さあ、ピロートークです。
「ピロートークというものをしてみたいと思います」
「げふッ」
今日も今日とて透子は魔王のベッドにもぐりこんできている。
寝巻きに身を包んだ女性として完成された体躯はそれなりに甘やかで魔王の視覚を楽しませてはくれるのだけれども。それ以上に手で触れたらトンでもなく痛い目を見そうな気がしてしまうのは何の刷り込みだろう。
というか、ピロートークって何だ。
そんなものを交わす関係になった記憶はこれっぽっちもない。
相変わらずいつの間にか押し切られてベッドに侵入されてしまっているだけである。というか、それが日課になりつつあるのは如何なものなのか。
魔王の主寝室だけあって、それなりに警備はされているはずなのにどうしてこうも透子の存在がスルーされるのか。さりげなく宰相相手にぼやいてみたところ、
「魔界最強のイキモノが何言ってるんですか。あんたに警護なんて必要ありませんよ」
と鼻で笑われた。
どうしてだろう。涙が出そうだ。
この城にいる魔物どもは全体的に魔王に対する敬意に欠けている。
実際、魔王と透子ではイキモノとしての基本が異なりすぎる。透子に魔王は傷つけられない。精神的ダメージならいくらでも与えられるかもしれないが。
「熱、あるんでしょう」
つらつらと考え事をしている間に、横から伸びてきたしなやかな白い手が優しく魔王の額に触れた。
ひんやりと柔らかくて心地良い。
普段あんなに怖くても、やはり女性なのだな、と思い知らされる。
「――…魔王らしいことをしていないからな」
魔力が余って余って仕方ないのだ。
魔王の中で生成された余剰な魔力は、ときたまこうして熱を生んで魔王の身体に負荷をかける。魔王の本能に、壊せ、奪え、滅ぼせ、と甘く囁きかける。魔力を持った者であれば、この状態の魔王の傍にいれば簡単に狂う。魔力のまの字も持たない透子だからこそ、平気で隣にいられるのだ。
いっそ人間界(透子の世界とは別だ)にでも攻め込んで魔王らしく世界征服にでも乗りだせば良い感じに発散できるとは思うのだが、今更そんな気にもなれなかった。
「どうして、魔王様は人間界に攻め込んだりしないんです?」
「馬鹿をいえ、ここまで人間界を発展させたのは誰だと思っている。我だぞ」
ベッドの中で魔王が胸を張る。
人類の進化にちょいちょい手を出し、ベストなタイミングで強力なマジックアイテムの封印されたダンジョンを出してみたり、人類が互いに争い、殺し合いが最悪のところまで行きつきそうなところで人類が力をあわせてやっと倒せるぐらいの力の魔物を送りこんでみたりと、バランス良く発展を促してきたのだ。そして魔王の野望としては、いつか自分の手を離れた人間界が、自分ら魔界とガチの喧嘩をしてもやりあえるほどになったときに、滅茶苦茶格好良いラスボスとして降臨することなのだ。今はまだその時ではない。それをそれを自らリセットするなど、魔王に出来るわけがなかった。
「……まるで箱庭アプリにでもハマっているような言い分ですね」
「はこにわあぷり?」
「私の世界にあったゲームで、自分だけの世界を、自分好みに育てていく、というものです」
「それに近いな」
透子の世界の人間とは気が合いそうだ、と思う。
「辛そうですね」
「明日には収まる。というか心配するぐらいなら、今日ぐらいは手加減してくれても良かったんじゃないのか」
うう、と呻く。
本日も通常運転の透子に書類を仕上げろ印鑑を押せと迫られ倒した記憶はまだ新しい。透子が来てから、魔王城の業務効率が30パーセント以上も向上したと宰相は喜んでいたが、その陰には魔王の犠牲がある。
「だから、責任とって私が寝かしつけてあげようというんです」
「放っておいてくれ、お願いだから」
「まあまあまあ」
何がどうまあまあまあ、なのかがわからない。
というかさりげなく当然のように彼女がベッドの中にいる意味がわからない。
「魔王様はどんなピロートークがお好きですか?」
「………御前は本当に人の話をきかないな」
「魔王様ほどじゃありません」
「何を言う。我は部下の意見もよく聞く素敵上司であり、素敵魔王だぞ」
「それならば明日にでも人間界に進撃してください」
「だが断る」
きっぱりと言い切ると、どこか呆れたように透子は溜息をついた。
そもそも異世界人とはいえ、列記とした人類である透子が魔王に人間界侵略を進言するというのは如何なものなのか。
「じゃあ、私に魔力をわけてみるというのはどうでしょう」
「は?」
「魔王様は魔力が有り余っていて、私は魔力が皆無です。足して2で割れば素敵な感じになるんじゃないでしょうか」
「すまん、このベッド気に入っているんで御前を破裂させるのはちょっと」
「おおう」
すでにピロートークとしてはかなり方向性を間違った会話がつらつらと流れていく。そして、流石に魔力を分け与えることが出来なくとも、魔王の額から熱がじわじわと彼女の手へと移っていく。ある程度火照りが移ると、くるりと彼女が手を返した。こつん、と冷えた手の甲が額に触れる。
「……御前の手は冷たくて気持ちがいいな」
「冷え性なんです」
「そういえば手が冷たい人間は心が温かいというな」
「そうそうそうでしょうとも」
「我はそれに異論を唱えたい。全力で」
べちん。
額に乗せられていた手が軽く持ちあがって攻撃をしかけてきた。
ほら、やっぱり意地悪じゃないか、と言い返そうとしたものの。
隣の彼女がなんだか満足そうだったので、もごりと魔王は黙り込んだ。
そうして――…、今日も魔王城の夜は平和に過ぎていく。
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