頼もしき小さな友人
「どういう経緯で私の許可無く魔法を使ったか、詳しく教えて頂きたい! 」
有無を言わさぬ迫力の船長に圧倒されたワンジルは、自分の知り得た事を見たままに説明した。
それを受け継いだファングは、
「失礼します船長、わが巫女は神の啓示を受けて目覚めました。私にもその内容は詳しく分かりませんでしたが、とにかく船のピンチという事。結果、甲板にて閃光の奇跡を行使されましたが、お知らせするにも何が起こるか分からなかったのです」
歯切れの悪い事を承知で、それでも巫女の正当性を主張した。
船長としても、彼等を攻めるよりも事態の把握を優先したい。
「詳しい事は現場を検証しながら聞かせてもらいます、ドゥー君、一緒に青龍像を見て貰いたいが宜しいか? 」
言うや船首に向かって大股で歩き出した。その後を小股のドゥーが早足でついて行き、他のメンバーもゾロゾロと付き従った。少し休んだミストもファングの介助で最後尾を歩く。
頭上には先程起動したガーゴイル二体が周囲を警戒する様に旋回している。
他の二体は船首と船尾付近にそれぞれ留まり、次の命令を待つ忠犬の様にお座りをしていた。
甲板にはおびただしい数の船員や乗客の死体が転がっている。
ファングの説明によると死体を操る邪霊を祓った為であり、閃光の奇跡のせいでは無いとの事だった。
「これが邪霊の種、オーバルでも同じ現象が起きて、狂った精霊付きが人を襲ったそうよ。同じ物が狂った船員達の後頭部に埋まっていたから間違いないわ」
不本意ながら証言したセレミーもそれを裏付けた。
船長は付き従う船員二名を死体の確認に向かわせると、青龍像のある船首へと急いだ。
『なんだこれは! 』
船長は青龍像のあり様を見て絶句した。
本来煌々と周囲を照らしている筈の対なる黄魔石は一つだけが薄ぼんやりと光るのみ。
熱いほど放射されていた聖光の熱は、今では全く感じられなかった。
二つの黄魔石で保たれていた聖光結界は青龍像によって安定した力を発揮し続けていたが、現状見る影も無い。
「ドゥー君、どう思う? 復旧できるかね? 」
船長の問いかけに青龍像と黄魔石を調べ上げるドゥー、呪物や精霊石等を使って念入りに調査した結果を助手のワンジルの耳元に呟いた。
「この呪物は二つの黄魔石の魔力を循環させて永続的な力を得ています。一つの魔石で同じ効果を得る事は可能ですが、早々に魔力を使い尽くして屑魔石になってしまうそうです」
ワンジルの言葉に船長の顔が沈む、覚悟していたとはいえ、失望感は否めない。
だが、次の瞬間にはいつもの堂々とした顔に戻っていた。
歴戦の海の男は試練の時こそ堂々と胸を張る、それがホーン船長の生きる指針であり、だからこそ皆、普段は飄々とした船長を敬い畏れている。
「すまないがドゥー君、君とワンジルさんで青龍像を一時的にでも作動出来る様に調整して貰えますか? 出来ればここぞ、という時に力を発揮できる様に」
船長の願いを聞き入れたドゥーはさっそく魔石や精霊石を並べて儀式の準備を始める。
強風が時折邪魔をして助手のワンジルを慌てさせるが、主たるドゥーは堂に入った手際で粛々と準備を進めた。
頼もしい小さな友人を横目に見つつ、ミストに向き合った船長は、
「この事態を引き起こした張本人を捕まえなくてはなりません、出来るだけ詳しく最初から何があったか説明して下さい」
次に犯人探しに乗り出した。こんな事が続いてはならない、後の憂いを断つ事が先決と判断したのだ。
「邪霊の種を持ち込んだ者はもう居ません、リーバ神の聖光に種諸共吹き飛ばされました」
ミストの発言に訝しむ船長、巫女の力を疑う訳では無いが、その言葉に根拠は無い。
「わが巫女を信用して下さい、最初に邪霊の存在に気付いたのも彼女です。それに特別な訓練を受けた巫女、そして護剣士たる私は邪な存在を感知する術に長けています」
ファングの意見にも一理ある、 取り敢えずその件は保留にしても良さそうだ。
問題は船員が死亡した事による操船要員不足の事態と、客船にも関わらず乗客に被害を出してしまった事。
これらは一刻も早く事態を把握して船舶組合に報告しなければ、船員の補充や乗客の家族への知らせが滞る事になる。
船長は操船室のクルーと通信しようと甲板室に向かった。
途中で甲板に集まる船員達と合流したため、甲板の死体を一箇所に集める様に指示をだす。
そうしながら改めて被害の状況を視認すると、その中には船の雑用を一手に取り仕切る甲板長の姿を発見した。
彼にはすまない事をした、と手を合わせながら思う。船員達の規律を守る為に嫌われ役を一手に引き受けてもらっていた。船長が普段笑顔で過ごせるのも、彼がキッチリと下の者を締めていてくれたお陰なのだ。
自分を兄の様に慕って、全幅の信頼を寄せてくれた男の瞼をそっと閉じてやると、改めてフツフツと姿の分からぬ敵に怒りが湧いた。
その他の遺体も逐一拝んで回りたかったが、船内の混乱を鎮めなければならない船長は後ろ髪引かれる思いで甲板室へと向かい、事態を収拾すべく操舵室に指示を飛ばした。
イザは船員達が忙しく走り回る甲板の右前方、救命艇の固定された隙間から海を眺めていた。
ただ暇つぶしにボンヤリしていた訳では無い。
青の洞窟の大精霊と契約を交わしてからというもの、水との親和性が急激に高くなった彼は、何もしていなくても水精から語りかける様な交信があった。
それがどうした訳か交信が来ない、水精との繋がりが薄くなった気がする。
『スイ分かるかい? こんなに静かな海は初めてだ。まるで全ての生き物が何処かに行ってしまったみたい』
水魔力感知でかなりの深度まで海の中を探るが、生物らしき反応が無い。
『そうね、違和感があるわ、それと海霧が出てきたわね。風は変わらず吹いているのに何故か晴れないし、さっきまでと違って嫌な雰囲気のする霧。船長達だけに任せず、私達も周囲を警戒した方が良さそうね』
チラリと船首部を見ると、ドゥーとワンジルが青龍像の調整に必死で取り掛かっている。特にドゥーは船長と仲良くなったので、何とか役に立ちたいと張り切っているが、そのせいで周囲の警戒は疎かになっている様だ。
それも無理ない事とそっとしておいて、甲板上で女二人を探すと意外にも亡くなった船員や乗客の葬送準備を手伝っていた。
船の上で亡くなった死体は、余程特殊な事情がない限り、船型の棺桶に乗せられて海上に葬送される。
今回は人数が多いため、乗客と甲板長以外は全員袋に入れて送る事になったのだが、いかんせん人手不足である。
見かねたラヴィが手助けしていると、
「ラヴィ姉さんだけにやらせられない」
とセレミーまで手伝い出したのだ。
お金の動かない働きをするなど、怠け者のセレミーには考えられなかった。絶句するイザを見て、
「何ボーッとしてんの! あんたも手伝いなさいよ」
といって持っていた袋を投げつけてきた。
『どーなってるんだろう?何だか人が変わったみたいだ』
率直な感想を述べるイザに、
『ふんっ!猫共が戯れ合いやがって、全く目障りな奴等ね』
ラヴィへの不信感がセレミーへも伝染したスイが毒づく。生理的嫌悪感、スイのラヴィに対する感情はそれに近いものがあるようだ。
「海の様子が変なんだ、ラヴィさんやセレミーさんの鋭い感覚で警戒して貰おうと思って」
袋を丸めながら、よいしょを交えて切り出してみる。ヘソを曲げられたら不味いので、下手下手を心掛けながら何とか気をそちらに向けようとする。
「霧が出てきたのとーー確かに何だか静かね、聞こえるのは風の音位。それ以外に何か有るってわけ?」
「どうも海の様子が変なんだ、スイも警戒しろって言ってる。霧も普通とは違うみたいだから気をつけて」
イザの言葉にラヴィも作業の手を止めて周囲を見回す。
風は変わらず吹いているのに、確かに霧が晴れなくなっていた。それに獅子族の鋭敏な感覚が何とも言えない微かな違和感を感じ取る。
甲板に立て掛けていた大剣べフィーモスを背負い直した時だった、
〝カンッ! カンッ! カンッ!〟
船の後方から警鐘の打ち鳴らされる音が聞こえてくる。
更に数回、船のあちこちで警鐘を響かせると船員達が慌ただしく走り回った。
「なにがあったの?」
走る船員の肩を掴んだセレミーが聞くと、
「船尾側にモンスターの群れが接近しています! 乗客は船室にお戻り下さい!」
目を血走らせた船員は叩きつける様にまくしたて、掴んだ腕を振り切る様に走り去って行った。
無言で走り出すラヴィとセレミー、それを追う様にイザも走った。




