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宇宙からの訪問者  作者: 赤腹井守
前兆訪問
8/20

epi-07:迷惑過ぎる連中 そして呟く

 3



 鍵が掛かっていた。

 生まれて初めて、我が家に入れなくなった。

 二〇四と書かれたプレートのあるドアの前で佇む俺の横で、リーフが口を開く。

「鍵を忘れたのか?」

「中にお前もよく知ってる三人がいるから、鍵なんて必要ないと思ったんだよ」

 しかし誤算だった。

 ドアの向こうからは、笑い声が聞こえてくる。

『えへへーッ! これ凄いよコレ! 鍵だよ! ここをガチャッってすればドアが開かなくなるんだよッ! ねー、シグナルちゃん見て見てコレッ! ほら行くよ、ガチャッガチャッガチャッ』

 ドアの向こうにいるアップルの、鍵の開け閉めの行動をする度に、俺はドアノブをがちゃりを回すが、それでもタイミングが悪く鍵が開くことはなかった。

「……」

「大変だな」

 横からリーフが言う。

 考えが甘かった。

 家の中にはアップルという好奇心旺盛な一番元気な女の子が滞在しているということを。

 宇宙人の考えることは意味分からん。

『アップル、あんまり鍵で遊んでると、鍵が壊れるわよ。有瀬君に怒られても知らないからね』

『大丈夫! 壊れないよ! ていうか見て見て! いくよッ、ガチャッガチャッガチャッガチャッ――バキッ』

 バキッ?

「…………」

『……、こ、壊れちった』

『言わんこっちゃない。知らないわよ、私。この部屋の安全設備が破壊されたからって、別に有瀬君の身の危険とかどうでもいいから』

 シグナル、お前は後でしばく。

 だが優先順位で、アップル、お前に怒声を上げねばならん。

『でもでも大丈夫だよッ! 鍵が壊れたことを分からないように――』

 直後。

 俺もリーフも、予想を超えた出来事が起きた。

『どっかぁぁぁぁぁぁぁんッッッ!!』


 二〇四号室のドアが、バキバキッと悲鳴を上げて破壊された。


 四方八方にドアの破片が飛び散り、我が家のドアは跡形もなく消え去った。

 残ったのは、唖然する俺と、隣で「はぁ」と溜め息をつくリーフ。

 そして、――あるはずのドアがない状態の玄関で、アップルは笑顔のまま拳を前に突き出していた。

「……あれ? ミサっちゃん?」

「ただいまー」

 んふ。

 んふふふふふふふふふふふふふふふ。

「……え、あれっ? ミサっちゃん? か、顔が怖いよ? ねぇ、って、えっ? ちょ、なっ、そ、その拳は何かな!? え? って、う、ううぎゃああああああああああッッ!!」



『破壊運動』というものは、やはり破壊しか成せない超能力であることが分かった。

 たとえ、華奢な身体つきをした金髪セミロングヘアの女の子でも、ドア一つを一殴りで全壊することが出来る。俺は目の前でそれを確認した。

「鍵が壊れたからって、ドアを壊して誤魔化す馬鹿は、地球にはいませんが? おいお前ら、これは連帯責任ってやつだぜ。シグナルも、お前止めることできたろ? エメラルド、お前も気遣って鍵直す事ぐらいしてやってくれよな」

 ドアが全壊の我が二〇四号室。そこで、テーブルの前で説教をしている。

 正座をし顔を下げた状態でいるアップルと、知らない振りをしているシグナル。そして、台所で料理中のエメラルド。いつものように俺の背後に立っているリーフ。

 四人組が家にやって来て、まだそんなに経っていないが、俺の被害は増す一方だった。

「ごめんなさいっ! わざとじゃないんですっ!」

「明らかに悪意があったよね」

 アップルが何度頭下げても、許すことは出来なかった。

 大家さんになんて言えばいいんだ。

「――ドアを殴ったらぶっ壊れましたー。てへへ」

 なんて言ったら即座に股間を蹴られるか潰されるかだ。

 あえて想像せずに、アップル達に説教を続ける。

「で、でも、まさか鍵が壊れるものとは思ってなかったから……」

「……壊れるものでしょ、普通」

「で、でもね! でもだよ! ドアを壊したのは仕方なかったんだよ!」

「何でだよ……」

 アップルは、それまでの戸惑いを一瞬で消し、笑顔で平気に、

「鍵が壊れたらドアの存在価値無いからね。不要物はすぐさま破壊すべきなんだよー」

 てへっ、と笑い、指を立てるアップル。

「……あ、あん?」

「だからホラ、お陰でスースーして涼しくなったねこの部屋! うん、とっても気持ち良い風が吹いてくるねっ!」

「あああんん!?」

 腰を上げて、アップルに突っ掛かろうとしたが、

「待って」

 とシグナルが俺の顔の前に右手を出してきた。

 気持ちを落ち着かせ、腰を下ろす。

 呆れたような表情を見せながら、シグナルがゆっくりと口を開いた。

「貴方は、まだアップルの言っている意味が分かってないの?」

「何?」

「アップルは正しい事を言ってる。――だって、鍵の壊れたドアに存在価値はないもの」

「まだ言うかッ!!」

 今度こそ突っ掛かろうとしたが、後ろにいたリーフに肩を捉まれ、強引に腰を下ろされた。ゆっくりと後ろを見れば、リーフは俺ではなくアップル達を睨んでいた。

「この件に関して、加害者はお前らだ、シグナル、アップル。……有瀬美里に謝罪しろ」

「お……」

 思わず声を出す。

 まさかリーフがこんな事を言うとは思っていなかった。

「……分かったわ」

「……分かりました」

 アップルとシグナルはこちらに視線を向ける。

 数秒という短い間だが、俺でも長く感じられた沈黙は、やがてアップルによって破られた。

「鍵を壊してごめんなさい! もうこれから鍵は壊しません!」

「鍵、壊すの止めないで悪かったわ。これからは鍵壊すような仕草を見たら、全力で止めるわ」

 ド……。

 ドアの……。

「ドアのことを謝れェェェッッ!!」

 今度こそ腰を上げて、突っ掛かる。

 が、またもや後ろから肩を捉まれ、強引にその場に座らされる。

 さすがにコレに関してはリーフも同感してくれると思ったが、止めることはないだろう。内心でそう思いながら、ぶっきらぼうな顔で後ろを振り向く。

 片手にオムライスを乗せた皿を持ったエメラルドが、俺の右肩をもう片方の手で掴んでいた。

「ご飯ですよ……」

「あ、はい。すいませんでしたー」

 あ、あははは、と引きつった笑みを見せる俺。

 見下ろす彼女の顔が、いつにもまして濃かったのは気のせいだろうか。

 身体の震えが恐怖であるということを否定して、俺はアップル達のほうに視線を戻せば、肩から手が外れるのを感じた。

エメラルドが俺の前にオムライスを乗せた皿をゆっくりと置いて、

「初めて作りました。……その、……どうぞお食べに」

 低い声を発したエメラルドさんに、

「あ、食べます。全部食べます。このケチャップも全部舐めます」

 皿に置かれた銀製のスプーンを手にして、ふとアップルを見る。

「……でへへへへ」

「涎出てるぞ」

「でへ? あ、ごめんごめん。つい……」

 手で口を拭くアップルから視線を外し、オムライスを食べ始めた。

 一口目が口に入り、ゆっくりと味わう。

「……お、美味しいぞコレ」

 言いながらエメラルドの方へ顔を上げる。

 前髪によってあまり顔が見えなかったが、エメラルドの頬が紅潮してるように見えた。

 初めて作ったらしいから、そりゃ嬉しいだろうな。本当に美味しいのだから。

「お、美味しいですか?」

 言葉を詰まらせながら訊いてくるエメラルドに、すぐに返事をする。

「ああ、美味しい。やっぱりエメラルドが一番優しいな、この中で」

「あ、いえ、……嬉しいです。褒めてくださって」

 二口目を口に入れようとした瞬間だった。

「食べたいなー……」

 目の前にいるアップルが、聞こえる音量で呟いた。

 それももう、完全にわざと。

「……あむ」

「食べたいなー」

「あむ…。ああ、やっぱり美味しい」

「食べたいな食べたいな食べたいな食べたいな食べたいな食べたいな食べたいな食べたいな

食べたいな食べたいな食べたいな食べたいな食べたいな食べたいな食べたいな食べたいな食べたいな食べたいな食べたいな食べたいな食べたいな食べたいな食べたいな食べたいな食べたいな食べたいな食べたいな食べたいな食べたいな食べたいな食べたいな食べたいなたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたた食べたいな」

 途中あまりにも速い発声によって『た』しか聞き取れなかった。

「……」

 アップルの執念には、敗北の旗を揚げるしかないらしい。

 スプーンでオムライスを取り、アップルの口元に持っていった。

「あいよ。ちょっと食べてみろ」

「ぅえっ!? ……た、食べたいけど……」

 ん? アップルの様子がおかしい。普通ならばここでパクッと食べるところだが、彼女はその場でモジモジとしていた。

「……か、間接キスだよっ?」

 張り切った声でアップルが言った。

 戸惑った表情を見せながら、両手の人差し指をクルクルと回している。

「……間接キス? どうでもいいだろそんなもん。死ぬもんじゃあるまいし」

「死ぬのよ。乙女の純情ってやつがね」

 割って入ってきたのはシグナルだった。しかもやけに男らしい口調で。

 頬杖をつくシグナルに、俺は率直な意見を返す。

「宇宙人に乙女心があるのかよ」

「ヒューマノイド宇宙人である以上、性別もあるし、人間と相似してるわ。なにせ私達、女の子だもん」

「分かったからお前は黙ってろ」

 ビシッと指をシグナルに突き出し、そしてアップルへと視線を戻す。

 モジモジするアップルを見ていると、妙に優しく接したいと思ってしまう。

 可愛らしい。

 胸がキュンとしてしまう。

 いじめたく、なっちゃうじゃないか。

「アップルぅ……、間接キスなんてどうでもいいだろぉ? オムライス食べたいんだろ? 食べたくないのオムライス? 間接キスっつっても、間接だぜ。キスじゃなくて間接。気にすることないだろぉ……」

「で、でもね……、その、私、恥ずかしいっていうか。い、いちお女の子だし、宇宙人だとしても男の人のこと気にするんだよ。間接キスでも……口につけたものが口につくんだよ? ……ききキスの一部に入るよ?」

「そんな事気にするんだったら、もうオムライス食えないな。もう食べるぞ」

 言いながら、オムライスを口に持っていく。

「あ、ああ待って待って! ぁうぅあ……、あーっえと……、た、食べる!」

 決心したのか、顔をスプーンに近づけ口を開いたアップル。

 そのままスプーンを口にしようと――したが、

「んんん。こちらがアップルの分ですよ」

 ダンッ、とテーブルにもう一つのオムライスが置かれた。アップルの前に置いたのは言うまでもなくエメラルドであり、声から察して何故か不機嫌そうに思えた。

「わーっ! おおおおオムライスだっ! ありがとうエメラルドッ!」

 スプーンから一気に顔を離し、置かれたオムライスを早速食べ始めたアップル。

 仕方ない。

 二口目を口に含み、次の分をスプーンで取った。


 ここまでは普通だ。


「テレビつけてくれないか?」

 床に置いてあるテレビのリモコンに一番近い場所に座るシグナルに声をかける。

「はい」

 手に取ったリモコンをこちらに渡すシグナルに、「ありがとう」と素直にお礼を返す。

 電源ボタンを押し、映し出された画面を凝視する。

『――――これで、感電死した人の数が四人となり、警察はこれを事件としても視野に入れ、調査に力を入れるようです……』

 テレビから流れた映像と音声に、――思わぬ反応が現れた。

「この事件……、アパリッショナル宇宙人絡みだわ」

 顔はテレビに向けたまま、しかし視線をこちらに向けて、シグナルは低い声でそう言った。

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