僕のかげ
「影踏み、私嫌い」
今まで笑顔だった幼女が渋々とした顔で僕に言う。
「なんで?」
「だって影さんだって好きで影になってるわけじゃないと思うの。
本当は本当の私になりたかったんじゃないのかなぁ?」
「はぁ~? 何言ってるのかわかんないよ」
今思えば、これは一種の彼女のアニミズムだったのかもしれない。
彼女は僕から顔を背けると、近くにあったジャングルジムに上る。
正方形の集合体でできた鉄組から伸びるひし形の影が連なっている様子が少し不思議な光景に見えた。
「だって、だって! 色が無いだけで私じゃないなんてかわいそうなんだもん!」
「……?」
「色が無いから、目も、耳も、口も無くて、みんなとお話したりできないのに、いつも私のすぐ
そこにいるなんて、私そのうち影さんに恨まれないかな?」
「影なんだから考えることなんてできないよ」
僕がそう言うと、彼女は寂しげに
「じゃあ、悲しい気持ちも、わからないのかな……?」
と、近くの小さいアパートの背に隠れようとしている夕日を見つめた。
ふわっと風がなびいた瞬間、遊具に座っていた彼女の長い髪がなびく。
その時、僕の視界にホタルのような――いや、もっと優しくて柔らかい白い光が無数に浮かび上がって散らばったような気がした。
「お前って、すごいな」
僕の声に振り返る少女。
「だって、そんなこと考えられるんだもん……えっと、その、普通じゃないというか……」
「そんなこと」が少しアタリの強い言い方だったかな、と思いながらも僕はそのまま言葉を放ち続けようとするが、そうしようとする度に相手を傷つけそうな言葉が出そうになる。
当たり前すぎて考えていなかった事を馬鹿なほど深くまじめに考える彼女。
突拍子に変なことを言っては真剣な目をして話してくる彼女は普通の友達としてではなく、
僕にとっては少し憧れの存在でもあった。
本当にすごいと思ったのに、まだ小さい僕の語彙力でまかなえない事がやるせなく感じる。
「ふふっ」
言葉を必死に紡ごうとアタフタしていた僕を彼女は笑う。
逆光になって顔はよく見えなかったけど、きっと笑っていたと思う。
そう、僕はこの笑顔が見たかっただけだった。
いつもの笑顔を振りまく彼女でいて欲しかっただけだったんだ。
「ほら、見て!」
いつの間にか彼女は僕のすぐ横にいた。
身体が密着しそうなほどに近い距離。
「えいっ!」
身を寄せてきたかと思うと、彼女はいきなり僕に抱きついてきたのだった。
僕よりも頭一つ分大きい彼女の首筋からは、汗と柔軟剤みたいな甘い香りがほのかに混じった匂いが鼻腔をくすぐった。
とっさのことに驚き、身動ぎ出来ない僕に彼女はいつもの調子で言った。
「見て、これで影さんも幸せだよね!」
彼女が見てる方に顔を向ける。
そこには人型から変形した、僕と彼女が交わってできた奇妙な形の影が、オレンジに染まった砂場まで長く続いていた。