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第27話 安全マージン? 何それおいしいの?

 迷宮探索三日目、サクヤはもうグランエグゼを予め呼び出しておく必要は無いとわかっていたが、前日に目立つ形で持ち込んでしまった為、変に思われないように、グランエグゼを布で巻いて持ち込んでいた。


「うんうん、学習するのは偉い子ですね」

「どうもです」


 サクヤはその言い方に少し恥ずかしさを覚えながら今日も迷宮に挑む。


「そうだ、サクヤさんは昨日第二階層までいったようなので、第二階層からスタートも出来ますがどうしますか?」

「ああ、そうでしたね。それじゃあ、第二階層からでお願いします」

「わかった。無理しないでね」


 そうして、サクヤは第二階層から探索をスタートした。



 ――迷宮、第二階層。


「階層を飛ばすとこうなるのか」


 サクヤは階段横の石碑からどこにでもいけるドアの様な感じで第二階層にやって来た。そして、サクヤが現れた途端、階段近くにいたスライム二匹が襲い掛かってくる。


「だから、この迷宮は安全エリアとか無いの! 階段の周りがいつも危険地帯じゃない!」


 まあ、魔物からすればそこは一番相手が油断している場所なのだから、埋め尽くすほどいないだけでも感謝しなければいけないのだが、サクヤは説明できない理不尽さを感じていた。


「はい終了」


 サクヤはスライム二匹をサクッと倒し、気を取り直して迷宮探索を開始した。


「この調子なら思ったより余裕そうだし、さっさと階段見つけて次に行っても良いかも」


 スライムの弱点も理解して、簡単に戦えるようになり、サクヤは調子に乗ってどんどん迷宮を進んでいく。すると、目の前に階段が現れた。


「おっ、もう階段発見。これは降りろって事ね」


 サクヤは階段を発見するとそのまま迷う事無く降りていく。そして、サクヤは第三階層に辿り着いた。


「次の敵は何かな――あっとっ!」


 第三階層の周囲を見回そうとしたサクヤは、自分に飛来する矢を発見。これをギリギリで回避する。


「何――!」


 何がいたのか確認しようとしたサクヤは、自分に接近する人影に気が付いた。それは剣を持った骸骨だった。


「スケルトン! ――ってあれもか!」


 サクヤはその相手をスケルトンと命名、そして、その後ろに同じ姿で弓矢を持っている個体も発見する。サクヤは階段を利用して弓矢を持ったスケルトンから隠れつつ、接近する剣を持ったスケルトンの相手をする。


「このっ!」


 サクヤはグランエグゼでスケルトンの剣を弾くが、筋肉が無いはずなのにスケルトンは力が強いらしく、攻撃を逸らすくらいしか出来ない。しかし、それでも隙は生まれ、サクヤは回転しながら力いっぱいスケルトンの頭をグランエグゼで殴った。


「――ッガ!」


 短い悲鳴を残してスケルトンの頭がボールの様に飛んでいく。しかし、スケルトンはその状態でもサクヤに襲い掛かってくる。


「どうすればいいのよ!」


 その辺の兵士よりもよっぽど厄介な相手に、サクヤは不満の声を上げつつも、グランエグゼを振り下ろし、右腕をへし折った。しかし、スケルトンはまだ倒れない。


「まだか――って!」


 剣を持ったスケルトンに夢中になっていたサクヤに弓矢を持ったスケルトンが襲い掛かる。サクヤはその不意打ちを回避できた事で、「私も成長してるんだなぁ」と思いつつ、光の剣の魔道具を弓矢のスケルトンに向ける。


「ブレード・シュート!」


 節約のし過ぎで死ぬのも馬鹿らしいと思ったサクヤは、弓矢のスケルトンに光の剣を放つ。弓矢のスケルトンは遠距離攻撃による反撃を予想していなかった様で、その一撃が回避できず、胸に光の剣の直撃を受ける。その瞬間、弓矢のスケルトンは灰になって消えていった。


「弱点がある! 胸が弱点か光の剣が弱点かどっち!」


 サクヤは叫びながら剣を持ったスケルトンの胸部分にグランエグゼを突き刺す。それにより、そのスケルトンも灰になって消えた。


「なるほど、心臓だけは残ってて、そこが弱点なのね」


 サクヤはまたも弱点を発見する事が出来て上機嫌になり、そのままどんどん奥へ進んでいく。


「そういえばこの迷宮に入ってから他の人って見ないわね? みんなもっと奥にいるのかな?」


 サクヤの疑問については、受付嬢に聞けば「迷宮の中は見た目は同じですが、入る度に新しい異空間が造られる形になっており、一緒に入った人意外と同じ空間に行く事はありません」と教えてもらえるのだが、そんな答えがあるとは予想していないサクヤは、突然誰かと出会った場合の脳内シュミレーションをしつつ探索を進めるのだった。


「ここも余裕になってきたわね」


 スケルトンを何体か倒し、そう思いながら第三階層を歩いていたサクヤは、次の獲物の接近に気が付く。


「さてと、お次は――って、ちょっと!」


 サクヤの目の前に現れたのは、6体のスケルトンであった。そのうち3体は剣、2体は槍、最後の1体は弓矢で武装しており、一人で相手をするのは辛い構成だった。


「卑怯ってのも言ってらんないか、ブレード・シュート!」


 サクヤは取り合えず弓矢のスケルトンを何とかしようと、光の剣を放つが、その光の剣は槍のスケルトンに叩き落されてしまう。そして、もう一体の槍のスケルトンがサクヤに向かって突撃してくる。


「槍の奴は強いって事かな!」


 サクヤは先頭で突撃してくる槍のスケルトンに向かってグランエグゼを横薙ぎにするが、スケルトンは左腕を犠牲にしてその攻撃を受け止め右手のみで槍を突き出す。サクヤはその攻撃を回避しようとするが、距離が近すぎて回避が間に合わない。


「くはっ!」


 スケルトンの槍はサクヤの左脇腹に突き刺さり、スケルトンはカラカラと顎を鳴らしてその傷口を抉る様に槍を動かす。


「ブースト・エンチャント!」


 サクヤはその一撃で、魔力の節約を諦め肉体強化の魔道具を起動する。そして、サクヤは痛みに耐えて後ろに跳び、左手を構える。


「ブレード・シュート!」


 撃ち出された光の剣は槍のスケルトンに突き刺さるが、急所を外れてしまい、即死にはいたらない。そして、サクヤの目には、自分に接近する三体の剣のスケルトンが見えている。


「この骨野郎!」


 サクヤは強化された肉体で剣のスケルトンにグランエグゼを叩き付ける。しかし、グランエグゼは剣により防がれ、剣のスケルトンをよろけさせただけだった。そして、グランエグゼを振るいきったところに弓矢のスケルトンの矢が飛来し、右腕に突き刺さる。


「ぐっ!」


 サクヤは刺さった矢の痛みに耐えるが、そこに剣のスケルトン二体の剣が振り下ろされる。サクヤはその片方をグランエグゼで受け止めるが、痛みによりグランエグゼを落としてしまう。そして、もう一体の剣はサクヤの左二の腕を切り裂き、血を撒き散らさせる。

 その瞬間サクヤは理解した。これは無理だと。


「くっそお!」


 サクヤはグランエグゼを置き去りにしたまま、後方に向かって走る。その速度は怪我人とは思えないくらい速いが、スケルトンも相当な速さをしており、少し後れながらもサクヤを追いかけてくる。


「そんなに……遠くは……無いはず!」


 サクヤはスケルトンに追われながらも迷宮を駆け回る。そして、しばらく走ると、階段と石碑が見えた。サクヤは石碑を見つけた事に安堵すると、石碑に跳びかかり、その表面に触れながら叫ぶ。


「迷宮脱出!」


 その宣言により、帰還の魔道具が起動し光を放つ。だが――。


「早く動いて!」


 サクヤの叫びも空しく、石碑はゆっくりとした速度で起動していく。サクヤは昨日、二階層から石碑で帰還した時の事を思い出す。その時、帰還の魔道具は起動までに一分ほどかかっていた。普段でも結構時間がかかるなと感じたのだから、緊急事態の今はもっと長く感じるであろう。


「カタカタカタッ!」

「ひっ!」


 そんなサクヤに向かって6体のスケルトンが笑う様に顎を鳴らしながら近付く。サクヤにはそれが悪魔の行進に見えた。


「ブレード・シュート! ブレード・シュート!」


 サクヤは痛みに耐えて左腕を掲げてスケルトンを足止めする為に光の剣を放つが、その攻撃は槍のスケルトンによって弾かれた。そして、絶望するサクヤに向かって弓矢のスケルトンが矢を放ち、その矢がサクヤの右肩に突き刺さる。


「うあ……!」


 その痛みに苦しみながら石碑に寄りかかるサクヤの目には、自分に跳びかかる三体の剣のスケルトンが見えていた。


(もうダメ……)


 サクヤがそう思った瞬間、背後の支えが無くなり、サクヤは後ろに向かって倒れた。


「誰か! 怪我人が出たぞ!」


 サクヤの耳に誰かの声が聞こえたと思った瞬間。サクヤは声の主に引っ張られて、室内に連れ込まれる。


「おい! 大丈夫か!」

「酷い怪我だな……、治るのか?」

「取り合えず止血しろ! あと清潔なタオルを持って来い!」


 サクヤはしばらく呆然としていたが、人ごみの中にいつもの受付嬢を見つけて、自分が迷宮ギルドの入り口に帰ってこられた事を理解した。


「ブースト・オフ……」


 薄れ行く意識の中で、何とか肉体強化の魔道具を解除して、サクヤは気を失った。




 ――迷宮ギルド医務室。


「だから無理しないでねって言ったでしょ!」

「すみません……」


 サクヤは今、医務室のベッドの上でいつもの受付嬢にお説教をされていた。


「いいですか、この迷宮は二階層目から階層ごとに階段が複数あって、別の魔物が出る場所に繋がっているようになっています。そして、サクヤさんが降りたあの階段は、最も高難度の第三階層に繋がっている階段です。あの階層は基本的にチームで攻略するか、強力な装備を使って挑む場所です! それをたった一人で、しかも大した装備も持たずに挑むなんて、馬鹿なんですか!」

「ごめんなさい……」


 サクヤは何も言い返せずに、ただただ怒られ続けていた。

 因みに、今受付嬢が説明している内容は、各階層の魔物の弱点も書いてある、迷宮ギルドの指南書に書かれている事なのだが、サクヤは大銅貨5枚という金額を確保出来ておらず、買えていなかった。

 普通の人間はこの指南書を手に入れるまではゴブリンで稼ぐのが基本なのだが、たまにサクヤの様な無鉄砲が、情報も仕入れずに無茶な探索を強行していてギルドの職員は頭を痛めているのだった。


「貴女みたいに無茶をする人が増えると私達も困るんですから勘弁してください」

「わかりました……次から気をつけます」

「次……ね……」


 その言葉を聞いて受付嬢は少し可哀想なものを見る目になる。


「あの……ですね。失礼になるかもしれませんが、貴女くらいの見た目なら命なんて賭けなくても、もっと楽にお金が稼げると思いますよ?」

「楽にですか?」

「はい」


 そんなものがあるなら興味があるといった感じのサクヤに対して、受付嬢は少し言い難そうに話す。


「この街には迷宮ギルド直営の娼館というのがありまして、そこで働くというのはどうでしょう」

「娼館ですか……」


 サクヤは娼館勤めを勧めてくる女性がいるとは思っていなかったので正直若干ひいていた。しかし、この街では娼婦というのは立派な仕事として扱われており、一般的にも認められている職業であった。


「まあ、娼館に良いイメージが無いのは仕方が無いとは思いますが、この街の娼館というのは他の国とは違って、魔道具により望まない命を宿す事が無い様に処置してくれたり、事前に何かしらの病気を持った人間を弾いたり、元迷宮ギルドメンバーが警護担当してくれたりしますので、ある意味特別待遇の職場です。男性の相手をする事さえ我慢できれば、迷宮で命を懸けて戦うよりも良い職場だと思いますよ」

「うーん……」


 正直言って、迷宮探索はいつ死んでもおかしくない仕事である。そんな仕事と比べれば、命の危険が無い娼館での仕事は、悪くない仕事なのかもしれない。しかし、元男であるという記憶の残っているサクヤには、普通の人とは違う意味で嫌な仕事だった。


「まあ、すぐには答えは出ないと思いますが、もし興味があれば私――マリナが責任を持って貴女を立派な娼婦に育ててあげますから、いつでもご相談ください」

「えーと、うん。もしもの時はよろしくお願いします。マリナさん」


 そのもしもの時が来ない事を祈りつつ、サクヤはマリナに微笑を返した。


「はい。いつでも待ってます。――あっと、忘れる所でした。サクヤさん、今日の報酬金額の計算がまだででしたね。受付まで行くのも面倒ですしこの場で計算しますよ」

「えっ、でもいいんですか? お金の受け渡しとか……」

「その心配はありません」


 そう言って、マリナは笑顔で報酬金額を伝えてくる。


「討伐報酬は銅貨132枚、減額は魔力使用による銅貨135枚と応急治療代で銅貨30枚。はい、差し引きマイナス銅貨33枚です。報酬がマイナスになった場合は特別にゼロとして計算する決まりになっておりますので、こちらからお金を請求する事もありません。よって本日はお金のやり取りは無しです」

「ええ! 嘘でしょ!」

「本当です。だってサクヤさん肉体強化の魔道具を使用したでしょう。あれは魔道具の中でも魔力消費がとても多いものなので、普通迷宮探索では使ってはいけない代物ですよ。まあ、命が助かっただけありがたいと思ってください」

「はっは……、ははは……」


その瞬間、サクヤはこの場で娼婦になる決断をするべきではないかと思ってしまったのだった。


    ◇◇◇


「こっ、皇帝陛下申し訳ございません! まさか、もうご到着されているとは思わずに……!」

「ああ、そういうのはいいから、取り合えず席に着きなよ」

「はっ、はい!」


 ここは、迷宮都市アルテミスを管理する迷宮ギルドの本部であり、最高責任者オルグの執務室である。そんな部屋では現在、四十代であろう中年の男性――アルテミスの代表オルグが、年端も行かないように見えるクレアに冷や汗を垂らしながら頭を下げているという異常な光景が展開されていた。


「しかし、皇帝陛下。何故、到着から一日もの間、ご連絡を下さらなかったのですか」

「ちょっと、一市民として街を視察したかっただけさ、他意は無いよ」

「そっ、そうですか……」


 オルグは心の中で「他意はないじゃねーよ! 知らせろよ!」と思いながらも当たり障りの無い返事を心がける。オルグにはクレアが何故そんな事をしたのかが理解できずに、不安で仕方がない。


「それで、街のご様子は如何でしたでしょうか……?」

「うん、良かったよ。宿の方も自分で取ってみたんだけど、みんな親切にしてくれたし、街の様子も問題なかった。やっぱりこの街の責任者は君にして正解だったよ」

「あっ、ありがとうございます!」


 オルグは街に住む人々の行動に感謝しつつ、ほっと胸を撫で下ろす。実際、アルテミスは治安がよく、物価が高い代わりにサービスが行き届いている店も多いので、余程安い店に行かなければ一定以上のサービスは受けられる環境があった。


「うんうん、それじゃあ、街の方はそれで良いとして、迷宮での魔物退治の方について確認しようか」

「畏まりました。こちらが資料になります」


 オルグは心配事が一つ無くなり、少し余裕が出来た様子で資料をクレアに渡す。しかし、その途端クレアの表情が険しくなる。


「なんだいこれは」

「なっ、何か問題が……!」


 オルグが渡した資料は、前回の視察から今回の視察までに、迷宮ギルド員に支払われた報酬の内訳である。金額については少し違いがあるものの、その内容については前回と変わらない。そんな一目見ただけでわかる様な問題は無いはずだった。


「この減額についての項目なんだけど。魔力使用量に対して減額金額が多過ぎないかい?」

「えっ、いや、その減額基準は迷宮ギルドが生まれた時に皇帝陛下が決めた――」

「君は、僕の意見に口出しするのかい? 僕、怒っちゃうぞ?」

「いっ、いえ! 全ては皇帝陛下の言う通りでございます!」


 オルグの意見は真っ当なもので、クレアもそれを理解している。しかし、クレアにこの様に言われては、逆らえる人間などいなかった。


「よろしい。それじゃあ、この減額基準の改定について少し話し合おうか」

「畏まりました!」


 減額基準の変更。これは、今後の報酬や業務に多大な影響を与えるものになる為、すぐには決める事が出来ない。こうしてクレアはアルテミスにしばらく滞在する口実を手に入れる事が出来たのだった。


(こういう時の為に、減額基準の問題を放置しといてよかった。あとは適当に話を引き伸ばして滞在期間を長くしよう。えへへ)


 子供のイタズラの様な気軽さで話をするクレアに対して、オルグの方はこの発言により悪夢の様な数日間を過ごす事になるのだった。


私はオンラインゲームを遊ばないので、安全マージンという単語を某アニメで初めて聞いた時、??? となっていました。

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