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第14話 これがお前の日常だ 幸せでしょう? ねぇ?

「うわああああああああ!」


 サクヤは漆黒の粒子を纏い、刃先を黒く染め上げたグランエグゼを、迫り来る火球のファイヤブレスに振り下ろした。


 ピキッ、パキン!


 グランエグゼに切り裂かれた火球は、ガラス細工の様にひび割れ、サクヤにぶつかる寸前でガラスが割れる様な音を立てて砕け散り、白い粒子に変わっていく。


「なっ!」


 その光景を見たゼノンが驚きの声を上げる中、サクヤは次の火球を返す刃で左斜め下段から右斜め上段に振り上げる。


 パキンッ!


 その一撃により二発目の火球も同じように砕け散り、粒子に変わる。そして、サクヤは止まる事無くグランエグゼを右から左へ横薙ぎにして最後の火球も切り裂き砕く。


「はぁ……はぁ……なんだよ……これ……」


 サクヤは自分が無我夢中でした事が何なのか理解出来ず、呆然としながらグランエグゼを見つめる。すると、砕けた火球の粒子がグランエグゼの漆黒と紅の部分に吸収されていくのがわかった。



幻想因子ファンタズム吸収機関アブソープション正常稼働中。幻想因子保有量上昇。幻想因子ファンタズム崩壊機関ディシンテグレイトの出力を最大まで上昇させます』



 サクヤにはグランエグゼが何を行っているのかは理解出来ない。しかし、グランエグゼが何かの力を発動させている事だけは理解できた。


「そうか、これが対神兵装……!」


 サクヤが思い出したのは、サクヤの体を作った際の初期装備欄に書いてあったグランエグゼの能力の一つ、対神兵装の一文。使い方も効果もわからなかった能力だが、それ以外にこの状況を説明できる答えが見つからなかった。

 対神兵装、それは神、或いは神に選ばれし者と相対した時のみ起動する、神を殺す為の力。人造神剣グランエグゼは今、神殺しと言うその存在理由レゾンデートルを証明しようとしていた。


「これなら、やれる」


 どの程度の力があるのかわからない対神兵装だが、少なくともファイヤブレスを無力化する力があるのは理解出来た。サクヤは、湧き上がる闘争心を感じながらゼノンとレッドドラゴン達を睨み付ける。


「おい、てめぇ……、いま何をしやがった!」


 ゼノンは正直な疑問をサクヤにぶつける。レッドドラゴンのドラゴンブレスは人間の放つ上位魔法に匹敵する威力を持つ。それが、防がれるのではなく、斬る事で無力化されたとなれば、目の前にいる人間は神意能力者か、神剣使いくらいしか思い当たらない。そして、そのどちらかであるなら、ゼノンにとってサクヤは情報の無い要注意人物となり、最優先で殺さなければならない敵となる。


「俺にもわからない」

「なら死んどけや!」


 どんな答えが返ってこようが殺す事しか考えていなかったゼノンが、レッドドラゴン達にサクヤの殺害を命令する。ゼノンに命令されたレッドドラゴン達は、二匹がファイヤブレスを放ち、四匹がファイヤブレスに追従してサクヤに飛び掛る。

 ファイヤブレスとレッドドラゴンが迫り来る中、サクヤは呼吸を整えて、前方へ駆け出しグランエグゼを振るう。


「――思考加速!」


 一つ目のファイヤブレスを切り裂いてから思考加速を発動するサクヤ。ゆっくりと流れる時間の中でサクヤは二つ目のファイヤブレスを切り裂き、そのままの勢いでレッドドラゴンに迫る。


(殺す、殺せる、殺してやる……)


 そう念じながら、サクヤは先頭のレッドドラゴンの眉間にグランエグゼを振り下ろす。その時、グランエグゼは今までの鬱憤を晴らすかの様な勢いで、レッドドラゴンの頭を両断した。

 幻想因子ファンタズム崩壊機関ディシンテグレイトにより斬り殺されたレッドドラゴンは、そのまま切断面から幻想因子に高速変換されていき、グランエグゼ本体に吸収されていく。


(行ける!)


 そう確信したサクヤは斬り殺したレッドドラゴンが消える前に、その体を踏み台にして次のレッドドラゴンへ向かう。先頭の仲間が殺され、ゆっくりと驚いたかの様な表情になるレッドドラゴンの首をすれ違い様に斬り落としながら、サクヤは三匹目のレッドドラゴンを睨む。しかし、ここで思考加速の効果が切れる。


「ちっ……!」


 突然の急加速に体勢を崩すサクヤだが、転がりながら地面に降り立ち、すぐに体勢を立て直すと、まだ状況が理解できていない目の前のレッドドラゴンに跳び掛る。


「グルァァァァァァアア!」


 サクヤを殺す為に地面に降り立ち急停止したレッドドラゴン二匹が、サクヤに飛び掛ろうと体に力を込めるが、速度特化のサクヤにとってそこは、一瞬で辿り着ける距離だった。


「うわああああああ!」


 一瞬でレッドドラゴンの懐に入り込んだサクヤは、三匹目のレッドドラゴンの首を斬り落としながら、四匹目のレッドドラゴンに狙いを定める。


「何をやってる! 燃やせ!」


 それを見ていたゼノンは近くに残したレッドドラゴン二匹に命令し、ファイヤブレスを撃たせようとする。一方サクヤは、その二匹がファイヤブレスを発射可能になる前に、四匹目のレッドドラゴンの前足を斬り、体勢を崩させ、脳天にグランエグゼを突き刺す。


「撃て!」


 やっとファイヤブレスを放つレッドドラゴンだが、その時にはサクヤの迎撃準備が完了しており、二発のファイヤブレスは一瞬で無力化される。

 その時、自分の不利を悟ったゼノンは自分に近いレッドドラゴンに掴まりながら、自分をサクヤから遠ざけるように命令する。


「逃がすか!」


 それを見たサクヤがゼノン目掛けて駆け出すが、もう一匹のレッドドラゴンがその身を投げ出しゼノンを守る為に立ち塞がる。


「どけぇ!」


 サクヤは目の前のレッドドラゴンの喉にグランエグゼを突き刺しそのまま横に振るう。それにより、切り裂かれた傷口から噴水の様に血を流出させた、五匹目のレッドドラゴンが地面に倒れる。


「クソッ!」


 その光景を二階建ての建物の屋上から見たゼノンは憎しみを込めた声を上げる。

 幼少の頃から竜召の能力に目覚めた彼にとって、ドラゴンとは役に立つ道具であると共に、心の許せる数少ない存在だった。自分が酷使する分には良くても、目の前で大切な存在が殺されるのは許す事が出来ない。そんな歪んだ愛情がゼノンの中で膨らみ爆発する。


「来い! アークドラゴン! お前の力を見せてやれ!」


 その言葉により、天空に巨大な空間の裂け目が現れる。それは、召喚系の神意能力により生み出される、異次元とこの世界を繋ぐゲート。その先の世界は無数に存在し、竜招の能力は代価として与えた幻想因子の分だけ強力なドラゴンを、専用の異世界から呼び出す事が出来る。


(クソッ! おかしい! 幻想因子がギリギリじゃねぇか!)


 本来であれば、神意能力者の幻想因子は能力消滅後、本人の体に戻るのだが、グランエグゼによって殺されたレッドドラゴンの幻想因子は全てグランエグゼに吸収されてしまっている。その為、ゼノンはその分の幻想因子が回復出来ず、大量に幻想因子が必要なアークドラゴン召喚で限界まで幻想因子を消耗してしまう。


 グランエグゼに吸収された分の幻想因子も、魔法で消耗した分と同じく、時間が経てば回復するのだが、今のゼノンにそんな時間は無く、また、その事を理解できるはずも無かった。


(だが、この一撃で全て終わる。アークドラゴンのドラゴンブレスならこんな国一撃で消滅だ!)


 アークドラゴンのドラゴンブレスは究極アルティメット咆哮ブレスとも呼ばれ、その威力は5km四方を消滅させる程である。確かにこの一撃ならばエスタシアを消滅させる事も可能だった。

 そして、アークドラゴンの胸には人間サイズのクリスタルがあり、そこに入った子竜などを守る機能が備わっている。そこに入りさえすれば、同じアークドラゴンの究極アルティメット咆哮ブレスでもゼノンを殺す事は出来ない。


「させるか!」


 ゼノンが呼び出しているのが今までのドラゴンとは桁違いのものだと理解できたサクヤは、建物の壁を蹴り屋上に向かって跳ぶ。しかし、いくら速度が特化していると言っても、魔法も使えないサクヤにはそこまで届く跳躍力は無く、無様に地面に落下する。


「くそっ、カナタみたいにはいかないか……!」

「はっはっはっ! そこで絶望しながら見てろやクソが!」


 ゼノンがそう言いながら天に両手を掲げる。すると、門からアークドラゴンが飛び出し、ゼノンを胸のクリスタルに収納する。そして、アークドラゴンはゼノンが乗っていた建物をなぎ倒し、地面に降り立った。


「見ろ! これがドラゴンの根源にして頂点に君臨するアークドラゴンだ! この究極の力に恐れ戦くがいい!」


 アークドラゴン、それは全てのドラゴンの頂点に君臨する存在。体長25メートルの竜型巨人と言った見た目で、色は青白く瞳は紅、翼はその巨体を覆うほどに大きい。そして、その戦闘能力は凄まじく、レッドドラゴンなど束になっても足元にも及ばない強さを持っていた。その上、胸のクリスタルを破壊する事はアークドラゴンの息の根を止めるよりも難しいと言われており、ゼノンにとってこの状態は特等席であり、尚且つ最も安全な場所だった。


「なんだよこれは!」


 こちらは生身の人間なのに、相手が巨大ロボットに乗って現れた様な理不尽さを感じながら、それでもサクヤはアークドラゴンに向かって走る。そんなサクヤを狙い最後のレッドドラゴンが滑空してくる。


「思考加速!」


 待機時間の終わった思考加速を再度発動し、サクヤはレッドドラゴンに向かって跳び、その体を踏み台にしてアークドラゴンの胸のクリスタルに向かう。

 しかし、レッドドラゴンを踏み台にしても地上から20メートル程の位置にあるクリスタルには届かず、サクヤは苦し紛れにグランエグゼを投げ付けた。


「そんなもんが効くっ……か……!」


 それを見ていたゼノンはサクヤを嘲笑おうとする。だが、飛んできたグランエグゼがアークドラゴンのクリスタルに突き刺さり、ゼノンの頬を切り裂いた為、言葉を失ってしまう。

 ゼノンはその時生まれて初めて、アークドラゴンのクリスタルが破られるのを目撃し、本能でこの相手は自分にとっての天敵だと理解する。


「形成!」


 それに対して思考加速が切れたサクヤは落下中にグランエグゼを呼び戻し、着地した瞬間レッドドラゴンへ向かって走り、最後のレッドドラゴンの首を跳ね飛ばした。


(あそこに届かないなら、足を斬って這い蹲らせる!)


 そう考えたサクヤは、それを実行に移す為アークドラゴンへ向かう。


「飛べ! アークドラゴン!」


 しかし、それに気が付いたゼノンはアークドラゴンを飛翔させ、西工業区画を背にする位置の上空に逃げた。最強の力を振るっているはずの自分が、逃げる事を選択する。その屈辱に顔を歪めながらゼノンはアークドラゴンに命令する。


「アークドラゴン! ドラゴンブレスで消滅させろ!」


 主の命令を受けてアークドラゴンが究極アルティメット咆哮ブレスの準備を始める。威力が桁外れに高い究極アルティメット咆哮ブレスはその代償に1分近いチャージが必要だが、空を飛び安全圏にいるアークドラゴンにはそんな代償は大したものではなかった。


「流石にここからじゃ届かない……!」


 アークドラゴンのドラゴンブレスが一体どんなものかわからないサクヤだが、それが途轍もない力を持っているのは理解出来た。サクヤがせめて今の中央市街地を背にした位置から移動すれば、街を巻き込まずに済むかもしれないと考え始めた時、その考えを拒絶するかの様な声が聞こえた。



『幻想因子保有量58%。状況分析。第四封印を解除し、敵を殲滅する事が最善と判断。幻想因子を50%使用し第四封印を解除します』



 その時、グランエグゼの外部装甲の刃先と切先、十字架の様になっている鍔の上下、そして鍔の左右の先端――つまりは、グランエグゼの外周部分の殆ど――が開き、今までとは桁違いの量の黒い粒子が溢れ出す。


「これは……」


 突然形を変えていくグランエグゼに驚きながら、サクヤはグランエグゼを天に掲げる。何故かはわからないが、サクヤにはこの力の使い方が解っていた。


「何をしても無駄だ! この一撃だけは止められねぇ!」


 ゼノンが見ている前で黒い粒子はグランエグゼの剣身に集まり、全てを黒に染め上げる。



『さぁ、共に歌いましょう。終焉の詩を』



「終焉の詩……」


 サクヤはどこからともなく聞こえてくるグランエグゼの声に従い、頭に浮かんだ言葉を紡いだ。



『「人も大地も神々さえも、全ては等しく無に帰れ」』



「グルアアアアアアアアアア!」


 その時、アークドラゴンのチャージが終わり、究極アルティメット咆哮ブレスが放たれた。その光景を見て、ゼノンは勝利を確信し笑みを零す。


幻想因子ファンタズム無差別消滅兵装バニッシャー!」


 全てを滅ぼす光が迫る中、サクヤはグランエグゼを振り下ろす。その瞬間、グランエグゼを覆っていた黒い粒子がサクヤの前方へ溢れ出した。

 究極の光を貪る黒き閃光。全てを滅ぼす光を喰らいながら、黒き粒子が世界を蝕む。


「はっ……?」


 無様な声を上げて、ゼノンが黒い粒子に包まれ消滅する。アークドラゴンが放った究極の光が、黒い粒子に触れた瞬間消滅し、その黒い粒子がそのままの勢いで、アークドラゴンと自分自身を消滅させた事が彼には理解できなかった。

 見事ゼノンを消滅させた黒い粒子だが、ゼノンを消滅させた後もその勢いは止まらず、ゼノンの後方にあった西工業区画も同様に消滅させていく。


 本来であれば神、或いは神に選ばれし者にしか振るわれない筈の対神兵装。しかし、この一撃はあらゆる存在を等しく消滅させる力を持っていた。



幻想因子ファンタズム無差別消滅兵装バニッシャーにより対象の幻想因子が完全消滅した為、幻想因子の補給は不可能。ただし、対象の死亡により露出した竜招の能力は捕捉完了。人造神創造機関エグゼシステム起動。神意能力を吸収、封印します』



 サクヤが見守る中、西工業区画は黒い粒子によって跡形も無く消し飛んだ。そこはまるで巨大なスプーンで抉られた様になっており、横幅500m、前方数km程が荒野となっていた。仮に西工業区画に生き残りがいたとしても、この一撃で間違いなく消滅したであろう。

 サクヤは先程まで高揚感が嘘の様に落ち着きを取り戻し、自分が仕出かした事を理解して血の気が引いていくのを感じていた。


「何をした! 化け物!」

「あっ……」


 後方から聞こえてきた声の方に振り向くと、そこには今更やって来たエスタシア軍の兵士達がいた。


「だから俺は言ったんだ! あいつは俺達を殺す為に近付いて来て……、あの時だって隙があれば俺達を殺すつもりだったんだ!」


 そう訴えたのは、最初のレッドドラゴンとの戦いで、隙を晒して殺されそうだったところをサクヤに救われた、クリフという男だった。


「コイツに誰かを助けようなんていう感情はねぇんだ! 俺達はコイツに騙されてたんだよ! そうだろう、この冷酷な化け物が!」

「そっ、そうだ! そうだ!」

「お前があそこにいた人間を皆殺しにしたのか!」

「あそこには俺の親友がいたんだぞ! この冷酷な殺人鬼が!」


 駆けつけた兵士達は口々にサクヤを罵る。実際には西工業区画の人間はゼノンに殆ど殺されていたのだが、それを知らない兵士達には真実を知る方法は無く、サクヤが全て殺したとしか認識できなかった。


「待って下さい!」


 サクヤを庇う様に現れたのは、瓦礫から這い出したカナタだった。カナタは今まで気絶していたのだが、倒れていた位置が幻想因子ファンタズム無差別消滅兵装バニッシャーの有効範囲外だった為に助かっていた。


「状況はわかりませんが、一度落ち着いてください!」


 目が覚めたばかりのカナタは、サクヤがゼノンと戦っていたところを見ていない。その為、何故こうなっているのかわからないのだが、サクヤが一方的に罵詈雑言をあびせられているのを見過ごす事は出来なかった。


「サクヤ様も状況……を……」

「カナタ様!」


 サクヤを庇う為、兵士達の方を向いていたカナタの腹から、カナタにとって見覚えはあるが色の違う刃が飛び出していた。その刃は紛れも無く黒い粒子を纏ったグランエグゼであり、兵士達からはサクヤがカナタの右脇腹辺りを後ろから突き刺しているのが見えていた。


「な……ん……で……」


 カナタは悲しそうな声でサクヤに語りかける。カナタはサクヤに好意を抱いていたし、サクヤも多少は自分に心を許してくれていると感じていた。少なくとも、命を奪われる様な関係ではないと信じていたのだ。


「俺は……どうして……」


 しかし、この状況に一番驚いていたのはサクヤ自身だった。サクヤにはカナタを突き刺すつもりなど一切無く、ただグランエグゼを持って立っていただけだ。それなのに、気が付くとサクヤはカナタをグランエグゼで貫いていた。

 カナタに突き刺さったグランエグゼは、レッドドラゴンを斬り殺した時と同じ様に黒い粒子を纏っており、布を破る程度の抵抗でカナタを貫通していた。



『眼前の神意能力者との接点を失う可能性大。この神意能力者はこの場で殺すのが最善と判断。所持者の肉体に干渉し、殺害を強要――、いえ、補助します』



 しかも、サクヤの腕はそのままグランエグゼを振るい、カナタを殺そうとしている。サクヤは必死にその行動を阻止しようとしているが、湧き上がる衝動を抑える事により、肉体と脳に途方も無い負荷がかかっていた。サクヤがその負荷に耐え切れなくなる直前、グランエグゼの声が響く。



『所持者から想定以上の拒絶反応を確認。これ以上の干渉は所持者の肉体と精神を破壊する恐れあり。また、このまま強制した場合この神意能力者は殺害できても、周囲の人間に所持者が殺される可能性大。この所持者の有用性を考慮して、迅雷の能力者の殺害は断念します。――ちっ、感謝して下さいね』



「あ……」


 突然体を支配していた力が無くなり、自由になったサクヤはカナタからグランエグゼを引き抜く。それによりカナタは地面に倒れ、引き抜かれた傷口からは白い粒子が流れ出していた。しかし、死んでいない為なのか、レッドドラゴンの時とは違い、肉体はそのままの形を維持しており、カナタの自然治癒力があれば3時間もすれば元通りになるであろう。


「ぐっ……かはっ……」

「カナタ様しっかり!」

「貴様よくも!」


 それでも、カナタの傷は軽い物ではなく、兵士達は怒りを込めてサクヤを睨み、各々の武器を構える。


「ちが……違う……」


 必死に弁解しようとするサクヤだが、それが無駄である事も理解できた。だからその後のサクヤの行動は仕方の無いものだとも言える。


「くっ――!」

「コイツ逃げるぞ!」

「追えーーーーー!」

「殺してやる!」


 サクヤは逃げた。ただ只管に逃げ続けた。兵士達も必死に追いかけたが、速度特化のサクヤは早いだけではなく、走る事による体力の消耗も抑えられており、ただの人間である兵士達には追いつく事が出来なかった。


「なんで……なんで……」


 サクヤはそう呟きながら必死に走った。既に追っ手は目に見えない場所に置き去りにしているのに、止まる事なく走り続けた。


「はぁ……はぁ……!」


 そして、最高速度のまま荒野と森を5時間も走り続けたサクヤは、ようやくその足を止め、近くの木に寄りかかり座り込んだ。


「どうしてこうなったんだ……」


 サクヤは自分が突然追いやられた状況に肩を落とす。サクヤはいつかはエスタシアを出ようと思っていたし、荷物は全て持ち歩いていた為、このままエスタシアを離れても問題は無かった。しかし、まさかこんな旅立ちをする事になるとは予想もしていなかった。


「カナタ……大丈夫かな。イスラも……ごめん、また明日って言ったのに……」


 サクヤは何とか気分を落ち着けようとするが、エスタシアでの思い出ばかりが蘇り、どんどん気分が沈んでいく。


「もう嫌だ……元の世界に帰りたい……、元の世界に帰っ……て……あれ……?」


 エスタシアの事を思い出して落ち込んでしまうのなら、元の世界の事を思い出そうとしたサクヤだが、そこで自分の身に起こった異常に気が付く。


「元の世界での事が……思い……出せない……」


 元の世界にあった物の名称や使い方、言葉や知識は覚えているのに、自分がどんな生活を送っていたのかが思い出せない。両親の事、友人の事、職場の知り合いの事、それら全ての名前と顔が思い出せない。

 そして――。


「俺の……俺の本当の名前って……なんだったっけ……?」


 サクヤは自分の本名すらも思い出せない事を知り、気が狂いそうになった。 


「なんだよこれ……どうして……」


 それは、グランエグゼによる記憶の消去だった。グランエグゼが必要としているのは戦う為の道具であり、元の世界での記憶は邪魔なものとして消去されていたのだ。


「は……ははは……ははっ……」


 サクヤはもう何も分からず、放心状態で乾いた笑い声を上げ続けた。その姿は痛々しく、見ていられるものではなかった。



『ふふふっ、お疲れ様です御主人様べんりなどうぐ。あなたは本当に役に立つ御主人様どうぐですね。その頑張りを考慮して、今はゆっくりと休む事を許可してあげます。あぁ、私ってなんて慈悲深いんでしょうね。……クスクス』



 場違いに嬉しそうな声が聞こえた瞬間、サクヤの意識は途切れ、暗闇に沈んでいった。

修正

3/18 助け様なんて→助けようなんて

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