閑話④ある日のバーモール
ダグラスとイザがピンフ・バーモールを去ったその日。
二人を乗せた騎獣車が館を去ると、待ちきれない様子のバーモールは昨日ダグラスから買い取った黒い包みを手に、地下の実験室にイソイソと降りた。
本当は昨晩にも取り出したかったが、ダグラスの手前、興味のない振りを続けていたのだ。
変な所で意地を張る、ダグラスとバーモールの複雑な関係――長い付き合いの二人はそれを密かに楽しんでいるのだが。
地下実験室に入ると誰も入れない様に扉をガッチリと施錠して、門に鎮座するガーゴイルにも魔力を流して館の周囲を警戒させた。
そして念話を通じ、ボーイ頭に命じてしばらく誰も地下に近づかない様にすると、多少のトラブルの判断はお前に任せると伝え、閉じこもった。
ボーイ頭も手慣れたもので、『かしこまりました』と言うや念話通信を切る。
更に目を掛けている少女テオに念話で話し掛けると、バーモールの部屋にある魔水晶の使用を許可して、娼館ピンフバーモールに掛け続けている色魔法を保つ様に指示を出す。
テオはバーモールの精神支配魔法における弟子である。但し根っからの男好きな為、娼婦としての修行や、色魔法なども教わり始めている。そっち方面でもバーモールも認める天才児だった。
邪魔が入らぬ様に全ての準備を整えた後、実験室の机に置いた品物を撫でる。バーモールが長年夢にまで見た品は、お金を積んでも手にはいる物では無い。
持ってきてくれたダグラスにもう一度心の中で感謝すると、包みを開けた。
「おおっ」
魔力放出を防ぐ黒布を外すと、目も眩む様な黄金の輝き、魔力の塊を手にした様な衝撃を受ける。
大事に包み込む手の中には〝千年竜〟の身体の一部が台座の上に鎮座している。
古代遺跡の出土品である〝エンシェント・ブック〟の中の記述でしか存在を知られていない幻の一品。
〝千年竜のペ○ス〟
ドラゴンにも雌雄はあったのだ。
最強のモンスター〝千年竜〟は一個体で軍大隊をも凌駕する幻獣の王である。
千年以上生きると言われるその生態は謎に包まれ、現代の研究者でその謎を解き明かした者は居ない。
だが、古代文明〝知の王〟時代、ドラゴンは人に使役され、魔力溢れる身体は血の一滴すら余す事なく利用される資源だった。
酪農家が家畜を知り尽くしている様に、知の王達はドラゴンを知り尽くしていた。
その記録は文明の終焉と共に失われた、が、一部は遺跡の中で眠りにつき、幸運なハンターによって発掘される。
バーモールがその記録であるエンシェント・ブックを手に入れたのは、遥か昔の娘時代。天才魔術師として、遺跡ハンターをしていた頃の事である。
厳重な保護魔法で保存された書をパラパラとめくって見て興奮した、バーモールが夢見る魔法薬がそこにはあったのだ。
だが次のページをめくって気落ちする、その材料たるや! 大霊鳥の卵、フェンリルの毛玉、透明人間の目玉、などなど、超絶レアアイテムばかりだった。
中でも千年竜のぺニ○に至っては『雄居ったんかい!』と思わず突っ込んでしまう程、見た事も聞いた事もない物だった。
事実、千年竜の雌雄の比率は、雌9対雄1と、圧倒的に雄が少なく、千年竜自体もその存在すら疑わしい程希少な種族で、雄のシンボルなど入手できるはずもなかった。
だが――
「これで全部揃った!」
興奮状態のバーモールは本当に小躍りしながら大事な○ニスをシゲシゲと眺めた。
全長100mにも及ぶ千年竜のものにしては小さい、バーモールの前腕よりも一回り短い物を、スリスリと撫でながら鑑賞する。
このまま暫らく眺めていたいが、早く魔法薬作成にも取り掛かりたい。
バーモールは千年竜のぺ○スを持ちながら、隠し蔵の巨大な金属扉の前に立った。前面に穿たれた窪みに手を差し込むと、魔力を放射する。
魔力感応型の扉は、中央から赤い魔光を放つと、バーモールを包み込んだ。
次の瞬間には扉の中に入っていた。目の前にひろがる広大なスペースには複雑怪奇な器具類の山、ここはバーモールしか入れない、異次元の研究所だった。
その中でも一際立派な壺が研究所中央に備え付けられている。
〝合成の壺〟
エンシェント・ブックに掲載された魔道具で、これすらも相当なレアアイテムだった。
東方魔術の粋を集めた壺は、入れた物を合成し、新たなアイテムに進化させる事が出来る。
バーモールが求め続けた薬は千年竜の◯ニスを投入すれば完成するはずだ。
ワクワクと浮き立つ心をどうにも沈められず、手にする〝モノ〟を取り落としそうになる。何とか落ち着こうと深呼吸を一つ、まだだめだ、と、もう一つ。
かっ!と目を見開くと、決意を新たに壺に向かう。
背の高い壺は、バーモールの背丈よりも長く、取り付けられた梯子を登らないと中に投入できない。
梯子に手を掛け、一段、また一段と慎重に登っていき、壺の蓋に手を掛ける。
蓋は厳重にロックされており、バーモールが解除しない限り開ける事はできない。蓋の頂点にある手形に手を合わせると、魔力を通す。
壺は音もたてずに少し浮くと、壺の上で止まり、そこからびくとも動かなくなった。
『いざっ!』
決心したバーモールは千年竜のペニ◯を壺に入れると、中を見ずに再び魔力を通して蓋をした――
夢だったのだろうか?
出来上がった薬を決死の覚悟で飲んだバーモールには何の変化も見られない。
〝絶倫薬〟
若返りも永遠の命も求めないバーモールが唯一求める物、それは誰にも負けない精力だった。
ここ数十年間追い求めてきた物が、唯のスカだったのか、落ち込むバーモールは椅子にもたれ掛かり、虚しさをかみしめる。
その、次の瞬間! 脳味噌が、乳首が、子宮が!
熱い!
こんな疼きは始めてだった。
疼いて、悶えて、転げ回る。
バーモールは身悶えながら精神魔法の結界を形成して平常心を取り戻そうとするが、その痛みに似た疼きは癒える事無くバーモールを焦がす。
やがて魔法薬が体に馴染むと、子宮から湧き出す様に魔力が溢れ出てくる。それは今まで経験したことの無いほど膨大な魔力量で、簡単に脳を犯すと思考能力の全てが吹き飛んでいった。
まさかの60代、全盛期の精力を軽々と超越した、色欲の魔法使いから進化した存在〝色魔人〟になった、超バーモールがそこには居た。
テオが昨夜の客である少年の部屋を出たのはまだ日の上がる前の早朝だった。
初体験を終えて満足気に眠る幼い顔を見て、胸の奥にチクリと痛む感覚を覚えたのは何故だろうか?
とっくに娼婦としての自覚と誇りを持っていると考えていた自分の心にも、未だ割り切れていない感情がある事に今更気付くとは。
『まだまだガキ扱いされるのもしょうがないか』
自嘲気味に階段を上がると、バーモールの部屋と隣り合わせの自室にある風呂に入る。
贅沢な事にこの部屋の風呂は何時でも湧いており、侍女がいつでも待機して主人の世話をする。服一つ自分で着脱する必要もないテオは体の隅々まで丁寧に洗われながら、疲れを覚えて眠りに落ちた。
『テオ! 寝てるのかテオ!』
やけにテンションの高いバーモールの念話に叩き起こされた時、テオは侍女によって自室のベッドに寝かされていた。
涎を拭きながら『はい、バーモール様』と返事をすると、
『私は今から実験室に篭るわ、私の部屋の魔水晶を使っていいから、私の代わりにピンフ・バーモールの色魔法を維持しなさい』
一気にまくし立てると一方的に念話を切った。
「ちょっ、何よいきなり」
テオの呟きは虚しく広い部屋の壁に染み込んで消えた。一度言い出したら言う事を聞かない師匠の事、どう言っても無駄だと即座に諦めたテオは師匠の部屋に向かう。
バーモールが遠隔操作で解錠した扉は抵抗も無く開き、毛の長い落ち着いた赤の絨毯が裸足の足裏を心地よく包む。フンワリと漂うパフュームの残り香がテオの鼻粘膜に張り付いた。
眠りに落ちてからさほど時間は経っておらず、半覚醒の頭は回らずにボーッと部屋を見回す。
魔道書が並ぶ街一番の高価な書棚や貴重な魔具が並べられた飾り棚を見るとは無しに眺めても、見慣れた彼女にはさして意味の有る情報として認識する事が出来なかったが、バーモールの机の上に置かれた魔水晶の球の発する気配に目を奪われると、その怪しげな輝きに一気に覚醒する。
バーモールの魔力を溜め込んだ魔水晶〝夢水晶〟は両手の平で包み込め無い程の大きな水晶球で、透明な中に七色のガスの様な靄がかかった外見をしている。
テオにはまだ大き過ぎるビロード張りの椅子に腰掛けて正対すると、魅入られそうになったため慌てて眉間の奥に集中して、精神魔法の結界を自らにかけた。
テオの両親は普通の人間だが、彼女の脳下垂体は魔石と一体化しており、精線刺激ホルモンの分泌によって魔法を操る事が出来る(本人及び周囲の者もそこまでの認識は無いが)
いわゆる夢魔の先祖返り、何代前かに混じった悪魔の血が突然隔世遺伝して生まれた稀な存在だった。
再び夢水晶を覗き込むと七色の靄が徐々に明確な形を取り始め、娼館ピンフ・バーモールに居る全ての者を形作る。その映像がそのまま脳裏に投影されると、その思考が溢れ出してきた。
テオの処理能力を遥かに超える情報量に頭が割れそうになるが、バーモールによって認められた者のみに授けられた、夢水晶を操るキーワードを念じる事で、整理された情報が行儀良く並ぶ。
「ふーっ」と一息入れて〝魂喰らい〟と異名を持つ夢水晶をさすると、バーモール代理として館の管理を行った。
『それにしても師匠はなにしてるのかしら?』
訝しむテオはそのまま一週間、不眠不休で働き続ける事になる。
衰弱し切った彼女が限界を超えて、奇跡的奮闘も虚しく気絶する直前に見たのは、爆発的なオーラを纏った彼女の師匠だった。
「まさかこんな事になるとはね、魔人の力を抑え込むのに一週間かかっちゃったわ、てへ」
お茶目に謝るツヤツヤに若返った師匠の言葉を聞く前に、フカフカの絨毯にバッタリと倒れこむ。
「おやすみなさい」
という言葉だけを残して。
ペニ◯よりも金◯の方が精力付きそうですが、敢えてのペ◯ス。
師匠が魔人で弟子が悪魔、伏魔殿と化したピンフ・バーモールの明日はどっちだ?




