天国の扉
漢はオオカミ、女は罠師。
男と女操りつられ、切っても切れない夜のお話。
ノッキン・オン・ヘヴンス・ドア!
ボーイに連れられて、イザは立派な建物をキョロキョロしながら行く、すると大きな扉の前で振り向かれた。
「中へどうぞ」
お辞儀と共に開かれた扉をくぐると、中は脱衣所になっており、椅子が並んでいる。
「ここでお待ちください」
椅子を引いて勧めてくる、不慣れなイザは椅子に浅く腰掛けた。その様子を確認したボーイは深く一礼して去って行く。慌ててお辞儀を返して座り直すも、余りの非現実的空間に尻の置き場がなかった。
入れ替わりに、様々な飲み物を載せたカートを押した少女がやって来る。
「何かお飲みになりますか?」
イザより少し歳上であろうブロンドの美少女が、柔らかな笑顔で聞いてくる。
イザは固くなった頭でパニックにならないよう必死に言葉を探すが、カートにある飲み物に名前がわかる物は無かった。
固まってしまった少年を見て取ると、すかさず
「では、サングリアなどはいかがですか? ワインを冷たい果汁で割った飲みやすい物になっておりますよ」
と笑顔で勧めてきた。
嫌も応もない、ぎこちなく「それで」というとまた固まってしまう。
慣れた手つきでグラスに注がれたそれは、貴重な氷で冷やされており、まずそこにビックリしてしまう。
渡された少し甘くて冷えた飲み物は、喉にスッと心地よく、軽めのアルコールが心を軽くした。
渡す時に手を握られた時は心臓が破裂するか、というほどドキドキした。その余韻を残したまま、少女が近くに寄ると、清潔感のある甘い香りに余計興奮してきて、薄手の肌着の上から透ける豊かな胸についつい目がいってしまう。
心音が聞こえてるんじゃないか? 下心を見透かされてるんじゃないか? と勘繰るイザは余計に動悸が激しくなり、羞恥心に顔を染めた。
「宜しければこちらにどうぞ」
少女に促され脱衣籠の前にいくと、「失礼します」と言いつつ服のボタンに手をかけてくる。
慌てて自分でやろうとするが、やんわりととめられ、結局少女の手で素っ裸にされてしまった。
腰に綺麗な大きめのタオルを巻くと「こちらでございます」と扉を開け浴室に誘導される。
それからはもう、訳がわからないまま、気づいたら全身を石鹸の泡で何度も優しく洗われて、頭も専用の薬液で何度も洗い、流しを繰り返された。
気持ちいいやら、恥ずかしいやら、生まれて始めての事にすっかり観念して、任せきりにする事しばし、全身を洗い終わったイザは、生まれて始めて大きな鏡の前に立って自分の全身を見た。
そこには真っ黒に日焼けして、無駄な肉のない平凡な顔立ちの少年がいた。どことなく愛嬌のある目は母親譲り、濃い眉毛としっかりした顎は父譲りか。しばらく散髪なぞしていない為、髪が肩まで伸びている。
「ではこちらにどうぞ」と奥にある寝台に誘導する少女は、「それではごゆっくり」と声を掛けて下がって行った。
なんだいってしまうのか、と、寂しく思っていると、入れ替わりに妙齢のおばさまが桶を持ってやって来る。
「どうぞうつ伏せになってくださいませ」
うながされて、それに従い暖かい石板にうつ伏せになると「失礼します」といいながら、桶に入った暖かいオイルを手酌一杯、身体に塗りだした。
塗るというよりはかけると言うほうが正しいほど、オイルまみれになりながら、女性が「それでは初めさせていただきます」というと、何やら呪文の様な事をゴニョゴニョ言い出すと同時に手の当たる部分の温度がだんだんあがりだす。
驚いて振り向くと、女性の両手が光っていた。イザがビックリしていると「シーメン式治癒術でございます」と、女性が微笑みながら教えてくれた。
その雰囲気に安心して身を任せると、旅の疲れ、コリ、日々の労働でたまりに溜まった心の沈澱までが解きほぐされていく。
半刻後、治癒術を終えたイザは生まれ変わったようなピュアな感覚で、心も軽くなっている事にすごく嬉しくなった。
治癒術は精神にも効果をもたらすらしい。ここ最近、激動の連続で休まる事を知らなかった少年の心は清流の様に癒されていた。
「それではこちらにどうぞ」
嬉しいことに、先の少女がまた来てくれていた。思わず笑顔がもれると、相手も嬉しそうに笑みを返す。
促されるまま、流し場に連れられて泡でオイルを流されると、いままで使った事のないほどフカフカの大きなタオルで全身を丁寧に拭かれていく。
少女の密着ぶりに焦るイザは、目をつぶりながら必死にゴブリンの顔を思い出して欲情を抑えていた。
固くなる少年が可愛くてついつい笑顔になる少女は、少しイタズラ心が湧いてしまう。そしていつもより入念に拭き続けていると、後ろからプレッシャーを感じた。
ハッと振り向くと、先程マッサージをしてくれた治癒術の女性が、腕を組んで睨みつけている。慌てて拭く手を止めて、内着を着せると少年を先導して浴室を出て行った。
「全く!テオはいつまで経っても子供なんだから。」
治癒術士は腰に手を当て嘆息した。
イザがドギマギしながら渡り廊下を歩く間、先導する少女テオはバーモールに念話で話かけていた。
『バーモール様、すみません、この少年は誰が担当する予定ですか?』
バーモールは面倒くさ気に、
『なによ、あなた、まさか貴方が相手するつもり?』
と問う。
『お願い、なんかだんだん可愛くなってきちゃったから、他のお姉さん方に取られたくないの』
バーモールに逆らう者のないこの館で、少女の頼みは異例の事である、が、彼女だけは特別なのか、すんなりと受け入れた女主人は、
『あとで必ずシィネに詫びるのよ』
というと、テオのワガママを通した。
『あと分かってると思うけど、ダグラスの客人で始めての坊やなんだから、優しくリードして間違ってもトラウマにならないようにしなさい。』
と、釘をさす事も忘れない。
『もちろん! わかってますとも。ありがとうございます』
テオは嬉しそうに返事をする。
バーモールの魔法圏内である館にいる限り、総ての情報は彼女に収束され、店の者は念話が使えるようになる。テオの様子を感知したバーモールは、意外な展開を観察した。
その間ただただ後ろを付いていくしかないイザは、どうしても少女の後姿の、特にお尻のあたりを目で追ってしまう。すると、そんな時に限って少女は此方に振り向いた。咄嗟に誤魔化して、わざとらしくキョロキョロと建物を見回していると、少女に促され個室に入る。
物珍しそうに周りを見るイザ、全面サーモンピンクに金の装飾を施しつつも、落ち着いた印象を与える壁に、重厚なタンスやソファーセット、その部屋の真ん中には大きなベッドが一つ、天井から真っ白いレースの天蓋が垂れ下がっていた。
「どうぞ、こちらへ」
フカフカのベッドに導かれ、所在なげに座ると、少女が真横に座ってきた。
肌が触れ合うか合わないかくらいの距離感で、テーブルに置かれた飲み物を渡される。
「はじめまして、私はテオと申します、今日は一晩よろしくお願いします。」
イザも慌てて名乗る、と、手を取られてテオの太ももに手を置かれる。
動悸が一気に激しくなり、自分では抑えられない。顔が真っ赤になり、また下半身にも血が集まっていく。
テオの真っ白な肌がロウソクのあかりで少し朱く照らされている。
そのやわ肌に吸い込まれそうになり、何を話しているか分からなくなってくる。
ふ、と会話が止むとテオの顔が近づき、唇を重ねてきた。
暖かい舌が絡みついてくる。少女の吐息が甘く香る中、体を預けて密着してくる豊かな胸。
たまらん! 少年は少女を押し倒たーーこの記憶は後年、甘酸っぱい思い出として、何度も思い出す事になるーー
ーー一時程後ーー
「今頃坊やも頑張っておるかのぅ?」
クククと悪い笑みを浮かべて紫煙をくゆらすダグラスに、
「あんたも好きだねぇ」
同じくキセルを愉しむバーモール、二人は裸でバーモールの個室露天風呂のテラスで事後の一服、兼、余韻の酒を飲んでいた。
「若いもんにゃ頑張ってもらわなくちゃ、あたしゃ最近体が言う事きかないよ。ねえ、ところであんたの野暮用ってもうすんだの?」
バーモールは何の気無しに聞いてくる。きたきた、と思いながらなんでもない様に
「ああ、今頃ズカの奴が塩梅してる頃だ」
抽象的に答えるダグラスに、
「ああ、そっち方面の仕事かい」
何事かに納得する女。
ズカはダグラスの隠し刀。大手盗賊ギルドの長である悪夢のズキ、ズク兄弟の知られていない兄貴であり、今はダグラスの従者をしている。
しかし、裏の顔はすご腕のスカウトであり、アサシンだった。
その彼は、魔具店を出た所でダグラスから指示を受けて、王立シーメン流治癒術院のシュビエ分院に来ていた。