表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/5

勇者、求む by 魔王

 

「えい」

「……ッ!?」

 

 ぴとり。

 冷たい素足が唐突に絡みついてきたもので、思わず魔王は悲鳴をあげそうになった。

 

 今日も今日とて透子(とおこ)は魔王の布団にもぐりこんでいる。もうそろそろ恒例である。こんな恒例は嫌だと泣きたい魔王であるのだが、果たして誰に訴えればよいのかがわからない。これで立場が逆ならば完全に魔王がいたいけな乙女を嬲っている図として勇者あたりが助けに来そうなものなのだが、残念ながら魔王が所有者、透子は奴隷である。

 

「どうして我は奴隷にセクハラされているのだろう……」

「何言ってるんですか、サービスですよ」


 ぺとり。


「ひぃいいい冷たい脚をくっつけるなッ、寒いだろう!」

「こんなに冷えて可哀想に私が暖めてやろう、ぐらい言えないんですか」

「そういう台詞は宰相の専門分野だ!」

「宰相に言われたことがあるんですか!」

「どうしてそうなった!!あったらコワいだろう!!」


 宰相と同衾。

 コワすぎる想像である。

 というか、宰相と魔王が同じベッドに入らざるをえないというシチュエーションがわからない。

 というか毎度ながら彼女が同じベッドの中にいる意味がわからない。

 

「御前の世界に、勇者はいないのか」

「さあ、存じ上げませんが」

「そうか……」


 どうやら異世界より魔王城に捕らわれた彼女を救いに来る――というか引き取りに来てくれる――勇者には期待できなさそうだ。魔王はがっくりと肩を落とす。

 明日から「求む勇者」の張り紙でも作ってとりあえず人間界にばらまこうと決意する。書き損ねた書類の裏紙でも使えば、宰相や透子に文句を言われることはないだろう。

 そんな魔王に対して、ふと気付いたとでも言うように、透子が口を開いた。


「でも、今日の魔王様は勇者のようでしたよ」

「……そうか」

「おかげで魔王城は極寒の氷城と化してますけど」

「…………」


 本日、魔王城ではちょっとしたトラブルがあった。

 

 魔界の南方を護る焔の魔人が城を訪れた際の話だ。

 女好きで、ナンパ好きな魔人が宰相の元でてきぱきと仕事をこなす透子へと目をつけた。人間だけあって、透子には羽も爪も牙も魔力もない。その毛色の変わった様子に興味を惹かれたのだろう。そして、魔人は人の肌がどれほど傷つきやすく、弱いものなのかを知らぬまま透子に触れようとした。常に身体の表面にうっすらと焔をまとった魔人が、ただの人である透子に触れればおそらくただではすまなかっただろう。宰相が慌ててフォローに入るよりも、周囲にいた部下が身を呈して魔人を止めようとするよりも先に――…、魔王が全てを凍てつかせた。あっという間に魔人は氷漬けである。それどころか城ごと凍った。岩壁で出来ていたはずの魔王城は、あっという間に氷の城と化した。


『ああああ…、城の材質から全部変えてしまって…ッ!これ元に戻すのにどれだけかかると思ってるんですかッ!っていうか魔人様凍ってますけどどうするんですかこれ!』


 宰相の悲痛な絶叫を、透子は魔王の腕の中から聞いた。

 透子を背後より抱き寄せ、一瞬にして全てを凍てつかせた魔王は、フンと小さく鼻を鳴らすと透子を一瞥した。そして、怪我はないな、と一言呟いてから、いつものマイペースで宰相へと応じた。

 

『大丈夫だ。魔人は頑丈だから溶かせばなんとかなる』

『……溶けるんですか?本当に溶けるんでしょうねっ、魔王様が人間界には季節感が足りないといってこしらえた雪山の氷はウン万年溶けてませんが!」

『……たぶんなんとか』

 

 そう言って凍りの彫像となった魔人を担いで魔王が向かった先が厨房だったあたり、詳しくは追及しない方が良いような気がしつつ、透子はだいたい察している。たぶん湯煎だ。


「…魔界は御前のような人間が暮らすには向いていない」


 昼の出来事を思い返してぼんやりしていた透子の隣で、ぽつりと魔王が呟いた。


「まあなんとかやりますよ。魔王様で暖をとりつつ」


 ぴとりと足を絡めると、魔王は一瞬ぴくりと硬直したものの、抵抗を諦めたように透子の好きなようにさせた。

 

「魔王様、ついでなのでちょっと腕も貸してください」

「ああ?」


 言われるままに片腕を差し出す。

 よっこらせ、と腕枕されてしまった。

 魔王の頭のすぐ脇に透子の頭。

 吐息が触れるほどの距離。

 

「私、この肩のくぼみに頭はめるの好きなんです」

「……それは良かったな」

「はい」


 嬉しそうな声とともに、擦りと頭が寄せられる。

 もともと体温設定が低めな魔王であるので、傍らに感じる透子のぬくもりは酷く暖かに感じられた。

 そのくせ胸に乗せられる手のひらや、己の脚に絡みつく脚はひんやりと冷たい。


「……御前は本当、冷たいな」

「心はあったかいです」

「………………」

「何ですかその沈黙」

「いや、……我は正直ものなんだ」

「―――……」

「御前の沈黙は怖い」

「………………」

「悪かった」

「許しましょう」


 くふ、と耳元で柔らかに笑うような声。


「ともに朝日を眺めつつ夜明けの珈琲を飲みましょう」

「………日が昇ればな」


 概念的に朝・昼・夜と時間を区分けしているものの、残念ながら常闇の魔界に朝日は昇らない。


お読みいただきありがとうございます。

PT,感想、お気に入り、励みになっています。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ