第10話 賢人イスラ
しばらく世界観説明が入ります。
長かったりわかり難かったりしましたら、申し訳ございません。
マナステアの部屋から退出したサクヤは、城の奥にあるエスタシア魔道具研究所に向かっていた。
エスタシアにとって魔道具の技術は国の財産である為、その場所は王族の部屋よりも警備が厳重なのだが、カナタと一緒にいる為、一度も引き止められる事無く研究所に辿り着いた。
正直この国の危機管理能力の無さに唖然としているサクヤだが、それだけ信頼してもらえているのだと思えて、自然と嬉しくなった。
なお、実際にはサクヤが着ている衣服は、遠隔操作可能な、拘束機能が付いた魔道具となっており、妙なことをすれば即捕縛される様になっているのだが、それは知らない方が良い事である。
「着きました。ここがイスラ様の研究室になります」
「いきなり入って大丈夫なのか?」
「お話の方は先に伝えてありますから大丈夫です」
サクヤは気が付いていなかったが、マナステアの部屋には通信機能を持った魔道具が置いてあり、サクヤが部屋を出た後すぐに面会の話は伝えられていた。
サクヤはその事を教えて貰い、この世界が予想以上に発展している事を知った。
(これは、元の世界の知識を生かして大活躍とかも無理そうだな)
この世界の事を知れば知るほど、今後の事が不安になるサクヤであった。
そんなサクヤの心配を余所にカナタが研究室の扉をノックし、中から返事があるまで待ってから開けた。
「イスラ様、失礼致します。ご連絡致しましたサクヤ様をお連れしました」
「し、失礼します」
「あぁ、よく来たな」
サクヤは少し緊張しながら部屋に入り、周囲を見回した。
その部屋は至る所に書類が散らばっており、部屋の中央には大きい机とこちらとは反対方向を向いている大きい椅子があった。
サクヤの目の前で大きい椅子が半回転すると、椅子に座った人物の姿が確認できた。
「私がイスラだ。ちょうど研究が一区切りついて暇だったからな、話し相手になってくれるなら大歓迎だ」
そう言って挨拶をしてきたイスラは白衣を着た背の小さい女性だった。
身長は145cm程で、29歳と聞いていたが、かなりの童顔で中学生か高校生くらいにしか見えない。
しかし、顔の幼さとは違い、胸はサクヤと同等かそれ以上あり、アンバランスさを醸し出していた。何が言いたいかと言うと、合法ロリ巨乳最高である。
「どうした、えーとサクヤ君」
「い、いや。予想以上に綺麗だから見惚れていただけだ」
「おお、言うねぇ。気に入ったよ」
咄嗟の言い訳だったが、イスラには気に入ってもらえたようでサクヤは安心していた。
しかし、さり気無くカナタの方を見ると、カナタが物凄い不機嫌そうな顔をしており、浮気現場を目撃された男の気分になってしまった。
「それでは、サクヤ様はお綺麗なイスラ様とのお話を楽しんでください。私は少し用事がありますのでここで失礼致します」
「あぁ、お疲れさん」
「ありがとう、カナタ」
「……ふん!」
彼女いない暦=年齢なサクヤには女心を理解するのは難しかった。
「あそこは、耳元で君はもっと綺麗だよくらい言ってあげれば良かったんだよ」
「そんな恥ずかしい台詞言うくらいならオークと戦う方がマシだ」
「はっはっは、君はなかなか面白いな」
サクヤはオークを雑魚モンスターだと思っているが、一般人にとっては見つかった瞬間、男ならば死を、女ならばオークの母になる事を覚悟しなければならない相手だ。そんな相手と戦う方がマシというのは冗談にしか聞こえなかった。
「あぁ、笑った笑った。――おっと、いつまでも立たせているのは申し訳ないな。その辺に転がっている椅子を適当に使ってくれ」
「そりゃ、どうも」
サクヤは足元の書類を踏まないようにしながら椅子を起こして座った。
最初はあまり気にしていなかったが、足元の書類が元の世界のコピー用紙と大差ない出来栄えである事に気が付き、この世界は製紙技術も高い事を知った。
(そういえば、服とかも元の世界に近い物が多いし、もしかして俺以外に元の世界から来た人間がいて、この世界の技術を発展させたのか?)
仮にそうであるならば、自分が異世界人だと言っても受け入れられる可能性もあるが、自分には元の世界の事で詳しい知識も技術も無い為、異世界人の癖に無知だと思われ余計に下に見られる可能性もある。
その為サクヤは、もう少し情報を集めてから判断する事にした。
「それで、サクヤ君、君は私に何を聞きたいんだね」
「そうだな、強いて言えばこの世界の基本的知識全てかな」
「それはまた、大雑把な質問だねぇ」
イスラはそう言いつつもニヤニヤしながら何から話そうか考えている。
イスラは一部で説明おばさんと呼ばれるほど説明好きで、無知な人間に自分の知識を教え込む事を至高の喜びとしている。
その為、相手が無知であれば無知であるほど教え甲斐があると言って嬉しそうに話をしてくれるのだが、覚えが悪い人間は嫌いという一面もあり、今後この笑顔が持続されるかはサクヤの態度にかかっていた。
因みに、イスラを説明おばさんと呼んだ人間は新型魔道具の実験台として今も活躍中である。
「それじゃあ、まず、この世界の全てと言えるもの……、幻想因子について説明しよう」
「幻想因子?」
幻想因子とは、この世界に存在する人も大地も神々さえも全てを等しく構成する根源である。
幻想因子は元の世界での原子などに相当するものだが、この世界では人間はもちろん、あらゆる有機物、無機物が全く同じ幻想因子から構成されている。その為、違う物質から目当ての物質を作り出す事も可能だった。
これを応用したのが魔法や魔道具と呼ばれるものである。
「つまり魔道具や魔法といったものは、人間の体内に存在する余剰分の幻想因子を消耗し、魔力と呼ばれる力に変換する事で様々な力を発動しているという訳だな」
「余剰分? それは使っても大丈夫なものなのか?」
「あまり良くはないな。余剰分の幻想因子は本来、傷を治したりするのに使われるものだからね。魔道具や魔法で幻想因子を消耗すると、その分傷の治りが遅くなるし、使い過ぎればそのまま死ぬ可能性もある。まぁ、使った分の幻想因子は大気中の幻想因子からゆっくりと補充されるから、一度に大量消費しない限りは心配ない」
要するに、幻想因子はゲームで言うHPの役割があり、魔法や魔道具を使ってもHPを消耗してしまうと言う事だ。
取り合えずサクヤはあの異常な自然治癒力は余剰分の幻想因子を使う事で行われていたのだと理解した。
「あと、幻想因子の最大保有量は生まれた時から決まっていて、その量にも個人差がある。だから、人によって元々の傷が治る速度や治せる範囲に差がある。君はかなり保有量が多いらしいが、他の人間が君ほどの自然治癒力を持っているとは思わない方がいい」
「ご忠告どうも」
イスラの発言は他人に自分と同じ自然治癒力があると思うなという忠告だったが、サクヤは自分に人より優れている一面があったのだという事実をただ喜んでいた。
「そういえば、幻想因子の保有量が多いって事は、俺もカナタが使ってた雷の魔法みたいなのを使いこなせるのか?」
「いや、カナタが使っていたのは魔法じゃない、神意能力だ。幻想因子がいくらあっても君には使う事は出来ないよ」
「神意能力?」
神意能力は、神の意思に選ばれた者のみが使える特別な能力である。
神意能力は元々、神自身の力であり、人間が使っている神意能力は神様から分け与えられたものであると認識されている。
その証拠に、全く同じ神意能力を持っている者は同時に二人存在しないが、神意能力者が死ねば、同じ能力を持った人間が生まれてくる事がある。
「まぁ、神意能力者自体が希少な存在だから、たまたま同時に存在しないだけかも知れないが、一般的な解釈としてはそうなっているのさ」
「この世で一人だけしか使えない力か……、それって魔法や魔道具があればいらないんじゃないか?」
「ふむ、それについては魔法と魔道具と神意能力の違いを説明すれば理解できると思うよ」
まず、魔法について。
魔法とは体内の幻想因子を魔力に変換して様々な現象を起こすのだが、この幻想因子を魔力に変換する時の変換効率に個人差がある。要するに消費HPに差があるのだ。
Aが幻想因子保有量1000、Bが幻想因子保有量500だったとしても、Aは魔法一回で幻想因子を300消耗し、Bは同じ事をしても30しか消費しないという事がある。
これにより、幻想因子の保有量が多くても魔法使いとしてはポンコツという場合が発生する。
更に、魔法は同じ魔法なら誰がどの様に使っても効果が変わらない為、実戦で使う場合、使える魔法の種類が多くないと臨機応変に対応できなくなってしまう。
対して魔道具は、予め設定された事しか出来ない変わりに、幻想因子の変換作業も一緒に行ってくれるので、誰が使っても消費する幻想因子の量が一定になる。
その為、変換効率の低い人間にも扱いやすいが、変換効率の高い魔法使いとして優秀な人間は、逆に損をする場合がある。
ただ、魔道具はある程度幻想因子を貯蓄する事が可能で、長期間効力を発動させ続ける事が可能なものもあり、魔法より利便性に優れる場合もある。
便利そうな魔道具だが欠点もある。
魔道具製作は専門の知識と材料が必要である事、破損する可能性がある事、相手に奪われた場合そのまま使われてしまう事、素肌で触れていないと発動できない事、一つに付けられる機能の数に制限がある事、制限の所為で多くの効果が必要な場合は多くの魔道具を持ち歩かなければならない事である。
これ以外にも融通の利かない部分があるのだが、サクヤが知っておくべき事はこの程度だ。
そして、最後に神意能力者について。
神意能力は他の二つと違い、体内の幻想因子を魔力に変換する事無く幻想因子のまま使用している。
そして、効果を発揮した幻想因子は魔力と違い、効力が切れた瞬間体内に戻るため、実質何の消耗も無しに力を行使する事が可能となる。
それでも幻想因子保有量を超える量は一度に使えない為、限界自体は存在するが、神意能力者は普通の人間より幻想因子保有量が一桁も二桁も多い為、使い果たす事は滅多に無い。
あと、神意能力が他の二つより優れている点は、一つの能力で様々な効果を発揮できる事である。
魔法であれば、炎の魔法でも火球、火矢、爆発と三つの効果を発揮しようとすれば三つの魔法が必要になるのだが神意能力の場合、炎の能力一つでこれら全てが出来てしまう。
更に、神意能力の効果は使用者の精神状態、錬度によって変化し、際限なく強化され、自分の意思で加減する事も可能な為、無限の可能性を秘めているとも言われている。
その上、神意能力は能力の種類によっては、魔法では再現不可能な、正に神の奇跡に等しい効果を発揮するものも存在し、その様な神意能力を持っている人間は、神意能力者の中でも特別扱いされていた。
そんな神意能力の欠点を上げるとすれば、前準備として詠唱が必要な事と、名の知れ渡った神意能力者は対策を練って戦いを挑まれる可能性があるという事である。
しかし、詠唱については錬度の上昇により短くなり、熟練の神意能力者になると常に能力発動待機状態を維持する事も出来るので、大した欠点とは言えなかった。
「詠唱については、一度条件を満たせば、以降魔法や魔道具の様に発動の宣言をしなくても念じるだけで能力が使える様になるのだから、先行投資と思えば安いもんさ」
「その先行投資が出来なくて地獄を味わったんだけどな」
「はっはっは、それはカナタ君が動き回りながら詠唱できるレベルにも達していないのが原因だからね。普通なら戦いながらでも詠唱出来るものなんだよ」
何が笑い事なのかサクヤには理解できないが、どうやらカナタは神意能力者としては優秀では無いらしい事は理解できた。
「そういえば、神意能力って俺にも備わってたりしないのか?」
サクヤは期待を込めてそう聞いた。
大体の異世界召喚物と言えば、召喚された人間は特殊な力を持っているものである。
話を聞く限り思考加速や所持品軽量化は神意能力とは関係が無い様なので、この他に神意能力を宿していてここから俺のターンが始まるのではないかと考えていた。
「ふむ、気になるのならばついでに魔法使いとしての適正があるかどうかも調べてあげよう」
そう言ってイスラは血圧計の様な機械を取り出した。
この機械は体内の幻想因子保有量と魔力変換効率を調べる装置で、魔法や魔道具を扱う施設には必ず置いてある物だ。
「こいつで幻想因子保有量を調べて、Sランク以上の保有量が確認できれば神意能力者の可能性がある。それ以下なら神意能力者では無い事が確定する。覚悟はいいかい?」
「ああ、やってくれ」
サクヤはドキドキしながら右腕を差し出し、イスラはその腕に装置を取り付けた。
そして十秒ほどで機械のガラスで出来た部分に文字が浮かび上がる。
「うーむ、幻想因子保有量Aランク、魔力変換効率Eランク、総合評価Cランクだね。魔力変換効率も生後変動する事が無いものだから、残念だけど神意能力者どころか魔法使いにもなれそうに無いねぇ」
「えぇ!」
現実は非情だった。サクヤは典型的な幻想因子はあるが魔法使いとしてはポンコツという人間だったのだ。こうなってくると、魔法は使用出来ない事もない程度と見るしかない。
サクヤは、初期設定の魔法使用の選択肢とは何だったのだろうかと考えずにはいられなかった。
「まぁまぁ、ショックなのは分かるが落ち着きたまえ。確かに魔法使いとして強くなるのは難しいが、魔道具を駆使すればそれなりの活躍は出来るさ。上ばかり見ないで自分にあった生き方を探しなさい」
「確かに、そうだけど……、でも――!」
そこまで言いかけて、サクヤは黙り込んだ。
(そういえば、俺は何で戦う事にこんなにも前向きなんだろうか?)
サクヤはこの世界に来て、戦いの中で生きる事を前提に物事を考えてきたが、そもそも、自分はなぜ戦う必要があるのだろうかと考え始めた。
(この世界の状況はわからないけど、魔物がいる以外は平和そうな雰囲気がある。俺には魔王を倒すとかの使命がある訳でもないんだから、この国で静かに暮らしていればいいんじゃないか? 元の世界に帰りたい訳でも無いんだから、無理に冒険をする必要だって無いし、強い敵と戦う必要も無い。それなのになんでこんなに強くなりたいんだ?)
冒険をするだけではない、イスラの話を聞きながらサクヤは自然に神意能力者にどう対抗すれば良いのか考えていた。
サクヤが今知っている神意能力者はカナタだけである。それなのに何故こんなにも神意能力者に対抗心があるのか理解できなかった。
「どうしたんだい、サクヤ君?」
「――いや、なんでもない」
突然黙ったままになったサクヤを心配してイスラが声をかけるが、サクヤは素っ気なく答えてまた黙り込んでしまった。
「ふむ、いきなり多くの説明をしても理解が追いつかないかも知れないからね。今日の説明はこれぐらいにしておこうか。君はしばらくはエスタシアに滞在するつもりなのだろう?」
「あ……あぁ、そうだな。取り合えずこの世界の事を理解できるまではお世話になろうと思ってる」
「……この世界?」
「――っ!?」
サクヤは考え事をしていた事もあり、口を滑らせてしまった。元々この世界で暮らしているのならば「この世界」などという言い回しはあまりするものではない。
焦っているサクヤに対してイスラはニヤニヤという笑みを浮かべて視線を送る。
「ふふふ、噂通り謎の多い人物のようだね。そうだ、明日からはこちらからも質問をさせて貰おうと思っているから、言い訳があるなら先に考えてくるようにね」
「――っく、わかった。今日はありがとう」
「いえいえ、どういたしまして。こちらこそ良い暇つぶしになったよ」
手を振って見送るイスラを背に、サクヤは研究室から出る。帰り道がわかるかどうかの不安も合ったが、程なくして案内役のメイドが現れ、サクヤをカナタの所へ案内した。
サクヤがカナタの所に辿り着く頃にはカナタの用事も終わっており、二人は腕を組みながらカナタの部屋に向かった。
部屋に着く頃にはカナタの機嫌も良くなっており、二人はたわい無い会話をしながら時間を潰し、食事とお風呂を済まして一緒にベッドに入った。
余談ではあるが、この時のサクヤは終始上の空で、カナタにナニをされても文句を言わなかった為、結果好き勝手にされてしまったのだが、それは語るほどでもない話である。
 




