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第28話 馬車馬の方がまだ休憩してるよ

 サクヤは緊急事態を迎えていた。理由は簡単、金が無いからだ。


「料金の前払いが出来ないなら部屋は確保しない。金を稼いでからもう一回来い。その時もしも部屋に空きがあったら泊めてやる」

「そんなー……」


 迷宮で働く人間というのはいつ死ぬか分からない。その為、宿屋に泊まる場合は必ず前払いとなる。そして、サクヤは前払いが出来なくなったから追い出される。簡単な話だ。

 サクヤは帰ったら倍の額払うからとも言ってお願いしたのだが、そういった発言をする人間は九割以上の確立でその日のうちに死ぬので全く信用してもらえなかった。サクヤはその反応を見て、大人しく迷宮へ向かった。


「私は間違っていた……」


 そして、迷宮に向かいながら、サクヤは一つの決断を下す。


「最初だから? 命が懸かっているから? そんな言い訳をして、忘れようとしていた。自分が何者であったのかを……」


 サクヤは迷宮ギルドに着くと、マリナのいる受付へ向かい、また無理をするなといった内容の話を適当に聞き流して迷宮に入る。


「見せてあげる! 働きすぎと言われる日本人の意地を!」


 サクヤはそう叫びながら迷宮を走り回った。




 ――それから、18時間後……。


「だ! か! ら! 無理をするなって言ってるでしょうが!!!」

「いや……、まだ大丈夫……。まだ働ける……まだ舞える……」

「そんなフラフラな状態で帰ってきて何言ってるんですか!」


 サクヤは迷宮に入ると、第一階層と第二階層を只管往復し、途中歩きながら食事を済ませ、一度もギルドに帰らずゴブリンとスライムを狩って狩って狩りまくったのだった。


 正直サクヤは最初、出てくるゴブリンとスライムを狩り尽くしたら帰ろうと考えていた。しかし、魔物が階段を上り下りするだけで再配置されるという事実に気が付いてしまうと、そのあとは狂った様に階段を上り下りし、迷宮を駆け回り、魔物を狩るだけの時間を過ごす事を選択してしまった。


「あのですね、サクヤさん。貴女は帰りが遅すぎて死亡扱いにされるところだったんですよ! そうなったら出入り口は消されて帰れなくなっていたんですからね!」

「えっ……、ベテランの人は迷宮で一晩過ごして狩りとかしないの……?」

「する訳無いでしょ! 石碑に触るだけで自由に出入りできるんだから普通は長くても5時間前後で帰ってきますよ! 迷宮なんて危険地帯では飲み食いするのも命懸けですからね、普通は!」


 因みに、迷宮の最長滞在時間保持者の記録は12時間であり、それ以上の時間、迷宮に入っていた者は、その後何時間待とうが帰ってこないのが普通だ。その為、迷宮の出入り口というのは24時間で消されてしまう事になっている。


「貴女は迷宮ギルド400年の歴史の中で最長滞在時間記録者です! 良かったですね!」


 最早マリナは怒っているのか、褒めようとしているのか分からない。サクヤに分かる事と言えば、自分はもう疲れて眠くて仕方が無いと言う事だけだった。


「寝るなー! 私だって……、私だって眠いのを我慢してるんですよ!」


 マリナはサクヤが迷宮に入ってからの18時間、途中休憩はしたものの、サクヤが帰ってくると信じてずっと出入り口の前で待ち続けていたのだ。サクヤは走り回って疲れているかもしれないが、マリナだって精神的に疲れている。


「まあまあ、その辺にしときなよマリナさん。彼女だって疲れているだろうし、取り合えず報酬金額の計算をしてあげよう」

「うっ……、はい、分かりました……」

「お願いします……」


 疲れてテンションのおかしい二人を見かねた、マリナの同僚の発言により、取り合えず二人はいつもの報酬計算を始めた。


「それでは計算しまーす……パチパチ」

「はーい……パチパチ」


 マリナは若干やけくそなテンションで計算を行い数値を確認する。


「それでは結果はっぴょ――うぅえええい!!!」


 その数値を確認したマリナは、突然奇声を上げ、ギルドの同僚の視線をより集めてしまう。


「結構良い感じですかー?」

「良い感じですかって言うか、どんだけ倒してるんですか!」


 そこに映し出された討伐数は、ゴブリンが244匹、スライムが324匹であった。


「これ単純に考えても二分に一匹は倒してるって計算になりますよ! どうやったらこんなペースを維持して倒せるんですか!」

「頑張った……」

「そういう次元じゃありません。しかもこれ、減額銅貨六枚分って事は、何もしなくても消費する分の魔力しか消費してないですよね! 魔道具使わずに戦ったんですか!? 馬鹿なんですか!?」


 ゴブリンとスライムは初心者でも倒しやすい魔物ではあるが、それは、普通に戦えばの話である。魔道具も使わずにこの量を連続で倒すとなれば、おそらくベテランギルド員でも体力が持たないであろう。


「もう……、貴女を心配するのが馬鹿らしくなってきました」

「それは一人前って認めてくれたって事……?」

「どうしてそうなるんですか!」

「落ち着いてマリナさん!」


 その後、サクヤは報酬金額である、銅貨886枚をありがたく頂くが、そのまま床に倒れて眠ってしまい、迷宮ギルドの休憩室へと運ばれたのだった。


 それから8時間眠り続けたサクヤは目を覚ますと「これはもしかして、宿代が浮いた!」と叫び、喜んだ。しかし、喜んでいるサクヤの肩を掴んだマリナからの「ここの使用料、銅貨50枚だからちゃんと払ってね」の一言により、世間の厳しさを再度味わう事となった。


「まあ、疲れたけど銅貨836枚も手に入ったし、当分は困らなそうね……」


 色々と大変だったサクヤだが、日給83600円相当という稼ぎを手に入れ、取り合えず満足のいく結果を残せたのであった。


    ◇◇◇


 ――迷宮ギルド執務室。


「ねえ、これ凄くないかい?」

「はい?」


 オルグはクレアの我侭に付き合わされ、書類チェック地獄でヘトヘトになりながら、クレアの見せた書類を確認した。


「これは、報酬金額についての書類ですね。えーと、名前はサクヤ、討伐数はゴブリン244匹にスライム324匹! いくらこの二種が弱いと言っても、この数を一人で一度に討伐するのは無茶苦茶ですよ!」

「そうだよね。しかも、この子は魔道具をほぼ使わずにこの数を倒したらしいよ。将来有望だね」

「そうでしょうか……。私には長生きできると思いませんが……」


 オルグの意見も最もで、こんな無茶をする人間は大体が早死にすると決まっている。オルグには自国に優れた部下が腐るほどいるクレアが何故こんなにもこの少女に注目するのか理解できなかった。


「ふふふ、サクヤちゃん、ねぇ……」


 クレアはその後も、事あるごとに、その用紙に書かれたサクヤの名前を繰り返し眺めていたのだった。


    ◇◇◇


 ――宿屋。


 迷宮ギルドでしっかりと休息したサクヤは昨日? 今日? の頑張りで手にした金で、早速宿屋に向かった。


「正直もう死んだと思ってたぜ」

「ちゃんと生きてるわよ。胸のところ触って心臓の音確かめてみる?」

「…………いくらだ?」


 その一言で奥さんにぶっ飛ばされた宿屋の主人を尻目に、サクヤは何だかんだで確保してくれていた、今まで泊まっていた部屋に戻った。


「冷たいように見えて良い人が多いわねこの国は、正直もっと荒くれ者ばっかりの街だと思っていたわ」


 迷宮都市アルテミス。この街には迷宮を求めてやって来た血気盛んな人間が多い。しかし、この街で働く事になった人間の殆どは、ある法律の存在を知って、真面目で勤勉な人間へと生まれ変わる。その法律とは――。



「この街で罪を犯した人間は罪の大小関係なく、シルヴァリオン帝国に対しての国家反逆罪に問い、更に金貨100枚の賞金首として扱う」



 これである。

 この法律の影響力は凄まじい。これにより、この街で暮す人間は、何か小さないざこざを起こしただけで極刑として処理されてしまう。こうなってしまうと、この国の人間は無理をしてでも善人を演じるしかない。

 宿屋の主人が奥さんに殴られた事も、サクヤに旦那がセクハラで訴えられない様にするための奥さんの優しさである。


 そして、この法律によりマリナが紹介した娼館でも、客と揉め事が起こる心配は無く、警護の人間だって立っているだけで十分なのだ。


「まあ、みんなが優しいのはいいとして、どれぐらいこの街で稼ごうかな?」


 サクヤはそう言いながら、迷宮ギルドで購入した迷宮ギルドの指南書を読む。大銅貨5枚くらいの金額は今回の稼ぎで痛くなくなったし、持っておいて損は無い物だからだ。


「ふむふむ、各階層の魔物にその対処法、そして報酬金額。すごいわねこれ、この指南書があれば迷宮とか楽勝じゃない」


 すぐに死ぬ迷宮ギルド員の台詞トップ10に入っている台詞を言いながら、サクヤは指南書を読み勧める。すると、後半のページでレッドドラゴンの説明を発見する。


「はあ! この迷宮にはあれも出るの! 何々、出現場所は第百階層のDエリア。報酬金額は白金貨10枚……。私も欲しかったな、白金貨10枚……」


 白金貨10枚は一億円ほどの価値がある金額である。しかし、レッドドラゴンを倒そうと思ったら、しっかりと対策をとった上で、魔道具などで完全武装したベテランが数十人は必要になるので、実際に戦うと割に合わない討伐対象である。まあ、この迷宮には最終階層まで進む意味も無いので、普通の人間はこんな階層まで進まず、自分の実力で最も効率よく稼げる狩場を探して、そこに繰り返し挑戦する事になる。


 中には当然、第一階層、第二階層のみで生涯戦う人間もいるが、迷宮ギルドからすれば、報酬分戦ってくれるならば、無理はしないで定期的に討伐してくれるだけで十分なので、そういった人間を差別する事も特には無い。


「うーん、ちゃんと読んだけど、私の場合第二階層を無限ループするのが一番効率が良い気がするなあ。無理に強いのと戦う必要も無いし、しばらくは第二階層で戦いましょうか」


 サクヤはそう結論付けて、商店街で買ってきたご飯を食べる。今日のご飯はおかかのおにぎりと焼きおにぎり。そしてたくわんと温め直した味噌汁である。

 シンプルで少し物足りない気もするが、これはこのアルテミスに何故か存在する和食の専門店の人気お持ち帰りセットで、とある高貴な人物も絶賛する料理らしい。


「う~ん、おいしー! やっぱり日本人は白米だよね!」


 この世界には存在しない日本人という単語を口からもらしつつ、サクヤは久しぶりの和食を楽しんだのだった。


ねぇねぇ、馬車馬のように働くって、物凄く働くって意味じゃないらしいよ。


タイトルを考えたあとの私「なっ、なんだってー!」

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