腕枕の数え方
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「魔王様、月がとっても綺麗ですよ」
「月より君の方が綺麗だよ」
「何か悪いものでも食べました?」
「……御前は本当に冷たい女だな、そこは頬を染めるところだろう」
もう、どうにでもなれ。
魔王はすっかり現状を達観していた。
透子が夜になると魔王のベッドの中にもぐりこむのはすでにもう当たり前となってしまっている。習慣化してしまっているのだ。今だってごくごくナチュラルに二人で窓から見える月を見上げていたりするのだから。
背中の後ろにクッションを置いて起こした身体、なんとなし二人寄添いながらぐだぐだとどうでもいい話をするのも、今ではすっかり日常の一部である。
「……葉巻が吸いたい」
「却下です」
細く巻いたシガレットは魔王にとっては大事な嗜好品なのだが、透子のお気には召さないらしい。いともあっさりと却下を食らってしまった。
「………君はもうちょっと我を敬っても良いと思うぞ」
「十分すぎるほど敬愛していますよ」
どこがだ、と言い返したいものの、言い返すと軽く倍は言われるのであきらめた魔王は背中のクッションをずるりと引き抜いてごろんと横になった。自然と透子の背もたれを奪うことにもなったのか、ゴツンと隣でちょっと痛そうな音がする。
どうやら透子は見事にベッドヘッドに頭をブツけることになったらしい。ちょっといい気味だと背中を震わせて笑えば、その丸めた背中にげし、と蹴りを喰らった。
まったくもってどの辺に敬意やら敬愛やらがあるのだろうか。
どの口がそれを言うのか問い詰めたい。
「……吸いたい」
「ヤですよ」
「御前に吸えとは言ってない」
「移り香がつくでしょう」
「―――…今、地味に傷ついたわけなんだが」
我の移り香が嫌なら我のベッドから出て行けここは我の王国なんだ、とみみっちい領地を主張する魔王。本来なら魔界全体が魔王の領地であるはずなのだが、その中でもベッドの中は魔王的にスペシャルな王国であるらしい。
そんなことを主張しつつ、透子に向き直り押しやろうと腕を伸ばせば、その腕をとられて引き寄せられた。やはりこれは立場が逆なんじゃないだろうか、としみじみ思う。
「だって」
ぷい、と眼前で透子が唇を尖らせる。
「あんな強烈かつ可愛らしいヴァニラの香り、私には似合わないでしょう」
「…………………………そんなことはないと思うが」
「その間は何ですかその間は」
想像して、魔王は眉間に皺を寄せる。
タイトなスーツ姿で仕事をこなしていく透子から、ふわりと漂う濃く甘いヴァニラの香り。想像するだけで、妙な気持ちになる。退廃的だ。あの魔人のように、その香りに惹かれて手出しするような輩が増えたら困る。何かある度に魔王城が大改造されてしまっていたら、宰相の胃が溶解しかねない。
「……宰相が哀れなので、我も御前の前では煙草はやめておこう」
「そうしてください。でも今なんで宰相の名前が出てきたんです?」
「気にするな、こっちの話だ」
適当に手をひらりと振って誤魔化せば、透子もそれ以上追及することはなく、はあ、と頷いた。そして、腕をそのまま引かれて腕枕にされる。
それももう慣れた。
「……腕、痺れるんだぞ」
「鍛えてください」
「どうして我が御前のために鍛えないといけないんだ」
「今地味に傷つきました」
「…………」
「損害賠償として、腕枕を一本いただきます」
「一本言うな、切り取るみたいでコワいだろう」
「…………」
「切り取る気なのか!」
「―――…冗談ですよ」
「今の間はなんだ」
「腕枕単品より魔王様付きのが良いです」
「それどっちが付属品なんだ」
「どっちでしょうね」
「腕枕だと言い切ってくれ」
月明かりの下。
寄せては返す波のよう、他愛もない会話は繰り返されていく。