〃 上
次話は20:00です。
「……ッシ」
片手に持った大剣、否、それ以上に大きく、長いものを俺は一閃に凪いだ。
ブュゥゥゥウウウ
「グァァァアアアアアア!」
俺が大剣を凪いだ場所から鮮血が飛び散ると同時に、Mobの甲高く、そして爆音の断末魔が広い荒野に響き渡る。
今は、毎朝の習慣になっている鍛錬を行っている最中だった。鍛錬は、スキルを使わず己の反射神経、運動神経・能力を活かし、Mobを倒す。唯それだけだ。それを毎朝繰り返し、繰り返し行うことで、激しい動きに体を慣らす。それがこの鍛錬の目的だ。
MPが切れ、スキルが発動出来ない際の対策で、この鍛錬を初めて約一年が経とうとしていた。
この一年で、フィールドの攻略はあまり進んではいない。理由は簡単で、初め誰もがフィールドに出ようとしなかったためだ。だが、それも当然だと言えた。
これはゲームじゃない。
LastStoryと言うゲームを模しているが、ここは惑星だ、世界だ、地上なのだ。
痛みは感じるし、食欲もある。さらに言えば排便もする。
要するに現実なのだ。
現実で、ドラゴンや気味の悪いMobと対峙したい人間がいるか?と聞かれれば居るだろう。しかし、その答えに痛みは含まれない。
初めは活き活きしながらフィールドに出たユーザー達は、悲痛な表情を浮かべながら戻ってきた。それ以来、そのユーザー達はフィールドに出ていない。
痛みを感じる。
唯それだけ。
唯それだけの理由で、フィールドに出るユーザーは居なくなったのだ。
もちろん例外は居た。
楓もその中に含まれる。
偽善や正義感でフィールドに出ようとしないユーザーをこの世界から開放しようとするユーザー。
唯、仲間と地球に帰りたいが為に、他を犠牲にしながら攻略を進めるユーザー。
楓は後者に含まれる。
しかし、このLSの世界に5000万人のユーザーがとばされて、約半年。その頃からフィールドに閉じこもっていたユーザーの極僅かなユーザー達が攻略を始めた。
そのおかげで、この半年は半年前の約5倍もの速度で攻略は進んでいた。
「って……うし」
物思いに耽っていた楓は、目の前に着陸した大きな影を見て、臨戦態勢に入った。
「おいおい……こりゃ………無理ッ!」
目の前に着陸したMobの全貌を見て、楓は踵を返しながら全力疾走する。
「超巨大ドラゴンなんぞ一人で倒せるかぁぁぁああああああい!ってこっち方向違うぅぅぅううう!」
着陸したのは、今まで見たどのドラゴンよりも遥かに大きく、そして禍々しかった。そして気づく。
踵を返したのはいいが、この方向はフィールドの奥に進む方向だ。つまり、逆方向。
その事に気づいた楓は慌てて戻ろうとして……やめた。後ろを全力疾走で追いかけてくるドラゴンを目にしてしまったからだ。幸い、楓は類を見ないような高レベル高ステータスを持っていたため、距離が縮まることは無い。しかし、止まってしまえば追いつかれるのは確実だし、戻るのはもっと無理だ。
「行けるとこまで行ったらぁああああああ!」
状況からして何とも言えない絶叫を叫びながら、楓は銀色の荒野を走った。
縛らく楓が走っていると、目の前に洞窟を見つけた。その穴は狭く、後ろを追跡してくる恐怖の象徴の様なMobには絶対に入ってこれないだろう。そう確信した楓は、その穴に入ると自分の意思を確定し、穴に向かって全力で走り、飛び込んだ。
ズザザザザザザ!
と、楓の体が雪に埋もれていく音が洞窟の中に響き渡る。
楓はと言うと、雪に上半身を埋め足をバタバタさせていたが、強引に腕を抜き、頭も引っこ抜いた。
「ぷふぁ!……助かったぁ……」
そう安堵しながらも、自分の失態に気づく。
不意に目の前に現れたドラゴンにビビリ、持っていた武器をそのまま置いてきてしまったのだ。取りに戻るにも、今出てはまたドラゴンに追いかけられない。しかし今取りに行かねば、あの剣はきっと消えてしまうだろう。
このLSの世界では、放置されたものは1時間後に消えるのだ。
「………誰?」
はんば諦めかきていた上に披露で気を緩めていたところに、突然話しかけられ楓はビクゥと体を震わせる。しかし、その声があまりにも可愛らしいものだったため、自然に危険ではないと思った楓は、声の主を人目見ようと声がした方に視線を向けた。
そこに立っていたのは、見たことのないような美しい少女だった。
肌は雪のように白く、髪も雪のように白い。服も白いワンピースでどこもかしこも白かった。しかし、それゆえに儚く綺麗だとも思えてしまう。
唯、白くないところもあった。
少女のもつ碧眼だ。
透き通るように青く、まさに冬の空といった色だ。
「あなたは誰?」
今度は、はっきりと楓の名前を問うてきた少女に、楓は軽く立ち上がりながら自己紹介をする。
「俺は波多瀬楓。君は?」
そう言いながら、少女に近づいていく。少女は一瞬体を震わせた。それを見逃すような楓ではなく、そこで立ち止まったまま、少女の答えを待った。
数分の沈黙。
そして、少女はようやく口を開いた。
「私は……私はアリス。ハタセフウ、あんた、今すぐ此処から立ち去りなさい」
初めは穏やかな口調だった少女の口調が、語尾に行くに連れて険悪なものへと変わった。その豹変っぷりは、この時期に相応しい雪女を連想させる。
しかし、ここで楓の意志は固まる。
いや、唯の意地、と言うより本能なのかもしれない。
”こいつに一泡ふかせてやりてぇ”
楓は命令されることを嫌う。
さらに、相手は少女と来ている。自分より年下の相手に命令されるのは、何だか癪に障った。楓に年下だから、年上だから、などと言うつもりはない。自分だって年上相手にタメ口を使ったりしているのだ。
しかし、命令となると違う。
自分は確かに、年上に命令をしたりするが、それは暗黙の了解の上だ。この少女は違う。まだ先ほどあったばかりなのだ。そんな相手に命令されるのは、やはり楓の癪に障る。
だが、別の意志も固まっていた。
この少女をこうさせる理由は一体なんなのかを聞き出す意志、決意が。
別に助け用などとは微塵も思っていない。人間は自分のことは自分で乗り越えるのが常だ。もちろん、他人とのいざこざや理不尽な事で、相手から助けてと頼まれれば助けるだろう。それでも、事前の情報収集は欠かさず、相手が一方的に悪い場合だけなのだが。
「断る。何故俺が立ち去らなければならない?お前に合わせる理由は俺には無い。どうしてもと言うなら、その理由を聞かせろ」
楓はあえて、冷たい口調で言う。
長年の経験で、その方が良いとわかっているからだ。
「理由?簡単よ。あんたが邪魔だから。私の邪魔になるから。それだけよ」
「っは」
その答えを、楓は軽く笑い飛ばした。
「嘘は良くねぇぞ、アリス。お前ぐらいの年なら、本音を言うべきだ」
アリスは一瞬、顔を強ばらせた。
理由は簡単で、唯、自分の嘘が見抜かれたからだ。アリスには感情があったが、だからと言って表情に大げさに出るわけではない。意識すれば無表情を保てるほどだ。
だから、先ほどの自分は無表情だったはずなのだ。それなのに、アリスの心情を見透かしたように言う楓に、アリスは戦慄を禁じ得なかった。
しかし、それも数秒。直ぐにアリスは無表情を意識して、続けた。
「確かに、嘘ね。でも、それでもあんたに此処にいて欲しくないのよ。私は他人と、干渉したくないの。だから、速く立ち去って。お願いだから」
アリスは気づいていない。しかし楓は気づいている。
アリスは語尾に行くに連れて、声が小さくなっていた。本当は淋しいんだと、告げていた。
楓は一つの可能性を考えた。
それが、
イベント――
LSにはイベントがある。そして、このLSの世界に来てからも何度かイベントがあった。
7月には七夕のイベントがあったし、10月にはハロウィンのイベントがあった。
(つまり、これはクリスマスのイベントじゃねぇのか?)
だとしたら、納得できることもあった。
少女の異常な白さだ。
クリスマスイベントの為に居るAIなら、納得できた。
脳内で楓は結論づける。
(アリスはクリスマスイベントの為に作られたAIと仮定する。その内容は、誰かと干渉し、その相手を楽しませた後、クリスマスが終わるとともに消える、とさらに仮定する。大体七夕のイベントもそうだったし、合ってるとは思うんだがな。だが、アリスを造った奴は、アリスに無駄なものを与えてしまった。感情を与えてしまった。感情があるアリスは、楽しませた後自分が消えたりしたら、相手は悲しむと思い、他人との干渉を避けるためにこの洞窟に閉じこもった。しかし俺が来てしまったため、立ち去れと言ってきた。我ながら推論過ぎて笑えるが………取り敢えず、俺の脳内結論はこれでいいとして、あとはアリスにハッパかけるだけか)
「なあアリス、お前AIだろ」
「えっ!」
(ああ、当たりね)
「それもクリスマスイベント用の」
「っちょ!」
(これも当たりだと……我ながら自分の勘の良さに呆れるな)
「そしてお前にはAIなのに感情があった」
「えっえっ!?」
(俺は何なんだっ!?唯の推論が当たりすぎだろ!)
「感情があるお前は、イベント内容により自分と、そして相手が悲しむことになる事を知っていたため、他人との干渉を避けていた」
「っちょ……あんた何者よ……!」
(これも当たりかぁぁあああああああああああああああああ!)
楓はそう、脳内で叫んでいた。
もちろん表情には数mmも感情を出さない。そして、楓はこう思った。
責めて、この少女をこの世界に入れる最後の時間まで、楽しませてあげたいと。
そして自分を嗤った。
昔の自分ならば、ここで立ち去っていただろう。だが、自分は変わってしまったのだ。そう、誰でも無い仲間達のせいで。それが悪い方向に向いていないのが尚更タチが悪い。
楓は別に善人になりたいわけではない。むしろ、昔の自分の方が、生きていく上では合理的だと思っている。
しかし、変わったのは変わったのだ。
今の楓には、こんな寂しそうな表情をする少女を置いていくなど出来なかった。
理不尽な運命を背負った少女を、放っておくなどできなかった。
「なあアリス」
「……なによ」
自分の役目、感情、全てを見透かされたと思い込んでいるアリスはぶっきら棒にそう答える。
実際は唯の推論が的中しただけなのだが。
「俺と遊ぶか」
「いやよ」
「俺と遊ばないか?」
「いや」
「俺と遊んでくれないか?」
「………いやよ」
「俺と遊んでください!お願いします!」
「……………あぁ、もう……そんなに言われたら……断れないじゃないの」
アリスの表情は泣き笑いのようだった。
それは、それは白い女神を、楓に連想させた。




