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第31話 狂人達の舞踏会

『幻想因子保有量50%を使用。第三封印機関解放。超高速戦闘機構ブーストアクセラレーションシステム起動』



 その瞬間、グランエグゼの鍔の左右の先端部分が開き、黒い粒子が溢れサクヤに吸い込まれる。そして、サクヤは自分の体が驚くほど軽くなったのを感じた。肉体強化の魔道具を使っている時とは違う、もっと包み込まれるような優しい力を感じる。


『「ファースト・アクセラレート!」』


 サクヤは大地を蹴る。その時生み出されるスピードは先程までとは比べ物にならない。あまりのスピードの変化にクレアさえも驚く。


「全く君には驚かされるよ!」


 しかし、その速度を持ってしてもクレアには届かない。いや、速度だけであれば今のサクヤはクレアを超えている。しかし、速度がいくら速くなろうと、それだけではクレアに傷一つ付けられない。

 サクヤはクレアにグランエグゼを振り下ろす。しかし、グランエグゼを振り下ろした場所には既にクレアの剣があり、攻撃は防がれる。神意能力で作られた剣などグランエグゼの前では一瞬しか持ちはしないのに、その一瞬でクレアはサクヤの攻撃を凌いでしまうのだ。

 そして、何より、自分の速度に追いつけていないサクヤの反応速度では、いくら加速しても宝の持ち腐れだった。


「速い速い速い! でも足りない! まだ足りない!」

『「セカンド・アクセラレート!」』


 クレアの訴えを受けてサクヤは更に加速する。加速すれば加速するほどグランエグゼの幻想因子は消費されていくが、目の前には大量の幻想因子を供給してくれるものがある。だから気にする必要は無い。


「ははっ!」


 通常速度の約六倍に加速したサクヤ。その速度は人間の限界を超えており、サクヤの反応が更に追いつかなくなる。速くなる代償に正確さが失われた攻撃を、クレアは流れるような動作で弾き、避け、反撃を繰り出す。


「これでもダメなの!」


 超高速戦闘機構ブーストアクセラレーションシステムによる加速は肉体強化の魔道具の様にサクヤの幻想因子を大量に消耗する事は無い。しかし、連続した高速戦闘にサクヤの脳が耐えられない。頭が痛い。速過ぎる。目が追いつかない。元々常人であるサクヤには次々と問題が発生する。



『幻想因子保有量226%まで上昇。幻想因子保有量200%を使用し、外部付属魔道具兵装サクヤ改良バージョンアップを二回実行。身体能力50%上昇と反応速度二倍の特殊能力を付与』



 それを補う為に、グランエグゼはサクヤの改良を実行する。しかし、それだけでは足りないものを補えず、サクヤはどんどん疲弊していく。そして、この状況を打開する為、グランエグゼは更なる加速の実行を決断する。


『「ラスト・アクセラレート!」』


 その瞬間、サクヤは自分の加速が弱まった様に錯覚する。しかし、実際には違った。サクヤはラスト・アクセラレートが開始された瞬間、自動的に思考加速状態となっていたのだ。そして、十分の一に減速した世界でサクヤは通常の二倍の速度で動いている。これはつまり、サクヤの速度が通常の二十倍である事を意味する。

 普通の人間が相手ならば、これだけの速度があれば負ける事などありえない。そう、普通の人間が相手ならば。


「僕には誰も追いつけない、神速の能力エクストリーム・スピード」


 クレアはサクヤがラスト・アクセラレートを開始する瞬間。自身も加速系の能力を発動していた。神速の能力、その力はシルヴァリオン帝国精鋭の力であり、その効果は桁外れのものであった。


「……は……!?」


 減速した世界でサクヤが見たものは、減速世界において通常の二倍速で動くこちらに対して、更に倍以上の速度で動くクレアであった。


「にひぃ……」


 クレアは笑う、サクヤは驚愕する。そして、クレアはサクヤの腹部を蹴り飛ばした。


「がはっ!」


 その瞬間、超高速戦闘機構ブーストアクセラレーションシステムが解除される。ラスト・アクセラレートは効果も高いが幻想因子の消耗も激しい。蹴り飛ばされて空を舞っている状態で使い続けるなどという無駄な事は出来ない。

 サクヤはあり得ない速度に加速したクレアに蹴り飛ばされた事で、内臓が破裂し、肋骨が折れて肺に突き刺さり、背骨にはひびが入る。これは間違いなく致命傷であり、例えサクヤが高い自然治癒力を持っていたとしても助からないであろう。


「いやぁ、ごめんごめん。君があまりにもすごいから、少しだけ本気になってしまったよ」


 そんなサクヤに、クレアは世間話でもする様に笑みを浮かべて話しかける。


「……あぁ……ごほっ……こほっ……」


 サクヤはうつろな目でクレアを見る。内臓損傷の影響で、痛覚を軽減している筈なのに痛みを感じ、口からは血を垂れ流し続け、意識は朦朧とする。


「本当はもっと楽しむつもりだったのにごめんね」


 それは、手の平を合わせた愛らしい謝罪だった。平時であればサクヤもその愛らしさに心を奪われていたであろう。しかし、今はそれが悪魔の微笑みにしか見えなかった。


「う……ぁ……」


 死ぬ、死ぬ、死ぬ。このままであればサクヤは確実に死ぬ。万策は尽きた。もうどうしようもない。サクヤはもう諦めるしかないと思った。だが、救いはありえない場所からやってくる。


「全てを癒せ、究極の慈愛、再生の能力ヴァイタル・リジェネレイト」


 再生の能力、その能力が発動すると、サクヤの傷は一瞬で治り、戦いが始まる前の健康体になる。この能力の効果は究極の治癒であり、命さえあれば、どんな傷でも病気でも一瞬で回復させてしまう。しかし、元々超回復能力を持っているに等しいクレア本人には、使いどころの少ない能力であった。


「え……なっ……!?」


 それはサクヤの想像を超える事態だ。あまりの出来事にサクヤは混乱する。この女は何故自分を助けるのか? いや、そもそもこの女が負わせた傷なのだから助けるというのにも語弊がある。とにかくサクヤにはクレアが何を考えているのか益々分からなくなった。そんな状態のサクヤにクレアは極上の笑みで話しかける。


「さあ、これでもう少し遊べるね!」


 その一言にサクヤは忘れたはずの恐怖を思い出した。そう、クレアにとってこれはただのお遊戯なのだ。遊んでいた途中におもちゃが壊れてしまったから、修理をしてもう一度お遊戯を再開する。クレアにとってこれはそんな感覚でしかないのだ。

 そして、おもちゃが修理不能になるまで壊れた時、このお遊戯という名の地獄は終わる。その事がサクヤにも分かった。その事が理解できればもう、サクヤには絶望しか残されていない。


「あぁ……ああ……」

「どうしたのサクヤちゃん? もっと一緒に楽しもうよ!」


 クレアが笑顔で近付いてくる。この女は本気で一緒……に楽しんでいると思っているのか? そんな考えがサクヤの脳裏をよぎる。しかし事実、クレアはサクヤが一緒に楽しんでいると信じていた。



 だって、この世界は僕の為に存在している特別な世界なのだから。



 この世界はきっと前世で散々だった僕の為に神様がプレゼントしてくれた、僕の思い通りになる、僕だけの世界なのだから。



 だからこの世界の人達も、僕に好き勝手される事で幸せを感じる事が出来る存在で、そうされる為にそこに存在するモノなのだから。



 だから僕は間違っていない、この世界は僕が好き勝手にして良い僕だけの理想郷。それこそがこの世界の存在理由レーゾンデードルなのだから。



 でも、神様は少し意地悪だ。こうやって好敵手はたまにしか出してくれないし、大して力も無いのに僕に逆らうゴミが度々現れる。だけど、それぐらいは我慢する。だって、我慢すればこんなに素晴らしいモノを用意してくれるんだから。



 それが、サクヤがこの世界に来る431日前に死亡し、この世界で431年間生きてきた異世界転生者クレア・R・シルヴァリオンの心の声だった。



 クレア・R・シルヴァリオンの心は壊れていた。この世界で生きてきたからではない。この世界に生れ落ちる前からクレアの心は壊れていたのだ。

 この世界に生まれる前の人生で、クレアに何があったか知る事はもう叶わない。何しろ、クレア自身が前世の事などもう碌に覚えていないのだから。

 時折思い出す断片的な記憶は、美味しかった食べ物の事、好きだったものの名前、いつも使っていた物の名称。それくらいである。


 これは、グランエグゼに精神操作されたサクヤに似た症状だが、クレアはサクヤとは違う。クレアはサクヤの様にゲームディスクを通してこの世界に来たのではなく、前世で口に出すだけで吐き気を催す様な、見るも無残な死に方をする事で、この世界に新たな命として正式な手順で転生しているのだ。

 しかし、その死に様は想像を絶するもので、クレアはそんな前世の記憶を引き継いでしまった為に、生まれた直後から人として大切なものが殆ど欠落していた。

 そんな状態の子供を育てるのを嫌がったクレアの親は、彼女を捨てた。そして、クレアは拾われた掃き溜めの様な場所で育った。


 そこでクレアは前世の知識を持っているという利点を生かして、必死に生きた。そして、その姿を見た同じ掃き溜めで育った少年少女達は、憧れと尊敬からクレアに忠誠を誓う仲間となった。

 そんな日々を過ごしていたクレアと、クレアの仲間達に、ある時転機が訪れる。クレアを初めとした仲間達の中に、偶然にも神意能力者が4人もいた事が発覚したのだ。


 その時から、クレアは激動の時代を生き、シルヴァリオン帝国を建国するまで戦い抜いた。その時の戦いの日々がクレアにとって最も有意義で、最も達成感に溢れた瞬間だった。

 その戦いでクレアは沢山の人間を殺し、沢山の人間を従えた。そして、その戦いは全てクレアの為に存在するかの様に、あらゆる出来事はクレアの思い通りに進んだ。その時の記憶が、その時の快楽が、その時の結果が、今のクレアを構成する礎となっている。



 あれだけの戦いでも、全てが僕の思い通りになったのは、僕がこの世界の中心であり、この世界が僕だけの為に創られたものだからだ。たまに少しだけ変な事が起こるのは、神様が僕を退屈させない様に気を使っているからで、なにがあっても最後には僕が幸せになって終わるんだ。



 クレアはそう信じている。

 だから、目の前の少女も自分を喜ばせる為だけに存在し、自分を喜ばせる事だけが生き甲斐だと信じて疑わない。その考えは本人にとっては幸せな事だが、滅ぼされる人間からすれば、狂気でしかない。


「あなたは狂ってる!」


 だから、サクヤははっきりと告げる。しかし、グランエグゼから見れば、サクヤも十分に狂っている。そう、異世界に突然召喚されて、平気な顔をして生きている人間など、大小の差は有れど大体が狂っているのだ。


「違うよ。僕はどこもおかしくない」


 狂っている人間は自分が狂っている事に気がつかない。狂気じみた事を繰り返す人間は、自分が正しい事をしていると信じている。だから、何を言っても無駄だった。そう、お互いに。


「私はあなたに殺されたくない! こんな戦い楽しくない!」

「ふふふ、はいはい、分かってる分かってる」


 クレアとの問答に意味など無い。サクヤはその事を理解すると、もう一度クレアにグランエグゼを叩き込む。


「はははっ、単純だね」


 クレアの言う通り、サクヤの攻撃は単純で避けやすい。先程までの高速戦闘と比べてしまうと今の攻撃など、スロー再生の様なものである。


「さっきのはもう使えないの? もしかして幻想因子が足りないのかな? だったら分けてあげるよ」


 クレアはそう言うと、自らの意思でグランエグゼの剣身を掴んだ。それは、ありえない光景。自分を滅ぼす為に存在する力に自分から触れるなど、自殺行為でしかない。


「何を!?」


 サクヤが混乱する中、グランエグゼに触れたクレアの指は消滅する。しかし、クレアは痛みすら感じない様に、そのまま手首までグランエグゼに分解させる。そう、クレアは痛みを感じない。それは、何かしらの能力によるものでは無い。クレアは生まれつき痛みを感じる事が出来ない体をしていたのだ。

 何をされても痛くない、そして傷はいつの間にか治っている。こんな状態では自分が特別だと思わない方がおかしいとも言える。


「これくらいでいいかな?」


 少しおやつを分けてあげる。それくらいの手軽さでクレアは自分の右手を差し出した。それは狂気に満ちた行動だが、サクヤが見ている前でクレアの右手は一瞬で元通りに治り、それが、クレアにとって本当に大した事ではないのだと理解する。



『幻想因子保有量5286%まで上昇。幻想因子を5000%使用し、全ての封印機関を解放します』



 そして、クレアの幻想因子を吸収したグランエグゼは、その幻想因子を使用し、全ての封印の解放を宣言する。その時、グランエグゼの黒と赤で構成されている柄以外の部分が開いていった。そう、今まで刃だと思っていた部分、グランエグゼの外部封印装甲さやが解き放たれ、グランエグゼが真の姿をあらわにしたのだ。


 それは、柄頭から切先まで、黒と赤のみで構成された禍々しさすら感じる剣であった。



『全封印機関完全解放、人造神エグゼファンタズム起動』



 神を殺す為に存在する、人造の神。エグゼファンタズムはその使命を全うする為に、己の全てを解放する。



外部封印装甲グランシステムサポートモードで自律起動。対幻想絶対防御領域アブソリュートテリトリーを移動状態でも自動発動出来る様に設定』



 エグゼファンタズムから離脱した外部封印装甲グランシステムは中央から二つに分離、まるで翼の様な姿になり、サクヤの背後に展開される。サクヤはその一連の流れを見て驚愕するが、目の前のクレアは本当に楽しそうに笑っていた。


「それは本当にすごいよ! いくらでも新しい驚きを僕に与えてくれる! 君は僕にとって最高の贈り物だよ!」


 楽しそうに笑うクレアは、周囲に展開していた全ての剣をサクヤの周りに召喚。全方位からの一斉攻撃を開始する。


「なっ!」


 サクヤはその攻撃に身構えるが、全方位からの攻撃は全て対幻想絶対防御領域アブソリュートテリトリーにより防がれ、何のダメージも無い。しかし、このまま何もしなければ、幻想因子はすぐに枯渇し全てを維持出来なくなる。


「ならこれはどうだい!? 全て破壊しろ、破壊の能力オール・ディストラクション!」


 解き放たれたのは、シルヴァリオン帝国の精鋭が所有する破壊の能力。その効果はあらゆるものを破壊する、単純にして強大な力。その一撃を受けて生きているものなど本来存在しない。しかし、サクヤはこれを正面から迎え撃つ。

 エグゼファンタズムがサクヤに教えてくれる。この力ならばやれると。


「はあああああ!」


 破壊の能力に振り下ろされたエグゼファンタズムは、その力を分解し大量の幻想因子を吸収する。そして、分解仕切れなかった力は対幻想絶対防御領域アブソリュートテリトリーにより防がれ、サクヤは無傷のままその一撃を乗り切った。


「驚いた! 本当に驚いたよ! じゃあ次はこれだ! 降り注げ七色の根源、極光の能力プリズム・アーク!」


 極光の能力、その発動によりサクヤ目掛けて七色の光が降り注ぐ。その一撃は城塞すら破壊する極光。しかし、それはエグゼファンタズムにより分解され、外部封印装甲グランシステムにより防がれる。

 それでもなお、サクヤには極光が降り注ぎ続ける。既に分解吸収された幻想因子の量は元々の極光の能力の持ち主が保有する幻想因子の量を上回り、クレアの幻想因子はどんどん削られていく。だが、それでもクレアの幻想因子保有量は一割も減っていない。



『幻想因子保有量994%まで上昇。幻想因子保有量200%を使用し、外部付属魔道具兵装サクヤ改良バージョンアップを二回実行。身体能力50%上昇を身体能力二倍に強化、幻想因子保有量20%上昇の特殊能力を付与』



 エグゼファンタズムはその攻防の中で、サクヤを改良し続ける。少しでも長く戦えるよう、基礎能力を底上げする。しかし、その程度では焼け石に水。状況に変化などありはしない。だから、エグゼファンタズムは最後の力の発動を決行した。



『幻想因子保有量1143%まで上昇。1000%を使用し、人造神創造機関エグゼシステム起動。ファイル選択、封印幻想限定付与ファンタズムインストール



 その時、サクヤは自分の中に何かが入り込み、そしてあふれ出すのを感じた。サクヤにはそれが信じられなかったが、大切な相棒を信じ、それを解放する為、言葉を紡いだ。



『「空より舞い降りしもの、地より現われしもの、全ての竜は我が配下となる。我が元へ集え、獰猛なる幻想存在よ。神意解放、竜招の能力ドラゴン・サモンズ!」』



 竜招の能力。ゼノンから奪い、封印したその力が今、サクヤの力となって解放された。


補足

サクヤが元々いた世界での一日はこちらの世界での一年になります。時間の流れる速さが違うという感じです。


お詫び

今まで一日一回更新を維持してきましたが、そろそろ無理そうです。

申し訳ございません。

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