第19話 ゴミ集積場の王
サクヤは幻想因子崩壊機関を起動したグランエグゼを迫り来る影兵の首に叩きつける。
「――――!」
グランエグゼは影兵の肉体を構成する幻想因子を分解し、切断しようとする。サクヤの頭の中では影兵の頭が勢いよく飛ぶ映像が再生されていた。だがしかし、グランエグゼは首を半分ほど切断したところで止まってしまった。
「なっ!」
サクヤは驚きの声を上げるが、負けず劣らす周囲の男達の方も驚いていた。先程までなまくらだと思っていた剣で目の前の影兵が簡単に斬られたのだ。これには影兵が弱いからではないかという疑問が生まれて当然である。自分達はこんな物の為に生贄を捧げていたのかと思うと、アリオスに対して怒りすら覚えてしまう。
「なんで斬れないの!?」
対してサクヤはレッドドラゴンを斬った時と同じ様になると思っていたので、予想以上の切れ味の無さに驚いてしまう。それでも、反撃を避けるのは間に合ったので、切り替えは早い方だった。
『幻想因子崩壊機関は、神剣に対しては限定的な効果しかなく、崩壊速度は百分の一程度になります。因みに二つ以外のものには効果が無く、ただの衣服ですら切れないので、神意能力者を直接攻撃する際は、無理矢理突き刺すか剥き出しの部分を狙ってください』
サクヤの脳裏にグランエグゼの解説が浮かび上がり、なんとなく幻想因子崩壊機関の欠点が理解できる。そういう事は先に教えて欲しかったと思うが、百分の一でも殺せるなら十分と考え直し、サクヤはもう一度同じ相手の首を狙う。
グランエグゼは影兵の傷口に叩き込まれ、今度はしっかりと首を跳ね飛ばす。首を落とされた影兵は動かなくなり、そのまま光の粒子になってグランエグゼに吸収されていく。
『一体倒しても、0.01%も幻想因子が回復しないとは、これはおいしくない相手ですね』
影兵は一般兵士程度の強さではあるが、保有している幻想因子が最低限しかなく、倒しても幻想因子がまともに回復できない。吸収した幻想因子で対神兵装を起動しているグランエグゼはこのままだと消費の方が多くなり幻想因子が枯渇してしまう。
そして、グランエグゼは神意能力者か神剣の幻想因子しか吸収できない。その為、一度幻想因子が枯渇すると、最初のレッドドラゴンの時の様に、対神兵装を使わずに神意能力で生み出されたものや、本人を破壊するという苦行を行わなければいけなくなる。サクヤはその状況だけは避けたかった。
「――――!」
「このっ!」
焦るサクヤに影兵が攻撃を加える。影兵の長剣は光の剣でも防げる程度の物だが、味方の被害を恐れず振るわれるそれは十分脅威だった。
「あの。我々は……」
「別命あるまで待機だ。余計な手出しはするな」
「はっ!」
指揮官の男は困っていた。影兵は自分達が予想していたよりも弱く、しかも味方を気にせず攻撃するので援護が出来ない。弓で援護しようにも出鱈目に動く影兵に当てずにサクヤを狙うのは難しく、もし影兵に当たれば後で何を言われるか分からない。指揮官の男にとって、こんなにも扱いにくい味方は初めてだった。
「ブレード・セット!」
男達が黙って見守る中、サクヤは光の剣を手の甲に展開。盾の代わりにして影兵の剣を弾き、グランエグゼで攻撃していく。
攻撃しているうちに分かった事だが、幻想因子崩壊機関は、相手に傷を与える事で、一定時間継続ダメージを与えている様だった。サクヤは致命傷を与えていない影兵が徐々に幻想因子を失って倒れたのを見て、これならばと、一体一体ではなく、全体的に少しずつ攻撃を加えていくようにする。これは、幻想因子が多い人間には効果が薄い攻撃方法なのだが、幻想因子の少ない影兵には十分有効的な攻撃方法だった。
「何なのだ! あいつは!」
それを見ていたアリオスは大声を上げて近くの側近の胸元を掴む。側近は私に聞かれましてもと答えるが、その答えがアリオスを怒らせ、側近の人生を終わらせる。側近から神剣を引き抜きながらアリオスは忌々しそうにサクヤを見る。
「どいつもこいつもこの俺を馬鹿にしやがって……! 絶対に許さん!」
アリオスはアルファンセレを掲げ、もう一度能力を発動する。
「影兵、召喚数500! 目標、目の前の敵の殺害! 殺せ!」
アリオスの命令に従い新たな影兵が広場へと舞い降りる。その数は500。広場は黒い影で溢れかえる。しかし、影兵達は何故か動かなかった。
「お……おい、これ」
「どうしたんだ……?」
突然現れた増援はただ周囲を見回しているだけで、サクヤを攻撃しない。サクヤも、先に出ていた影兵を倒し終わり、増援の影兵の様子を見るために一旦止まっている。戦場だった場所に突然静寂が訪れる。
「何が起こった?」
「召喚失敗か?」
兵士達が少しずつ騒ぎ始める。その様子を見た影兵の一人が突然近くの兵士に向かって剣を振り上げた。
「うわぁぁぁ!」
驚いた兵士は影兵に向かって槍を突き出す。それが惨劇の始まりだった。
「おい!?」
「こいつなんで俺達を!」
「暴走しているのか!?」
「反撃しろ!」
兵士達は次々と影兵に攻撃を仕掛け、攻撃を受けた影兵は自分達を攻撃した兵士達に襲い掛かる。何故影兵達はこんな行動を始めたのか。その答えはアリオスの命令にあった。
軍神剣アルファンセレはまだアリオスを正式な主と認めておらず、命令には従うものの、アリオスの考えを完璧に読み取る事が出来ていない。その為、女を殺せと言われればこの場に女はサクヤしかいないので、問題なくサクヤを攻撃するが、目の前敵を殺せと言われた場合、どれがアリオスにとっての敵なのかが分からず、攻撃が出来なくなってしまったのだ。
「――――」
困った影兵は、取り敢えず攻撃をするフリをして、反撃してきた者を敵と認識する事にしたのだが、残念ながらその意図を読み取れなかった兵士が反撃をしてしまった為、同士討ちを始める結果になってしまった。
「こっ、これは!? どっどうすればいいのだ!」
その様子を上から見下ろしていたアリオスは焦っていた。アリオスには何故影兵が味方を攻撃しているかが理解できなかったからだ。
「そっ、そうだ。一度奴らを戻して……」
そこでアリオスはやっと気が付く。自分が影兵の戻し方を知らない事に……。
慌てたアリオスは急いで自分の部屋に置いてあるアルファンセレについて書かれている本を探すが、部屋はアリオスが暴れたせいでグチャグチャになっており、どこにその本があるのか分からなくなっていた。
「クソッ! 全部あの女が! あの女が悪いんだ!」
理不尽な文句を叫びながらアリオスは必死に本を探した。
その頃サクヤは、影兵の攻撃をグランエグゼで受け止めてしまった為に幻想因子崩壊機関が自動的に影兵を攻撃。その所為で敵と判断され攻撃を受けていた。
「数が多すぎる……!」
サクヤは何とか攻撃を捌ききっているが、この乱戦では長くは持ちそうに無かった。何か打開策は無いかと考えていたところ、思わぬ伏兵が現れた。
「これはどうした!」
「敵襲か!」
「この黒いのはどこから現れたんだ!」
街に生贄を探しに行っていた兵士達が帰還してきたのだ。
「よく分からんが味方が攻撃されている! 援護するぞ!」
「「「了解!!!」」」
帰還した兵士達は影兵を敵と判断し攻撃を加えていく。
「ガン・スペル!」
ある者は銃型魔道具で敵を撃つ。
「ブレード・セット!」
ある者は光の刃を展開した槍形魔道具で敵を貫く。
「クイック・ブースト!」
ある者は腕輪型魔道具で加速し剣を振るう。
「ブースト・エンチャント!」
ある者はブレスレット型魔道具で肉体を強化して大斧で斬りかかる。
「ギガント・ハンマー!」
ある者はハンマー型魔道具を巨大化させ、敵を潰す。
「フレイム!エンチャント」
ある者は剣型魔道具に炎を纏わせ斬りかかる。その強さは今まで戦っていた兵士達とは比べ物にならず、サクヤは絶句する。
(ここにいたのって、雑魚ばっかりだったのね。こいつらがいる時に攻めなくて良かったわ)
もし、駆けつけたリンドブルム魔道具部隊が城を守っていれば、サクヤなど、一分もせずに死体になっていたであろう。
そもそもリンドブルムは生活用魔道具の生産ではエスタシアに負けていたが、戦闘用魔道具の方ではエスタシアよりも優れていたのだ。もし、現国王であるアリオスがエスタシアと同じ生活用魔道具で勝たなければ嫌だだとか、戦闘用魔道具は独占しなければ武力で他国を上回れないから販売を禁止するなどと言い出さなければ、この技術だけで十分大国と呼ばれていたかもしれなかった。
リンドブルムの唯一にして最大の不幸は、アリオスが国王になった事に他ならない。
「クソッ! こいつら強いぞ!」
「一体一体確実に殺せ!」
本来サクヤに向かうはずだった兵士達が影兵達を倒していく。このチャンスを逃す手はなかった。
「あっ、あの女!」
「待ってくれ! 本当の敵はあの――グヘッ!」
サクヤは影兵と兵士達をうまく避けて城門に走る。元からいた兵士達はそれを止めようとするが、影兵に襲われ、援軍に真実を伝える事もできない状態だった。
「滑り込み、お邪魔します!」
サクヤはスライディングで城門を突破すると、そのまま城内を走る。この城のどこに国王がいるのか分からないサクヤだが、基本的にこういった城の主は一番高い所にいると決まっているので只管上を目指す。
「まて!」
「何者だ!」
「ブレード・シュート! ブレード・シュート」
途中で兵士達と戦いになるが、魔道具を持たず、狭い通路にいる兵士など、光の剣の魔道具の的でしか無かった。そのままサクヤは兵士を殺害しながら階段を駆け上がり、頂上に辿り着いた。
「無い! 無い! どこにも無い!」
辿り着いた場所では一人の男が、必死になって何かを探している。サクヤは服装と、傍らの剣にグランエグゼが反応している事から、この男が影兵を呼び出した男で、この国の王なのだろうと理解した。
『神意観測装置起動エラー。神剣に関しては能力の観測が出来ません。ただ、状況から見て、この男は神剣の能力を暴走させたのだと判断できます』
サクヤはグランエグゼに言われるまでも無く、状況を理解していた。要するに広場での騒ぎはこの男の命令ミスによるものなのだろう。そう結論付けたサクヤはこの愚かな男にどうやってアリアの爆発の魔道具を解除させようかと考える。このタイプの人間は素直に頼んでも無駄だという事は分かりきっていたからだ。
「ヒッ! お前何者だ!」
「――ん?」
考え事をしている間にアリオスは部屋の入り口にいるサクヤに気が付く。アリオスは城内にいる女を粗方殺していたので、この場にいるはずが無い女の来訪に驚いていた。
「さっきまで入り口でお世話になっていた者です。こんにちわ」
「おっ、お前、あの侵入者か!」
そこまで言われてアリオスはやっとサクヤが城門で暴れていた女だと気が付く。突然の来訪者に脅えたアリオスは先程のミスも忘れて、また影兵を呼び出そうとアルファンセレを掴んだ。
「クソッ! シャド……」
「させない」
影兵を召喚しようとしたアリオスに対し、サクヤはグランエグゼでアルファンセレを叩く事で妨害する。グランエグゼではどうせアリオスにダメージを与えられないし、光の剣で攻撃して爆発の魔道具の解除方法が分からずに死なれても困るからだ。
「なっ、なに!」
「ふぅん……」
大した効果は期待していなかったのだが、アルファンセレを攻撃したグランエグゼは、幻想因子崩壊機関により、アルファンセレにヒビを入れていた。ヒビ自体は神剣特有の再生能力により塞がっていくのだが、打ち合いの瞬間に飛び散ったアルファンセレの幻想因子はグランエグゼに吸収されていく。
「キサマ何をした! 神剣に傷を付けるなど、出来る訳がない!」
「これはもしかするとボーナスステージかしら?」
サクヤはアリオスの問いかけを無視して何度もアルファンセレにグランエグゼを叩き付けた。怯えるアリオスはただアルファンセレを構えるだけで反撃もしてこない。反撃が無いのを良い事に、サクヤはニヤニヤとサディスティックな笑顔で攻撃を続ける。
『幻想因子保有量16%を突破。美味しいですね、とっても』
グランエグゼもやや上機嫌に現状を報告する。この世界に来て強敵と戦う経験の多かったサクヤには、この男が熟練度を上げる為の案山子にしか見えず、目的も忘れて幻想因子稼ぎに没頭した。
「あっ」
「ひっ!」
それからしばらく叩いていると、徐々にアルファンセレの再生速度が落ちていき、遂には回復しなくなり、そのままあっけなく折れた。折れたアルファンセレはそのまま白い粒子になりグランエグゼに吸収されるが、最後に残った握り拳程度の粒子だけが、どこかへ飛んでいった。
『神剣の場合、その身を構成する幻想因子は吸収出来ても、コアである能力自体は吸収出来ません。あの能力は神の元に帰り、しばらくすれば別の場所で復活します。忌々しい』
グランエグゼはその場に残った幻想因子を吸収し終わると、幻想因子崩壊機関の使用を終了し、元の状態に戻った。
やりきった表情のサクヤはただの鉄の板に戻ったグランエグゼを、アルファンセレが破壊されて恐慌状態になっているアリオスの肩に軽く乗せ、問いかける。
「王様、お疲れ様です。それではすっきりしたところで質問に答えてくれますか?」
「な、なんだ! この俺様にどうしろと言うのだ! 俺様はこの国の王なんだぞ! 偉いんだぞ!」
「この俺様? 偉いんだぞ?」
目の前にいるのは50代ぐらいであろういい歳したおっさんで、しかも腐っても国王様の筈なのだが、落ち着きが全く無く、まるで調子に乗った貴族のお坊ちゃま見たいな印象を受ける。前後の状況を合わせて、サクヤはこの国がどうしてこうなったのかを理解した。
「権力と行動力のある馬鹿っていうのは一番厄介よね……」
「おいキサマ! 誰に向かって……!」
「お願いだから状況を理解するくらいの知能持ってよ」
サクヤは面倒臭そうにアリオスの胸倉を掴み、グランエグゼを使ってアリオスの顎を持ち上げ、刃先を首に押し当てる。
「――うぐ!」
「私が知りたいのは一つだけ、この国の国民に付いている爆発の魔道具の解除方法よ」
「はっ!? お前はエスタシアから俺様を調べる様に言われて来た使者ではないのか!?」
「何を言っているの?」
サクヤは最初にエスタシアの方から来たと発言したのをすっかり忘れており、アリオスが何を言っているのか理解できていなかった。
「まっ、まて! キサマはエスタシアとは関係の無い人間で、あんな物を解除する為にこんな騒ぎを起こしたのか!?」
「騒ぎを大きくしたのは貴方でしょ。まぁ、その辺はもういいから質問に答えなさい」
「こっ、答える! 答えるから殺さないでくれ!」
アリオスはとにかく助かる為に、爆発の魔道具について話し出す。
「そもそも、そんな魔道具など存在しないのだ!」
「はあ!?」
アリオスの説明はこうだ。まず始めに適当な国民に爆発の魔道具だと言ってただの首輪を付ける。その国民を国外に連れ出し、目標地点を爆破出来るちゃんとした爆発の魔道具が使える兵士に爆殺させる。後はそれを定期的に繰り返せば、国民達はただの首輪が爆発の魔道具だと信じ込んで国外に逃げなくなるという事だった。
「つまりあれは魔道具ですら無いって事?」
「そっ、そうだ! そもそもこの国に国民の数だけそんな魔道具を作る金なんてある訳無いだろ!」
「マジですか……」
サクヤは頭を抱えて天を仰ぐ。この話が本当ならば、サクヤは何の意味も無い争いを起こし、兵士を殺害し魔道具を盗み、今現在国王に暴行を加えている、ただのイカレた犯罪者だった。
「もう何もかも馬鹿らしいわ……」
「貴様! こっ、ここまでしておいて許されると思っているのか! ヒヒッ!」
アリオスは突然自信を取り戻した様にサクヤを怒鳴りつける。その様子を見たサクヤは、自分に何が迫っているのか察して、後ろを振り向かずにそのまま横に跳んだ。その瞬間、サクヤの反応に驚いたアリオスの目の前――サクヤが先程までいた場所に大きい音と共に大斧が叩きつけられた。
「驚いたな。完全に気配を殺していると思っていたのだがな」
「貴方の気配はわからなかったけど、この馬鹿の反応を見ればすぐに分かったわ」
「はっはっはっ、こりゃ一本取られたな」
その大斧の主は先程まで広場で戦っていた魔道具使いの一人だった。




