第23話 大陸を統べし者 シルヴァリオン帝国
軍事大国シルヴァリオン、それは、大陸を統べし者の帝国である。
――シルヴァリオン帝国、会議室。
「以上が解放軍との戦いの報告です」
解放軍を撃退した11人の神意能力者は、期待に満ちた顔でとある少女の前に並んで立っていた。
「うん、ご苦労様。流石は僕の選んだ精鋭部隊。こんなに早く終わらせるなんて、よく頑張ったね」
「勿体無いお言葉でございますクレア様」
恍惚な表情となった11人の神意能力者が見つめる先にいるのは、腰まで届く美しい黒髪と血の様に紅い深紅の瞳、白雪の様に白く滑らかな肌と小さく細身の体を持ち、漆黒のドレスを身に纏った12歳程にしか見えない儚い夢の様な少女であった。
そして、この幻想が具現化したかの様に美しい少女こそが、シルヴァリオン帝国の女帝クレア・R・シルヴァリオンである。
「良いんだよ遠慮しなくて。今日は特別に一人一人頭を撫でてあげよう」
「あぁ、クレア様……」
「ありがとうございます」
「光栄です!」
そう言いながら、クレアは自分に向かって傅く神意能力者達の頭を一人ずつ撫でていく。年端も行かぬ少女に犬の様に撫でられて喜ぶ成人の男女達がいるこの光景は、途轍もなく異常なものだった。
「よし、これでおしまいだよ。もっと撫でて欲しい時はもっと頑張ってね」
「「「はい! 我らがクレア様の為に!」」」
彼らはクレアのその行動に心から感謝を込めて返事をした。常人がこの帝国の実態を見たとしたら、いったい何を思うのだろうか。
「まぁ、解放軍の話はこれで終わりとして、次はエスタシアとリンドブルムで起こった事件について話し合おうか」
「はい、クレア様」
その言葉を受けて11人の神意能力者はそれぞれの席に着く。そして、進行役の男が立ち上がり、人界で起こった事件の報告が始まる。
「まず、エスタシアで起こった事件。これはサクヤと名乗った少女が、エスタシアで竜を操る神意能力者と戦い、街の区画を一つ消滅させた事件になります」
エスタシアの悲劇、この事件はエスタシアだけでなく、シルヴァリオン帝国にも影響のある事件であった。シルヴァリオン帝国は現在、生活用魔道具を全てエスタシアからの寄付で賄っている。その為、エスタシアが機能しないと困るのだ。
「これについては犯人は逃がしたけど、エスタシアを徹底管理する方向に話を持って行けたから結果オーライかな。ただ、僕としては竜を呼び出すなんていう神意能力者を今まで放置していた事が一番の問題かなと思うよ」
「も、申し訳ございません」
その発言に進行役の男は心から申し訳無さそうに返事をする。しかし、神意能力者はある日突然前触れ無く生まれ、勝手に育ち、見た目では判断できないのだから、発見出来なくても仕方が無い事でもあった。その事はクレアも分かっているのだが、だからといって危機感が無くなっては困るので注意を促す。
「コホン、まあ、その話は後にして次の報告を頼むよ」
「畏まりました」
進行役の男は次の事件を報告する。
「エスタシアの事件の後、リンドブルムでも国王が死亡するという事件が起こったのですが、この事件の犯人はどうやらエスタシアの事件の犯人と同一人物の様であると報告されています」
「でも、リンドブルムでは国民やならず者が騒いだくらいで大きな被害は出ていない、だったね」
「はい。元々あの国は治安の悪い国でしたから、切っ掛けはともかく被害に関しては自国の人間が原因のものばかりです」
「ふ~ん」
はっきり言ってシルヴァリオン帝国はリンドブルムの事件についてあまり興味が無い。あの国の役割は精々厄介者を一纏めにするゴミ集積場としての機能くらいで、それ以外は消えようがどうでもいい国だったからだ。
「それで、リンドブルムはその後どうなったの?」
「はい、あの国についてはもうどうしようもないと判断し、ミライを派遣し塵も残さず焼却処分しました」
「うん、いい判断だね。流石だよ」
「ありがとうございます」
進行役の男の話すミライとは、業火の能力を持った女性で、彼女はその力でリンドブルムを国民やならず者ごと焼却処分していた。それはゴミクズ達に相応しい最後であったと言われている。
因みに、人界での事件について、皇帝であるクレアは事後報告を受けるのみで具体的な解決策について口出しをしていない。クレアは部下達の自主性を重んじており、彼らが手に負えなくなるまでは、自身の力で解決する大切さを勉強させているのだ。
決して「うわ、この人数に一々指示出すのめんどくさい……、僕の助言が必要な問題が発生するまでは、皆に好き勝手やらせちゃえば良いよね」とか思っていたりはしない。あくまでも自主性を重んじているのだ。
「んじゃあ、人界でのごたごたは、そのサクヤって娘を捕まえれば終わりって事だね」
「そうなのですが、この少女については色々とわからない部分がありましてどうしたものかと考えております」
「わからない事?」
進行役の男が疑問に思うのも無理はない。サクヤの情報について調べれば調べるほど理解不能な情報が出てくるからだ。
「まず、名前や見た目は良いとして、最初の遭遇ではドラゴン一匹に重症を負わせられるも、勝利に貢献。次にその竜を召喚していた神意能力者と戦った際は街ごと相手を消滅させる力を見せる。しかし、リンドブルムでは地味な騒ぎを起こしただけで終わり。本当に同一人物なのかと疑いたくなります」
頭を抱える進行役の男にクレアは飽きれ顔で声をかける。
「君は本当にわからないの? そんなの使用条件が限られている力の使い手だからに決まってるでしょ」
その言葉に進行役の男はハッとなりクレアを見る。
「僕の予想だとそのサクヤちゃんは神意能力者に対して特化した力の持ち主だと思うな。最初の方のドラゴンについては、目の前に相手がいなかったから力が使えなかったとかそんなところでしょう。リンドブルムについては、まあ、あそこにはもう神意能力者がいなかったから、大した力が使えなかったってところかな」
「なるほど……!」
進行役の男は、その一言で納得したようで、それ以上の疑問は口にしなかった。
「それじゃあ、サクヤちゃんの力は神意能力者に特化したものだと仮定して、捜索には魔法使いの子達のみを送り、暫くは人界に神意能力者の子達を送らないようにしようか」
「畏まりました。その様に手配いたします」
クレアの助言に異論のある者は居らず、サクヤ対策についてはそれで終わりだと思われた。しかし――。
「では、クレア様のアルテミス視察も延期とお伝えしておきます」
「はあ? 今なんて言ったのかな?」
その一言で場の空気が凍りつく。進行役の男は言ってからしまったと思ったようだが、もう間に合わなかった。
「君は、僕が、サクヤちゃんに恐れをなして、逃げ出すと思っているのかな?」
「そっ、そんな事はございません」
進行役の男は全身から冷汗が噴出すのを感じていた。人界にある都市アルテミスへの視察の中止。それは、クレアがサクヤに襲われるのを心配しての言葉だったが、解釈によっては、クレアがサクヤを恐れているという意味合いにもとれる。
「君は理解していないようだけど、僕にとって一番安全な場所は僕自身がいる場所さ。つまりどこに居ようが変わらない。違うかい?」
「クレア様の仰るとおりでございます!」
進行役の男には首を縦に振る事しか出来なかった。
「それじゃあ、今回の視察は僕一人で行っても良いよね?」
「はいその通り――って、は!」
「よし、確認も取れた事だし、決定だね。あっ、サクヤちゃんの捜索についてもアルテミス以外から探してね。もし、僕がいる時にアルテミスに捜索隊の人間が現れたら、僕、怒って暴れちゃうぞ?」
「わっ、分かりました……その様に手配します……」
その発言に逆らえる者など存在しない。こうしてクレアは本来100人規模で行うはずだった、アルテミス視察を一人で行う口実を手に入れたのだ。
「それじゃあ会議は終了! みんな、お仕事に戻りなさい!」
「「「畏まりました。クレア様!」」」
こうして会議は終わり、シルヴァリオン帝国の人間達は持ち場に戻った。
◇◇◇
――会議終了後、クレア・R・シルヴァリオンの自室。
「ふふ~ん、やったぞやったぞ! 久しぶりの一人旅だ!」
クレアは自室に戻るとベッドに跳び込み、枕を抱きしめながら嬉しそうにベッドの上を転がっていた。
「最近は出掛ける時も集団行動ばっかりで、気を抜けなかったし、楽しみだなぁ」
クレアの表情は本当に嬉しそうな少女のもので、この一場面だけを見たとしたら、誰も彼女がこの大陸の覇者だとは思えないだろう。
「みんな僕を大切に思ってくれてるのはわかるけど、過保護すぎるんだよね。僕だってたまには生き抜きしたいんだもん」
そう言いながら、クレアはノートを取り出し、当日の予定を書き込む。
「まずは、アルテミス名物生クリームたっぷりのクレープを食べて、その後はお買い物を楽しんでお腹を減らして、お昼は久しぶりに和食の専門店に行ってみよう。んで、飽きたら適当な所を視察して……」
最早クレアの目的はアルテミスの視察ではなく、アルテミスの観光になっていた。
「あっ、そうだ。視察した時何か問題が発生したら滞在期間延長できるかも。今のうちに、難癖のつけかたを勉強しておこう」
クレアは軽い気持ちで言っているが、実際にそれをやられた人間は、生きた心地がしないであろう事は簡単に予想できた。
「えへへ、本当に楽しみだなぁ。アルテミス視察」
これが、大陸を統べし者、クレア・R・シルヴァリオンの本当の姿であった。




