第20話 ゴミクズに相応しい最後でしょ
「何をしているガイ! さっさとその女を殺せ!」
「了解いたしました。国王様」
「なんか強そうな感じ?」
突然現れた大斧を持った中年で大柄な男ガイは、アリオスに命じられてサクヤの前に立ち塞がる。正直言ってサクヤはもうここには用が無いので帰りたいのだが、兵士を何人も殺している為、相手が許してくれるはずも無い。
「あんたが何故こんな事をしているかはわからねぇが、これも仕事なんでな」
「御託は良いから殺せ! 八つ裂きにしろ!」
アリオスはガイを怒鳴りつけ、サクヤの殺害を催促する。しかし、ガイはサクヤの動向を見守るばかりで攻撃してこない。
(この人なんか変ね……)
サクヤはそんなガイを見て、不審な部分に気が付く。この男は、何故たった一人でここにいるのだろうか? 広場で乱闘が行われているとしても、王を助けに来たのが一人だけなどと言う事があるのだろうか? そもそも男は先程からアリオスの側から離れず、チラチラとアリオスの様子を窺っている。本当にサクヤを殺す気があるのだろうか?
「それでは、行くぞ!」
ガイはその疑問を振り払うように大斧を振り上げる。
「よし! やれ!」
「くっ!」
サクヤは来るべき衝撃に備えてグランエグゼを構えた。そして、風を切り裂く音と共に、大斧が振り下ろされる。
「かへっ!?」
「はあ!?」
大斧は確かに振り下ろされた。しかし、サクヤには何の衝撃も無い。何故なら大斧はサクヤにではなくアリオスの胴体に振り下ろされていたからだ。
「国王様、あんたは知らなかったのかもしれねぇが、あんたが最初に弄んで殺した使用人。ありゃあ、俺の娘だったんですよ」
「ごぼっ……ば……、お……」
アリオスが男に対して何か言おうとしているが、その口は意味の無い音を漏らすばかりで、何を言っているのかは伝わってこない。そのままアリオスはビクビクと痙攣してから動かなくなる。その死に様は惨めで何の意味も持たないゴミクズの王に相応しいものであった。
「あんたには礼を言うぜ。態々この瞬間の為に城の警備を限界まで手薄にしていたんだが、ここまで理想的に動いてくれる奴が現れるとは思わなかった」
「なるほどねぇ、後から来た人達の方が強いからどうした事かと思ったのだけど、そういう事だったのね」
要するにこの男は、サクヤを利用してアリオスを殺すチャンスを得たかったのだ。正確にはサクヤでなくても、とにかく誰かが騒ぎを起こしてくれればそれで十分だったのだが、サクヤはガイにとって想像以上の働きをした。だから、ガイはサクヤに感謝していた。
「ありがとうなお譲ちゃん」
「どういたしまして……」
サクヤはガイの礼に対して何とか声を絞り出すが、内心焦っていた。考えても見て欲しい。ただアリオスを殺すだけならこんなに面倒な事をせずに、油断しているところを襲うなりすれば十分なのだ。この男にはそれを出来るだけの力があり、この国の現状を考えればそんなチャンスはいくらでもあったはずだ。
ならば、何故こんな面倒な事をしたのか。答えはガイの口から伝えられた。
「あとは、あんたが国王殺しの犯人だったって事にして始末すれば完璧だ」
「やっぱりそう来ますか……!」
ガイが本当に欲しかったのは、罪をなすりつけるのに丁度良い相手だったのだ。
「復讐もして、罪も押し付けて調子良過ぎでしょう!」
「わりぃな、俺にはあと三人娘がいてな」
「知るかそんな事!」
サクヤは何とか逃げようと考えるが、一つしかない入り口はガイの後ろにあり、ここは10階建ての建物程度の高さの場所なので、窓から飛び降りる選択も取れない。一番わかりやすい脱出方法はガイを倒して帰る事なのだが、限られた空間しかない屋内ではサクヤの速度特化が生かせず、大斧を振り回すパワータイプのガイの方が有利だった。
「いっそこの部屋が大斧を振り回せないくらい狭ければ良かったのに……」
「この男は自分の部屋だけは豪華で広くなければ気に食わない人間でな。お陰で自由に振り回せるぜ」
ガイは国王だった物を蹴り飛ばしながらサクヤを睨み付ける。それに対してサクヤはグランエグゼを持って、ガイを睨み付けるが、その額からは冷や汗が滲んでいた。
「ブースト・エンチャント!」
「――っつ!」
最初に動いたのはガイの方だった。ガイは肉体強化の魔道具を起動し、大斧を横薙ぎに振るう。それに対してサクヤは右手でグランエグゼの握りを、左手でグランエグゼの剣身を掴み、盾の様に構え攻撃を防ぐ。
「どりゃぁぁぁぁあ!!!」
「うそ!」
サクヤの体は攻撃を食らった瞬間浮かび上がり、アリオスの部屋にあるベッドに向かって吹き飛ばされる。派手な音を立ててベッドが壊れるが、サクヤは全身を強打して痛みに苦しむ程度のダメージで済んでいた。
「ブースト・オフ。意外としぶといな」
「褒めても……何もでないわよ……」
ガイはブースト・オフと呟いて魔道具の使用を解除する。サクヤの持つ光の剣の魔道具の様に、発動した瞬間だけ幻想因子を消耗する魔道具は、いちいち使用を解除する必要は無いのだが、ガイが使っているような発動中常に幻想因子を消耗する強化系等の魔道具は、この様にオンオフを切り替えなければ無駄に幻想因子を消耗する事になる。
その事がわかっているベテラン魔道具使いは、攻撃や防御の瞬間だけ魔道具を発動させ、効率よく幻想因子を消費するのだが、それが隙になってしまう事も多かった。
(魔道具を解除した瞬間を狙う……、いや、あの人は魔道具を使わなくても大斧を振り回していた。たぶんだけど、魔道具なんか使わなくても、私よりあの人の方が強い)
サクヤもオンオフの理由については理解出来ていたが、それを生かせる知識も力も持っていなかった。
「さてと、終わりにしますか」
ガイがドスドスと音を立ててサクヤに近付く。その時、サクヤはガイの足元を見て、沢山の紙が散乱している事に気が付く。それはアリオスがアルファンセレの使い方を調べるために本棚をひっくり返した際、散らばった物だった。
(これなら……)
サクヤはこの状況で自分に思いついた最善の方法でこの男に挑む事を決めた。
「うわああああ!」
「おっと、やる気か! ブースト・エンチャント!」
ガイは迫るサクヤに対して肉体強化の魔道具を発動し、一歩踏み出す。それに対してサクヤは無手の左手を突き出す。
(あいつの魔道具を使う気か!)
ガイはサクヤが左手に付けている魔道具について知っていた。それは最後までガイの命令を聞かずに門番としての仕事を全うした男の物だった。ガイは特別その男と仲が良い訳ではなかったが、知り合いを殺したサクヤに対して復讐心が生まれ、踏み出した足に更に力を込めてしまう。
ガイはサクヤが光の剣を出しても、撃ち出すまでの間に避けるだけの自信があった。だからこの一歩が地面に付けば自分の勝ちが確定すると信じていた。
「魔法ウォーターサーバー!」
「何!」
ガイの予想に反して発動されたのは魔法であった。戦場で拾った装備をそのまま使うような奴が魔法を使えるとは思っていなかったので驚いたガイだが、その魔法が大した威力も無いものである事を一瞬で見抜き、無視して攻撃する事を決め床に足を叩きつける。しかし、床に接触したガイの足はズルリと横滑りした。
「何だと!」
サクヤが勢いをつけて発動した魔法はただコップ一杯の水を出すだけの魔法だ。本来戦闘で役に立つ魔法ではない。しかし、床に紙が散乱しているこの状態で相手の足元に水を撒けば、相手の体制を崩すくらいはできる。サクヤはそう思って魔法を発動したのだが、ガイの持っている武器が重い大斧であり、足に力を入れ過ぎていた為、予想以上に効果を発揮できた。
「舐めるな!」
しかし、ガイもその程度で討ち取られるほど甘くはない。ガイは大斧の重心をうまく変え体勢を整えようとする。
「そこだ!」
それに対してサクヤは距離を取りつつ、グランエグゼを投げつける事で対抗した。その行動はガイから見れば愚かなものだった。ガイは大斧から手を離し、迫るグランエグゼを余裕を持って掴み体勢を整えた。素人が投げた剣など、ガイにとっては手渡しで渡されるのと同じくらい簡単に掴める物だった。
「ありがたく使わせてもらうぜ!」
グランエグゼを掴んだガイは、グランエグゼを両手で持ちサクヤに斬りかかる。慣れない武器を使うのは不安が残るが、足元が不安定な状態では重量のある武器より、グランエグゼの方が扱い易いと思った事による行動だった。
「ブレード・シュート!」
サクヤはガイの行動を確認すると、後ろに跳び攻撃を回避すると同時に光の剣を飛ばす。光の剣はガイの方へ飛んでいくのだが、肉体を強化しているガイは大した苦労も無くグランエグゼで光の剣を弾く。
「なかなか良い剣じゃねぇか!」
「ブレード・シュート」
ガイはグランエグゼの使い心地に満足しながらサクヤとの距離をつめる。アリオスの部屋はそれなりに広いが、それでもすぐにサクヤは壁際に追いやられる。
「死ね!」
ガイは壁に追いやられたサクヤの左腕に向かってグランエグゼを振るう。この方法ならばサクヤが光の剣を放ったとしても、攻撃を弾いてからサクヤの左腕を斬り落とし、二撃目でサクヤの首を刎ねられる。ガイはそう考えており、実際ガイにはそれが出来るだけの実力があった。
そんな事を考えるガイの攻撃が迫る中、サクヤは二つの言葉を発した。
「形成、ブレード・シュート!」
サクヤが形成と言った瞬間、ガイの手からグランエグゼが消滅し、サクヤの右手で再形成が開始され、ブレード・シュートを宣言した瞬間、光の剣が無防備なガイに放たれる。
「はあ!?」
ガイは驚きながらも光の剣を回避する事に全力を注ぎ、光の剣を避ける。しかし、その体勢は完全に崩れてしまっていた。
「思考加速!」
サクヤはその一瞬を見逃さないように思考を加速させる。ゆっくりとした世界の中でサクヤは再形成されたグランエグゼをガイの右の眼球に突き刺した。
「ぐああああああ!!!」
「ブレード・セット!」
世界が元の速度になる境目でサクヤは光の剣を手の甲に召喚。相手を殴る様に拳を突き出し、光の剣でガイの喉を貫く。片目を潰されたガイはこれに反応出来ず、ビクビクと痙攣しながら血を撒き散らした。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
ガイはしばらく痙攣した後に動かなくなる。サクヤは光の剣を突き刺すなどしてガイが完全に死亡したのを確認すると安堵しながら、ガイの手首から肉体強化の魔道具であろうブレスレットを回収し、サイズを調節して自分の腕に付ける。その時、試しに発動と解除を宣言し、それが間違いなく魔道具であると確認した。
「結局押し入り強盗みたいな事をして終了だったわね……」
サクヤは今回の事件の内容を思い出さないようにしながらアリオスの部屋を後にした。
その後、脱出に苦労すると予想していたサクヤだが、ガイが何かしていたのか、城の中は静かで、簡単に脱出できた。流石に広場では、影兵が消えて戸惑っていた兵士達に目撃され追われたが、肉体強化の魔道具を使うと今まで以上に速く走る事ができ、簡単に逃げ切れた。
こうして、アリオスの我侭と浅はかさと無能さが原因で始まった戦いは終わり、最後になんとも言えない虚しさだけが残った。




