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鉄パイプの魔法使い  作者: パン×クロックス
最終章 生存都市ノ夜明ケ
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バープル・ヘイズ・チャージング

「後戻りとは気が進まないな、何の為に苦労してここまで来たか、虚しくなるぜ。大体ここ最近は迷宮内を行ったり来たりばっかりだ」


 ヘルメットに取り付けた照明魔具の調光を上げつつ、アダマンタイト・スコップを担ぐ男。土魔法工兵にしてゴールドサージのサブリーダーであるバラシのボヤキに、


「そうも言ってられんでござる、迷宮城方面からの振動、嫌な予感がする」


 後ろで耳をそばだてる侍先生が釘を刺す。それまで自分達の気配しか感じなかった樹道に、少し前から他の振動を感じ始めていた。イザに確認しても精霊の木の操作とは関係なく、生き物の気配も感知出来ないらしい。

 ここ最近、気配を感じない敵といえば黒ローチばかり、これほどの振動を発するには相当の数が居る筈……それらが後ろから迫っている所を想像すると、身震いを禁じ得なかった。


 その予感は隊全体に伝播していき、進行速度も歩きから早足ペースに上がって行く。

 だが、時折現れるはぐれ黒ローチを警戒して、それ以上速く移動する事はできなかった。


「お二人、殿しんがりを変わりますので、先に行って下さい」


 後方に来たイザは、バラシと先生を前に行かせると、足元の樹道に手をついた。振動は無視できない程の揺れとなって迫って来ている。少しでも時間稼ぎをしようと、イザはスイと相談して、再度樹道を捻じる事にしたのだ。樹道と同期したスイが、


『何者かの意志を感じるわ……これは……浮島の核が変異した龍ね。精霊の木に干渉しているから、こっちの操作が伝わりにくくなってるかも。私の魔法に同期して操作を協力してちょうだい』


 と言うのを受けて、イザが魔力を下腹に注ぎ込む。徐々にスイの思念と一体化すると、樹道に沿って意識の範囲が広がっていった。


 その末端、迷宮城近くに意識が広がった時、認識しようのない痒みの様な感覚が伝わって来る。明らかにそこに何かが居るのに、認識を外されてしまう様な違和感。黒ローチの隠匿の術だろうか? 得体の知れない不気味さに警戒心が働いた。


 その反対方向である精霊の木からは、巨大な思念の持ち主が、木に直接干渉している様子が伝わって来る。スイの推測通り、以前に船上からみた聖獣だと言われれば、そんな気がしてきた。


 そのせいか、以前に樹道を捻じった時よりも、木の根の反応が鈍くなっている様に感じる。まるで聖獣とのやりとりに集中しすぎて、こちらの干渉に対して疎かになっている様な感覚である。


『まったく、お前を植えて育てたのは私らだっての!』


 スイが怒声と共に、魔力のウェイヴを放つ。それに合わせて、イザも意識を集中させて魔力コントロールに助力した。


 例えこちらの干渉に鈍くなろうとも、樹道はスイの命令に合わせて変形していく。一度動き出すと後は早く、手を地面に合わせた地点の500m前方から1km前方まで、轟音と共に隙間を詰めながら、雑巾絞り状にキツく捻れていった。


『これで何とかなるかな?』


 イザの問いに、


『分からない、けど増援が来る地点までは急いだ方が良さそうね。あの女が何をよこしたか知らないけど、巫女の予知とやらに縋るしかないわ』


 散々嫌っていたミストにも頼る口ぶりのスイに、イザはこの状況がどれだけ危険かを再認識した。


『そうだね、僕たちが最後尾だから、急いで合流しよう』


 と言うと、先頭集団を追って走り出した、その時、


 〝ドンッ!〟


 後ろから、体が浮く程の衝撃が襲って来た。巨大な質量が高速で壁に激突した、としか考えられない地響きが、余派となって足元を揺らす。


 追い付いたバラシ達と共に後ろを振り返ると、何者かが樹道や溶岩土を噛み砕く音が、遠くに聞こえる。その数は何十、何百どころではない、一斉に起きた小さな雑音は、合わさる事で轟音となり、微振動をともなってイザ達に届いた。


「走れーっ!」


 バラシの号令を聞くまでもなく、その場に居た全員が弾かれる様に走り出した。多少の伏兵に気を取られている場合では無い、すぐ後方に明確な死が迫って来ているのだ。


『あそこまで全速で走って!』


 スイの言葉に遠く前方を見ると、松明をかざしているのだろう、何者かがグルグルと円を描いて合図を送っている。


『イザ、その者に預けた壺の力を取り込み、お前の力に合わせなさい』


 再び巫女ミストの念話が届く。それを聞いて咄嗟に、


合水魔法ごうすいまほうを使いなさい!』


 スイの念話が頭に響くと、イザは走りながら急いで魔力を起動させた。この時ばかりは草盾の服からパワーアシストを得て、靴裏の鉄木スパイクで樹道を削り、何人もの前走者を抜き去って走りに走った。


「待ってくれ〜」


 情けない声を上げて縋り付く鈍足のバラシを、はるか後方に置き去りにして。


 〝ハア、はあっ、はあっ〟


 今までに体験した事の無いスピードで、樹道を走るイザは、何とか松明を振り回す男の元へと辿り着く。


 奪う様に見ず知らずの男から受け取った壺。その中身を確かめもせずに、鉄パイプの合水魔法に放り込んだ。そしてありったけの魔力を込めながら正体不明の合水を精製すると、足元の樹道にぶっ刺す。

 そこにスイが全力で魔力を同期させると、魔力が急激に圧縮されて、鉄パイプをブルリと震わせた。


 そして唐突に、イザの魔法をガイドにして、さらに巨大な魔力がそこに合流してくる。自分達の何倍もの魔力が、突如として被さって来る違和感に、肝を潰されながらも、その気配から木精核の龍の存在を感じたーー瞬間、




『光よ!』




 ミストの念が、その場にいる全ての者を透過し、昇華していった。








 紫閻王は、濃密な紫煙に包まれた一団の後方で、数十匹の黒ローチに神輿の様に担がれながら、樹道を進んでいた。

 ところが突然その流れが止まってしまう。その事に怒りの鳴き声を上げると、前方で視界を共有していた、紫のオーラを放つダークローチから、樹道が捻れて行き止まりになっている様子が伝わってきた。


 前方に詰めた黒ローチが一斉に噛み付くが、硬く捻れた樹道には歯が立たない。それでも無理して齧るうちに、何匹かの顎が砕けた。だが、すぐさま紫の濃霧が身を包み、ドロリと回復していく。数匹の絡まり合った肉体に再生したそれは、なおも狂った様に捻れた樹道の突き当たりを齧り続けた。


 更に横の壁面をも一斉に齧り出した、残りの黒ローチたちが、あっという間に樹道を噛みちぎると、外側の溶岩土までも噛み砕き始める。

 かなりの硬度と粘りを誇る溶岩土に、黒ローチ達は磨耗し、顎と言わず頭と言わず破損していく。それでもなお、お構いなしに再生しては一体化し、多数の顎を持つ塊となって掘削し続ける。

 徐々に侵食していくも、作業の遅さに業を煮やした紫閻王が、


 〝ビイイイイィィィィイイッ!〟


 魔力を込めた奇声を発すると、その怒気がゾワッと全体に伝播して、身震いする様にさざ波を立てて、一つの生き物の様に蠢き、さらに侵食を推し進めた。

 その様は、遠望出来たならば、樹道を包む手の様に見えただろう。その爪先は、狂った様に奥へ奥へと捻れた樹道に沿って長くなり、柔らかい樹道まで迫りつつあった。


 先程自分を逃走させた相手を嬲り、魂を啜る予感に、紫閻王は触角を揺らして、唾液を滴らせる。紫の靄に包まれた一団に、真っ赤な双眸のみが不気味に光ると、紫の靄全体から、


 〝BOAAAアあぁAaaaッ!〟


 咆哮とも排気音ともつかない轟音が、熱気とともに吐き出された。

 硬い地盤を掘り進むより速く、樹道を進んだ靄の一部が、針のように細くなりながら侵攻して行く。その先端が逃走するバラシの背中を捉えようとした時ーー



 光の爆発が半径一キロ四方を走り抜けた。

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