第15話 エスタシア編 後日談
エスタシアの悲劇、後にそう呼ばれる事になる事件が起こってから一日が経過した。事件の内容については謎が多く、分かっている事は、初めに竜を召喚する神意能力者が現れ、それをサクヤが西工業区画ごと消滅させたという事だけだった。
これに関して、マナステア達はサクヤが何故その力を最初の戦いで使わなかったのか、何故西工業区画を消し飛ばしたのか等を議論したが、答えなど出る筈が無かった。
「答えは分からないとして、国民にはどの様に説明するべきでしょうか……」
実はマナステア達にとって、真実がどの様なものなのかはどうでもよかった。一番の問題は国民をどう納得させるかである。
サクヤがマナステア達によって招かれたのは間違いの無い事実であり、その客人がこの惨劇を起こしたとなればマナステア達の責任問題になってしまう。現に、今この瞬間にも街では暴動が起きる寸前だった。
「何か……理由があったんです……。サクヤ様を責めないでください……」
実際に被害を受けているカナタがそう言ったとしても、西工業区画で働いていた人々の遺族達は絶対に納得しない。遺族達を納得させる為にはしっかりとした理由が必要だった。
マナステア達が頭を痛めている最中、第二の事件は起こった。
「西工業区画を吹き飛ばした犯人の名前はサクヤだ! あの女は王族に取り入ってこの国にやって来て、この国を滅ぼす機会を探していた! それを止める為にやって来た神意能力者がいたが、あの女はその罪の無い神意能力者ごと西工業区画を消滅させて逃げやがったんだ!」
そんな妄言を国中に触れ回る男がいた。その男の名はクリフ。サクヤに命を助けられ、誰よりもサクヤを責め立てていた男だ。その発言は本当に適当な内容で、そもそも初めにゼノン襲撃があり、街に火の手が上がってからサクヤは現場に向かったのだから、ゼノンに罪が無いなどありえない話だった。
しかし、この事件を実際に目撃した人間は殆ど生き残って居らず、国からの正式発表が無い事に疑念を抱いていた国民達は、現役兵士であるクリフの発言を信じてしまった。
そして、発言者のクリフ当人は、今更、目立ちたかったから適当な事を言ったとは言い出せず、その嘘を真実であるかの様に叫び続けた。
「ありえない……」
その事をマナステア達が知ったのは、その話が真実として国中に広まった後であった。
「やっぱりな、怪しいと思ったんだ」
「あの女、カナタ様を弄びやがって、許せねぇ!」
「カナタ様、お可哀想に……」
「そもそも今回の事件は、あの女を招き入れた王族が原因だろ」
「あの女を許すな! マナステア女王は謝罪しろ!」
「ちっ、あの女、私達のカナタ様を弄んで……、捕まって死ねば良かったのに……」
「最初に服を渡した時からおかしい女だと思っていたのよ。きっと、カナタ様に相手にされない私達の事も嘲笑っていたんだわ。あの忌々しいメス犬が……」
一般国民、兵士、メイド、沢山の人々が口々にその場にいないサクヤの事を罵った。それによって一番心を痛めたのはカナタでだった。
「違う……サクヤ様は……そんな……」
カナタがどれだけ懇願しようとも、誰もカナタの話を聞こうとはせず、ただ同情するような視線を送るだけであった。そして、国民達はついに暴動を起こした。
その暴動は多数の怪我人を出す結果となったが、幸いにも数日で鎮圧された。しかし、国民達の不満は収まらず。すぐに第二、第三の暴動が起こる事は予想出来た。
「あっ……あの女が西工業区画を吹き飛ばしたのは間違いないんですし……、あの女に全ての罪を押し付ければ解決じゃないですか! どうせあんなゴミクズ女、他に何の価値も無いんですから!」
そんな中、クリフは暴動の主犯として捕らえられ、マナステア達の前でそう喚き散らしていた。当初はクリフがあの発言は虚言であったと言えば、事態が改善されるのではないかという考えもあったが、現状ではそれも無駄であると分かっていた。よって、マナステア達はクリフに協力しろと言う気は無かったが、まさかここまで馬鹿だとは思わなかった。
サクヤに罪を押し付ける? 事態はもう、それで収まる様な状態ではない。仮にサクヤに罪を押し付けても、国民達はその場にいないサクヤではなく、サクヤを招き入れた王族を糾弾するだけなのだから何も変わらないのだ。しかし、クリフは呆れ返るマナステアを無視して喚く。
「クソッ! 全部あの女が悪いんだ! あの女……、あんな女があの時現れなければ! そうすれば俺がこんな目にあう事も無かったんだ! クソッ、クソッ、あのクソ女が!」
その言葉で動いた人間がいた。カナタである。
「かへっ……」
無様な声を残してクリフの首が胴体から転げ落ちた。
「カナタ!」
「カ……カナタ殿!」
本気を出したカナタを止められる者などこの場に居らず、全員カナタがクリフの首を斬り落とすのを見ている事しかできなかった。
「サクヤ様があの日いなかったら、貴方は間違いなく死んでいた。貴方がサクヤ様の存在を否定するなら、私は貴方の命を否定する」
涙を流しながらそう語ったカナタを見る余裕も無く、マナステアは頭を抱えていた。
「大罪人を招き入れた女王を許すな!」
「旦那と息子を返して!」
「この人殺しどもが!」
「俺達のリーダークリフ様を殺しやがって、許さねぇ!」
クリフの殺害は正式な処刑として発表されたのだが、国民達がそれで納得する筈も無く、各地で暴動が再開された。それは最早命を奪わずには止められない勢いを持っていた。
もうどうしようもない、マナステアがそう思った時、マナステアの元に一人の使者が現れた。
「私はシルヴァリオン帝国精鋭部隊のカルマ、あなた方に皇帝陛下のお言葉をお伝えします。後一日で事態を収拾し、我が国へを魔道具の供給を再開出来なければ、我らシルヴァリオン帝国は貴国との同盟を破棄し宣戦布告する。以上です」
同盟破棄と宣戦布告、普通の国が相手であれば行き過ぎた脅しだと思えたかもしれない。しかし、シルヴァリオン帝国からのそれは、間違い無く死の宣告だった。
マナステアは意識が遠退くのを感じていたが何とか踏みとどまり、これはある意味で助け舟かもしれないと思いながら、この言葉を包み隠さず国民に伝えた。
「「「…………」」」
それを聞いた途端、国民達は暴動をやめ、日常を再開した。この世界においてシルヴァリオン帝国に逆らう事は死を意味する。どれだけ不満があろうとも、自分達が国ごと滅ぼされる危険を犯してまで逆らおうとは思えなかった。
大多数の人間が不満を抱えながらも、事態は何とか収拾された。しかし、安堵したマナステアの元にもう一度シルヴァリオン帝国からの使者がやって来て、追加の要求を伝えてくる。
「事態の収拾ご苦労、しかし、この様な事が起こる環境が存在するのは許せない。よって、明日より貴国に我が国の人間を常駐させ、あらゆる面で徹底管理する事を宣言する。従わない場合には以前と同じ言葉を伝える事となる。以上です」
その時、マナステアはそのまま意識を失ってしまった。この日この時この瞬間、エスタシア王国はシルヴァリオン帝国の傀儡国家として生まれ変わった。
しかし、皮肉にもこの事が切っ掛けで、エスタシア王国の魔道具生産量は格段に増え、更なる発展を遂げる事となる。だが、エスタシア国民達はその事を心から喜ぶ事が出来ず、女王マナステアと共に、徹底管理された人生を送る事になるのだった。
◇◇◇
――エスタシア南西、マギカライン近くの村リーネ。
「いやぁ、助かりました旅人様」
上機嫌に話しているのはこの村の村長である男だった。彼の機嫌が良い理由は、最近の悩みの種であったゴブリンの巣を無償で壊滅させてくれた人物がいたからだ。
「いえいえ、こちらこそ数日間泊めていただいて、お世話になりました」
上機嫌の村長と話しているのは一人の少女だった。少女は五日前、村の前で倒れていたのを発見されたのだが、村長の命により手厚い看護を受け、二日で目を覚まし、五日目の今日にはゴブリン狩りを出来るまでに回復していた。
「はっはっはっ、それぐらい大した事ではありませんよ」
村長が言う様に、ゴブリン退治に比べれば、五日間タダで泊まらせる事など大した負担ではなかった。
本来こういった魔物の退治は軍人に依頼すれば対応してくれるのだが、その際に求められる謝礼の金額がかなり高く、特にこの辺りの地域は村の一年分の蓄えを引き換えにしなければならないほど、法外な額を請求される事も多かった。その為、金品を要求しない少女は村にとって救世主に等しかった。
「それにしても、旅人様がこんなにお強いとは思いませんでした。ゴブリンは弱い魔物ですが、30匹以上も同時に相手をするのは、並の人間に出来る事ではありませんよ」
「ふふふ、私はこれでも速さには自信があるんです。ゴブリンが足の遅い生き物で助かりました」
少女はそう言うが、ゴブリンの移動速度は人間と大差ないので、特別足が遅い生き物ではない。その事を知っている村長はどう反応していいか分からずに頬をピクピクさせている。
しかも、少女の持っている武器は切れ味の無い鉄の板の様な剣で、逃げる突き刺す逃げる突き刺すの繰り返しでゴブリン30匹程を倒すのは、言うほど簡単ではなかったのも遠くから見守っていた村長にはわかっていた。
「そっ、そうでした、旅人様はこれからどうなさるのですかな? ここから西はマギカラインで通行止めですし、北はシルヴァリオン帝国があるのでお勧めできませんが……」
村長はできれば村の用心棒として残って欲しいと思い、最後の説得を考えていた。しかし、こういった人々は引き止めても無駄である事も理解していたので言い出せなかった。
「そうですね。ここから東に進むとリンドブルムという国があると聞きましたので、そちらへ向かおうと思っています」
「おや、リンドブルムですか? あの国よりも近くにエスタシアという国がありますので、てっきりそちらへ向かうのかと思っておりました」
リンドブルムはあまり良い噂のない国なので、魔道具大国であるエスタシアを素通りして向かうほどの価値があるとは一般的には考えられない。しかし、少女はその事を理解した上で、リンドブルムを目指す事にしていた。
「よく思い出せないんですが、エスタシアには嫌な思い出がある様な気がして、しばらくは近寄りたくないんですよ」
遠い目でそう言った少女に村長はそれ以上聞かない事にした。誰だって思い出したくない記憶と言うものは存在する。本人が忘れようとしているのならば、そのままにしてあげようと思ったからだ。
「そうですか。では食料や水は多めにお持ちした方がいいですよ。ここからリンドブルムまでは村もありませんし、また倒れては大変です」
「ふふ、大丈夫です。奥様方から沢山のお土産を貰いましたから、リンドブルムについてからもしばらくご飯を買わずに済みます」
「はっはっはっ、それは良かった」
村長は心から愉快そうに笑いながら、少女を送り出す為に村の入り口へ移動した。
「あんた元気にやんなさいよ」
「また倒れてその可愛い顔台無しにするんじゃねぇぞ」
「おねえちゃん、元気でね」
村の入り口に着いた少女は、村人全員に感謝の言葉を投げ掛けられ、少し泣きそうになりながらお礼を言った。
「今日までお世話になりました。皆さんの事は忘れません。ありがとうございます」
「はっはっはっ、本当に丁寧な娘さんだよ」
「出来れば息子の嫁になって欲しかったねぇ」
「おっ、おい、おかーちゃん!」
笑い声に包まれながらの旅立ちは少女にとって何よりも幸せな事であり、少女はその幸せを噛み締めながら出発した。
「さよーならー! またいつでも来てね! サクヤおねえちゃーん!」
「皆さんさようならー!」
こうして、サクヤと呼ばれた少女はリーネ村を旅立った。
「私の名前はサクヤ。人造神剣グランエグゼと一緒に異世界からやって来た女の子。私は大好きな相棒のグランエグゼと、神意能力者を倒す為に旅をしているの。リーネ村で目を覚ます前の事とか、なんだか色々と忘れちゃってる気がするけど、まあいいわ。私にはグランエグゼとこの体さえあれば他に何も要らないんだから。さあ、今日からまた、グランエグゼと一緒に頑張るわよ!」
そんな意味のない独り言を、自分自身に言い聞かせる様に喋りながら、サクヤはリンドブルムに向かって歩き続けた。
これは名前と性別と人格と思い出と故郷と平穏を奪われた少女の物語。
『あぁ、私の可愛い可愛い御主人様、これからも、一緒に仲良くがんばりましょうねぇ。……うふふ、あはははは!』
その笑い声はまるで、お気に入りのおもちゃを貰った子供の様に、無邪気で愛らしいものだった。




