第22話 幻界 自由へと進撃する者達
それは、サクヤが知る事のない物語
◇◇◇
――幻界、要塞都市エスペランサ付近。
シルヴァリオン帝国の西に位置する要塞都市エスペランサ。その要塞都市の近くの草原にシルヴァリオン帝国へと反旗を翻した者達が集まっていた。
「改めて見ると感動すら覚えますね」
「そうだな」
指揮官らしき二人の男が、そこに集まる者達を眺めて頷き合う。
ここに集まっているのはシルヴァリオン帝国を打ち倒すために立ち上がった解放軍であり、その数は8万人に達していた。
「諸君、準備は良いか!」
「「「おおおーーー!!!」」」
8万人の雄叫びにより空気が振動し、大地が揺れる。解放軍の士気は極限まで高まっており、皆自分達の勝利を信じていた。
「我ら解放軍は神意能力者7人に魔法使い7000人、そして、恐れを知らぬ魔道具使い7万人以上の過去最大規模の解放軍である! 如何なシルヴァリオン帝国でも我らに敵う筈はない!」
この解放軍を纏め上げた男カルロスは、自らが成した事に興奮を覚えながら兵達を鼓舞した。
カルロスがここまで来るのは並大抵の苦労ではなかった。何故なら幻界では、力を持った者達は現状の生活に満足しており、弱い者達はシルヴァリオン帝国を恐れて歯向かおうと思わないからだ。
カルロスが解放軍を募り始めてから12年。時間だけでなく様々な苦労が彼を襲った。しかし、その苦労ももうすぐ報われる筈だった。
「今日の戦いはこれからの解放の第一歩となる戦いだ! 皆、誇りと勇気を胸に勝利を手に入れようではないか!」
解放軍の最初の目的は要塞都市エスペランサの制圧である。何故、シルヴァリオン帝国手前の都市を落とすのが最初の目的かと言うと、彼ら解放軍はここに辿り着くまで一切戦闘を行っていないからである。
当初はその事に警戒心を持っていた彼らだったが、ここまで何の問題も無く辿り着けた事で、あのシルヴァリオン帝国も我々の大軍勢を前に恐れをなしたのだろうと考えるようになっていた。
人は時間が経てば死ぬ。永遠に栄える帝国などありはしない。如何なシルヴァリオン帝国でも衰退が始まっている。そんな妄想が彼らを支配する。
「では諸君! 勝利を手に入れに行こう! 突撃!」
「「「うおおおおお!!!」」」
解放軍は号令と共にエスペランサへ突撃を開始した。その様子はまるで津波のようで、エスペランサなど簡単に飲み込んでしまう様な勢いはあった。
そう勢いだけはあった。
「時よ止まれ、あなたは美しい」
どこからか綺麗な少女の声が聞こえてくるが、雄叫びを上げて突撃する解放軍にはそんなもの聞こえていなかった。
「神意解放、停止の能力タイム・フリーズ」
その時、世界が停止した。しかし、それを理解できぬ者達にとってそれは刹那の幻でしかなかった。
「されどあなたは過ぎ去った……」
その言葉と共に解放軍の進路上に11人の男女が現れる。
まるで瞬間移動の様に現れたその者達を見て一部の人間は鼻で笑った。シルヴァリオン帝国はたったこれだけの戦力しか用意できないのかと。
しかし、大多数の人間は理解していた。あのシルヴァリオン帝国がたったこれだけの人間を差し向けた意味を。
「全軍! 総攻撃を開始しろ!」
カルロスのその言葉を受けて解放軍の魔法使い7000人が魔法を発動し、遠距離攻撃が可能な魔道具使いが魔道具を起動する。そして、7人の神意能力者はそれぞれの能力を生かせる距離を確保しつつ、自身の最高の力を放った。
「対魔の能力マジック・キャンセラー」
「対神意の能力プロヴィデンス・ブレイカー」
それに対してシルヴァリオン帝国の神意能力者二人が神意能力を発動する。その瞬間、全ての魔法は消え去り、全ての魔道具は機能を停止し、全ての神意能力は存在を否定された。
「なっ!」
カルロスには理解出来ない。いくら神意能力者といえど、こんな出鱈目な事が許される筈が無い。自分達は幻覚でも見せられているのだ。そんな都合の良い妄想がカルロスの判断を鈍らせる。
「こっこれは!」
「やっぱり、シルヴァリオン帝国に逆らうなんて間違いだったんだ!」
「動け動け!」
「俺達は神に選ばれた人間じゃなかったのか!」
その間に至る所で混乱が起こり、解放軍の士気は低下していく。だが、まだ攻撃を無効化されただけで、解放軍に被害は出ていない。彼らが本当の絶望を知るのはこの後だった。
「守護の能力ファンタズム・ガーディアン」
その能力により、味方と見なされた人間はお互いの攻撃で傷付かないようになる。
「消滅の能力パーフェクト・バニッシャー」
その能力により、空間が塵も残さず消滅する。
「破壊の能力オール・ディストラクション」
その能力により、全てのものは破壊される。
「人間爆弾の能力ヒューマン・ボム」
その能力を発動した少女と目を合わせた人間は、爆弾となって周囲を巻き込み爆発する。
「神速の能力エクストリーム・スピード」
その能力を発動した少女は、正しく神速で敵陣を駆け抜け解放軍に襲い掛かる。
「剣神の能力ブレイド・マスター」
その能力を発動した女が剣を振るうと、一振り毎に数十の命が散る。
「必中の能力アブソリュート・アタッカー」
その能力により放たれた攻撃は、全て狙い通りの場所に吸い込まれ、確実に相手を殺す。
「極光の能力プリズム・アーク」
その能力により、七色の極光が大地に降り注ぎ、解放軍を蹴散らしていく。
時を操ったであろう一人を除いた残り8人の神意能力者による能力の行使。それにより解放軍の神意能力者7人とカルロス、そしてその周囲にいた者達の命が消えた。
その瞬間解放軍はただの烏合の衆と化した。
「さあ、クレア様のご命令だ。一人残らず殺せ」
「「「全てはクレア様の為に。 シルヴァリオン帝国万歳」」」
そこから先は戦闘ではなく虐殺だった。
命乞いをする者、歯向かう者、逃げ出す者、裏切ろうとする者、自害しようとする者。様々な行動をする解放軍をシルヴァリオン帝国の神意能力者は全て殺していった。
そこに慈悲は無く、怒りも憎しみ無い。彼らはただ純粋に、クレアに喜んでもらいたい、その一心でクレアの命令を遂行しているだけなのだ。
「悪魔だ……!」
「化物……化物!」
解放軍がどれだけ彼らを罵ろうとも、彼らにとってそれはただの雑音でしか無かった。
クレア様の為に、クレア様の為に、クレア様の為に。その想いだけを胸に戦ったクレアを愛する者達は、一人の被害も無く、解放軍8万人を殺し尽くした。
「さあ、帰ろう」
「「「我らがクレア様の元へ」」」
任務を終えた彼らは急ぎ足でシルヴァリオン帝国へと帰還する。彼らの頭の中はすでにクレア様に直接褒めていただけるという喜びで満ち溢れていた。
そんな彼らがいなくなった虐殺現場には数多の死体が転がり、それを餌にする魔物が集まって来ていたが、クレアの命令は解放軍の殲滅であり、その死体が原因で集まって来た魔物により周囲にどれだけの被害が出ようと、彼らには関係の無い話だった。
こうして数十年ぶりのシルヴァリオン帝国に仇なす者達が起こした戦いは終わりを告げた。この出来事により力の無き幻界の住民達は、自分達が解放される日は来ないのだと思い知らされたのだった。




