表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/58

第26話 さあ、迷宮を探索しよう

 ――次の日、迷宮ギルド前の裏路地。


「形成」


 サクヤは人目につかない場所でグランエグゼを呼び出す。


「よし、これで後は受付さえスルーできれば心配ないわね」


 サクヤの不安の一つは、形成が魔力を消費して行われるのではないかという事だったので、それについては予め呼び出しておく事で解消する事にしていた。そして、サクヤは受付で没収されない事を願いつつ、グランエグゼを剥き出しで持ちつつ受付嬢に話しかける。


 結果、鞘にも入れないで剣を持ち歩くなんて危ないでしょうと怒られてしまった。


「いえっ、この剣は刃が潰してあるので危険は――」

「そういう事ではないんです! 見てるこっちが不安になるので、せめて迷宮に入る前は布でも巻いて持ち歩いてください!」


 受付嬢の意見は真っ当なものなので、サクヤは大人しく頷き、鞄から出した布をグランエグゼに巻きつける。


「はあ……、全く。次からは気をつけてくださいね」

「はい、すみません」


 そう言いながら、サクヤは少し安心していた。受付嬢の反応からして、グランエグゼを持ち込む前に止められる事は無さそうだったからだ。あとは、実際に迷宮内で使ってみて、何も言われなければ、次からは布を巻いた状態で持ち込むだけで大丈夫そうだった。


「それじゃあ、今日も一日頑張ってください」

「はい、頑張ります!」


 こうして、サクヤは今日も迷宮で魔物退治を開始した。


    ◇◇◇


 ――迷宮都市アルテミス門前。


「ふふふ~ん、やっぱり旅と言ったら馬車と徒歩だよね。結構時間がかかったけど久々に一人旅を満喫できたよ」


 ご機嫌な様子でアルテミスにやって来た一人の少女がいる。ノースリーブの黒いフリルドレスを纏ったその少女の年齢は12歳ほどにしか見えず、そんな少女が一人で入国しようとしているのは、目に付く光景だった。


「ちょっと、お嬢ちゃん。親御さんはどこかな?」


 そんな少女に話しかける一人の男がいた。彼はこの街の門番であるが、大した入国審査が無いこの国ではあまり意味の無い存在である。そんな彼が少女に話しかけたのは、その少女が迷子だと思ったからだ。


「親? そんなものは随分前にいなくなったね。と言うかもう覚えていないよ」

「そうか……」


 その言葉を聞いて門番は少女が孤児なのだろうと思ったようだ。しかし、よく見なくても少女の姿は着飾ったものであるし、門番が落ち着いていればそんな勘違いはしなかったであろう。しかし、門番の目の前にいるのは絵画から飛び出してきたような美しい少女だったので、門番の精神状態は普通ではなくなっていた。


「どうだい、お譲ちゃん。うちの子にならないか?」

「君は僕が誰だかわからないのかい?」


 その一言で若干不機嫌になった少女が門番に一つの質問をした。その質問によりその門番は、「これって新手の逆ナンかな?」などと勘違いをしていたが、その門番の勘違いを吹き飛ばす声が隣から聞こえた。


「あっ、貴女様はクレア皇帝陛下ではありませんか!」


 それは、この門を守っていたもう一人の門番であった。彼は以前クレアが視察に来た時に門番としてすれ違っていたので、その顔をよく覚えていた。


「もっ、申し訳ございません皇帝陛下!」


 それを聞いた最初の門番は、すぐに状況を理解して自分が仕出かした事に気が付き、急いでクレアの前に傅く。それを見てクレアはニヤニヤと笑った。


「君は自分の子供にしたい人間に傅く趣味があるのかな? 良い趣味してるね」

「めっ、滅相もございません! 大変ご無礼をしまして申し訳ございません!」

「おっ、お話では従者の方をお連れしていらっしゃるとの事でしたので、すぐに気が付かず申し訳ございません! どうか御慈悲を!」


 年端も行かぬ少女に命乞いをする男性二人。それはとても目立つものであり、周囲の視線が集まってくる。それに不快感を持ったクレアは、早くこの場を去ることにした。

 

「今回の事は不問にしてあげるから大人しく仕事に戻るんだね。あと、僕が来た事はしばらく黙っている事、いいね。約束が守れない人はどうなるかわかってるね?」

「「はい、畏まりました!」」


 こうしてクレアは、入国した事を知られる事なく、アルテミス観光を楽しむチャンスを手に入れたのだった。


    ◇◇◇


 ――迷宮探索中のサクヤ。


 サクヤは昨日と同じように迷宮の一階層目を探索していた。


「キヒッ!」


 そんなサクヤに襲い掛かるゴブリン。数は二匹。


「おっしゃ、ばちこーい!」


 サクヤはまず一匹目のゴブリンの頭部をグランエグゼで殴り、吹き飛ばす。ゴブリンは小柄である為簡単に吹き飛び、地面に倒れた。


「グギ」


 それを見たもう一匹のゴブリンはビビッてしまったのかサクヤの目の前で立ち止まってしまう。


「突きー!」


 サクヤは立ち止まったゴブリンに向かってグランエグゼを突き刺す。ゴブリンは体重が軽いので思ったほど突き刺さらないが、十分な致命傷を負って、しばらく転がってから動かなくなった。


「そりゃ」


 動かなくなったゴブリンはそのままにして、サクヤは最初の方のゴブリンに止めを刺す。それにより二匹のゴブリンは生き絶え、サクヤの完全勝利が決まる。


「やっぱり、グランエグゼの方が使いやすいわね」


 サクヤは上機嫌でそのまま奥の方へと進んでいった。それから一時間で20匹という、良いペースでゴブリンを倒したサクヤは、前方に階段を見つける。


「おっ、これが次の階層に進む為の階段かな?」


 受付でされた説明を思い出しながらサクヤは階段の下を見た。


「うーん、ここを降りると魔物が強くなるんだよね。どうしようかな?」


 サクヤはこのまま一階層でゴブリン狩りを続けようとも考えたが、はっきり言って余裕がありすぎてつまらないと感じていたので、先に進む事を選択した。


「まあ、一階降りたくらいで急に強い敵も出ないでしょ」


 そう思いながら階段を下りたサクヤの目の前にゼリー状の物体が現れる。


「これはスライム!」


 サクヤは見た目で適当にそう呼んでいたが、その魔物は間違いなくスライムという魔物だった。


「入り口で待機はずるいけど、スライムと言えば雑魚モンスター筆頭。楽勝ね!」


 サクヤはそう判断すると、スライムにグランエグゼを叩き付ける。すると、にゅるりという音がして、グランエグゼがスライムの体に飲み込まれ、それを伝ってスライムがサクヤに体を伸ばしてくる。


 じゅうっ。


「痛いっ!」


 サクヤはビックリとしてグランエグゼを手放して後ろに跳んだ。

 スライムから一旦距離を取ったサクヤは自分の右手を見てぎょっとする。サクヤの右手はやけどをした様な状態になっていた。


 これは、スライムの体の酸による効果である。スライムは二階層目の敵という事で弱いと思われがちだが、その全身は特殊な酸のゼリー状の液体になっており、捕まえた相手をすぐさま溶かしてしまうのだ。この酸は普通の酸と違い、有機物、つまり生物しか溶かす事が無い為、武器が劣化する心配は無いが、体術で戦う人間にはとても厄介な魔物であった。


 因みにこの生物のみを溶かすという能力は、一部の人間から「なんて無能な魔物なんだ! 普通は逆だろ!」とか「どうして服だけを溶かしてくれないんですか!」などという大批判を受けているが、普通に考えれば、生物だけを溶かす方が魔物として正しいのである。


「形成!」


 話が逸れたが、その間にサクヤはグランエグゼを再形成し、スライムを睨み付ける。


「強いタイプのスライムだったか……。でも、第二階層の敵って事は、何かわかりやすい弱点があるはず……」


 そう考えたサクヤは、スライムをよく観察してみる。すると、スライムのゼリー状の体の中に、ピンポン玉くらいの固形物があるのを見つけた。


「あれね!」


 それがスライムの弱点であると判断したサクヤは、グランエグゼをその固形物――スライムの核に突き刺した。すると、スライムは断末魔さえ残さずに液体になる。


「よっし、正解」


 右手にやけどは負ったが、スライムに勝利したサクヤは上機嫌で第二階層の探索を開始する。そんなサクヤの目の前に三匹のスライムが現れ、一斉に襲い掛かって来る。


「この迷宮は手加減ってものを知らないの!」


 そんな叫び声を上げながらサクヤは三匹のスライムに向かう。幸いスライムは動きが遅く、走り回ればその場をうろうろするばかりで攻撃してこない。サクヤはそんなスライムを一匹ずつ確実に殺していく。

 途中スライムが核を移動させるという必殺技を披露して、攻撃を外してしまうが、そんな時は迷わずグランエグゼを手放し、再形成して対応した。こんな時、グランエグゼの武器非携帯の能力は便利だったが、サクヤは自分が何のためにグランエグゼを予め形成して持ち込んだのか忘れてしまっている様だった。


 その事にサクヤが気が付いたのは、スライムを17匹ほど倒したあとで、もうどうしようもなくなってからであった。


「とっ、取り合えず今回はこの辺にして一旦戻りましょう。なっ、なーに、これで問題が発生しなければ次回から心置きなくグランエグゼが使えるし。まっ、まだ慌てるような時間じゃないし……」


 こうしてサクヤはドキドキしながら迷宮から帰還したのだった。




 ――帰還後、迷宮ギルド受付。


 サクヤは入った時の事を考慮して、グランエグゼを布でぐるぐる巻きにして迷宮ギルドに帰還した。


「たっ、ただいま戻りました」

「――っん? お帰りなさい。お疲れ様です」


 受付嬢はサクヤの態度が不審だと思いながらも普段通りの対応をする。この仕事をしているとちょっと変わった人間の相手をする事も多いので、感覚が麻痺しているのだ。


「それでは、報酬金額の計算をしますね」

「お願いします……」


 受付嬢はいつも通りに、サクヤは自信の無いテストの結果を見る時のような緊張感を持って、結果を待つ。


「えーと、今回の討伐数はゴブリンが20匹にスライムが17匹ですか。二日目にしてはすごいですね。正直貴女がスライムとまともに戦えるとは思いませんでした。報酬金額は銅貨54枚になります」

「あはは……」


 サクヤは受付嬢の態度に怒っても良かったのだが、正直グランエグゼの問題が気になってそれどころではなかった。


「あとは魔力の使用量ですが、今回は銅貨一枚分だけですね。ちゃんと反省して頑張るのは良い事です」

「えっ、一枚分ですか?」


 その答えにサクヤは驚く。今回サクヤは魔道具を使用せずグランエグゼだけで戦ったのだ。もしも、グランエグゼの形成が魔力を消耗するならもっと減額されてもおかしくない。そして、魔力を使わないなら減額は無しのはずだ。一枚だけの減額というのは理解し難かった。


「その様子だと、戦闘中に魔道具は一切使っていないと思っていますね。こういった場合、一番可能性があるのは、魔道具の鞄などを持っている場合です」

「魔道具の鞄? これの事かな?」


 サクヤが腰の鞄を叩きながら見せると、受付嬢は納得したような顔をする。


「そうですね、若干使用量が多い気がしますが、その鞄で間違いないと思います。そういった幻想因子を予め注ぐ事で常時起動している魔道具は、大変微量なのですが常に魔力を発生させています。その魔力に観測の魔道具が反応してしまうんです」

「なるほど……」

「申し訳ありませんが、その分については別途計算する事は出来ないので、必要経費として割り切って頂くか、外してから迷宮に入るかして頂く形になります」

「わかりました。教えて頂いてありがとうございます」


 その説明を聞いて、サクヤはひとまず安心した。どうやらグランエグゼについては何も問題なかったようだからだ。そして、サクヤは今後について、鞄を外すのは不安なので銅貨一枚は手数料として諦める事に決めていた。


 因みに、受付嬢が若干使用量が多いと言っていたのには訳がある。この世界には銅貨一枚以下のお金が存在しない為、減額は必ず銅貨一枚単位になるのだが、これが、すべて繰り上げという計算になっている。その為、魔力の消費量については0,1枚分だろうが0,9枚分だろうが一枚と計算される。

 そんな中、サクヤの鞄が消費する魔力の量は0,05枚分程度なのだが、受付嬢の手元には0,3枚分と表示されていたのだ。何故この様な事が起こったかというと、それは、サクヤに原因がある。


 サクヤはグランエグゼ用の外部付属生態魔道具兵装になるのだが、それはつまり、サクヤが特殊能力を使用する際に魔力を消費している事を意味する。そして、サクヤは常時所持品軽量化という特殊能力を発動している為、常に魔力を使い続けている事になるのだった。

 消費する幻想因子の量については回復量が上回る為問題ないが、これによりサクヤは、鞄を置いていこうが、何をしようが、報酬減額の魔の手からは逃げられない事になるのだった。


「それではご納得して頂いたところで、報酬のお渡しです。差し引き金額は銅貨53枚になりますが、硬貨は何でお渡ししますか?」


 この世界にはお釣りを常備しておくという考え方が無い為、全てを大銅貨にしてしまうと不便になってしまう可能性が高い。その為、報酬を受け取る際は、硬貨の種類も選ぶ事が出来る。


「じゃあ、大銅貨4枚と銅貨13枚でお願いします」


 サクヤは宿泊代一日分を大銅貨で確保する形を取り、報酬を受け取った。


「はい、わかりました。これが報酬になります。ご確認ください」

「ありがとうございます」


 サクヤは軽く枚数を確認して硬貨を袋に入れ、鞄に放り込んだ。


「それではお疲れ様でした」

「はい、お先に失礼します」


 サクヤは受付嬢に手を振りながら迷宮ギルドを後にした。それを見送った受付嬢はため息をつく。


「こんな仕事を選んだ割には礼儀正しいし、本当に良い子ね。ああいう子には長生きしてもらいたいものだわ……」


 今まで沢山の人間と出会い、突然の別れを何度も経験した受付嬢は、この出会いが一日でも長く続く事を願うのだった。


    ◇◇◇


 ――迷宮都市アルテミス、商店街。


「おねえさーん、バナナチョコ生クリームクレープ一つお願い。クリームとチョコ増量で」


 とある少女が一人でやって来たのは、アルテミス商店街にあるクレープ屋である。この店はクレープの専門店で有名なのだが、子供はあまり来店しない。何故なら高いからである。


「あらあらお嬢さん、それだと銅貨9枚になるけど大丈夫?」


 銅貨が9枚あれば大人一人の一日分の食費が賄えてしまう。その為、クレープというのはかなりの嗜好品として扱われていた。


「大丈夫、大丈夫。はい、銅貨9枚」

「確かに、受け取りました。ちょっと待っててね」


 店員はお金が払えるなら特に気にする事は無い様で、そのままクレープ作りを開始する。温められた鉄板にクレープの元を流し入れ、手際よく皮を作り台に乗せ、その上にバナナを置き、冷蔵庫と呼ばれる魔道具から生クリームを取り出しトッピング。最後にチョコシロップをかけて巻けば完成。アルテミス名物クレープである。


 正直言ってこれで銅貨9枚は高い。この迷宮都市には金に余裕のある迷宮ギルドの人間がいるので商売になっているが、他の国では半額以下でないと商売にならないと予想できた。


「はい、どうぞ。生クリームたっぷりだからスプーンも使いなさい」

「ありがとう」


 そう言いながら少女はクレープを受け取った。その瞬間、店員の女性はその少女が目を疑うほど美しい少女だと気が付く。その少女の美しさに一瞬心を奪われた店員だが、すぐに仕事を思い出し、サービスであるお茶を少女に差し出す。

 少女はお茶を受け取ると、お礼を言って去っていき、店員はその少女の後姿を見えなくなるまで見つめていた。


「ふむふむ、味の方は僕が教えた通りに出来ているみたいだし、サービスも悪くない。文句無しの合格点だね」


 クレープを受け取った少女――クレアは、そのまま近くのベンチに腰掛け、クレープを味わっていた。


「でも、お茶を渡されると両手が塞がってスプーンが使えなくなって困るな。まあ、その辺は近くにベンチがあるから我慢するけど、正直ペットボトルみたいな容器が欲しいところだね。まあ、この世界で再現したらクレープより高級品になりそうだけど」


 ペットボトルというこの世界には存在しない物の名称を呟きながら、クレアはクレープを味わう。その姿はとても愛らしく、道行く人々はその姿に心奪われ、その後「あの子の食べているものと同じものが食べたい」と言ってクレープ屋に向かっていった。

 その結果、今日この日、アルテミスのクレープ屋は過去最高の売り上げを達成し、店員の女性は嬉しい? 悲鳴を上げたのだった。


 その後、クレアは予定通り商店街を適当にぶらつき、お腹を減らしてから和食の専門店に入り、久しぶりの白米を堪能したのだった。


「う~ん、おいしー! やっぱり日本人は白米だよね!」


 その日本人という単語が一体何なのか、その場にいる人間には理解が出来なかったのだが、クレアが嬉しそうにご飯を食べている様子を見るだけで、みんなは幸せな気分になっていった。


魔法ありの世界にしたのに全然魔法使いが出てきていない事に最近気が付きました。

そして、アルテミス編でも出る予定がありません。

どうしてこうなったのでしょう……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ