第32話 決着の時
『「竜招の能力ドラゴン・サモンズ!」』
エグゼファンタズムによって授けられ、サクヤによって発動されたその力は、周囲に九匹のレッドドラゴンを召喚し、従わせる。
「竜を召喚する能力……。これはまさかエスタシアで君に殺された……!」
サクヤへの攻撃に夢中になっていたクレアに、九匹のレッドドラゴンが襲い掛かる。その攻撃はクレアにとっては大したものではないが、クレアはにやりと笑いながら、あえて攻撃対象をサクヤからレッドドラゴンに変更する。
「グオオオオオオオッ!」
レッドドラゴン達はサクヤの為に戦い、断末魔の声を残して死んでいく。そして、サクヤはそんなレッドドラゴン達に複雑な感情を覚えながら、更に十八匹のレッドドラゴンを召喚する。
「なるほど、君は倒した神意能力者の能力を使う事が出来るんだね! 素晴らしい! それは僕の神格能力に匹敵する力じゃないか!」
その事を理解し、クレアは歓喜する。自分と同質の力を持った人間。これ以上の好敵手など存在する訳が無い。サクヤはクレアにとって最高の敵であり、最高の想い人だった。
だからクレアは、サクヤに敬意を表して、一つの力を解放する。
「僕に従いし英霊達よ、今こそ目覚め、共に戦おう。終わり無き永劫の戦いを共に繰り返そう。死すらも分かてぬ永遠の絆を胸に、その存在の全てを僕に捧げよ。軍勢の能力ファンタズム・レギオン!」
その時、クレアはこの戦いが始まってから初めて、自分自身の能力を発動した。
「「「クレア様に忠誠を! 仇なす者には死を! シルヴァリオン帝国万歳!」」」
「なっ……に……!?」
突然辺りに響いた声にサクヤは驚きながらも周囲を見回す。そして、その目に映ったものは、クレアが無限剣の能力で召喚した剣を持ち、サクヤを包囲する一万の軍勢だった。
「ここにいるのは僕の軍勢の一部だ。さあ、君の竜と僕の軍勢、どちらが優れているか勝負しようか! 全軍突撃!」
「「「クレア様の為に! クレア様の為に! クレア様の為に!」」」
咆哮を上げながらレッドドラゴンに襲い掛かるクレアの軍勢。その手にある剣は普通の剣とは比べ物にならない切れ味を持ち、レッドドラゴンの鱗さえ簡単に切り裂いていく。そして、その軍勢を恐れて空に逃れようとするレッドドラゴンもいたが、無限に召喚される剣を投げつけられ、大地に落とされていった。
「レッドドラゴン!」
サクヤは叫ぶ、かつて敵だったものに。そして、サクヤは更に百匹のレッドドラゴンを召喚。だが、それでも足りないと理解しているサクヤは、上空に門を作り出し。強大な存在を呼び寄せる。
「来て! アークドラゴン!」
サクヤの呼びかけに応えて、アークドラゴンが顕現する。その巨体は敵であれば恐ろしいが味方であれば頼もしかった。しかし――。
「エリス、モニカ、ミオ、ちょっと力を貸してくれないかい」
「はい、クレア様」
「その御心のままに」
「私達の全てを捧げます」
クレアによって呼び出された三人の少女。その三人はクレアの為に祈るように歌う。
「私の愛するものを守る為、全てを消し去れ、消滅の能力パーフェクト・バニッシャー」
「この愛に誓って、私は決して外さない、必中の能力アブソリュート・アタッカー」
「私は皆を愛してる、だから傷付け合わないで、守護の能力ファンタズム・ガーディアン」
シルヴァリオン帝国精鋭にして、クレアと共に掃き溜めを生きた始まりの三人は、400年以上を共に歩んできたクレアの為に神意能力を発動する。その身は既に死人であれど、クレアを想う気持ちは誰にも負けない。その純粋な想いが、サクヤを脅かす力となる。
消滅の能力が多くの竜を消失させ、空へと逃げ延びた竜を必中の能力が撃ち抜き、守護の能力が同士討ちを防ぐ。そして、能力を持たない兵達も、クレアの為に己の存在の全てを賭けて戦う。それはサクヤの借り物の竜の軍勢とは違う、クレアの為だけに存在する真の軍勢であった。
そんな軍勢を見て、サクヤは悲しみと羨ましさを覚える。自分はこんなにも誰かに信じてもらえた事があっただろうか? 誰かの為に戦いたいと思った事があるのだろうか? そして、自分には共に歩んでくれる誰かなどいたのだろうか? そんな感情がサクヤの中で生まれる。
サクヤには記憶が無い。しかし、これだけは理解できる。自分はこんなにも沢山の人に、無条件に愛される様な人間ではない。
(何が狂っているっよ。例え狂っていたとしても、これだけの人に愛してもらえるなら、幸せじゃない……。それに比べて私は、何のために戦っているんだろう……)
その迷いが、サクヤの動きを鈍らせる。しかし、それでも対幻想絶対防御領域がある限り、神格能力によって呼び出された者達の攻撃はサクヤに通らず、少しずつ、軍勢は減っていく。だが――。
「シルヴァリオン帝国第七魔法小隊、一斉射」
「「「了解! 魔法シューティング・レイ」」」
クレアによって新たに呼び出された魔法小隊の長距離砲撃魔法。この魔法に対して対幻想絶対防御領域は何の反応も示さない。
「嘘……!」
「なるほど、その力は魔法に対して無力なんだね」
例え神格能力によって呼び出された者達が使ったとしても、魔法は魔法である。神と神に選ばれし者にのみその能力を発揮するエグゼファンタズムではその攻撃は防げない。
クレアの軍勢によってアークドラゴンが断末魔を上げて倒れる中、サクヤは魔法によって傷付き地面に膝を突く。そして、攻撃が滞った事により、幻想因子の消費量が回復量を上回る。
「さあ、次は何を出してくれるんだい。楽しみだよ」
そんなサクヤを微笑みながら見守るクレア。その周囲には三人の美しい神意能力者の少女が寄り添い、生き残った他の兵士は剣を掲げ、クレアに祈りを捧げる。その光景は、絵画に描かれる様な幻想的なものだった。
『幻想因子残量32%。完全解放の維持不可能。封印幻想限定付与を終了。神意能力は再封印を施します。人造神創造機関通常モードへ移行。外部封印機関は封印モードへ移行。全封印機関再起動完了。終わりです』
そんな光景に見惚れるサクヤにグランエグゼは告げる。戦いの終焉を。
「あれ、おしまい?」
神や神に選ばれし者に対して圧倒的優位性を持つ力を使い、情けと施しを受け、他人から奪った力を使ってもなお、サクヤはクレアに勝つ事が出来なかった。いや、それどころかサクヤはクレアに最後まで、遊べるおもちゃ程度にしか思われていなかったのだ。
元の状態に戻ったグランエグゼを脅える様に抱きかかえながら、サクヤは地面に座り込む。それを見たクレアは軍勢に待機を指示、サクヤの返事を待つ。
「もう、使える力が残っていません……」
それは敗北宣言であった。弱々しく放心するサクヤを見て、クレアはある事を理解する。
「ああ、なるほど。君はまだ準備の途中だったんだね。僕とした事が君との出会いがあまりにも嬉しくて、まだ熟していないうちに食べようとしていたなんて」
サクヤは神意能力者を倒す度に強くなる、その事はもうクレアの中で決定事項だ。そうなるとサクヤが竜を召喚する神意能力しか使えない事も、それしか倒していないからだと理解できる。
実際にはもう一人殺しているのだが、その事はクレアにとってどうでも良い事で、クレアにとって重要なのは、自分が折角の極上の料理を完成する前につまみ食いしてしまっていたという事だ。
「は……ぁ……?」
サクヤはクレアのその態度が何を意味するのか必死に考えるが答えは出ない。そして、訳も分からず呆然とするサクヤにクレアは告げる。
「なら僕は、君がもう少し熟すまで待つ事にするよ。やっぱりメインディッシュはちゃんとした完成品を味わいたいからね」
「え……?」
そう話したクレアが手を叩くと、そこにいた軍勢は三人の少女だけを残してクレアの中へと帰る。そして、三人の少女は甘える子猫の様にクレアに擦り寄る。
「ねぇ、クレア様、私頑張りましたよね」
「私も、私もです」
「お願いします。クレア様」
「うんうん、みんな僕の我侭を聞いて良く頑張ってくれたね。それじゃあ、今日は特別にベッドの中で可愛がってあげるよ。たしかこの近くに景色の綺麗な宿があったから、そこでしようか?」
そう言いながら、クレアは三人の少女に優しく口付けをしていく。それは誰が見ても無防備な姿であるのに、決して邪魔をしてはいけない光景に見えて、サクヤは一歩も動く事が出来ない。
「あぁ、クレア様……光栄です……」
「早く、早く行きましょうよ、クレア様」
「もう、体が疼いて我慢できません……お願いしますクレア様……」
「ふふ、みんな可愛いんだから」
頬を赤らめ、息を荒くし、期待を込めてクレアを見つめる三人の少女と共に、クレアは歩き出した。その向かっている方向はサクヤとは反対方向で、サクヤの目の前には無防備なクレアの背中が見えていた。
「え……なんで……? どうして……? え……?」
サクヤが何が起こっているのか理解出来ず混乱していると、クレアが振り返ってサクヤに微笑み、叫んだ。
「サクヤちゃん! 僕は君が強くなって、また僕と戦ってくれるのを楽しみにしてるから! それまでにここで沢山神意能力者を殺して強くなっておいてよね! そしたら、今度は僕の本気を見せてあげるから! 約束だよ!」
手を振りながら叫ぶその姿は、まるで遊ぶ約束をする愛らしい子供の様であったが、その内容は、サクヤを震え上がらせるには十分なものであった。
「私は……助かっ……たの……?」
そして、訳も分からず取り残されたサクヤは、クレアがいなくなったあとも、その場に座り続けたのだった。
◇◇◇
――ご休憩に向かう途中。
「でも、良いんですかクレア様? あの子、次に会う前に死んでしまう可能性もありますよ?」
エリスと呼ばれた少女は、クレアに付き従いながらそんな疑問を口にする。
「良いんだよ。これでもしあの子が死んだとしても、その時はいつか来てくれるかも、という期待をずっと味わえる事になるんだから」
「クレア様のお考えは変わっていますね」
「君はお預けされたいのかな?」
「嘘です! 嘘です! そんな事思っていません! ごめんなさい!」
慌てたエリスがクレアの前で膝をつき、その腹部に頭を擦り付けながら許しを請う。しかし、その時さりげなく、エリスはクレアの香りを味わっていた。
「ああ! ずるいよエリスちゃん! 抜け駆けは許さないんだから!」
そう叫びながら、モニカも膝をついてクレアの背中に抱き付き、その甘い香りを楽しむ。
「あの……、クレア様……。私……もう……歩けません……だから……」
そんな二人とは違ってその場から動かないミオは、まるで粗相をしてしまった子供のように、太股をぐしょぐしょに濡らして、湿り気の発生源に手を置きながら息を荒くしている。
「全くもう、ミオは昔から我慢が出来ないんだから。仕方ない、空間転移の能力で運んであげようか?」
「待ってください! 空間転移の能力は自分ともう一人しか運べないですよね! 私達はどうするんですか!」
「いや、なんだったら一度僕の中に戻れば良いんじゃないかい?」
「嫌です! こんな機会滅多に無いんですから、生クレア様にもっと触れていたいです!」
「エリスは昔から我侭だよね……」
「クレア様程ではありません」
「怒っちゃうぞ?」
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
「スンスン、あむあむ、クレア様クレア様」
「モニカ……、なんか背中が湿ってきてるんだけど……」
謝りながらも離してくれないエリスと、便乗しているモニカから逃げ出そうにも、クレアは身動きが出来ない。逃げたいなら空間転移の能力で逃げれば良いと思うかもしれないが、空間転移の能力には、自分以外に一人しか運べないという欠点と、触れている相手は強制的に運ぶ対象になるという欠点がある為、二人以上に触られていると使えないのだった。
「私……無理です……。クレア様……クレア様……!」
我慢の限界を迎えたミオは、地面にポタポタと何かを垂らしながらクレアに近付き、その細い腕を自分の太股の間に挟み、一番濡れている部分に押し当てていく。その押し当て方はかなり激しく、クレアの細腕がミシミシと音を鳴らしている。これは、相手がクレアでなければ、腕を折られるかもしれない恐怖と痛みに脅える事になっていただろう。
「あの、ミオ……、流石にそれは……」
「あぁ! ミオだけずるい! 私だって」
「スーハースーハー、あむあむ、じゅるじゅる」
「クレア様ぁ……、クレア様ぁ……私……イッ……」
「待って! せめて! せめてその芝生の上まで移動させて!」
三人娘の暴走を微笑ましく思いながらも、クレアは隠密の能力を発動。これにより四人の姿と声と物音は他の者に聞かれることがなくなる。そして、クレアは生成の能力で、大きい敷物を生成。それを芝生の上に敷いた。
「これでよし。ふふ、さあ今日はあの頃に戻ったつもりで甘えていいよ」
「はい、クレア姉さん……」
「スーハー……、クレアおねえちゃん……あむあむ」
「クレア姉さまぁ……! クレア姉さまぁ……!」
「全く、手間のかかる妹達だ」
そして、クレアは、いつの間にか自分より大きくなっていた妹達と、幸せな時間を過ごしたのだった。
◇◇◇
――取り残されたサクヤ。
(あれは何だったの……? 私はどうして助かったの……? これから私はあんな化物を倒す事を目標にしなければいけないの? そして、ここはどこなの?)
サクヤはクレアに見逃された後、クレアが進んだのとは反対の方向にふらふらしながら進んでいた。クレアが進んでいた方向には確実に街があるのに、何故クレアの向かった方向に進まなかったというと、単純にクレアに近付きたくなかったからである。
しかし、その選択がサクヤの命運を分けた。
「魔法グラビティ・フィールド」
「え……、かはっ!」
何者かによる魔法の発動。それによりサクヤは地面に縛り付けられる。
「こ……れは……、重力……魔法……!」
サクヤに使われているのは重力魔法。魔法が相手ではグランエグゼはなんの力も発揮しない。サクヤは先程までの戦いっぷりが嘘の様にあっけなく行動不能にされる。
「おいおいおい、こんな場所に女が一人で歩いてるとか、○○○されたいって言ってる様なもんだろ!」
「実際そうなんじゃねーの。今だってきっと期待で胸を躍らせてるんだぜ」
「へへへ、それじゃあ期待に応えてやらねぇとな」
動けないサクヤに向かって、数人の男達が近付いてくる。その風貌は山賊やならず者を絵に描いたようなもので、サクヤにはその男達がどういった人間かすぐに分かった。
「な……に……」
サクヤは口を動かそうとするが、全身が重くなりうまく喋れない。そんなサクヤを取り囲む男達は楽しそうに話す。
「何をするつもりだってか! いいぜ教えてやるよ! 俺達は今からお前にこの虚脱の魔道具を付けて、アジトに連れて帰るんだよ! そんで、お前はそこで俺達の仲間300人のお相手をする事になるんだ!」
「寝る暇も無いだろうがやりがいある仕事だぞぉ。だって俺達の気持ち良くなる顔を延々見ることが出来るんだからなぁ!」
「安心しろ。虚脱の魔道具を付けた奴はどうせ指一本動かせなくなるから、お前はされるがままにしてるだけで良いんだ。あっと忘れてた! この虚脱の魔道具には欠点があってな、付けると何故か、気を失う事が出来なくなるんだよなぁ。まぁ、三日くらいしたら頭もイカれて外しても問題無くなるだろうから、それまで我慢しろよ! ヒィハハッ」
そう話す男達は、重力魔法に縛られたサクヤの足を魔法の範囲外に引きずり出し、その足に足枷型の虚脱の魔道具をはめる。そして、一人の男が魔道具を起動させた。
「い……やぁ……」
その途端サクヤの体から力が消え去り、意識は残っているのに全く動けない状態になる。
「よし、重力魔法は解除したぜ。しっかしこの小娘、良い体してるな」
「見てみろよこの胸。たまんねぇぜ」
「おい、少しくらい味見しても良いんじゃね」
「そうだな、こんな上玉手に入れたんだからそれぐらい許されるよな」
「ほーら、お譲ちゃんお口開けてー。あっ、動けねぇんだったな。ごめんごめん」
そう言いながら男の一人がサクヤの口を無理矢理こじ開ける。
(嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 誰か助けて! グランエグゼ! お願い! お願い!)
サクヤは心の中でグランエグゼに助けを求めるが、神意能力者のいないこの状態では、グランエグゼは何の反応もしてくれない。
「ハハハ、この幻界で生きてるならこれぐらい良くある事さ、諦めて受け入れろよ」
「ほーら、これがこれからお前が死ぬまでお相手をするものだぞ。たっぷり味わえよ」
(幻……界……!)
男達の会話の中にあった幻界という単語、そして、ここで強くなれというクレアの言葉。それらを聞いてサクヤは理解した。クレアによって空間転移させられたここは、この場所は……。
――幻界、見捨てられた大地。
そして、抵抗する事も意識を失う事も出来ないサクヤは、その後男達のアジトに連れて行かれ、沢山の男達に歓迎され、一切の休みも無く酷使される事になる。
その時サクヤは、この世界に来て初めて、自分の体が女である事を呪ったのであった。
神意能力の詠唱は即興で考えているのですが、その所為で同じような言い回しが多かったりします。あと、自分でも前の話を見ないと「この能力の詠唱ってなんだったっけ?」ってなります。
ご連絡
これからは更新が遅くなると思います。すみません
修正
4/8 神と神に類する者→神と神に選ばれし者
初期案の方の言い回しで書いてしまったため
 




