第25話 迷宮ギルド 初日
――次の日、迷宮ギルド受付。
「はい、サクヤさん。これが貴女用の観測の魔道具です」
「ありがとうございます」
そう言いながらサクヤはチョーカー型魔道具を受け取った。この魔道具は観測の魔道具。迷宮内でギルド員が魔物を倒した際、変換された幻想因子の量を測定し、報酬を計算してくれる装置だ。
「この魔道具についての簡単な説明をします」
「お願いします」
まず、この魔道具は付けているだけでその機能を発揮し、どんな状態でも正確に幻想因子変換量を計算してくれる。ただし、この魔道具にはもう一つ観測する対象がある。それは、装着者が使用した魔力の量だ。
「折角魔力の残滓を幻想因子に戻しているのに、魔法を乱用しては意味がありません。そこで、その魔道具は使用した分の魔力を計算し、その分を自動的に報酬から天引き――減額させます」
これにより、魔力を節約しすぎて死ぬといった事故が起こっているが、それは自己責任でしか無い為、大した問題にはなっていない。
「これってなんでチョーカー型なんですか?」
サクヤは気になった事を質問する。
「ああ、それは、腕輪や足輪にしたところ、他の魔道具が邪魔で付けられないと言われたり、手足と一緒に紛失したりという事態が起こったので、邪魔にならず、尚且つ紛失する時は命も一緒に失ってくれて再発行する手間がかからずに済む場所、つまり首に付ける形となったのです」
「う、うん……」
サクヤは聞かなければ良かったと思い渋い顔をする。それを見た受付嬢は、サクヤが話を理解できていないのだと判断した。
「まあ、難しく考える必要はありません。貴女はこれから迷宮ギルドの一員として、受付で手続きをしてから迷宮に入り、そこで魔物を倒してお金を貰う。これだけ理解していれば大丈夫です」
「分かりました。ありがとうございます」
「いえいえ」
受付嬢が普段相手をしている人間は、文字すら読めない様な暮らしをしていた者ばかりである。その為、受付嬢はサクヤもその類いであると判断し、掻い摘んで説明した。しかし、実際にはサクヤは読み書きも出来るし、話の内容も分かっていた為、余計な気遣いになっていた。
「そう言えば、魔力は消費すると減額されるとして、神意能力等はどうなるんですか?」
「貴女は神意能力者なんですか?」
「あっ、いえ。好奇心で聞きました」
「はぁ……、そうですか」
受付嬢の目は余計な仕事を増やすなと訴えていたが、丁寧に教えてくれる。
受付嬢の説明によると、そもそも神意能力者は迷宮にやってこないという事だった。何故かと言うと、人界にいる神意能力者というのは、国のお抱えとして生涯を過ごすか、シルヴァリオン帝国に目を付けられるのを恐れてひっそりと生涯を過ごすかの二択しか選べず、こんな場所で働く事はあり得ないという事だった。
「なるほど、ありがとうございます」
サクヤは神意能力者との出会いが無いという事に少しガッカリしながらも、お礼だけは伝えた。
「他に質問がなければ早速迷宮に入ってみますか?」
「はい、お願いします!」
サクヤがチョーカーを付けながら元気よく返事をすると、受付嬢がサクヤを迷宮入り口まで案内してくれる。
「ここが、迷宮の入り口です。迷宮は階段を下りる事でより強く、報酬も高い魔物がいる階層へ進む事ができ、一度行った事のある階層へは直接転移する事も可能です。あと、迷宮からの帰還は、各階層の階段の横にある石碑の魔道具に手を当てて、迷宮脱出、と宣言すれば大丈夫です。まぁ、最初は第一階層で様子を見て終わりにする事をお勧めします」
「ありがとうございます。それじゃあ、行って来ます」
そう言うとサクヤは迷宮へと入っていった。それを見送った受付嬢はため息をつく。
「あの子くらい可愛い女の子なら、他にいくらでも仕事があるでしょうに……。何でこんな仕事を選んだのかしら、勿体無い」
その疑問に答えてくれる人間はもうそこにはいなかった。
――迷宮、第一階層。
「ここが迷宮か。すごい所みたいね」
サクヤは迷宮に入り、まず周囲を見回していた。サクヤの迷宮のイメージは、狭いレンガ造りの道がずっと続いているという感じだったが、実際の迷宮は、四車線のトンネルくらいの広さの整備された道が続いている場所だった。
「このくらい広ければ速さを生かした戦いも出来るし、もしもの時は遠距離攻撃でチクチク倒せそうね」
そう言いながら、サクヤは迷宮探索の一歩を踏み出した。しかしその時、何かの影がサクヤに近付いてくる。
「んっ? あれは……」
「キシャーーー!」
それは、緑色で耳が長い小人の魔物、ゴブリンであった。
「コイツならリーネ村で戦ったし楽勝ね」
そう思ったサクヤはグランエグゼを召喚しようとするが、ある事が頭をよぎる。
(あれ? グランエグゼの形成って魔法扱いなのかな? そもそも、グランエグゼって使っても大丈夫なものなの? 神剣は使用禁止とか無かったけど、使ったら没収されたりしないのかな?)
サクヤには観測の魔道具がどの程度の事を観察しているかわからない為、不必要なほど不安になり、グランエグゼを形成するのを躊躇してしまう。その間もゴブリンはサクヤへと走って来ていた。
「うー、取り合えず今はこっちを使いましょうかね!」
サクヤは腰の鞄をお腹側に回し、中からリンドブルムで奪った短剣二本を取り出す。そして、鞄を元の位置に戻した後、迫るゴブリンに自分から突撃した。
ゴブリンはそんなサクヤに手持ちのナイフで襲い掛かる。その攻撃を余裕を持って回避したサクヤは、そのまま短剣をゴブリンの体に振り下ろす。
「グヒッ!」
「ありゃ!」
しかし、サクヤの攻撃はゴブリンには届かず、空振りに終わる。それもそのはず、サクヤはグランエグゼの三分の一程度の長さの短剣をグランエグゼと同じ様に振り回していたのだ。
「動かない人を狙うみたいにはいかないか」
サクヤは短剣を構え、今度はこちらから突撃する。
「ギヒッ!」
それを見たゴブリンは、殺されるのを恐れていないかのような体当たりをしてくる。それにより、短剣はゴブリンに刺さるが、サクヤはゴブリンに突き飛ばされてしまう。
「おっと!」
しかし、サクヤもその程度では動じず、三歩下がって体勢を立て直す。
「その程度じゃっ――」
どうにもならないと言おうとしたサクヤの足に、ナイフが突き刺さる。
「――っいったっ!」
サクヤが驚いて足元を見ると、そこには見つからないように匍匐前進して近付いて来ていたもう一匹のゴブリンがいた。こちらは目の前のゴブリンと違い、一言も喋らないので、静かに近付いて来たようだ。
「意外と頭良いのね!」
よくわからない事を叫びながら、サクヤは足元のゴブリンを蹴り飛ばす。しかし、その所為で刺された傷口が痛み、足を押さえて跳びはねる事になる。
「ギギャ!」
それを好機と思ったのか、最初からいた方のゴブリンが刺された痛みに耐えながら、サクヤに向かってナイフごと突進してくる。サクヤはそれを確認すると、左腕をゴブリンに向けて叫ぶ。
「ブレード・シュート!」
突然現れた光の剣にゴブリンは反応出来ず、そのまま頭から剣を生やして倒れた。しかし、もう一体の方はまだ健在で、サクヤの血が滴るナイフを舐めながら近付いてくる。
「ブレード・シュート」
余裕をかましていたゴブリンはそれであっさりと死亡。サクヤは初陣に勝利した。そして、サクヤは勝利の余韻の中で一つの結論に至った。
「もしかして、私ってすごく弱い?」
それは、否定できない。
――それから二時間後。
「取り合えず今日はこれくらいにしようかな」
その後、怪我が治るのを待ってから魔物狩りを再開したサクヤは二時間の間に30匹のゴブリンを倒した。最初のうちは若干苦戦したものの、魔道具を惜しみなく使用する様になってからは余裕のある戦いが出来ていた。
「ただいま、おねえさん」
「お帰りなさい。それでは、報酬金額を計算しますね」
受付嬢に挨拶をすると、受付嬢は慣れた様子で計測器の様な魔道具をサクヤの首のチョーカーに当てて、報酬金額を計算している。
「はい、計算でき……ました……」
計算が終わると受付嬢は渋い顔になってサクヤを見た。
「何か問題がありましたか?」
その反応で、サクヤは何かやってしまったのかと不安になった。そんなサクヤに受付嬢は説明する。
「あのですね。サクヤさんが倒した魔物はゴブリンが30匹で、初めてにしては十分な数です。これに対しての報酬は銅貨30枚になります」
銅貨30枚は日本円にすると約3000円の価値がある。命を賭けた対価にしては安い気もするが、時給1500円の仕事だと考えれば、悪くは無いとも言える。
「ただし、サクヤさんは魔道具をかなり使われたようで、その分の減額が銅貨22枚となります。その為、実際の報酬は銅貨8枚になります」
「おっ、おう……」
命懸けの仕事で時給400円という数字を聞いて、サクヤは切なくなってしまう。しかも、サクヤが泊まっている宿の宿泊費は素泊まりで一日大銅貨4枚――4000円なので、このままでは赤字になってしまう事は確実だった。
「あのですね、難しいのかもしれませんが、ゴブリンに魔道具を使っている様ではこの仕事は辞めた方がいいですよ?」
「うううっ……」
サクヤはその言葉に何も言い返せず、報酬を貰うとそそくさと迷宮ギルドをあとにした。
――その夜。
「今日の報酬と、残りのお金を合わせても銅貨61枚……。これじゃあ、明日の宿代で終わっちゃう……」
宿泊費に関しては必ず先払いと決まっているので、明日の朝銅貨40枚を払わなければ、部屋の確保がして貰えない。その為、サクヤは残り21枚の銅貨を明日中に40枚にして宿泊費を確保。更に食費やその他もろもろの費用を稼ぎつつ、その次の日の為の予算も蓄えなければならなかった。
「これは、無理をしてもっと深い所に進むか、魔道具を使わずに戦う必要があるわね」
迷宮ギルドの一員になったばかりの初心者の主な死亡原因である、金の為の無理な探索を実行する予定を立てながら、サクヤは考えた。
「あとは、グランエグゼが使えるかどうかよね。やっぱり私の相棒はグランエグゼじゃないと落ち着かないわ」
サクヤは、グランエグゼが自分にとって最高のパートナーだと思っている。その為、たとえ切れ味が皆無だったとしても、グランエグゼを持っている方が安心できると感じていた。
「これは、一度受付のお姉さんに相談してみるしかないか。まあ、それで何か言われたら最悪この仕事を諦めるしかないわね」
サクヤはそう決心して、明日に備えて眠りに付いた。
最初の方に考えた貨幣の設定を少し誤った気がします。
銅貨は千枚で銀貨一枚の方が良かったかも……。
取り合えず現状は元々の設定のままにします。




