色魔法の館
考えたキャラクターが続けて出せて嬉しいっす。
ダグラスは外に出ると、お付きの者に耳打ちをした。そして彼を何処かに向かわせた後、イザに向き直る。
「腹は減ってないか?」
最後の干し肉を食べてから街に入ったイザは、
「大丈夫」と答えた。
「なら、先ずは身なりをどうにかしないといかんな。」
ダグラスはイザの全身を見ながら呟くと、有無を言わさず手近な服屋に飛び込んだ。
「この少年の服を全身コーディネートしてくれ。」
店員を捕まえてイザを押し付ける。
「どのような服がお好みですか?」
とたずねられたが、イザは突然の事に何も言えなかった。
「とにかく丈夫で着心地が良く、清潔感があればいい。下着は三組、上着は二組、金は気にするな。」
とダグラスがいってくれると、店員は適当な服を見繕う。
気持ちのいい麻の下着の上に、丈夫な黄土色の厚手のズボンと、これまた厚手の白いシャツ、少し濃い茶の短めのブーツも選んでくれた。予備の服も同じような物の色違いだった。
「全部で15銀になります。」
と店員が言った時からが凄かった。これだけ頼んだから、少しほつれが有るから、とダグラスは値切りに値切り、ついに総額10銀にまで下げさせた。
店を出るとき、店員は半泣きになって「金は気にするなって……」消えいるようなか細い声でボソボソと何かいっている。もちろん金は稼ぎの中からイザが支払った。しばらく歩くと、ダグラスは立ち止まり、
「いいか、世の中に金ほど便利な物はない。その金は油断してるとあっちゅう間に溶けちまう。だから余裕があっても大事に節約するんだ」
と言うと、イザをグッと見つめる。イザがコクリと頷くと、ニヤリと笑い、
「じゃあ、今度は男の金の使い方を教えてやる!行くぞ!!」
と言ってまたもやズンズン歩き出した。
シュビエの表通りからはずれ、色街に差し掛かる。街はそれまでの健全な街並みとはかけ離れた、すえた臭いに、ど派手な建物や看板が広がる通りに変貌していた。
欲望にギラつく人々、通りに立つ女やお引きの男も別の目的にギラついていた。
『すげーっ』
イザは圧倒されながらも、好奇心からあっちを見、こっちを見とせわしない。ダグラスはそんなイザをたしなめると、ニヤリと笑い、
「こんなもん序の口だぜ坊主、これから本当にすごい所に連れてってやる」
そういってグイグイと人波を掻き分けて行った。イザが必死について行く事しばし、本日の目的地に到着した。
〝娼館ピンフ・バーモール〟
偉大なる魔女バーモールの色欲の支配魔法により、全ての人が性欲を喚起される夜の魔城。
シュビエ第一の高級娼館として知られ、約50名の娼婦を抱える広大な館には、男の欲望を叶える為の有りとあらゆる女、男、道具、設備が揃っている。
そこには今では枯れてしまった各国支配階級の老人もお忍びでやって来た。なぜなら、バーモールの色魔法は魔法のエリア内に居るもの全てのリビドーを刺激し、悦楽を喚起させる偉大な精神支配魔法だから。
枯れ切った老木もギンギンになって、下手をすると(上手くすると)腹上死という栄誉にあずかれる事もある。それは倒錯した世界ではある種のステータスと化しており、超高級店にもかかわらず連日の賑わいを見せる繁盛店だった。
「どうだ! すげーだろう? これぞ男の道楽よ」
自慢気に言って来るダグラスに、呆気に取られて何も言えないイザは、まばたきをするしか無い。
ダグラスは慣れた感じでガーゴイルの並び立つ門を抜けカウンターに向かうと、分厚い大理石の奥に座る受け付け嬢も、優雅にかつ親しい雰囲気で対応する。
受け付け嬢が何かの装置を操作して、
「バーモール様、ダグラス様がお見えになりました。」
と告げると、ボーイが自然な流れで案内に立ち、個室に通された。待つことしばし、ドアがノックされると
「失礼いたします」
と先ほどのボーイが声をかけて、ドアを開けると一礼して退いた。
「入るわよ」
入ってきたのは紫のドレスを身に纏う妙齢の女性。歳こそ重ねているものの絶世の美女と言える外見で、洗練された身のこなしが板についた、イザが今まで会った事のないタイプの人だった。
「お久しぶりね、いつこちらにいらしたの?」
「つい先日だ、小さな取り引きのついでにちょっと野暮用があってな。」
嗅いだ事のない良い匂いがする。少しポーッとしているイザを見て、
「なに、この坊や? 貴方が人を連れて来るだけでも珍しいのに、それが子供なんてどういう風の吹き回し?」
ダグラスはバーモールに向かい無言の合図を送る、気付いた彼女は胸元から柄付き眼鏡を取り出し、じっくりとイザを観察した。
美女に細部まで見られて居心地の悪い思いをしていると、
「ふぅん」とバーモールが呟く。
何が「ふぅん」なのか?分からないが、絡みつく様な視線から解放されて、ほっと安堵するイザ。
ダグラスが
「こいつにちょうどいいのが居たら頼む、ついでに綺麗に洗っといてくれ」
と言うと、バーモールはパンパンと手を叩き、ボーイを呼びつけると指示を与えた。
ボーイはイザに「こちらにどうぞ」と声を掛けると、扉に向かっていく。イザはどうしたものか、ダグラスを向くと顎をしゃくってボーイを追え、とジェスチャーで示した。
「いってきな、俺たちはここで話がある、悪いようにはされんから、言われたとおりにすりゃいい」
イザは少し戸惑ったが、ここに居てもしょうがない、とボーイに促され出て行った。
ダグラスと二人きりになると、
「で、どうするつもりかしら?」
バーモールは興味なさげにきいてくる。彼女は興味深々の時こそ素っ気ない態度を示す、という事を知っているダグラスはニヤリと笑うと、
「いいだろ?さっき街でひろったんだが、色々面白い事になってる。魔法の方は覚えたばかりだが、すでに固有の水魔法を使えるようだし、水精の魔具との相性もいい。何より腹に木精の核を宿してる奴なんざ、始めてみたよ。」
イザはスイの事を隠していたが、魔商人の目利きは総てを見通していた。
「確かに珍しいわね、精霊に乗っ取られた殿方なら数回みた事があるけど、あんなに同期している木精の種ははじめてみたわ。まあ、長い目で見たら乗っ取られて居るようなもんだけど。で、どうするつもり? 育てて手駒にする? それとも今すぐ売りに出す?」
「そんな面倒くさい事はしやしねーよ、だいたいオレはもう引退したんだ、今の仕事は趣味みたいなもんさ。ただ、面白い奴がいたから、暇つぶしに拾って少し鍛えてやるのも悪くないってだけだ」
手を振って答えるダグラスを訝し気な顔で見やると、黙って話を促した。
「俺は承知の通り魔法がつかえねえ、あいつの魔法がましになる為の方法を教えてくれ」
「それってただ働き?」
言うがはやいかダグラスは手で制する、ドンッ! とテーブルにどこから取り出したのか、黒い包みを取り出した。
バーモールが「まさか」と急いで中身を確認すると、「これをくれるわけ?」と笑みをこぼす。
「まさかだろ? それがいくらするとおもってるんだ、お前さん。だが坊やに絶好の情報をくれたら、そうさな、仕入れ値の一千金で売ってやるよ、因みに普通に売るとなると、下手すりゃ一万金にもなろうって代物だ。」
バーモールは溜息をつくと、
「わかったわ、その値段でいただくとして、そうね。大陸の大魔法院にやれば一番上手く上達するだろうけど、それじゃつまらないわ。私の知ってる水魔法の使い手を紹介してあげる。」
と言うと、地図を描き、下に魔法印を印す。
「これを見せたら教えてくれるはずよ、なにせ彼、私に貸しがあるから。」
とダグラスに羊皮紙を巻いて渡す。
「で?遊んでいくんでしょう?」
たずねるバーモールにダグラスはニヤリと笑みを返した。