魔商人ダグラス
ダグラスは中央大陸の大国ブリサガの豪商の長男として生まれた。小さい頃から何にでも興味を持ち、父親の商売にも興味を示した彼は取り引きの際もしばしば同行する程だった。
聞いた事をすぐに吸収してしまう彼は、交易商人である父の商売相手にも気に入られて、自然と商売のコツや目利きの力を養って行く。
そんな順風満帆な生活を送るダグラスが10才になった頃、父親が突然王宮に連行された。あらぬ嫌疑をかけられての冤罪、ではない。父には無許可の奴隷商人と言う裏の顔があった。
絶対王制のブリサガにおいて、無許可の商売は重罪である。特に商売敵も多かったダグラスの父は策略にはまり、瞬く間に死刑となってしまう。
その嫌疑は一族にも飛び火する。一家の屋敷に王宮騎士団が駆け付けた時、母は自害、ダグラスは着の身着のままで逃走した。
辛くも逃亡に成功したものの、何も持たない10才の子供が街に一人という状況は生半可な事では無い。少年は生き延びる為には何でもやった、幸い体も大きかったダグラスは拾った棍棒一つを武器にスラムの最下層で強かに生き延びた。
彼には2つの特別な才能があった、何者にも動じない胆力と、魔鑑定の能力である。
魔力に優れていた彼は、しかし、魔法を使うことができなかった。だが、ひたすら小さい頃から培った商売のセンスをいかし、乱暴ながら商売をし続けたある日、その鑑定眼に魔力が宿り、一目見たらその物の詳細が分かってしまう魔鑑定の力を得た。
そして、地元の裏組織とも互角に取引をし、次第に立場を上げて行ったダグラスの元には人が集まり、一つの勢力となっていく。
成人した彼が最初に大きな成功を収めたのはハンター絡みの商売である。
ハンターには獣、モンスター、遺跡など、様々な専門分野があるが、特に遺跡ハンターに必要な物品を売り、発掘品を買い取る。
その手軽さ、何でも揃える手腕、買取の正確さで評判を呼び、あっという間に規模を拡大し、各国の主要都市に拠点を拡げて行くと、さらにそのルートを利用して交易を行った。
この時30代、すでに妻を一人、妾を三人と子供を五人養っていた。
その中に一人、飛び抜けて才能を発揮する子供がいた。妾の子供だった男の子は6才にして魔法の才能を発揮し、読み書き計算もダグラスが舌を巻く程の勢いで習得していく。才能を伸ばそうと王都の貴族学校に金に物を言わせてねじ込むと、他の子女を差し置いて主席で卒業した。
その子に商売を仕込むと、メキメキと頭角を現し、ダグラスの起こした商売を更に発展させていった。
最初の内こそ理論と実践のギャップを埋める為、ダグラスの様々なサポートが必要だったが、その順応性と奇抜な発想で次々と事業を成功させると、だんだんダグラスの居場所がなくなって来る。
壮年期を迎えたダグラスは満足していた。自分のやり方は規模の大きくなった今となっては荒すぎる。幸い息子の洗練された商売は軌道に乗り、多くの国を巻き込んで成長していた。
『これで後の憂いもなく、自由に出来る』
商売に成功し、規模を拡大して来た彼は、しかし、大規模化して身動きの取れない不自由さに辟易していた。
若い頃の冒険とも言える身一つの商売に帰ろう。
彼は全ての権利を息子に譲ると、自分の育てた交易商業の一介の商人に身分を落として、小さな騎獣車と古付き合いの御者兼護衛を連れて旅立った。
身分を落として商売をして見ても、流石に魔商人と呼ばれたダグラスである。旅立ってからは小規模で旨味のある魔具の商いをしていたが、元々のネットワークもあって、自然と魔具や遺跡ハンターの元締め的な立場になってしまった。
そんな折、シュビエの老舗魔具店で商談をしていると、店のカウンターから少年の大声が聞こえてくる。そこで語られた境遇は何故か自分と重なってきて気になってしょうがない。
そっと見ると、少年の持っている杖は古代魔具級の一品だとわかる。少なくとも買取5金、売値は10金〜にもなろう。それを4銀で、との話に「そいつはどうもいただけんな」と思わず声をかけてしまった。
『やってしもうた』
すぐに反省するダグラス、だが少年の顔を見ると、そんな気持ちも忘れてしまった。