生存都市の死闘①
あけましておめでとうございます、本年もよろしくお願いいたします。
足元の根塊を食い破って三匹の黒ローチが迫って来る。その先頭を狙って刃水を発射すると、そのまま放射し続けて他の二体をもズバリと切り裂いた。圧縮された大量の水が、水煙をたてて周囲に飛び散る中で、切り裂かれた黒ローチに対して、トドメとばかりに足場の根塊が雁字搦めに取り込んでいく。
全く気配の察知出来ない黒ローチ達に囲まれて、視覚、触覚にしか頼れないイザは、センサー代わりに張り巡らせた根塊の籠の中にいた。それを破って次々と現れる黒ローチ達に対して、肉水を使って誘導する事で優位に立とうとしたが、先の咆哮を聞いてからは、目の前に置かれた肉水にも全く反応を見せなくなってしまった。
と、思考する間も無く、真後ろの根塊が食い破られる。振り向きざま、草盾の服に強化された腕力で振り下ろした鉄パイプの一撃を見舞うと、黒ローチの頭部がひしゃげて、手足をバタつかせながら吹き飛んだ。そこに間髪を置かず、空いた穴から他の黒ローチが飛び込んでくる。咄嗟の事にイザはあえて前に踏み込むと、至近距離から水塊を放出して、その勢いを潰して籠の外に押しやった。そこに両側から挟み込む様に伸びた成長硬根が、鈍い音を立ててその頭部を挟み潰す。
先程から無数の黒ローチを屠ってきた彼は、今やその体液と、自ら射出した水魔法によって全身をズブ濡れにしている。熱くなった体からは湯気が上がり、荒い息に肩を揺らしている彼の体には無数の傷跡があったが、極度の疲労共々張り詰めた精神で押さえ込む事で何とかバランスを保っていた。
そんな彼に息つく暇も与えず、新手が根塊の籠を食い破って来る。だがその個体は、籠の中に仕込んだ粘蔦に捉えられると、周囲の根塊に巻き込まれ、体液を滲ませて圧殺された。その隙を突いて、十匹もの黒ローチの群れが這い寄って来た。あっという間に根塊を食い破り、すり抜けると、イザに踊りかからんと迫る。その中の直近の二体に向けて、種を装填した胸元から槍葦が伸びた。精霊の木の魔力を帯びた槍葦は、黄緑に発光しながら易やすと黒ローチ達を串刺しにすると、そのまま根塊をも貫き、胸から離れてその場に固定される。その隙間に潜り込んだイザを追いかけてきた三匹の黒ローチが前面と背後から同時に襲いかかる。前面の黒ローチに対して刃水を発射すると、縦に全身を貫かれて絶命した。後方の二体には、背中に回った鉈刃草が翼状に飛び出して一匹を真っ二つに切断する。だが、もう一匹は素早く身を翻すと、迫り来る黄緑光の葉刃をすり抜けた。
そのままの勢いで背中に噛み付くと、鉄木のガード越しに、長大な顎がイザの背中に穴を穿つ。
「あがっ!」
苦痛に顔を歪めながらも、背中から鉄木を伸ばして黒ローチを固定すると、鉄パイプを頭部に押し付けて、至近距離から刃水をお見舞いする。
すぐさまその死骸を捨てると、背中の傷に草盾の服に仕込まれたチューブを通って回復水が送られた。外来種の魔獣の牙には、どんな病原菌が付着しているか想像もつかない。そのため、念には念を入れて、毒消しの術も含められている。
そうして回復している間にも、五匹の黒ローチが迫る。三匹は地面を走り、二匹は飛びかかってきた。あまり上手くないローチの飛行術は、弱点を晒しながら飛んでいるようなものだが、そちらに対処していると、素早い地上の三匹を疎かにして襲われる危険がある。そこで空中の二匹をスイの粘蔦攻撃に任せ、地上の三匹を相手取る事にすると、端の個体に向かってダッシュした。
当然他の二匹もそれにつられて移動するが、地面から伸びた根塊がついたての役割を果たして邪魔をする。一対一となったイザは、刃水を射出するが、素早く躱した黒ローチが飛びかかってきた。それを左手に仕込んだ鉄木の盾を伸ばして受け止めると、そのまま黒ローチの体を地面に押し付けて、巻き付けた鉄木で締め上げていく。そこに、ついたてを躱してきた二匹が飛びかかってきたので、右の個体に刃水を射出した後、連続して左の方向に捻り切った。だが下半身を無くした左の個体は、そのまま羽ばたくと、イザにのしかかってくる。首を狙った顎に、ヘルメットとして装着している鉄木をトゲ状に変形させて打ち込んで凌いだ。だが、諦めの悪い上半身だけの黒ローチは、口から茶色の泡を吐き出しながらも、爪を食い込ませてしがみ付く。間近でみる真っ赤に光る虫の目は、生気を感じられず、しかし興奮状態を表している様に見えて、その自然ならざる生命力に、背筋が凍る様な畏怖を覚える。
上半身だけの黒ローチに腕を絡め取られた状態で、振りほどく間も与えずに、突如として二匹の黒ローチが襲いかかってくる。背後からくるぶしに噛みつかれ、更に別の黒ローチに左手を噛まれると、その激痛で目眩がした。
『しっかりしな!』
スイが念話と共に、根塊に仕込んだ粘蔦で、イザに絡み付いた上半身だけの黒ローチを引き剥がす。イザは新たに湧き出た敵を、草盾の服に仕込まれた強化外骨格の剛力で、左腕を振るって飛ばし、くるぶしに噛み付く個体を、精霊ナイフを出現させた鉄パイプで貫いた。
その時、籠の隙間から、黒々と折り重なる絶望的な数の黒ローチの群れが、波となって押し寄せて来るのがハッキリと見えた。
『きりがない、大きいの行くよ!』
かなり前から膨大な魔力を練り込み、腹の魔力禍に集中していたスイが、思念映像と共に警告を発する。それと同時に草盾の服から鉄木と海綿草が生えると、背丈の倍程の球体となってイザを覆った。
次の瞬間、足元の根塊が大きく変形すると、ボールと化したイザは地面に向けて勢い良く転がってしまう。そのまま高く突き出した根塊は高波の様にうねりを上げると、周囲の黒ローチごと地面に崩落した。
その中をあるものは飛び、あるものはすばしっこく駆けて、巻き添えを避けた黒ローチも多かったが、一瞬にして強烈な燐光が弾ける。
〝魔吸燐光〟
魔力を吸う事に長けた木精が変質した、精霊の木が放つその光に触れた闇のものは、一瞬魔力を奪われて動けなくなる。
そして瞬時に根塊が動くと、まるで時間を巻き戻したかの様に、地中に巻き込まれていき、気絶した黒ローチのことごとくが、圧倒的な質量の根塊に巻き込まれ、すり潰されていった。
ボールとなって弾かれたイザが地面に弾んで転がると、保護していた球体がスッと無くなる。地面にゴロゴロと投げ出されたイザは、咄嗟に強化された手で受け身を取るものの、三半規管を揺さぶられすぎて強烈なめまいを起こした。
いまだグラグラと揺れる体を押し上げようとして、こみ上げてきた胃液を嘔吐する。それでも何とか立ち上がり周囲を見ると、いまだに地面は揺れていた。
『まだ……くるよ』
イキナリの大魔法の連発に、さすがに精霊の木から魔力供給を受けているスイの声からも、披露の色が伝わってくる。魔法は魔力の他に多大な集中力、精神力も消費する。いかに精霊の木という莫大な魔力タンクを持っていても、いまだに幼体の域を出ないスイにとって、大魔法の連発という行為には器としての限界があった。
それでも回復水で体の怪我を治してくれている、イザは酸っぱい口元を拭うと、吐き気を堪えて肉水を嚥下した。ギョランの戦場サバイバル術の教え曰く、継戦には補給が必須である。
そう、目の前の盆地には燐光を逃れた黒ローチがいまだ多数蠢いている。数を減らされた彼らは、誰の作戦なのか野伏の様に周囲に身を隠した。こうなると気配の察知できない、闇魔法の能力を持つ敵はかなり厄介である。更には、
『しばらく休憩……もう……限界』
スイがその念話と共に気絶する、限界まで張り詰めた精神の糸が突然切れたらしい。最後の気力を振り絞って、草盾の強化骨格の操作能力をイザに譲渡してくれた。
それを聞いたイザは、食道を温める肉水に気力を奮い立たせると、現状を確かめる。
体力はともかく、外傷は全て回復している。外骨格からは蓄えられた精霊の木の漲る魔力が伝わってくるし、草魔法や回復水は使えなくなったが、ダグラスや船長から渡されたポーション類は、全て手付かずに保管してある。
何よりも彼自身の魔力は全て温存されているのだ。
『任せてくれスイ、これだけ有れば充分、生き残って見せる』
覚悟を決めたイザの背中からは、余計な力みなどが全て消えていた。唯ひたすら生き残る事に集中する、全神経をその為だけに集約した彼は、音もなく気配を消すと、魔力探知に引っ掛かる存在の元に向かって移動を開始した。




