epi-03:夢落ち? そしてやって来る?
3
ちょっと待ってくれ。
何が宇宙人だ? 確かにさっき「宇宙人狩りよ」とか言っていたのは耳にしたが、宇宙人が宇宙人狩りしてどうするんだよ! というツッコミはするべきなのか?
いやいや、そんな事を考えている場合じゃない。
宇宙人? よりにもよって宇宙人だと!?
人間そっくりの容姿プラスに可愛らしい顔の持ち主が、宇宙人だと?
エイリアンやプレデターとは程遠いじゃねーか!
これが宇宙人だったら宇宙旅行も大発展するぜ!
可愛い美少女宇宙人とのパーティの未来も――
「……なんだ、夢か」
唐突な夢の終わり方で、俺は目を覚ました。
目に映る天井が、いつも通りで、布団の臭いもいつも通りで。
今見ていた夢とは遥かに違う、日常的な風景を目にしている俺。
ゆっくりと身体を起こし、すぐそこにあるテーブルに目をやった。
黒い鞄が置いてあった。それは俺のものではない。では誰のものなのか? 考えているうちに、――俺の現実逃避は幕を閉じた。
「おっはよーッ! ……む、むむッ! ミサっちゃん寝癖が激しいよッ!?」
聞こえてきた声のする俺の足の方に視線を向けると、金髪セミロングの美少女というべき宇宙人が、人の顔サイズのおにぎりを手に、そこに立っていた。
「……おはよー」
ただ単に返事をする。
そうだ。
これは夢ではない。
有瀬美里の今現在の現実にして地獄である。
昨日の昼頃にやって来た四人の悪魔というべき宇宙人をご存知だろうか。性別は女性と見られ、容姿端麗、その上人間を越えた力を持ち、そこから放たれる脅迫というオーラは、俺の家での同棲を強引にOKさせてしまったのだ。
やむを得ない。
胸に刃物を突き出され「OKだろ?」と低い声で脅してきたのだから、嫌でも「はい……すいませんホントに」と答えるしかない。
アップル、と呼ばれる金髪セミロングの彼女は、昨日と同じワンピース姿で立っていた。
「そのおにぎりはどこで調達した?」
「ここでだよ」
彼女の軽い返事を聞けば、俺は笑顔を作りその場に立った。
アップルに近づくと、俺は彼女の頭を殴ろうとしたが、頭の寸前でその拳を止めた。
ビクともしない彼女は、「ふにゃ?」と可愛らしい顔で不思議そうに拳を見つめていた。
「あ、いや。……お前な、勝手にご飯食べるなよ、な? 今日の俺の朝飯が無くなっちゃったよ」
「心配いりません」
と、横から入ってきたのは、悪魔、否、リングの貞子を見たときの恐怖感を与えてくれる化け物のような宇宙人――エメラルドだった。
相変わらずボッサボサの髪の毛に、前髪によって隠れた瞳。全身白い服装で、彼女は部屋の片隅に立っていた。
「アップルがここにある食材全てを食べるという事は予測していました。なので、とりあえずコレを。とりあえずですが、買っておきました」
エメラルドの右手には、ビニール袋があった。
「コンビニエンスストア、というところで調達したものです」
「お前は……、そんな格好でコンビニに行ったのか?」
「ええ。まぁ周囲からは敬遠されましたが、とりあえずおにぎりというものと、飲料水でありカフェオレというものを買ってきました。お口に合うのなら光栄なんですが……」
お前は……なんていい奴なんだ!
「有難う! 本当に! 俺は今までお前を恐ろしい兵器開発者と思っていたが、お前が一番優しい奴なんだな!」
エメラルドの下へ歩き、ビニール袋を持つ彼女の右手を手に取った。
「あ、いえ、……ど、同棲しているものとしては、これが地球の女性の当たり前の行動だと考えた結果でして……、あ、その、ほ、褒められて光栄です」
近くで見ると、どうやら顔が紅潮しているように見えた。
やっぱり、髪の毛を綺麗に整えれば、多分四人組の中で一番可愛いと思うんだが……。
「あー、すまん、急に手握って。とりあえず、ありがとな。さて、中身は一体なんなのか…………、梅おにぎりばっか……だな」
手に取ったビニール袋の中身を見れば、『梅』と表示されたおにぎりが一〇個ほど入っていた。
「梅、この星では随分と親しまれている食べ物だそうで、私事も重ねてとりあえず二〇個かって一〇個食べました。……が、私には合いませんね。すっぱいです」
合いませんといいながら一〇個も食べるのは何故だろうか。
「そりゃまぁ、梅だからな」
返事をして、俺はテーブルの前に座る。
ビニール袋に入っている梅味のおにぎり三個とカフェオレを取り出すと、朝食を開始した。
時刻は六時三〇分。
このままのペースで行けば学校には遅刻することはないだろうが、四人組が家にいる以上、予測不可能なハプニングが起こる可能性が高い。
警戒心を解くことなく、俺はおにぎりを口にする。
「私……、褒められたことがあまりないんです」
と、エメラルドが前に座ってきた。
「いきなりどうした?」
「いえですから……、褒められて嬉しかったです……」
顔を俯かせるエメラルドに、俺は言った。
「宇宙人っていうのは、そんなに酷い連中なのか?」
「まぁ、我々ヒューマノイド宇宙人『グリーン』は戦闘種族なので、基本的に褒められることはありません。アパリッショナル宇宙人を殺害することを目的として生きている以上、感情的な行動はあまりないんですよ」
昨日やって来た四人組は――宇宙人だと自称した。
俺は素直に了承をした。といっても、それまでの経緯と恐ろしい超能力を見せてもらったことを考えた結果だが。
そして自らを――ヒューマノイド宇宙人の『グリーン』の一人であると説明した。
アパリッショナル宇宙人と呼ばれるものが、地球に潜んでいるので、それを殲滅しに地球にやって来た、ということだ。
「そういや、あの二人はどうしたんだ?」
そう。
一番厄介なあの二人が見当たらない。
リーダーとして君臨しているシグナルと、恐ろしい剣客であるリーフの二人が部屋にいない。
「シグナルは手続きにいっています。リーフは……はて、どこに行ったのやら」
「……大丈夫なのか?」
おにぎりを食べる。
宇宙人グリーンは、アパリッショナル宇宙人の『ゴーストリアン』と呼ばれる憑依宇宙人を地球から除去するために、地球に暗殺係の四人を送った、らしい。
アパリッショナル宇宙人のゴーストリアンっていうのは、つまり寄生する宇宙人で、本当の姿は白い発光体。人間に憑くことによって力を発揮するのだが、意識は奪う事ができず、ただ単に自分の異能が憑いた人間も使えるようになるという、利益も損もないことである、らしい。
別に害はないらしいが、超能力を得た人間を生かすわけにはいかず、グリーンは地球に潜むゴーストリアンの殲滅を目指した。
憑依していたゴーストリアンが消された人間は、九九%の確率で手にしていた超能力が消える。
しかし例外がいるらしい。
この俺だ。
自分自身の手で、憑依していたゴーストリアンを殺した、と四人組は昨日俺にそう言った。
その方法は――交通事故である。
一瞬にしてかなりの衝撃を受けたゴーストリアンは、それでも耐えて俺の身体に憑依していたらしいが、死ぬ寸前だった俺の体力を共有しているゴーストリアンは、その痛みに耐えられず命が消えていった、らしい。
と、長々と昨日シグナルが資料付きで説明したが、俺には到底理解できず、ただ聞き流しておくだけしか出来なかった。
しかし、彼女らが宇宙人であるということは、信じておく事にした。
こんな人間がいたら、たまったもんじゃないからな。
おにぎりを食べ終わる。
さすがに一〇個も食えないので、五個ほど食べると、カフェオレを全部飲み干し、ゴミをゴミ箱に捨てると、俺は洗面所へと向かった。
歯磨きをし、顔を洗って、学校へ行く支度を終わらせる。
九月二十日でも十分に暑い今日も、夏服姿で登校することになる。そのため、白いカッターシャツに黒いズボンを穿くと、俺は昨晩準備しておいた学校用鞄を肩に提げ、時刻を確認する。
と、そこでブラウン管テレビの上に置いてある時計の前に、エメラルドが立っていた。
「すまん、退いてくれないか?」
七時であれば家を出るにはまだ少し早いが、七時二〇分以降だと危うくなってくる。
「いやです」
しかしエメラルドはきっぱりと断った。
「……じゃあ、今何時か見てくれないか?」
「いやです」
「あのな――」
「では、貴方の『完全念力』で時間を確認するというのは、どうでしょうか?」
俺の怒声はエメラルドによって遮られた。
『完全念力』を使って時間を確認するなんてことが出来るのだろうか?
「どうやってすればいいんだ?」
俺は顔だけ向けながら、エメラルドに問いただす。
「それを私が知っていれば、こんな事はしてませんよ」
試されているのか?
俺は――エメラルドから挑戦されているのか?
「…………」
目を閉じ、ゆっくりと力を全身に込めていく。精神を集中させるようなイメージを頭に浮かばせながら、脳内に時計を映させる。
時間。時刻。何時何分。…………ふと気づけば、脳内には、七・〇七、という数字が表示されていた。
これが『完全念力』なのか?
「七時……七分か?」
小さな声で、遠慮気味に答える俺。
「いえ、違いますね」
即答するエメラルド。身体を時計の前から退けると、ようやく時刻が分かった。七時一二分だ。家を出るには丁度よい時間帯だろう。
俺は玄関前に行くと、靴を履き始めた。
「今の結果からするに、貴方の『完全念力』はまだ完全とはなってないようですね」
不意に後ろからエメラルドが声をかけてきた。
「そうらしいな……。念力ってもんがどういう力を持っているのか、俺には前提すら理解してないんだけどね」
靴を履き終えると、俺は玄関のドアノブに手を伸ばした。
「お気をつけて」
「ああ」
エメラルドが見送るなかで、俺は家を出た。
日常の始まり。
いや、日常というよりただの一日の始まり。
昨日、そして今日を知って初めて理解できた――日常という存在。
「宇宙人とかああいう非日常がいないと、日常ってのは認識できないんだな」
声に出してみても、何も変わらない。
風景も、歩く人々も、俺自身も。
あの馬鹿げた四人組みたいな、常識が通用しない非日常な存在を相手にするには、骨がいる。
だけども――愉快でスリルのあるイベントが起こることに、間違いはない。
それはそう――例えば今から起こるイベント。
まさか家だけでなく、学校にまでやって来るとは思ってもなかった。