epi-04:やって来た迷惑 転校生は……
4
「九州から転校してきました――後島碧といいます。皆さん、これからよろしくお願いします」
逃げたかった。
現実逃避を繰り返した。
知らない振りをしたかった。
記憶を抹消しようと努力した。
されど、現実は厳しくて、そして俺に徹底的に屈辱を与えようとしている。
俺の通う学校では、二年二組にやって来た謎の美少女転校生によって沈んでいた活気が復活し始めていた。
無理もない。
男子生徒からは「超絶最強最高美少女降臨しました」と絶賛されるほどの容姿。
女子生徒からは「究極のスタイル持ち、格好良い容姿持ち」と称賛されるほどのスタイル。
そして職員からも「アイドルやん。思いっきりアイドルやん」といやらしい目で見つめられるほどの美しさ。
ポニーテールに発育の良い胸に、白い肌に綺麗な顔立ち。女王の品格を持っているというか、普通の人間とは別次元のオーラを放っている彼女は、一瞬で学校で有名になった。
しかもよりによって、彼女は俺と同じ二年二組のクラスとなり、何の因果か俺の隣の席になってしまった。
ホームルームが終わって、五分間の休憩の間、窓側の列の一番後ろに座る俺は、その隣の後島碧にずっと見つめられていた。
「……」
「……」
帰りたい。もしくは席替えをしたい!
しかし周囲からは、羨望の目が飛び交っており、視線が窮屈であるために快晴の空を見つめるほかないのだ。
そろそろ一限目の始まりのチャイムが鳴ると思った瞬間だった。
「気づいているんでしょ?」
背後からの視線に、とうとう声までもがプラスされてしまった。
聞き覚えのある声。
そして、――見覚えのある容姿。
振り向く事が出来ず、俺は空を見ながら答えた。
「ああ。気づいてる――」
まさか、とは思っていたが。
――いやしかし、相手がアレなら、それも可能なのか。
「シグナルだろ、お前」
「ご名答。ていうか、気づいていないとおかしいのよね。ポニーテールと私の顔を見れば、一秒前に勘付くのが当たり前」
「……何が目的なんだ?」
シグナルこと――後島碧。
後島碧などという偽名を使って、この学校にやって来たことに、何か重大な訳があるのだろうか。
「監視及び学校生活をエンジョイすること。それだけだけど?」
「……監視っつうのは、つまり、俺の事か」
「貴方も含めた、この学校の人間全てよ」
その返答を聞いて、俺はシグナルの方を振り向いた。
周囲からの視線は未だにこちらに向けられていた。
「人間からアパリッショナル宇宙人を排除する以上、人間観察も必須なわけで、それに貴方の監視も必要とされるわけだから、手っ取り早くここの学校で生活することにしたのよ」
エメラルドの言っていた手続きっていうのはこういうことか。
しかし、幾ら何でも強引な展開過ぎじゃないか?
「仮にも私は、地球上の生物より遥かに高度な存在よ。出来ない事はないわ」
「……無理矢理だな、何もかも」
「時は一刻を争ってるのよ。アパリッショナル宇宙人を早く殲滅しないとね」
「どうしてわざわざお前らグリーンってのが、アパリッショナル宇宙人とやらを殲滅せねばならないんだ? しかも俺も協力しなくちゃいけないし……」
「宇宙の事情よ。貴方の場合は、『完全念力』を持ち、そしてアパリッショナル宇宙人に憑依されていないという事例を持つ。協力できる人間とは、協力すべきなのよね。地球に来る前から、貴方には目をつけていた」
「……地球全体を観察していた……って前提が見えてくるんだが?」
「あら? 気づいてないの? 私はてっきり、私達宇宙人が地球を観察してることを知ってる上で、生活してるのかと……。そうか、知らないのね。でも、目撃情報とかあるんでしょ? 昨日、この星のインターネットを使って調べたけども、UFO目撃情報とか、宇宙人捕獲とか結構情報あったわ」
「ほとんどデマってのがオチなんだよ」
「まぁ、一〇%は本物もいたけどね」
「マジでか」
これは以外だ。
既に地球には宇宙人が来訪していたのか。
悪戯な表情を浮かべるシグナルが口を開いた。
「ねぇ、この容姿から、私が宇宙人だって察することは可能かしら?」
「……知らない限り一〇〇%無理だな。知ってても察せないな。というより、まんま人間そっくりじゃないか、お前」
「ヒューマノイド宇宙人だからよ」
シグナルの口調が急に強くなった。
「人間に限りなく近い宇宙人。地球に人間がいるのだから、地球以外の星にも人間に似た生命体がいるっていうのは、別におかしくない話でしょ?」
「しかしそれでも……、そのまんま人間だよな。――女の子だし」
「ええ、ヒューマノイド宇宙人にも男性女性の区別はあるわ。年齢もきちんとあるしね」
「……俺と同い年かそれに近い感じなのか?」
それを聞いたシグナルは、馬鹿にしたような顔を見せてきた。
「まさか。貴方の一〇倍は人生を歩んでいるわ。ヒューマノイド宇宙人グリーンの平均寿命は五万歳よ。成長も結構遅い部類に入るのよね。といっても、この容姿は後一万年ぐらいは変わらないんじゃないのかしら」
驚愕の声を上げそうになったが、咄嗟に堪えた。今ここで悲鳴を上げれば、周囲の視線はより一層鋭くなる。
「じゃあ、先輩ってとこなのか、お前は」
「まぁ、地球人年齢で考えるなら、貴方と同じ年齢といったところよ」
「それでも中身は人外だ。それに変わりはねえな」
このポニーテールの女の子が、宇宙人狩りを目的としたハンター宇宙人と知ったら、周囲の人間はどんな反応をするのだろうか。
いや、きっと周囲の人間に正体を知られたシグナルが、この学校ごと消去する可能性も、なくはない。
チャイムの音が響き始めた。
さて、数学の準備をしなければいけない。
お隣の転校生は、もう既に机の上に教科書等を準備していた。
きっと彼女は授業中にこう呟くだろう。
「簡単すぎて眠いわ」
5
数学が終われば、お次は体育だった。
体育服に着替えて、外に出る。グラウンドで一組と二組が集合すると、今日はサッカーをすると聞かされた。男子は楽しそうな表情を浮かべている。女子も同じだ。
そして視線は後島碧に向けられている。
「これは凄い……」
注目の的を浴びる彼女のことは知らない振りして、俺は黙々とサッカーに取り組んだ。
Aチーム対Bチームの試合を始めたが、当のプレーヤーたる生徒達は、後島碧に良いとこ見せようと、やれシザーズだのエラシコだの、難易度の高いテクニックを見せ付けるあまり、試合に成っていなかった。
味方ゴールの前で立ち尽くす俺は、呆然と男子生徒達のアピールタイムを眺めていたが、さすがにずっと傍観者として居続けるわけにいかないので、ボールの方へ走り出した。
だが、思わぬ邪魔者が俺をマークしてきた。
「そういや敵チームだったな」
「貴方は私がマークするわ」
後島碧という皮を被った――シグナル。
華麗な登場を見せてきた彼女は、ニヒルな顔を見せてきた。
「通させないわ」
まるで敵を見るような目つきで、シグナルは俺の進行を妨げる。
これがチームのためなのか、それとも単なる邪魔なのかは定かじゃない。
周囲の視線が更に鋭くなっている理由は、明らかだがな。
次々と授業を気だるくこなせば、昼休みがやって来た。
昼食をとるために、俺は弁当を自分の机に置く。生憎だが、仲良く話せる友達が他のクラスにいるために、この教室では孤独の食事をしなければならなかった。
弁当の箱を開けたところで、横から声がかかる。
「一緒に食べましょう」
シグナルが机に弁当を置いていた。こちらを向いて声をかけたが、俺は無視する方向を固めた。
気に入らなかったのか、わざとらしく頬を膨らませ、
「そう。私と一緒に食べたくないのね」
何故だかその言葉が本気なのかそうじゃないのか、判断が出来づらかった。
シグナルは知能が抜群だ。
頭を使って心理戦なんかを得意としそうな面を持っている。実際、あの四人組の中で一番知的なのはシグナルだ。
もしここで、シグナルがお得意の演技を披露しているのであれば、俺はまた彼女の下に位置することになる。同棲の件については酷く悔やんでいるのだから、二度も失敗はしたくない。
脅迫される前に、どうにか敵の行動を予測する事が必須なのだ。
「何だお前、そんなに俺と食べたいのか?」
上から目線で勝負をかける。少し呆れた言い方をしてみたが、大して効果はなかった。
「そうね、貴方と一緒に食べたいからこそ、声をかけたのよ」
「まぁ、そりゃそうだよな。でももし、俺が断ったらどうしたのよ? 友達のいないお前は?」
大丈夫、とすぐに返答してきたシグナルの背後に、ザザッとクラスの男子生徒が立ち並んだ。
あり得ない。この女、いや、この宇宙人、男子生徒をものにしている。
「一緒に食べよう後島さん!」
「九州に居た時の話が聞きたいな!」
「仲良くしようよ、後島さん!」
どうやら、ものにしているのではなく、ものにしたいのは男子生徒らしい。
嫌なバックグラウンドを持つシグナルは、こちらを見つめて静かに笑顔を漏らした。
「勝手にしろ。好きな相手とでも食べればいいじゃねーか」
少し冷たい態度をとると、俺はシグナルに背中を向け、弁当の中身を食べ始めようと箸を取った。
「――貴方よ」
と。
一瞬でクラスを凍らせたその発言は、確かに俺の耳にも届いた。
貫通するように、俺の耳を通り過ぎたその声を、ゆっくりと理解しようと考えて、俺はシグナルの方を向いた。
「好きな相手なら、誰でもない――貴方よ」
冗談なのか本気なのか判断できない。
しかし俺が映る彼女の瞳と、緩みのない引き締まった表情を見つめるにあたって、彼女が本気であると勝手に解釈してしまった。
「……え?」
思わず声が出る。
それを拍子に彼女は口を開いた。
「二度も言わないわ。さぁ、一緒にお昼にしましょう」
昼休みの教室は殺気によって包まれていた。
当然、殺気の中心にいるのはまぎれもないこの俺であり、その殺気の渦を作り出した災厄は、暢気に食事を取っている。
弁当を食べ終えた俺は、弁当の箱を閉じて、頬杖をつきながら青空を眺めていた。
俺は、周囲に聞こえない程度の音量で、横で弁当を食べるシグナルに声をかける。
「冗談なのか?」
「なにが?」
口の中に何かを含みながら喋っているのだろうか。シグナルの声にはやや違和感があった。
しかし振り向きもせずに、俺は続けた。
「さっきの告白だよ」
「さあ。人間の貴方に理解できるかしら?」
「……宇宙人っていうのは……、何つーか、理解不能な生き物なんだな」
「というと?」
「突然家にやってきて、急に同棲を求めてきて、更には同じクラスにもやってきた。ハッピーセットは告白ときた。……テンポが最高だな」
「展開にテンポは必要よ。それに私達は急いでいるのよ。ファーストミッションをクリアしなくちゃいけないしね。そのためには、どんな手段も迷わないわ」
はぁ、と溜め息をついた俺は、シグナルの方を振り向く。
弁当を食べ終えていたシグナルは、箱を閉じ、布袋に弁当を入れようとしていた。
「宇宙人も、人間の食べ物食べれるのか?」
「ええ。私達の星の食べ物に近いからね」
こちらを見るシグナル。
「好き」
「はい?」
「貴方のことが好き」
「……あのな」
「もうどうしようもないくらい、貴方のことが大好きなの」
「いい加減にしろテメェ」
周囲に気づかれない音量で喋るというのは、中々困難だった。
「軽々しく好きとか言ってんじゃねーぞ。地球の女の子はそんなに軽い気持ちで告白しねーよ」
きつく言ってみれば、返ってきた言葉は意外だった。
「だからこそ――というべきかな。地球人は地球人。宇宙人は宇宙人の、気持ちっていうのがあるのよ。――恋愛とかね」
「宇宙人には宇宙人の気持ちねぇ……」
「別に私は、『好き』って言葉に何の価値も込めてないわよ」
「お前が込めなくとも、最初からその言葉には価値が存在してるんだよ」
「人間って、面倒臭いのね」
「そりゃこっちの台詞だ」
呆れかけた俺は、再び外へと視線を向ける。
シグナルは知的だ。
彼女が無意味な発言をするはずがない。
たった一日の期間の付き合いだが、すぐに察する事はできる。
彼女が宇宙人だからこそ、その異常さには勘付くことが可能だ。
「とりあえず忠告しておきましょう、有瀬君」
と、背後からやって来た冷徹な声。
「地球上より遥か上に存在している私達を――舐めない方が身の為よ」
直後、ゆっくりと優しい風が俺の髪を揺らした。