epi-08:己の能力 完全念力とは?
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「はぁ?」
「だから、アパリッショナル宇宙人が絡んでいるのよ、この事件には」
俺からリモコンを奪い取り、電源ボタンを押したシグナル。
映像が消えたテレビの画面を見つめる。
「何で消したんだよ」
「大事な話をするからよ」
視線をシグナルに向ける。
「待て待て。アパリッショナル宇宙人が絡んでるから何だってんだ?」
「言ったでしょう。私達はそれらを地球から殲滅するためにやって来た宇宙人グリーン、だって」
「だからって、そんな事俺には関係ないだろ。俺に話す必要も皆無じゃねーか」
「言ってなかったけ? ああ、そういや言ってないわね。じゃあ今言うわ――」
部屋の空気が豹変した。
シグナルの顔が豹変した。
冷たくて――冷酷な顔。
「貴方も宇宙人狩りをするのよ」
「却下」
即答した。
「いいか? 単に『完全念力』とやらが使えるだけのただの高校生が、何故に宇宙人と一緒に宇宙人狩りをしなくちゃいけないんだ? まずはそこから論議しようか」
「する必要は全く無いわ。貴方のその軽く受け止めている『完全念力』は――未知なる化け物なのよ」
右手の中指でこちらを指すシグナル。
「はい?」
「化け物といっても貴方じゃなくて――その能力の方なんだけどね。普通、憑依していたゴーストリアンなんかが身体から消された生物は、超能力ごと消されるんだけど、貴方の場合は違う。自力で、いや、他力半分自滅半分でゴーストリアンを消し、有効な『完全念力』は身体に残したままにした。――あり得ない現象よ」
俺は首を傾げる。
「貴方にとってはただの力にしか過ぎないのだけど、私達にとっては国宝、いや、星宝というべきかしら。とにかく、重宝扱いされるはずのその力を、黙って見過ごすわけにはいかないでしょ?」
「まぁ、俺の持つその『完全念力』が凄いってのは分かったけど、だからってお前らと協力しなければならない理屈は入ってないぜ」
「頭を回転しなさいな。貴方のその力を、黙って見過ごすわけにはいかないって言ったでしょ。要は結局――貴方も監視下に置いておきたいってことよ」
「監視下って何だよ」
「いつ暴走するか分からないその謎で未知なる化け物を、いつでも対処できるように監視しておくことよ。いわば貴方は――モルモット」
ブチッとこめかみが切れる。
「……」
「お怒りの様子だけど、これは事実で真実。『完全念力』なんていう念動力の最高峰を持ち、その上憑依している宇宙人もいない人間を、日常に放っておけるはずないでしょ?」
「お前らは俺を監視するがために、地球に来たってのか?」
「馬鹿。貴方の件プラスに、アパリッショナル宇宙人狩りもするのよ。貴方のほうがオマケなんだけどね」
「……オマケか」
「オマケよ。本題より価値のあるオマケ」
言ってシグナルは持っていたリモコンの電源ボタンを押した。
何だ、結局テレビをつけるのか。
「見てコレ。丁度流れてるけど――今起きている連続感電死事故の特集よ。番組はまだこれを事故と見ているらしいけど」
流れてたのは――四人が連日感電死した事故のニュースだった。
稀なのか普通なのか、判断しづらい。
「お前が言うに、これは事件なのか」
テレビに顔を向けながら言う。
「事件よ。立派なね。しかも、かなり厄介な」
「つまりは――そのアパリッショナル宇宙人絡み?」
「さっきも言ったでしょ」
なるほど。
よからぬ出来事に巻き込まれそうだ。
「悪い、トイレ行ってくる」
立って、トイレのある方へ歩き出す。
が、その行動はすぐさま阻止された。
「逃げるな」
「……」
背後にいたリーフが往く手を阻んだ。
腕組の姿勢で、ギロリと目をこちらに向けている。
「ガチのトイレなんだけど」
「着いていく」
「……はいはい」
仕方なく後ろにリーフがいる状態で、トイレに向かう。
ちっ。
リーフは鋭いな。
このまま逃げようとしたがトイレに行くなんて考えは甘かったか。
「あの、……汚物が割れ目から出てくる方をするから、時間かかるけど」
「構わない」
勿論汚物を出す気はさらさらないが、思考を働かせる時間が欲しいので、トイレに入る。
がちゃりとドアを開け、中に入り、洋式便器の蓋を開けてから、ドアを閉めようと後ろを振り返る。
「…………え」
ええ?
「……あの、……リーフさん?」
「何だ」
がちゃり、とドアが閉められた。
勿論、俺ではなくリーフの手によって。
トイレという個室に――俺とリーフ。
「何やってんだお前は!?」
「観察だよ」
「軽々しく言うな!」
「詳しく言うなら汚物観察」
「なに双眼鏡出してんだお前は!」
どっから持ってきたんだその高級そうな双眼鏡!
というより汚物観察って、この野郎、人の恥じる部分を双眼鏡で見るってか。
このトイレの個室には照明はあるが、しかし灯りがやや暗いために不気味なオーラを醸しだしている。人数も二人が精一杯入れる広さなわけで、今現在この状況、リーフとはほぼ密接している状況だ。
「出てけ今すぐ」
「汚物はまだか?」
「出ないから! 早く出て行け!」
「出ないんなら出ないぞ?」
首を傾げるリーフ。
こいつのキャラが見えなくなってきた!
「そもそもお前はクールなキャラとして位置づけられていたじゃねーか。汚物観察なんて言葉がお前の口から出るとは物語の始まりの時は全く考えてなかったよ!!」
「誤解だな」
双眼鏡を目に当てながらリーフは言った。
「ポーカーフェイスを着飾っている私のことだ、いつ何時仮面が外れるか分かったもんじゃない」
「今までの全部キャラ作りだったのか!?」
「本性だが?」
「お前根っからのクレイジーなのか!」
「汚物観察をクレイジーと称するお前は、まだ幼稚だな」
何だと?
それから、リーフは双眼鏡を目から離し、双眼鏡を持った手を俺の顔の前に突き出した。
「だからこそ地球で言う童貞という扱いを受けるんだよ」
「……あっそう」
と、俺は冷たい返事をして、ズボンを脱ぐことなく便器に座る。
「なんだ……、やけに反応が冷たいな」
「ああ、ごめん。俺はそういうの、どうでもいいっていうか。眼中にないっていうか。――別に童貞だからって死なないし」
一生童貞でもいいだろ。
清廉潔白じゃねーか。
「……お前は、……その、てっきりそういうものに哀れむ男性かと」
「悪いなリーフ。俺にとっちゃ、童貞なんてどうていってことないさ」
「……」
滑ったらしい。
渾身のギャグが!
クソッ! 身体との距離が近いからやけに恥ずかしい。
顔が熱くなってるのを感じる。
やばい! リーフの顔がとてつもなく無に近い。
「……あれ? リーフさん?」
「悪い。そんなものに興味はないんだ。――特にそういうの」
あまりにも静かに。
そして冷たい。
何より胸に突き刺さるような声色で。
「…………」
顔面蒼白にはなっていないが、俺の心は蒼白に染まっている。
リーフという宇宙人は、よく分からない。
リーフの性格が豹変するのは、どうやら俺の前だけらしい。
偶然なのか必然なのか定かじゃないけど、あれが彼女の本性ならば、メンバー内一番の変態と見ていいようだ。
汚物を出すはずもなく、半ば強引にリーフをトイレから追い払い、俺も同時にトイレから出た。
テーブルのある部屋に戻れば、当然シグナル達から冷たい目で見られるわけで。
「……」
「……話の……続きをお願いしたいんですが」
「そうね」
口元だけを動かすシグナル。
頬杖をついたまま、シグナルはジト目でこちらを見つめる。
「大事な事だけ言うならつまり――感電死事故は事件で、事件の犯人はおそらくアパリッショナル宇宙人に憑依されている生物」
「生物?」
「人間だけに憑依するとは限らないからね」
「ちょっと待ってくれ。お前の言い分だと、感電死の事故……事件には、犯人がいて、そいつが、俺みたいに超能力が使える生物だって言いたいのか?」
「それそのもの」
「感電死ってことは……、電気を操ったりするのか?」
「全く持ってその通りだと思うわ」
言ってシグナルは再びテレビの電源を消した。
テレビの方に顔を向ける彼女に、俺は問う。
「……どういうことなんだよ」
「つまりね」
シグナルは顔をこちらに向ける。
「アプリッショナル宇宙人、まぁ今回は多分ゴーストリアンだけど――それらに憑依された人間なんかは、こうして力を頼りに騒動を起こすのよ。殺人だとかね」
隣に座るアップルがオムライスを食べながら口を挟む。
「あのねミサっちゃん。結局地球の生物に――宇宙人の力は不必要なんだよ! 邪魔者、危害物、迷惑。でも地球の生物はそれを使って欲を埋める。それがいけないことなんだよねーっ! だから私達は、地球に潜むアプリッショナル宇宙人を殲滅するんだよ!」
アップルが言っている間に、エメラルドが両手にオムライスを乗せた皿を持ちながら、台所から歩いてきた。
シグナルの前にそれを置き、空いているテーブルにもう一つを置いたエメラルドは、何気なく言った。
「いわば、害するのは地球であり、我々にとってはどうでもいいんですよ。だけども、何時しか力を持った者同士が組織を作るかもしれない。それを恐れて、私達はここに来たわけです」
害するのは――地球。
傷つくのは――この惑星。
「……で?」
「で、私達グリーン暗殺係は、地球に潜むアパリッショナル宇宙人を排除することが目的――ならば、目星のついているターゲットを見逃すわけにはいかない」
絶対にね、とシグナルが言う。
「ちょっと待て。どうして感電死事件の犯人がアパリッショナル宇宙人に憑かれてるって、お前らは分かるんだ?」
「調査よ、調査。地球に来て暢気に暮らしているとでも思った? 貴方の知らないうちに私達は全国をまわったわ」
「それは嘘だな」
「嘘だけども。ただ、まぁ言うとするなら――この情報は絶対よ。感電死事故が何回も起きるなんてこと、普通はないわ。それに、どうやらここらで起きているらしいし」
シグナルの言うとおり。
事故――事件は近くで起こっている。
物騒な事件――というべきか、はたまた悲惨な事故というべきか。
「ただ、残念な事に誰が犯人なのか分かってないわ」
「知ってたら協力せんでいいだろ」
「知ってても協力してもらっていたわよ。必然的に」
何でだよ、と返す。
「『完全念力』に勝る力を持つ者はそうそういないからね。それに、今回は感電死事件――つまりは電気系の力。念力対電気あったら、念力が勝るわ」
「扱えないけどな」
いくら『完全念力』を持つ者といえど、使う人間は完全に使えないわけで。
というか、この力に攻撃性があるのか。
横に立つエメラルドが口を挟む。
「サイコキネシスにも種類がありますしね。貴方の場合は『完全体』の念力。つまりは念力の最高峰ですよ。全ての物質、現象に干渉できる。――最強といっても過言ではありません」
最高峰。
しかし、本当にこの力が最強なものなのかどうか、イマイチ信じられる事が出来ずにいた。
試しに、力を込める。
右手に力を入れて、シグナルの方に手を伸ばす。
「……何してるの?」
「…………」
一〇秒。
時間が経っても、念力による現象というものは、何一つ起きなかった。
諦めて手を下ろす。
最高峰の念力と言われても、半信半疑の気持ちを心の隅においておかないと、どうにもこうにも落ち着いていられなかった。