第24話 迷宮都市アルテミス
迷宮都市アルテミス、この街はそう呼ばれている。
この街は、人界の中央に存在するのだが、シルヴァリオン帝国に直接管理される、シルヴァリオン帝国の属領である。基本的な管理もシルヴァリオン帝国の人間と、この場に元々住んでいた人間達から選ばれた人間が行っており、基本的に放任主義のシルヴァリオン帝国がしっかりと管理している数少ない場所であった。
さて、この街は何故迷宮都市と呼ばれているのか、その答えはこの国の地下にあった。この国の地下にあるもの、それは名前の通り迷宮である。
迷宮、それは人工的に作られた巨大な魔物であった。この魔物の特徴は、体内が広大な空間になっている事と、周囲に漂う魔力の残滓を強制的に集め、それを魔物として体内に生成する事である。
何故、こんな魔物が人工的に造られたのか、それは、人界を造り出す為であった。本来魔物は無差別に生まれる筈なのだが、この迷宮が存在するお陰で人界では、殆どの魔物が迷宮内で誕生し、稀にしか魔物が地上に生まれる事はない。
それに、生まれる場所が指定できれば、魔物を殺し魔力の残滓を幻想因子に変換する作業もやり易く、魔物が暴れ回らない様管理する事も簡単にする事が出来る。迷宮は人間にとって平和の象徴であった。
ただ、そんな迷宮の効果範囲は人界のみに設定されており、幻界と呼ばれる場所は効果範囲から外されている。何故そんな事をするのか、それは、この迷宮が魔道具の材料――魔結晶になる筈の魔力の残滓も強制的に魔物に変えてしまうからだ。
魔道具に支えられた豊かな生活、これを維持するには魔結晶は必要不可欠。その為、幻界では魔結晶が出来る様に迷宮が設置されず、更には魔力の使用量を増やす為、魔法や魔道具を使って戦い合う様に管理されていた。
人界が平和でいられる理由。それは、この迷宮の存在と、幻界の犠牲があるからであった。
◇◇◇
――迷宮都市アルテミス、迷宮ギルド。
「それでは、最後にお名前をよろしいですか?」
「えっと、サクヤです」
「サクヤさんですね。はい、これで登録完了です。明日には貴女用の観測の魔道具が完成しますから、ここでこの用紙を見せてください」
「ありがとうございます」
サクヤと名乗った少女がいる場所は、迷宮ギルドと呼ばれる場所である。
迷宮ギルド、それはアルテミスに存在する迷宮を管理する組織だった。何故こんな組織が存在するのかというと、それは、迷宮に魔物を狩る人間を派遣する為である。
迷宮の中には大量の魔物が生まれる。その魔物を狩る事で魔力の残滓は幻想因子に還る。簡単な事であるがここで問題が発生する。誰が魔物を狩るのかという事だ。
この迷宮が造られた当初はこれを軍人が行っていたのだが、そんな事に人員を割けば他に影響が出るのは当然の事で、だんだんと魔物討伐を維持するのが難しくなってきた。しかし、そんな時こんな意見が出た。
「一般人から魔物ハンターって感じで募集をして働かせれば良いんじゃないかな? 給料は高めに払って、その代わり死んだ時は自己責任って事にすれば、軍の人間にも被害が出ないし、楽だと思うよ」
その鶴の一声により、この迷宮ギルドは生まれる事になったのだが、当初は色々と問題が指摘された。人は集まるのか、給料はどこから出るのか、一般人に任せて危険は無いのか、その人物が死んだ際に問題になるのではないか、そんな様々な質問が発言者に投げ掛けられた。それに対して、その発言者の少女は言った。
「君達は、僕の提案が、間違ってると思うのかな? 金に関しては僕が何とかする。君達は言われた通りにすれば良いんだよ。早く言う通りにしてくれないと、僕、怒って暴れちゃうぞ?」
その発言により、当時の関係者はケツに火を付けられたかの様な勢いで働き、たった数ヶ月でこの組織を完成させ本格稼動を開始させた。結論から言えば、この計画は成功で、迷宮ギルドはすぐに登録者で一杯になった。
結局平和な世界が来ようと、力を持て余したり、他に行き場の無い人間というのは存在するようで、迷宮ギルドはそれから400年もの間、その機能を維持させてきたのだった。
「本当に簡単な審査だけで登録出来るんだ。よかった」
そんな歴史ある迷宮ギルドの一員となった少女――サクヤは、アルテミスの街中をブラブラと歩いていた。
「宿に関してはもう予約したし、その辺見て回って明日に備えようかな」
サクヤが歩いている場所はアルテミスの商店街だった。この場所は人界で最も金の流れが激しい場所とも言われ、いつも活気がある。
「うっ、でもなんか高い……」
アルテミスでは基本的に物価が高い。それは、迷宮ギルドの給料が割高で、ギルド員の人間が金を多く持っているからである。当然ではあるが、ギルド員だろうが他の国で買い物をする権利はある。その為、この金額が気に食わなければ他で買い物をすれば良いと思える。
しかし、アルテミスの周囲には小さい農村しか存在せず、ギルド員達も、仕事以外で体力を使う気にはなれず、その高い物価を甘んじて受け入れているのだ。しかし、この街に初めて来た人間は、それほど金を持っていない事が多く、最初のうちにとても苦労する事になる。
「ううっ、こんな事ならどこかで買い物を済ませてからここに来るべきだったわ」
サクヤがこの国に来た理由、それは単純に金の為であった。サクヤはこの世界に来てから、エスタシアで貰った金とリンドブルムで奪った金しか手に入れていない。このままでは、魔法や魔道具を手に入れるどころか日々の生活すら間々ならなくなってしまう。そう思ったサクヤは、この街の噂を聞き、一攫千金を狙ってやって来たのだ。
「これじゃあ、仕事を頑張らないと宿代も確保できないよ。よーし、気合入れよ。頑張れ男の子!」
そんな事を言いながら、サクヤは何も買わずに宿へ向かった。そして、宿に着いたサクヤは、ギルドで貰った用紙に書いてある説明事項を確認して、明日に備えて早めに就寝するのだった。
◇◇◇
この人物の名前はサクヤ。異世界からやって来た人間である。この人物は異世界から来たという事以外は普通の人間に見えるが、普通ではない事情を抱えている。
まず、この人物は見た目こそ少女であるが、中身に関してはれっきとした男である。本人もその事は理解しているのだが、何故か自然に女言葉を操る事ができ、女としての感覚も持っていた。
次に、この人物には記憶が無い。正確にはエスタシアという国で過ごした断片的記憶と、リーネ村での数日間の記憶。そして、リンドブルムという国で過ごした記憶のほんの一部しか覚えていないのだ。これについては異世界人だという認識があるのに元の世界の事が思い出せないなどかなり不安な部分があるのだが、何故かサクヤは考える事を放棄していた。
そして、サクヤはそんな不安定で記憶も曖昧な状態でも、人間としての思考能力を維持したまま、なんでもない風に生活している。自分の存在理由、神意能力者を倒す事。自分に必要なもの、グランエグゼと自分の体。それだけが分かっていれば他には何も必要ない。サクヤの心にはそんな感情が宿っていた。
『壊れて二つの人格と記憶が混ざり、不安定な筈なのに、意外とまともな状態で動いていますね。人間というのは思ったより頑丈な様で安心しました。これで遠慮なく使い潰せます』
そんな言葉をグランエグゼに浴びせられながら、サクヤは今日も健気に生きていく。
女体化男子って男口調と女口調どっちがいいんでしょうかね。
私は女口調派です。




