密林の死闘②
手斧使いと槍使いに遅れる事しばし、もう一匹の槍使いと錆び剣使いのゴブリンも追い付いて来た。
彼らはイザの放ったイノシシ皮を取りに行って更に奪い合っていたため、先行の二匹との差がひらいてしまっていたが、それにもかかわらず鈍足のグズリはまだまだ後方にいて追いつきそうにない。
彼らは、狩り好きなグズリの趣味をわかっているため、無理せず獲物を足止めすればいいとイノシシ肉や毛皮を奪い合いながら走ってきた。
そんな二匹も仲間の手斧使いが残した痕跡を追って藪に入った時、血の臭いと辺りに飛び散る血肉を見て緩んだ空気を一変させた。
彼らも身一つで死の森を生き抜いて来たモンスターだ。特に、錆び剣使いは雑兵の中では一二を争う戦士で、生き残る為に危険を察知する能力には長けている。
何かおかしい、危険に首を突っ込んでしまったらしい。錆び剣使いは隣に並ぶ槍使いとアイコンタクトをとると、掴んでいた毛皮を手放し、剣を構え直すと背負っていた円形盾を取り出した。
周囲を伺いながら先行した二匹を捜すと、藪の中から足が突き出ているのを槍使いが発見した。
慎重に周りの薮を突きながら近づく槍使いは、足まであとほんの少しの所まできて、地面を踏み抜く。それはイザが地面に噴水して作った泥穴の上に草木を被せて隠した小さな落し穴だった。
すぐに引き抜いた槍使いは足が麻痺している事に気が付いてパニックにおちいる。よく見ると小さなナイフが足の甲を貫いていた。
へたり込んでナイフを抜こうとするが、石の刃は肉に食い込んで抜けず、しばらくするとシニニ草の毒が全身に回ってきた。そのまま力無く仰向けに転がると泡を吹きながら気絶する。
槍使いが倒れると、錆び剣使いは助けようともせずに周囲を警戒して「ガルルル!」と威嚇音を発する。
彼はイラついていた。元々切れやすいうえに、容易い獲物を追っているはずが、訳の分からない驚威にさらされているという事態はかなりのストレスである。
その時ガサッと左方向から音がした為、サッとそちらに反応してしまう。そこにあったのは手斧使いの斧だった。
次の瞬間腰に衝撃をうける。振り向くと、5歩位後方に鉄パイプを構えた少年が睨みつけていた。
衝撃を受けた腰に目をやると、腰から短く折られた槍の柄が生えている。
短く折った槍を噴射の力で打ち出した刃先は内臓に達しており、濁った血がジワリと染み出す。全身の力が抜けた錆び剣使いはそのままくずおれた。
イザは左足を引きずりながら、うずくまる錆び剣使いに近づくと、
ガッ!ガッ!ゴキッ!
鉄パイプで何度も何度も頭部を殴りつける。ゴブリンは一度ビクンと震えた後動かなくなった。麻痺して気絶している槍使いの頭も同様に叩き潰すと、どっと疲れが襲って来る。
戦いと狩の疲労の質は天地の差があった。
しかし、後どの位追っ手が居るのか分からないイザは早々に槍と錆び剣を抱えて藪の中に消えた。
死の森に来てから守りの木のテリトリーを離れたため、前ほど森の中での感覚が働かなくなっていたが、それでもドライアドの加護は効いており索敵も出来る。
周囲に気を配りながら、新手に備え槍を削り折った頃、一つの気配が近づいてきた。
グズリは息を切らしてやってくると、「ブゴゴッ」と部下達を呼びつける。
誰も何の返事もしやがらない、まったく使えない奴らだと腹を立てながらなおも進むと、目の前には変わり果てた部下達の姿があった。
自慢の部下だった戦士も頭を無残に潰されている。
その時始めてグズリは律然とし、身構える。
何が起こっているのか? 少なくともか弱い人間の子供の仕業ではあるまい。だとしたら子供を追いかける内に、森狼やオーガなどのモンスターと遭遇してしまったのか?
もう一度よく見ると、頭を潰された錆び剣使いの腰からは槍の穂先が、槍使いの足にはナイフが突き立っている。だとすれば、人間の戦士達が森に入って来ているのかもしれない。
グズリはゴブリンの集落一思慮深く、ズル賢いのだ。少なくとも本人はそう思っている。
そこまで考えたグズリは急いで魔法の触媒である杖の先に付いた赤石を手で覆い、強く火の力を念じた。するとたちまち熱感が湧き、手を離すと ボッ!と火炎が立ち昇る。
頼りになるこの赤石の杖は、本当の銘を「導きの赤杖」という。
グズリが魔法の力に目覚めたのもこの杖を手に入れたからだった。
王が倒した人間の魔法使いから手に入れた杖は、しかし、集落の誰もが使いこなせず、唯の綺麗な棒として、蔑ろにされていた。
グズリは元々少しの魔力があるだけのノロマなデブ扱いを受けていたが、この火精の力が込められた杖に魅せられてなんとか手に入れると、導かれるように火魔法を覚えていった。そして今では集落唯一の魔法使いとして確固たる地位を手にいれている。
その彼の一番得意とするのは、熱感知機能を兼ね備えた自動発射の火魔法。正式名称を「導かれる火矢」と言う、燃え盛る杖を向けるだけで、周囲と温度の違う対象に魔法の火矢を飛ばせる便利な魔法だった。
松明状の杖を周囲にかざし、ゆっくりと振り向くグズリ。その杖の先はイザの隠れる藪に向けられようとしていた。
イザは驚愕していた。
異様に太り派手な服を着たゴブリンが来たと思ったら、杖の先に魔法の火をつけた! 話に聞いたゴブリンは野蛮な下等モンスターであり、魔法使いがいるなんて予想外どころではない。
その火がついた杖がこちらに向いた時、炎の塊が飛んで来た!
気づいた時には吹き飛ばされたイザは地面に叩きつけられていた。
なんとか鉄パイプだけは離さなかったが、左肩の感覚がない。
恐る恐る見ると左肩が吹き飛んで焼け焦げていた。
驚愕とともに「グーーッ」と声にならない嗚咽を漏らす。熱くて痛いはずが全身に冷や汗をかいている。
取り返しのつかない傷を追ってしまったという絶望感で目の前が暗くなった。
『何故時間があったのに逃げなかったのか』と後悔してもしきれない。
そんな時、辺りを警戒しながらグズリがやって来た。
グズリは地面に倒れた少年を見つけると他に人間がいないか、更に火を付けた杖を構えて辺りを探索する。この火は出している間、少しづつ魔力を消費して行くので、グズリにもそんなに余裕がないのだ。
少年から目を離した隙に、ドスッ!と衝撃を受けた。見ると下腹に槍が刺さっている。前を見ると少年が鉄パイプをこちらに向けていた。
グズリは理解する、この少年だ! 全てはこいつの仕業なんだ!
怒りを露わに槍を引き抜くと、ドロリと垂れる体液。血か?と思うが、どうやらピンク色の液体だった。
少年に向き直ろうとしたその時、突然ガサガサッと周囲の藪から物音がした。と、思う間もなく三匹の黒狼がグズリに襲いかかる。
咄嗟に火矢を放ち一匹を仕留めるも、残りの二匹は狂ったようにグズリに噛み付いた。
杖を振るってダメージを与えるが、一向に離れない狼、焦ったグズリは杖を取り落としてしまう。
殺到する狼、なおも抵抗するが、こうなると対抗する術もなく、グズリは下腹から食べられていった。
そして食べ進めていた狼達も、急に動きが鈍くなって、口から泡を吹いて昏倒した。
イザはグズリが来る前に、近場に肉水を打ち出してケモノを呼びよせて準備をしていた。
程よく三匹の狼をゴブリンの死体近くに引き寄せて、折った穂先にシニニ草を塗りたくり鉄パイプに詰めると、肉水を纏わせ、後続のゴブリンを待ち伏せしていたのだ。
咄嗟に反撃したのは少年の生に対する執着か、最後の力を振り絞ったイザは前のめりに倒れ込み動かなくなった。