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鉄パイプの魔法使い  作者: パン×クロックス
第一章 鉄パイプの魔法使い
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種を育む少年と丸くなる女

 イザは今、貨物船に乗って始めての海を渡っていた。はめ込み窓から水平線を眺めつつ海上にいる自分を不思議に思う。


 結局あの後、サイプレス教授にいじり倒される事一週間、主に肉水の研究の為に肉水作製に追われた。


 その間にも、肉体や魔力の検査のため、穴という穴をいじられ、髪の毛や血液、ひどい時は肉体の一部を削り取られる拷問のような検査が待っていた。


 恐怖の一週間がすぎた頃、ダグラスからある提案を受ける。

 タガル大陸にある魚人族の水魔法使いに師事して魔法を鍛える、という内容だった。


 それは教授やダグラス達が色々検討した結果、まずは未熟なイザの魔力を引き上げないと使い物にならない、との結論に達したからだ。


 ダグラスからの申し出は寝耳に水だったが、すっかり怯え切って早くサイプレス教授の研究室から出たいイザにとっては魅力的な提案だった。

 もとより、独学の魔法をしっかり学び直し、鍛えるいい機会と思い、一も二もなく了承する。


 実戦を経験し、ズカという強者の戦いを間近に見てきて、この世界で生き延びる為には力がいる事を身に染みて感じたイザは、自分のアドバンテージは特殊な水魔法だと理解し始めていた。





 バイユ王国のあるナスカ大陸から、隣の〝獣人王国〟タガル大陸へ、比較的近い両大陸でも船旅で一ヶ月は優にかかる。

 始めての航海、バイユ港に停泊する巨大な船に胸が高鳴った。




 ーー航海一週間後ーー


 イザの隣にはスカウトのセレミーがハンモックで寝ていた。


 彼女はズカの妹弟子に当たり、猫族の獣人である。何かと不慣れなイザのため、獣人が支配するタガル大陸への旅先案内人として、ダグラスの配慮により手配された。


「あんたがイザね、ガキのお守とは私も安く見られたもんだけど、仕事はキッチリやるからヨロシク」


 初見で上から来られたが、そのまんまガキなんだからしょうがない。

 少し年上のセレミーはイザよりも少し背が高く、動作の端々から躍動感を感じさせ、自信に溢れた態度は逆らう事を許させないものがあった。そして何より美人だ。


 目鼻立ちがハッキリしており、少しキツイ印象だが、切れ長の黄色い瞳と、黒のショートカットがよく似合う美人だ。おぼこいイザなどが相手になるはずも無い。


 旅の間に仲良くなる事もあれば、色々教えてもらおうと思いつつ、しばらくはそっとしておこうと思ったイザだった。


 それからしばらくは平和な日々が続いた。セレミーはあまり関わり合いになりたくないのか、イザの事も放っておいてくれた。

 彼女はたまに貨物船の船員と賭け事をしたり、酒盛りをしたりと自由に振る舞い、女っ気の少ない船内で中々の人気を誇っている。

 そして猫族らしく、天気のいい日は日向ぼっこをして、日がな一日まるくなっている。


 イザは習ったばかりの読み、書き、ソロバンを復習したり、少しでも水魔法や棒術を使いこなせるように練習している。

 定期的に肉水を摂取しているので、基礎体力がつき、筋肉も発達してきた為、棒術も少しはマシになってきた。

 水魔法は通常の水噴射なら、射程の長い強力噴射でも負担なくだせるし、刃水でもほぼ負担なく出し続けられた。


 鉄パイプから出す刃水は、調子のいい時は岩をも切り裂く性能があるが、調整が難しく、実戦で使うにはもっと慣れる必要が有るだろうと思う。


 肉水は一度に1ℓ程も出せる様になり、一日に出せる総量も10ℓほどと、かなりの成長を見せている。

 因みに海に出すと海獣が寄って来て危ない為、余り頻繁に出す事は禁じられた。


 だがスイと一緒に使った上位水魔法〝回復水〟は一人ではとうとう作り出せなかった。惜しい所まではいくが、元々の相性が悪いのか、効果がイマイチパッとしない。


 イザは色々試行錯誤をする合間に、ちょくちょくお腹のスイに向かって魔力を注いでいた。

 イザの生命を救って以来、何度話しかけてもスイの返事はない。が、感覚的に寝ているだけだとわかる。


 生まれたばかりのスイには、成長する為の栄養分が母体から魔力の形で与えられていたようだ。それをあの緊急時に、宿主の危機を救うためとはいえ、限界まで使い切ってしまったらしい。


 サイプレス教授の話では、種に影響はないだろうが、イザの魔力が一定量たまるまでは目覚めないだろう、との事だった。


 命の恩種であり、可愛らしい思念を放つスイを、今では魂の片割れのように感じているイザは、兎に角可能な限りの魔力をスイに向けていた。

 そして根気強く語りかけながら腹をさする。


「始めての海だぞ、これからもっと色んな所に行こうな。早く起きて一緒に旅しような」


 さすりながら、時々寝返りを打つ様に腹の中で魔力の動きを感じる。ニッコリと微笑みながら優しく魔力を注ぎ続けるイザはまるで妊婦の様だった。





 ダグラスからは三通の書状を渡されている。


 うち二つは魚人族の水魔法使いギョランに対する、バーモールからの紹介状と、サイプレス教授とダグラスからのイザの教育に関する要望書、もう一つはイザに対するダグラスからの手紙だった。


 ヒマを持て余し、書状をジャグリングしながらイザの練習を眺めるセレミーは、こう見えてイザの事をソコソコ評価している。


 兄弟子のズカの話では、ずぶの素人だったイザが、少し教えただけで射撃や隠密行動のコツを見る見る吸収したとの事だし、身のこなしも素人の域を超え出している。


 だが、ズカからも戦闘や日常生活の常識などを教えてやってくれと頼まれているものの、ただで教えるのはセレミーの性に合わなかった。


「おい小僧、その素人くさい棒術をもうチョットましにする気はないかい?」


 いきなり話しかけられて驚くイザに、


「お前さんの肉水とやらを引き換えに、少しは戦闘を教えてやってもいいぞ」


 実は肉水を見た時、嗅いだ時から飲んで見たくて堪らなかったセレミーは交換条件として要求してみた。


「いいですよ、何か容器あります?」


 金属製のコップを放られ、そこに半分程の生臭い粘液状の肉水を注ぎ渡す。


 ただの人であるイザには生臭いだけだが、セレミーは鼻を膨らませながら香りを楽しみ、


「これこれ、癖になるわ〜」


 とニヤケながら口に含むとゆっくりと飲み込んだ。次の瞬間、顔を真っ赤に染めてトロンと緩めると、脱力した様に床にゴロリとくずおれ、そのままゴロゴロと転がり丸くなってしまった。

 獣人の野生の部分に肉水が効いたらしい。その知られざる新たな効果にポカンと見守るイザだった。

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