いきさつ
少年の名前はイザ、バイユ王国の東端にある地図にものらない小さな村に父、母、兄、妹の五人家族で暮らしていた。
東の隣国との間には大山脈が横たわり、侵略の恐れもない平和な森の側で、一家は半農半猟をして暮らしており、父は腕のいい罠猟師として村では知られた男だった。
イザも手伝いとして一日中農作業や猟の手伝いをこなし、10を超える頃には罠猟の腕も上がり、二つ上の兄共々逞しく成長していた。
ところが、ここ数年バイユ辺境地域は黒神の呪いといわれる局地的な干ばつや、黒飛蝗と呼ばれるモンスターの異常発生により、深刻な飢饉をむかえていた。そしてここ2年は猟をしても全くかからないほど、辺りから動物たちの姿は消え失せ、代わりにゴブリンなどのモンスターがうろつきだした。
一家はそれでも何とか食いつないできたが、雑草まで食べる生活は限界を迎えつつあった。父、母、後継ぎの兄をのこして、口減らしはイザと妹となる。
一月前、妹は泣く泣く近隣の被害が少ない村に養子としておくられたが、イザは引き取り手がなかったため、肩身の狭い思いをしながら生活していた。
逞しかった真っ黒な体もやせ細り、腹だけがぷっくり出てきて、ツヤツヤの濃い茶髪もパサパサの藁のようになり、目玉だけがギラギラと餓鬼の様相である。
少年は狭い世界観や知識を総動員して、一つの結論に達する。
「動けるうちに王都に向かい、何でもいいから仕事を得て暮らす」という、無謀このうえない計画。
両親や兄はとてもではないが、無理だと反対したが、結局代案のないままに少年に押し切られ、イザは歩いて王都に向かうこととなる。
険しい山や、魔物の住む森を越えた先にある王都は、徒歩で行けば2カ月以上の長旅で、大人でも単独徒歩で旅をするものは少なく、商人なども護衛を連れて比較的安全な街道を馬車でゆくものであり、子供が一人で歩くなどほとんど自殺行為といえる行程である。
出発の日、兄は蒼曜石を白鹿の角に固定した自慢のナイフを、母は麻のバッグを編み、中にはありったけの雑穀や草のたねを挽いて焼き固めた堅パンと水筒、父は家にある全ての木の実を息子に渡し、「すまない」「とにかく生き延びてくれ」といって抱き締めた。大きな身体が嗚咽にゆれていた、イザはこの時〝絶対王都にいってやる〟と固く心に誓う。
遠くの霊峰に巨大な幽霊鳥が悠然と舞う朝に、イザは出発した。
旅は最初順調だった、痩せたとはいえ猟をして鍛えた体はちょっとの旅にはびくともしない。幸い気候も暖かく、たまに出くわす野犬やゴブリンも罠猟で身につけた隠密行動でやり過ごし、王都への旅も1/3程過ぎたーーそんな頃
山道が落盤で無くなっていた。
今更引き返せないイザは迂回するために森に分け入る。そして獣道を山ふたつ越えた頃には完全に迷子になっていた。辺りにはモンスターの気配、慎重に歩を進めても、街道の位置はまるでつかめず、食糧も底をつきさらに2日。途方にくれた時に「守りの木」をみつけると、よじ登り、枝を編みつける。あつらえたように籠状にすると、そこを起点にビバークすることとなった。