パイプを通るのは水
守りの木を発ったイザは、それまでの迷いが嘘のように順調に街道を目指して歩き続けた。
まるで前から知っていた場所の様に、どこに行けば何があるのかが薄っすらと分かるという、不思議な感覚を味わっていた。
時に危険な獣やモンスターのいる場所もあったが、姿は見えないにもかかわらず、何と無く察知することが出来る。まるで五感以外の感覚が備わったかの様な不思議な体験だった。
また、一度はぐれ野犬が、隠れていたイザの近くまできた事があったが、息を殺して身を潜めていると、何の反応も示さずに去って行った。
イザは知らないかったが、ドライアドの加護を得てからは、木や草のある場所では五感や勘が冴え、草木に溶け込むように隠れる事ができるようになっていた。特にこの森は、加護をくれた守りの木のテリトリーであり、その力も最大に発揮されている。
イザもハッキリとは把握していないながらも、森の中では調子が良いことを肌で感じていた。
何日も彷徨った森を、わずか半日で突っ切り、元の崖崩れの山道まで来ると、辺りは真っ暗になっていた。
出て来た所は丁度崖崩れの反対側で、さすがに疲れたイザは今夜の寝ぐらを探そうと辺りを探索する。その時、冴えに冴えている勘が崖の上に何かあると告げる。
特に当てが無いイザはその勘に従い、歩ける所を見つけて崖崩れのそばに近寄ると、崖の中頃にポッカリと穴が空いているのが見えた。
恐る恐る近づくと、穴は分厚い一枚岩に穿っていることがわかる、その中に入ると、途中から真っ平らの床があらわれた。
暗がりでも分かる白くて固い石で出来た床や壁は、キラキラと少ない光を反射している。
イザはこれまでの人生でこれ程綺麗で立派な建造物はみたことがなかった。
記念に石のカケラを拾おうと崩れた壁の所に向かった時、足元に棒が落ちているのを見つけた。
よく見てみると、少年の足から胸位の長さの金属の筒だった。
貴重な金属の棒を見つけ小躍りする。厚みを伴った金属の棒は、少年にとってはかなりの負担となる程の重量だったが、喜びが勝って苦もなく拾い上げた。王都ではまだしも、少年の村では金属製品はかなりの貴重品である。鉄鍋を持っているのは薬師ババのみ、鋼の剣をもっているのは村長のみで、それが村長の証となっている程だった。
少年の手首よりほんの少し細いだけの筒を抱え上げる、健康体を取り戻したイザは何としてでも持って行こうという気になった。
しばらく鉄パイプに見惚れ、冷たい肌触りにニヤニヤしていたイザは気づかない内に油断していた。
〝ゴルルル!〟
まだ見ぬ通路の先から突然の咆哮が響いた。
ビクッ! と総毛立ったイザは弾かれた様に外に向かって走る。もちろん鉄パイプは忘れずに肩に担ぎながら。
全力で走るも、重たい鉄パイプに重心を崩され、全然スピードが出ない。そのもどかしさに焦りをつのらせながらも、とにかく走り続けた。
山道まで戻ってハァハァ息を弾ませながら草むらを見つけて分け入ると、ジッと身を潜める。
ここ数日少しツイてきだして、見知らぬ場所で油断していた自分を悔やみながら、しばし様子見をするが、追いかけてくる気配がない。
ホッとしたもののさすがに道に戻る気がせずに、そのまま薮の下草を慣らすと、カバンに巻き付けたフロシキ草の葉を敷いて、巻きつくようにして寝た。
夢の中で緑の小さな光を見た。それはすごく小さいが、真っ暗な中でとても綺麗にまたたく。
「あなたイザって言うんだ」
突然光はしゃべりかけてくる。小さな女の子の声で。不思議と当たり前に思えてくる。
「お前はだれ?」
問いかけると光はまたたきながら、
「名前はまだない、私に名前をちょうだい」と頼んできた。
イザは悩んだ、未だかつて名前など付けたことがない。ましてやこんな綺麗な存在を穢す様な名を与える訳にはいかない。
「じゃあスイはどう?」
イザは悩んだあげく、大好きな妹の名前を言ってみる。
その瞬間、パッとフラッシュする光。
「私はスイ、あなたの中にいる、私はスイだっ!」
力強くさけぶと、喜びの波動がイザも嬉しくさせた。
「よろしくスイ」
あいさつをすると、光は遠のく。
完全に光が消えた頃、イザは目覚めた。
朝、空を明るく照らし始めた太陽がイザを容赦無く照らす。薮の中で寝たのに、虫にも刺されずに快適な朝を迎える事が出来た。しかし、昨日は何も口にせずに寝てしまったため喉がカラカラにかわいている。
何気なく水を生み出そうと右手に集中しようとすると、なんと、抱え込んでいた鉄パイプから力が感じられる。
誘われる様に鉄パイプを右手に持ち、いつもの様に水を作り出すと、両端からドバッ! と水が溢れ出した。
鉄パイプは古代遺跡の重要な部位を司る配水管で、そこには今では信じられない程の水精の力が練り込められていたのだ。