな台詞を言った直後、大地に破滅の光が落ちる。その光は地表を焼き払い、着弾点を中心に半径100メートルを焦土に変えた。
「何なんだよあれは! どうしてあの女はあんなに魔法を使い続ける事が出来るんだ!」
ルキアと同じ魔法使いである男は悲鳴の様な声を上げる。通常魔法使いはこれほどの魔法を連続で使う事は出来ない。先ほどルキアが使ったエンシェント・ノヴァ一つをとっても、一流と呼ばれる魔法使いがギリギリ一回使えるかどうか程度の魔力を消費するのだ。
しかも、ルキアはサクヤへの強化魔法をずっと発動させ続けており、これだけの魔法を使い続けるのは、常識では考えられない。
「あっはっはっ、あなた達と私を一緒にしないで、私の使う魔法は完全魔法なんだから!」
完全魔法、サクヤはその単語をどこかで見た事があると感じたが、そんな事を思い出す自由はサクヤには無く、すぐに戦いに戻る。そして、戦場を駆けるサクヤの目が、次の獲物を捉えた。
「ヒッ!」
短い悲鳴を上げたのは、妙齢の女性である。彼女はサクヤが先ほどから神意能力者に特化した力を持ち、神意能力者を優先して殺しているのに気が付いていた。そして、だからこそ彼女は誰よりもサクヤを恐れていた。
「私を守れ!!!」
その叫びと共に、悲鳴を上げた女は防護障壁を作り出す神意能力を発動する。それは任意の場所に展開可能で、物理、魔法、神意能力を防ぐ、強力な防御能力であった。そして、この能力があれば、彼女はルキアのエンシェント・ノヴァでさえ防ぐ事が出来るであろう。
「あはは、死ね」
しかし、グランエグゼにとって、防御系の神意能力というのは存在しないも同然の力である。サクヤは動かずに防ぐ事を選んだその女を、大した見所も無く、悠々と斬り殺した。
その瞬間、周囲のヘリオン軍が絶望の声を上げる。先程までヘリオン軍がゼノヴィア軍を圧倒していたのは、三人の神意能力者と、魔法使い達の活躍によるものだった。しかし、その神意能力者は意味不明な武器により殺され、魔法使い達はルキアに手も足も出ない。この戦い、最早ヘリオン軍に勝機は無い。
「あらら、逃げちゃった」
ルキアが見守る中、ヘリオン軍の兵士達は我先にと逃走して行く。その逃げ足は大したもので、ルキアは素直に感心した。
「んじゃ、そのまま地獄まで逃げて貰おうかな。魔法アーク・ディストラクション」
ルキアが最も遠くにいるヘリオン軍兵士に向けて発動した魔法。それは一回の使用で、魔法適正Sランクの人間が使える魔力の総量の三十倍もの魔力を消費する、選ばれた人間にしか使えないこの大陸において究極の攻撃魔法である。
そのアーク・ディストラクションが発動した瞬間、ルキアの前方に巨大な一つの魔方陣と、それを囲う八個の小さい魔方陣が出現。そして、周囲の小さい魔方陣からエンシェント・ノヴァに匹敵する魔法がそれぞれ飛び出し、ヘリオン軍をなぎ払う。
「ブレイク・エンド!」
小さい魔方陣からの砲撃で破壊された大地に、巨大な魔方陣から放たれた極大の光が降り注ぐ。それは国一つを易々と消滅させる程の威力を持って、生き残ったヘリオン軍を大地ごと消滅させ、周囲に爆音と爆風を生み出した。
その一撃により、戦場からは音が消え、戦いは終わった。そして、ルキアのアーク・ディストラクションはこの時、ヘリオン軍だけでなくゼノヴィア軍さえも震え上がらせた。そして、その報告をクルツから聞いたゼノヴィア国王は、クルツの態度を謝罪しながら、ルキアに対して望む以上の報酬を渡し、命乞いをしたのだった。
サクヤがいきなり強くなったと感じるかもしれませんが、実際にはルキアの魔法により全能力を超強化されているだけなので、単独だとそこまで変わっていません。
魔法アルティメット・ブーストさえあれば、そこらの一般人の少女だって、歴戦の傭兵が裸足で逃げ出す程の強さになります。
 




