プロローグ 始まりの時
『ニューライフ・ニューワールド』
そんなタイトルと草原のようなイラストだけが描かれたDVD‐ROM。とある電気街の店でジャンク商品として108円で売られていたそれを購入したのは気まぐれだった。聞いたこともないタイトルでおそらくゲームだと思うが、箱も説明書もないため判断できない。まあ、もし中身が空っぽだったり意味不明のデータだったとしても108円なら笑い話で終わらせられる。そう思いながら購入した。
(一日でも暇をつぶせればそれでいいか)
そんな風に考えながら家路に着いた。
そして、家に着くと荷物を適当なところに置き、うがい手洗いをしてからパソコンデスクの前に立つ。
そのままDVD‐ROMをパソコンに入れてもよかったのだが、ウイルスなどを心配して古いパソコンを引っ張り出してから起動した。
「よかった、普通に動いたか」
放置している間に壊れているかもと思ったが問題なく起動したパソコンにDVD‐ROMを挿入した。面倒なのと、もしもの時のためにネットには接続しないで作業を進める。ディスクの読み込みが完了すると画面に『ゲームをインストールしますか?』という問いが現れ、やっぱりゲームだったかと呟きながら『はい』をクリックした。
ゲームのインストール完了を待っている間に他の荷物を整理し、冷蔵庫から取り出したコーヒーを飲み時間を潰すがなかなか終わらない。仕方がないので夕飯の準備を始め、風呂を沸かし、夕飯を食べて片付けをし風呂に入って出る。そこまで待ってようやくインストールが終わった。
「これでインストールに失敗してたらディスクを叩き割ってやるところだぞ」
不満を口にしながら『ゲームスタート』をクリックする。
『ニューライフ・ニューワールド』
画面にはDVD‐ROMに描かれているのと同じ草原とタイトルが表示される。
手抜きにも程がある。これではどんなゲームかまったくわからない。少し待つとタイトルの下に『新しい人生を開始します』という文字が現れた。普通ならその下に続きからやコンフィグ、ゲームを終了しますなどの文字が出てくるはずだが出てこない。続きからはセーブデータが無いからかもしれないが、コンフィグは最初に調節させてほしいものである。
取り敢えず『新しい人生を開始します』をクリックした。
『新世界へ行く準備をします』
そんな文字の下に質問が現れる。
『あなたの性別はどちらが良いですか?』
性別の選択のようだ。俺は男を長時間眺めるより女を長時間眺めるほうが好きだ。よって一番眺める時間の長くなる主人公は女とする。
『あなたの年齢は何歳にしますか?』
その質問の下は空欄で好きに打ち込めるようだ。年齢が決められるゲームでは基本的に高年齢にする利点は無い。しかし、一桁にする趣味も無いため無難に16歳と打ち込む。
『あなたの誕生日を教えてください』
考えるのが面倒なので自分の誕生日を入力する。
『あなたは何がしたいですか?』
その下には選択肢とチェック欄があった。
□武器使用 □魔法使用 □特殊能力使用
□対人戦闘 □対魔物戦闘 □対神戦闘
□完全魔法 □神剣創造 □絶対支配
よく分からないが、使用可能系の選択を選んで戦闘系の選択を選ばなかったりしたらどうなるのだろうか。そう考えながら、使用系三つと戦闘系の三つにチェックを入れる。しかし、一番下の三つの選択肢は説明がないとどういうものか分からない。
試しに選んでみるかとクリックをしたのだが、チェックマークも付かない。よくわからないが2週目にしか選べないクリア特典か何かだと判断して無視した。
『あなたの特性を選んでください』
その下には攻撃特化、速度特化、魔法特化、全能力特化とあった。全能力特化というのは日本語としておかしいのではないだろうか。
俺はそう思いながら速度特化を選択する。このゲームが何のジャンルかわからないが、攻撃力と防御力は装備で補えるが速度は補えないゲームも多いため取り合えず速度が無難だと思った。
魔法特化はどんな魔法があるかわからないと選び難いため、選択するとしたら二週目からだ。全能力特化はどうせ器用貧乏扱いだろうからやめておいた。
『あなたには下記の特典が与えられます』
全てを選び終わると空欄だった箇所に文字が現れる。
【初期装備:人造神剣グランエグゼ】
・武器非携帯:武器は身体と一体化し、「形成」と宣言することで手元に顕現、「融合」と宣言することで体内に戻る。
・永久不変:この装備は絶対に壊れない。
・対神兵装:神、または神に選ばれし者に対してのみ封印機関の解放を許可する。
なぜか物凄く強そうな名前の武器が表示される。下にある能力を見ると対神戦闘にチェックを入れたので与えられたのかもしれないと予想できる。たぶん特定の相手に対してだけ強い武器なのだろう。神と名が付く相手に挑むには時間がかかるだろうから初期装備としては微妙だ。
武器非携帯と永久不変の能力はゲームなのだから全ての装備に適用されててもおかしくないと思えるが、装備に耐久力や重量があるゲームなのだろうか。
【初期魔法】
・無し
おい、魔法使用の選択肢はどうなったっと思ったが、魔法特化か全能力特化以外は初期魔法は無しで後から覚えなければいけないのかもしれない。
【特殊能力】
・思考加速:「思考加速」と宣言して発動。思考速度を加速させ自分と周囲の動きが遅くなった様に感じさせる。
・所持品軽量化:常に所持品が軽くなる。
特殊能力だけ初期の表記が無い。特殊能力は後で増えることが無いのかもしれない。
思考加速はアクション系のゲームでは役立ちそうだ。おそらく速度特化を選んだから得たのだろう。
所持品軽量化も速度に関係しているのだろうか。常時発動する能力は基本あって困ることは無いのでありがたい。
『以上の内容で問題ありませんか?』
これで終わりらしい。一度やり直して試行錯誤して見てもいいが、面倒なのでそのまま『はい』を選んだ。すると画面が切り替わる。
「おおっ」
そこに映ったのは可愛らしい少女だった。
『あなたの容姿を設定してください』
昔のゲームか個人製作のゲームだと思っていたのだが、3Dの出来が凄く良い。最新のゲームに負けていないクオリティだ。
しかも目の位置や眉毛の位置、身長や胸の大きさ、筋肉の付き方まで細かく設定できて、自由度が高い。俺はこの手のゲームのキャラメイクに時間をかけてしまうタイプの人間だ。キャラメイクに3時間かけて本編は1時間で飽きるという思い出も持っている。このキャラメイクの作業だけでも買った価値があったと思った。
4時間かけて容姿の設定が完了する。最初から可愛かったのだが、妥協を許さず調整したのでかなり時間がかかってしまった。
身長は158cm体重は46kg、細身だが胸は大きめ、筋肉は目立たないがうっすらと分かる程度、髪は肩に届くくらいの黒髪セミロング、そして凛々しい顔立ちの少女がそこにいた。服装は現代風になっていて、ショートパンツに黒タイツにシャツと胸を強調する為だけにあるかのような謎のベルトで動きやすさを重視している。自分の好みを詰め込んだのでほぼ理想の女の子と言っても良いだろう。
確かな達成感に浸りながら容姿設定を完了する。
『最後にあなたの名前を入力してください』
やっと最後の質問になった。名前は既に考えてある。
「サ……ク……ヤ、よし完了」
サクヤというのは俺がいつも女主人公に付けている名前だ。自分の本名の一部を抜き出すとこの名前になると気づいてからずっと使っている。勘違いしないでほしいのだが、女性化願望があるとかそういう事ではない。なんとなく愛着があり使っているだけで、自分の名前を使う事で女の子になってる気分を味わいたいとかそんな考えは一切無い。
最後の質問に答え終わると画面が切り替わった。
『それでは、新生活を始めましょう』
やっとゲームが始まるらしい。しかし、明日も仕事があるのでそろそろ眠りたい。セーブが出来るようになったらすぐに終わらせて眠ようと思いつつ、はいの選択肢を選んだ。
『それでは命が尽きるその日まで私を楽しませてくださいね』
「んっ?」
最後に妙な一文を見たと思った瞬間、俺の耳にはパソコンを強制終了した時の様な音が聞こえて意識が遠のいていった。
『新世界へようこそ』
誰もいない部屋のパソコン画面に、その言葉だけが表示されていた。