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鉄パイプの魔法使い  作者: パン×クロックス
最終章 生存都市ノ夜明ケ
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少年期の終焉

「シュビエ東北部の地域一帯全てが、黒飛蝗によって全滅した」


 王の発言は音としては認識出来たが、意味のある言葉としてイザが理解するまでに少しの時間を要した。

 無意識下で受け入れ難い内容を拒絶するかの様に、言葉が思考の表面を上滑りする。


 イザが混乱している間、ヤムセス王は暫く時間を置いてくれた。膨大な執務に追われる王からすると、これは最大限の気遣いである。側に控える文官達の焦燥感を浮かべた表情には、その逼迫度が滲み出ていた。


「ぐうっ」


 言葉の意味を噛み締めたイザは、胃液が上がってくるのを堪えて何とか飲み下すと、王の前だというのに頭を抱えてうずくまってしまう。


『大丈夫?』


 気遣うスイの言葉もまるで頭に入ってこない、耳鳴りがして目が回る。


 極度の緊張と長旅や実験での疲労の蓄積、魔力の枯渇、余裕の無くなっていたイザに、故郷の壊滅、そして恐らくは家族の死という情報は心の許容量を超えーーそのまま気絶した。




 次に目が覚めた時は見知らぬベッドの上だった。暗闇の中で壁に下がったカンテラだけが細々と周囲を照らしている。


『気付いた? あなた王様の前で気絶して丸一日半寝てたのよ』


 スイが経過を教えてくれると、同時に故郷の壊滅という知らせを思い出した。押し潰されそうな寂寥感せきりょうかんに、思わず胸を押さえて突っ伏す。


 思い出すのは厳しくも頼りになる父、優しい母、いつも背中を追いかけていた兄、泣き虫な妹。だが、その記憶にある顔が真っ黒に塗りつぶされている事に愕然とする。


 足の着かない底無し沼に落ちた様な不安感に、何とか彼らの顔を思い出そうとする。だが焦る心が余計に空回りして、その存在すら認識できないという錯覚にとらわれてしまい、パニックを起こして呼吸困難に陥った。


『しっかりしな!』


 強烈な念話がショックとなってイザの混乱を打ち消す。カハッ! と残りの息を吐き出すと、鼻から大きく息を吸い込んで、フーッとゆっくり吐き出した。心臓の鼓動が収まった頃、


『今出来る事だけを考えるの、先ずは空腹を満たしなさい』


 確かに、腹がグーグー鳴っているので、そのまま肉水を作り出して嚥下する。久しぶりに鉄パイプを握る手が震えて、長時間寝っぱなしだった事を改めて実感した。


『明日にはダグラス達が到着するらしいわ、それに合わせて色々と動きがあるみたいだから、今のうちにもう少し寝ていなさい』


 食道を通った肉水が胃に溜まるのを目を閉じて感じ取っていると、冷たくなっていた手足に熱が戻ってきた。


肉水こいつは裏切らないわね』


 スイの念話に頷く。最初から頼り切りの肉水魔法の存在感に、精神的にも支えられている。少し目眩のする頭を抑えながら、


『故郷が壊滅したって本当かな、全てが無くなったのか、少しでも避難出来たのか、何か聞いた? スイの母木は無事?』


 これだけはどうしても聞かなくちゃならない。その問いに、


『私の母は死んだわ、繋がりが断ち消えたからわかるの。母体の木が滅んでも少しの間は存在できるけど、それでも少し前に亡くなったわ、最後の仕事を完遂してね。あなたの故郷も壊滅でしょうね、信じられない速度で黒飛蝗の大群が発生して、辺り一帯を食べ尽くしたそうだから』


 冷静なスイの言葉に目の前が暗くなる。故郷を出る時に二度と帰れないかもしれないと覚悟をしたが、まさかこの様な形で失うとは想像すら出来なかった。


『呪われし種族』


 スイが静かに語り出した。


『古の文明が栄える以前より、我ら大神の身体たる木精に巣食い蝕む害虫がいるの。私達は彼らを決して許さない、その種族もあと一歩まで追い込んだわ。けどそこで突如として黒飛蝗なる新種が現れた、黒神の呪いと共にね。今や私にとって直親の敵でもあるわ』


 スイの静かな念話に少し熱が篭る。その感情は底冷えするほど冷酷に、しかし火傷するほどの温度で敵対者に向けられていた。同じ境遇のイザが同調するのにそれ程時間を要さなかったのは自明の理といえる。


『王やダグラス、サイプレス達は虫共を駆除する方策を立てているわ、今はそれに注力しましょう。私達の力を当てにするなら、此方も彼らを最大限活用させてもらう』


 スイは聖獣マグニヒカから受け取った精霊の種と同期する様に魔力を籠めると、獲物を狙う肉食獣の様に気配を鎮めた。イザもこれから起こる全ての事に備えて目を閉じる。

 その夜は不思議な程深い眠りにつく事が出来た。


 翌日の昼過ぎに王城に到着したダグラス達と共に、イザ達も再度王の間に呼び出された。久しぶりに再会したダグラスやズカは成長したイザに親し気に挨拶するが、覚悟を決めたイザの硬い表情に何かを感じたのか、以降そっとしておいてくれた。


「では、これより緊急転移魔法〝ゲート〟を使い第三補充部隊を送り込む、行き先は現存する最北端の街シュビエ、総員前へ進め」


 若き将軍マルディの号令にイザを含む皆が前進する。王の転移魔法〝ゲート〟で一度に送り込める最大の人数は決まっているため、イザの仲間達であるラヴィ、ドゥー、ワンジル、セレミー、ハードキィ、ズーパンチ、ズカの他に、サイプレス教授の指示を受けた魔法院の博士が3名、魔具で身を固めた魔法院警護隊員10名の少数部隊が前に出た。


 全体の指揮権はイザを連行した警護隊隊長のファストフがとる事になったが、博士達の女性代表者の方が地位は高く、ハードキィ師弟に至っては指揮下に入らず、協力者という立場らしい。


 ダグラスの懐刀たるズカが主人の元を離れて別行動をとる事に驚いたが、今回の事はハードキィ達の中では既に決まっていた様で、当たり前の様な顔をして師匠の横で佇んでいる。


 王が目をつぶり精神統一すると、額部に小さな魔法陣が浮かび上がり眩い光が放射される。その光は空中のとある面に直径3m程の魔法陣を描き出すと、次の瞬間、壁に囲まれた一室の映像が浮かび上がった。


「総員進め」


 将軍の掛け声と共に警備隊長ファストフを先頭に全員がゲートを潜ると、魔法陣に映し出された部屋に転移する。それと同時に魔法陣が掻き消えた。


 ゲート魔法の限界人数まで転移魔法を行使したヤムセス王は、額に浮かぶ大粒の汗を付き人に拭き取らせながらも、問題の山を少しでも解決すべく、その場で将軍や文官に加えてダグラスを交えた緊急会議を再開した。


 国が崩壊するか生き延びるか、彼の双肩には歴代国王の誰よりも深刻で緊迫した問題がのしかかっている。その判断一つで国の存亡が左右される、歴史的分岐点に立たされていた。





 ギチギチギチギチ……


 真っ暗闇の中で、ダンジョン・マスターが魔法陣を描く。その周辺には魔獣の群れがひしめき合って主の命令を待ち構えていた。

 その主〝紫閻王〟と〝赤閻王〟はその巨体をダンジョン・マスターの足元に垂らし、服従の姿勢をとる。


「さて、これで準備はバッチリ。皆さん大変お待たせしましたね、此方から合図があり次第、ここを通って来ていただきますから、宜しくお願いしますよ」


 そう言うと、答える様に紫閻王と赤閻王は、


「「ビイイィィ!」」


 と声を揃えて了承の旨を告げる。周囲の魔獣達はその声に硬直すると、一瞬にして静寂が生まれた。


「では私はこれで、次は死の森ですね、スンモゥさん、スンドゥさん、出番ですよ。ああ忙しい」


 ボヤキながら小さな魔法陣を描くと、生まれた黒い穴に二人の大男を誘導して自分も落ちて行った。



 ーー1ヶ月後ーー



「黒子谷に異変あり」


 その一報を受けたソウジャが、ハンター組合の依頼を受けて黒子谷を見に行くと、そこはもぬけの殻だった。


 ついこの間通りかかった時にイザを思い出してふらっと立ち寄った時には、いつも通りアサルト・ローチの群れの気配が満ちていたのに、数日後の今は一匹たりとも見当たらない。

 周囲には移動による被害も痕跡も残っておらず、突如の消失という不可解な事態に草原を知り尽くした男も困惑した。


 朝日を浴びてもなお暗い峡谷に佇むソウジャは、突然がらんどうになった谷を覗き込んで、何故か嫌な予感に身震いする。


「何事も無ければ良いが」


 主人の不安を感じ取り、鼻を押し付けてくるロウの頭を抱えつつ思わず呟いた言葉は、無人の荒野に吸い込まれて消えた。

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