epi-06:謎現る! 叫びのキープアウト
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しかし、俺も相変わらずの間抜けというか、宇宙人に人間的な常識を突っ込まれるとは思ってもいなかった。
「CDプレーヤーは?」
帰宅して、リーフとのイベントの事情を、テーブルの前でお茶しているシグナルに話せば、返ってきた言葉はそれだけだった。
「……あ」
「あ、じゃないわよ。ここにはCDプレーヤー見当たらないわよ。……どうやってCDを聴くのよ。貴方が再生してくれるの? 全身全霊使って」
呆れた顔をこちらに見せるシグナル。
一方の肝心なリーフは、意外にも部屋の片隅で体育座りを決め込んでいた。
顔が俯いている。
悲しんでる!
すかさずリーフの方へ歩み寄り、彼女に声をかける。
「あー、えっと、すまん。地球人として俺が気づくべきだったのに。ホント、ごめん」
しかし返ってくるのは沈黙だけだった。
顔を下げて、テーブルの前に座る。
前に座るシグナルが冷たい態度で声をかけてきた。
「リーフ、音楽に関しては子供みたいになるのよ。貴方ね、この状態で落ち込ませたら、このメンバーの中でも一番厄介になるからね」
「忠告どうも。で、俺はどうすればいい?」
「他人に聞くの、それを?」
どうやらメンバーは怒っているらしい。
台所で買ってきたコンビニ弁当を食べているアップルも、先ほどから虚ろの瞳でこちらを凝視している。
恐怖のエメラルドさんは、シグナルの隣で何かの雑誌を手にしながら、しかし目線はこちらを向けていた。
怖い怖い怖い。
既に俺の本能が反応を示している。可愛い女の子と認めていながらも中身が宇宙人である以上、俺も無意識のうちに恐怖してしまうのも無理ない。
視線を気にしてシグナルを見ても、すぐに頭を下げてしまうのはきっと怖いからなんだろう。
「何チラチラ見てるの?」
「すいましぇんッ!」
思わず噛んでしまったのもまた、恐怖しているからだろう。
思えば、彼女らは彼女と称するべきなのかも分からない未知なる生命体である。宇宙人と言いながら、しかし外見は可愛い可愛い女の子であり、それは誰が見てもそう思うだろう。
容姿端麗とは言っても、中身は宇宙人。
人間以上の力があることは確かだ。
「……か、買いにいきましょう」
「何を?」
冷たいシグナルの声が響く。
「――CDプレーヤー」
そっと、か細い声で呟いた。
「本当に悪かった。俺があの時気づくべきだったんだ、と言いたいところだがな、よくよく考えてみろリーフ。CDプレーヤーがないとCDが聴けないことぐらいお前も知ってたろ。俺の家に無いことぐらい分かってんだろ? だったらさぁ、ねぇ、少しくらい気遣ってもいいんじゃないのかよ……」
「戯言はいい。さっさと歩け」
都心にある某大型電器店に行くことになったので、早速俺は電車を使うこととなった。電車内での、共に店へ行くこととなったリーフとの会話は、たったの三〇秒だった。
電車から降りて、そこから店へと歩く。
俺の隣を歩くリーフは、不機嫌そうな顔をしながら腕を組んでいた。
お怒りのようだった。
「……ホント、ごめんよ」
「……」
CDプレーヤーのためにここまで謝ったのは生まれて初めてだ。
こんな嫌な空気が、ムードが俺とリーフの間を漂う中、やっとの思いで某大型電器店へと着いた。
店に入り、リーフの不機嫌に付き合うまま、とうとうCDプレーヤーを買った。
レジの横でリーフの顔を見れば、何気に笑みを浮かべているように見えたが、すぐに彼女がこちらを見てきては、
「帰るぞ」
「はい」
こちらは気圧されてしまうのだった。
ここまでは普通だ。
「今更だけど質問していいか?」
「何だ」
店を出ては、何の用もないので速やかに帰宅することを望んでいた俺だったが、リーフが人間観察をしたいと言い出したので、やむなく付き合うハメになった。
といってもおそらく散歩としか思えない歩行ルート。
鱧川公園――公園といっても遊具も何一つ無い、ただのジョギングコースで定番の場所だが、今歩いているここは、人間観察には相応しくなかった。
誰一人いない。いるのは俺とリーフだけの二人きりだった。というのも、ここはビルとビルの間の暗く小さな道を通らないと行けない公園であり、あまり夕方頃には誰も訪れることは少ない。
時刻も七時過ぎのため、辺りは暗くなってきている。
樹木がたくさん立ち並ぶこの公園だからこそ、影のせいでより一層暗さを増していた。
「お前の持つその大金はどこから調達してるんだよ?」
「言うまでもないな。お前に知る権利はない」
外の空気は冷たい。が、彼女の態度も冷たい。
考えれば、あの四人組の中ではクールキャラなんだよなリーフは。
ポーカーフェイス着飾ってるのか、本当にクールなのかどうかは分からないが、彼女が俺に冷たいのは確か。
しかし、CDプレーヤーの入ったダンボール箱を俺に持たせるという行為は、さすがに苛立ちを覚えるしかない。
「お前のその性格。本物なのか?」
「知らない」
「リーフっつうのは、偽名なのか?」
「本名だ」
「ちなみにそのヘアスタイ――」
「シャラップ」
俺の首寸前に彼女の腕が止まる。
喉を……斬られそうだった。
彼女の髪型には今後一切言及しないでおこう。
「今度は――私からの質問だ」
と、意外な行動が彼女から出てきた。
無表情のまま公園内を歩く彼女は、こちらを見る動作を少しも見せずに問う。
「ゴーストリアンを交通事故による多大な身体ダメージによって殺したお前だが、その時の記憶はあるか?」
「ある」
「ゴーストリアンが身体から消えていく感触というものは?」
「さぁな。そんなもの、感じる余地は無かった」
死ぬか生きるか、なんて間に立たされていたわけじゃなかった。
死にたいか死ぬか、諦めかけていた。
「お前の『完全念力』は完全に発動できるのか?」
「……エメラルドによると完全じゃないらしい。人間でも浮かせりゃ完全になるのかね」
「ちなみに、お前のそのヘアスタイルは偶然によって出来た産物なのか?」
「今ここで聞くべき質問じゃねーよな!」
完全たる嫌がらせだった。
復讐の手法がややこしい!
ていうか俺は「お前のそのヘアスタイルは格好いいぜ」って絶賛するつもりだったのに!
「……私のこの髪型。気になる?」
「えっ?」
急に女の子らしい仕草を見せるリーフ。
口元に手を当て、俯きながら問いかける彼女に思わず声が出る。
「あ、ああ……」
ごくり。唾を飲み込み、彼女のヘアスタイルに関する真相を、しっかりと受け止める準備をする。
よし、来い!
俺はお前のヘアスタイルが偶然の産物だろうと、格好良いって絶賛するぜ!
「自分で斬ったの」
「…………」
…………。
普通すぎる!
「あ? お前、何かもっと凄い過去とかそんなんでそんな髪型になっちゃったっていう話じゃないのかよッ!」
「凄い顔? ああ、確かにお前の顔は凄いな。マイナス的に」
「顔じゃねーよマイナスじゃねーよッ!」
とんでもねぇ化け物が現れてしまったようだ。
どうやらシグナルの言っていたことは本当らしい。
落ち込んでいるリーフは――厄介過ぎる!
クールキャラなんて設定が崩れて、既にもうボケるキャラと化している。
一体今までの出来事にそんなキャラになる要素があっただろうか!?
「まぁ、こんな髪型でも仲間は気に留めてくれないからな。――エメラルドばっか相手にしているんだ、ヘアスタイルに関しては」
「当たり前だろそこは」
冷たい反応を見せる。
誰が何を言おうとエメラルドさんの髪には突っ込みを入れるほかない。
――その時だった。
場所、鱧川公園。
時刻、七時過ぎ。
人間、俺とリーフ。
まるでこのシーンを狙っていたかのように、颯爽と目の前に『何か』は現れた。
「立ち止まれ。キープアウトッ!」
一瞬で唖然してしまう。
白い衣を全身に纏い、顔に『KEEP OUT』と書かれたパッキングテープを貼り付け、全身のいたるところにそれを貼り付けた格好で、『何か』は俺達の一歩を止めた。
外見の不気味さと、猫背気味の姿勢。
視界が制限されている相手の格好を観察して、逃げるのが妥当かと考えたが、相手の声が先に出た。
「よお。お前さん方、こんな公園で仲良くお散歩かいな?」
太股の部分にあると思われるポケットに手を突っ込む相手。
逃げようと足を動かそうとしたが、またしても彼の声が響く。
「逃げるなよぉ」
パチン、と指先を鳴らす相手。
「なっ……」
悟ったのか、それとも偶然だったのか。
相手は余裕の口調を出してくる。
突き出した人差し指をクイクイッと動かす彼の仕草を見るなり、隣のリーフが小さい声を出した。
「適当にやっているだけだ。あちらはお前が動いたと考えている」
戻って来い、と相手が示しているのなら、リーフの考えは正解だろう。
俺もそうは思っていた。
だが――、逃げる。
「すいません、今日はちょっと妹の誕生日で、急いでいるんで失礼しまーす」
両手が段ボール箱で制御されているので、「行くぞ」と小さな声でリーフに声をかけては、変人野郎とは反対方向に踵を返し、走り出した。
しかし、リーフは着いてくることなく、白い衣の着用をしている相手の方を見つめていた。
数十メートル離れたところで足を止める。
「何してんだ、帰るぞリ……緑ちゃん」
緑ちゃん。咄嗟に吐いた名前がこれだからネーミングセンスが無いといわれるのだろう。
リーフから葉っぱを連想し、葉っぱから緑を想像し、何故か「りょく」と発音してしまったことは置いておこう。
問題はリーフだ。
不審者としかいえない相手を、相手にするんじゃねーよ。
「……」
「……」
しかし、互いに沈黙を続けている情景を見て、益々不気味さを増してきた。
俺は急いでリーフの下に戻ると、段ボール箱の角を彼女の頭にぶつける。
「……何だ?」
「帰るぞ」
目玉をこちらに向けてきたリーフと視線を合わせずに、すぐに向こうのキープアウト変人を見た。
相手は、両手を上げては下ろし、こちらに背を見せた。
「そうかい。妹さんの誕生日か。……分かった。それじゃあまあ今日はここで終わるよ。――じゃあね、気をつけて」
手を挙げ、そのまま向こうへと立ち去っていく変人。
そんな相手の背中を見続けるリーフの顔は、普段と変わらない無表情だった。
「挨拶、というものなのか……?」
「は、挨拶? あれが? ……地球では見知らぬ他人にあんな挨拶はしないな。せめて軽い『おはよう』とか『こんにちは』とか、そういったもんだよ」
言って、変人の向かった方向とは逆の方へ歩き出す。
リーフも後ろから着いてきているが、もうこれで散歩も終わりなのだろうか。
結局、人間観察とは何だったんだろうか。