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鉄パイプの魔法使い  作者: パン×クロックス
第三章 サバニ漁師と裸海女
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絶海の死闘②

 タガル大陸最南端から、更に30キロ離れた離島にヒユマ族の集落がある。

 内海の魚人族は多少の蔑視を込めて、その島を〝ヒ島〟と呼んでいた。

 当の本人達は大して気にしていなかったが。


 ヒユマ族には、言われのない差別に対して、古えから受け継ぐ独自の文化を誇る芯を持ち、狩猟を忘れた内地の軟弱者を笑い飛ばす豪快な気風がある。


 周囲に岩礁が多く、大型船も近づけない、断崖に囲まれた孤島にある人口300人にも満たない集落だが、南タガル暖流と呼ばれる豊かな潮の恵みによって、古代から舟漁や海に潜り魚貝を獲る生活が成り立ってきた。


 そのタガル暖流の漁場、水深100mにて、裸にひも状のふんどし、海面の舟から伸びる命綱、骨ベラ、腰にタモを括り付けただけの軽装で潜る海女が居た。


 年の頃は30代、ヒユマ女特有の色白の肌で、ムッチリと肉付きのよい体をしている。

 子供を3人産んで益々逞しさを増した女が、一人暗い深海を泳ぐ様は、ある種、絵画の様な美しさがあった。


 海底から数十mもの長さで繁る白髪海藻の群生地を掻き分けて、鋭い視線で獲物を探す。体温が奪われる今の季節でも、一潜りで数十分潜る事もザラである。


 外海との境界には、浮き籠と守り石による海中防御結界が設置されているが、結界をすり抜ける小さなモンスターや、大型海獣が力づくで侵入する事故も多々あり、常に危険と隣り合わせの神経のすり減る仕事だ。


 泳ぐ海女のタモには既に大量のドネリ貝が入っている。


 拳ほどの透明な殻に、真っ白な身がギッシリと詰まったドネリ貝は、貝の王様と言われる程の濃厚な旨味と、コリコリとしながらも最高の歯切れの良さで、富裕層に飛ぶように売れる、海貝の最高級品種である。


 その中でもヒ島産のドネリ貝は、豊かな白髪海藻をタップリ食べて丸々と太っており、最高品質の干しドネリ貝は同重量の金と同じだけの価値があるとされ、大漁の年には家が建つと言われる程儲かる島の宝だった。


 その宝を獲得する島の女は、5歳頃から潜り始め、60歳で丘上がりを迎えるまでに子をつくり、育て、家を守り、金を稼ぐ、一家の要、大黒柱である。


 男もそんな女達には頭が上がらない。ヒ島は完全な女系社会だった。


 そうして30年近く潜り続けてきた、肝っ玉ベテラン海女の目に、白髪海藻の間に煌めくドネリ貝の防御粘膜が、鈍く反射してチラリと見えた。


 手足のヒレで海水を捕まえると、グイッと後方に押しやって垂直に潜行する。


 グングン泳いで近づいてみると、ドネリ貝が4匹も粘液の膜でコロニーを作っている。


『やった!』


 思わず笑みが漏れる、コロニーを作るのは、最大級に成長した、産卵前の栄養を蓄えた成体であり、最高値が付く事が確定している。


 弾む心を抑えて泳ぐ、長時間潜り続けた体だが、大漁の予感が疲れを忘れさせた。


 ドネリ貝のコロニーにたどり着くと、その少し上を束ねて持ち、腰にたばさんだ骨ベラを抜いた。


 粘膜の上から貝と貝の間に骨ベラを当てがい、一気に突き込むと、ドロリと粘液が溢れ出す。


 そのドロドロに躊躇なく手を突っ込むと、ドネリ貝を鷲掴みに取り出した。


 怒って触手をクネリ絡みついて抵抗するが、お構いなしにタモに突っ込むと、タモ口に付けたブラシに擦り付けて剥がしていく。


 思ったよりも大きなドネリ貝に心浮き立つ、言わば金を手掴みしている様なものである。


 そんな折、嬉々として大きなドネリ貝を4つも取り出し続ける女の背後から気配を殺して近づいて来る魚影。


 それは小型故に結界を潜り抜けてきた、両側面にイソギンチャク様の触手を持つヒッツレ魚だった。


 人間よりも少し小さな体だが、自分より大きな獲物にも、イソギンチャク様の触手で取り付いてジワジワと食べてしまう。

 その際、強力なシビレ毒を注入する毒触手は、巨大なシーサーペントでも一瞬で動けなくする威力があった。


 危険なヒッツレ魚が白髪海藻に擬態して無呼吸移動で近づいて来る。触手を仕舞った体は流線形で、全く水流を発さない様に泳ぐことができた。


 女はまだ貝のタモ入れに手こずっており、全く気付かない。


 その時、偶然魚体が命綱に掠った。


 命綱の方から手応えを感じて振り向く女の4m先には、気配を殺して近づいて来たヒッツレ魚が触手を広げて正に襲いかかろうとしている!


『やばい!』


 咄嗟に命綱に合図を送ろうとして、すんでの所で思いとどまる。

 今、命綱を手繰られたらヒッツレ魚の待ち構える触手の中に体を突っ込み兼ねない。


 女は唯一手に持つ骨ベラを固く握り込んだ。


 骨ベラの持ち手には↓型の模様が刻まれている。そこを強くこすると細工が外れ、持ち手がバラせる様な仕掛けがあった。


 中に入っているのは呪香と、それをタップリ含んだ骨針。

 呪香は浮き籠にも詰め込まれているモンスター除けのお香だ。


 女はヘラの部分を持つと、針を目の前まで迫ったヒッツレ魚に向けて構える。


 そのヒッツレ魚は溶け出したお香をまともに浴びて苦しみ出した。

 擬態していた体色がチカチカとある部分解け、また擬態を繰り返し、気持ちの悪いダンダラ模様でのたうち回る。

 だが、そんな状態でも、女に向かって遮二無二触手を伸ばしてくる。


 島の呪術師が作った、強烈な呪香でも撃退できないヒッツレ魚に泡立つ危機感から、咄嗟に後退する女の目の前を、毒液で紫に変色した触手が通り過ぎる。


 だが、マトモに目が見えていない様で、あらぬ方向に攻撃を繰り返すヒッツレ魚は、無防備な体側を晒してした。


『今っ!』


 えいやっと突き込んだ骨針が、ヘラの部分まで突き刺さる。


 呪香を突き込まれたヒッツレ魚は、強烈な呪術が働き痙攣した。その時を逃さず横方向に離脱すると、命綱を2回、思いっきり引っ張り〝巻き上げ〟の合図を送る。


 100m上、舟上の弟が敏感に反応し、力任せに命綱を巻き上げ、それでも時間を掛けて姉を引き摺りあげた。


 舟にズリ上がり、年の離れた弟に抱きついてへたり込む女。


 普段鉄火な性格で剛毅な姉の動揺振りに、何かを感じて黙って抱き返す弟。冷え切った体がブルブルと震えている。


 姉の手には骨ベラが握られていない……つまりはそういう事だと気付く。


 姉をそのまま火桶に連れて行き、焚き火に当たらせると、櫂を操り島に漕ぎ出した。


 遠くで嵐雲が立ち込め出している。早く帰らないと、嵐にまともに巻き込まれるかもしれない。

次こそ本編と繋がる予定です。


そして、次回から週一投稿に変更予定です。


予定、予定ですいません。

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