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宇宙からの訪問者  作者: 赤腹井守
迷惑訪問
3/20

epi-02:不可思議の連続 彼女らは宇宙人!?

 2



「はいどうぞー」

 テーブルに出されたのは、青緑色の洗剤が入ったコップだった。コップを出したのはニコヤカスマイルのセミロングヘアガール。「どうも」とその笑顔に釣られて返事をしたが、笑顔のまま飲める飲み物ではない事は理解していた。

 ブラウン管のテレビ。四角いテーブル。白いカーテン。布団。俺の部屋はざっとこれぐらいのものしか置かれてない。そのため、殺風景な部屋だと大家さんからも言われていたが――それも一変した。

 四人の少女によって部屋のオーラは豹変した。

「では、交渉に入りましょう」

 前に座るポニーテールの少女は、正座をしながらこちらを見ている。

「……あの、えっと……、その前に自己紹介してくれないか? というか、誰なんだお前ら?」

 この状況が把握できないが、しかし彼女らの威圧感に負けてしまっている以上、警察に連絡することは愚か、下にいる大家さんに助けを求めることも不可能だった。

「そうね。貴方にも、私達を知る権利はあるものね――」

 ポニーテールの少女はそう言ってから、「アップル、リーフ、エメラルド、横に並んで」と同室にいる外の三人の少女にそう言った。

 言われたとおりに三人はポニーテールの少女の横に座っていった。

 一人は正座。一人は体育座り。一人は正座。一人は正座。

「じゃあまず、私から……」

 ポニーテールの彼女から自己紹介が始まった。

 俺もきちんと正座をし、彼女を見つめた。

「私は――シグナル」

「おいコラ」

「偽名じゃないわ。本名よ。といっても、地球で扱う言語に変換しないのであれば、シグナルという発音ではないのだけども、それでも地球では、私の名前は――シグナル」

 シグナル、という名前を発言したポニーテールの少女は続けて、

「ヒューマノイド宇宙人のグリーンであり、アパリッショナル宇宙人殲滅戦闘部隊の一員であり、暗殺係のリーダー。よろしく」

「…………」

 頭を下げる。

 ……何のことやら理解できん。

「はいはーい!」

 と、シグナルと名乗るポニーテールの少女を無理矢理退かして、手を挙げながら俺の前に座ったのは――金髪セミロングヘアの少女だった。

「続けて二番! 自己紹介いきます! シグナルちゃんと同じく暗殺係の一員である――アップルと申します!」

「林檎?」

「アップルです!」

 またしても偽名としか思えようのない名前を吐き出してきやがった。

「ミサっちゃんとはこれから仲良くしていきたいでーすッ!」

 ミサっちゃん!? こいつは初対面である俺の事をミサっちゃんと呼ぶのか!? 有瀬美里という名前を知っているにせよ、いきなりニックネームで呼んでくるとは不意打ちだった。

 頭を上げる。

 天井を見つめながら、俺は思った。

 神よ、俺には何が何だか理解できましぇん!!

「リーフ、だ。――よろしく」

 と、不意に流れた声に俺は顔を下ろす。

 どうやら、一番右端にいる散切りショートカットの少女が言ったらしい。

 これまたリーフという偽名にしか思えない名前を言ってきた彼女だが……、しかし何故だろうか? 彼女の名前は本当にそれっぽい気がしてならない。

 そして最後に、自己紹介が残っているのは――彼女だ。

「私はエメラルドで言います。同じく暗殺係の一人です。趣味は読書。好きなジャンルはラブコメ。特技は――電力を用いた高電圧レーザーを一キロ先から撃っても的を狙えることが出来る。といったところでしょうか」

 ボッサボサの黒髪ロングヘアの少女の名は、エメラルドらしい。

 見た目も不気味だが自己紹介も不気味だ。ラブコメ好きで特技はスナイパー? どこの国にそんな暗殺者いるんだよ。

「はあ……」

 俺は呆然と彼女らを見つめる。

 何が何やらさっぱりだった。やはりここは通報するべきだろうか。

「ごめん。ちょっと下に行って電話を借りてくるよ」

 笑顔を彼女らに向けると、俺は玄関へ向かおうと立とうとしたが――、

 

「動いたら――殺す」


 と。

 俺の背後からそのような声が聞こえた。

「え?」

 咄嗟に後ろを振り向く。

 そこには、先ほどまで前にいたはずの散切りショートカット少女の……シグナルかアップルとかいう少女が立っていた。

 いや、彼女の名はリーフだったか?

「……えっと、……すいませんでした」

 驚愕することも出来ず、ただただ唖然し、俺は玄関に行くことなくその場に座った。

 リーフかシグナルかどっちか忘れたが、とにかく散切りショートカットの少女は俺の背後でずっと立っていた。

「では有瀬君、貴方のことは全て何もかも過去も未来も知っているから自己紹介しなくていいわ。……本題に入りましょう。正午頃に出会った際にも協力して欲しい、とお願いしたけど……、どう? 少しは考えた?」

「えっと……、シグナル……だったよな?」

「そうよ」

 金髪セミロングヘアの少女によって座る場所を奪われたシグナルというポニーテール少女は、壁にもたれながら立っていた。

「すまんが状況が理解出来ていないんだ。頭悪いんでね。できたら、……ちょっと落ち着きたいから外の空気を吸ってきて良いか?」

「嘘が下手糞ね。逃げたら人生のカーテン、閉められることになるけど?」

 思わず立とうとしていたが、それを自分で拒んだ。

 逃げたい。

 逃げたくて仕方なかった。

「改めて本題に入るわ。有瀬君、私達と協力してくれる?」

「協力も何も、俺がお前らの何に協力すればいいか分かってないんだ。そこらへんを知った上で、そういうのは考えたい」

 本当は考えずに逃げたい。だが、逃げられないと理解してる上、仮に逃げられたとしても殺されるか追われるかのどっちかだろう。

 この四人組が只者じゃないってことぐらい、嫌でも承知済みだ。

「そうだったわ。何をすればいいのか分かってないのに、協力しろって言われたらどうしようもないわね」

 と、シグナルは言いながら前に座るアップル(?)という金髪セミロングヘアの少女を手で退かし、強引に俺の前に座る。

「まぁ、実に単純な話なんだけどね――」

 シグナルは言った。


「宇宙人狩りよ」


「そろそろいい加減にしてくれないか。シグナルだのアップルだのリーフだのエメラルドだの、ましてや宇宙人ときた……。おまけにさっきは婆さんを殺しかけたし、後ろにいる女の子はいつの間にか俺の後ろにいたし、そこのボッサボサの女の子も不気味だし、おまけに初対面なのにそこの金髪ちゃんは『ミサっちゃん』呼ばわりするし、決定的なのはどうして見知らぬお前らが俺の事を知ってるんだ? ってことなんだが」

「あー、面倒臭いわね。…………どこから説明すればいいのよ?」

 頬杖をつくシグナルはぶっきらぼうに言った。

 とりあえず全てが理解できていないので、最初からと言おうとしたが、まず第一に気になるところ――俺の名前を知っている、という点に関してはどうしても気に食わなかったので、

「どうして俺の事を知っているんだ?」

 その質問に、シグナルたるポニーテール少女はゆっくりと口を開いた。

「有瀬美里。幼き頃に家族に棄てられ、刃渡荘の大家である立神真砂に拾われる。ここの住民となった貴方は、去年の夏、交通事故に遭い意識不明の重体に。だが一週間後、突如として身体は回復し、意識も戻るという奇跡が起きた。…………これはまぁ、調べれば分かる情報なのよね」

 全てが当たっていた。

 その事に驚く前に、彼女の最後の言葉に引っかかる。

「調べれば分かる情報ってことは……、お前はまだ俺の何かを知っているのか?」

「ええ。といっても、貴方も知っていることと、貴方は知らないこと、なんだけどね」

 俺も知っていて、俺は知らない事とは何なんだろうか?

 シグナルの顔が不意に笑った。


「貴方は――『完全念力(サイコキネシス)』という能力が使える」


 不意に彼女の声のトーンが下がった。

 思わずビクッと、テーブルに置いていた手が震えた。

「……」

「完全なサイコキネシス。サイコキネシスにもいろいろあるけど、貴方の場合は――物体に念力操作が可能な能力とその他もろもろ……。いわば――最強の能力よ」

 彼女は称賛した。笑みを浮かべながら、俺に向かってそう言ったのだ。

 事実。

 誰がどうだろうと、俺は絶対に知っている事実。

 確かに、俺に変な力があるということは、交通事故に遭う前から知っていた。といっても、それに気づいたのは事故に遭う一週間前だったが。

完全念力(サイコキネシス)』。

 俺のこの不思議な力、この力にそんな名前があるとは驚きだ。

 感動したのか、俺は右手を見つめる。『完全念力(サイコキネシス)』という名前からするには、確かにそのような現象を起こすことは可能だった。

 例えば、遠くにある鉛筆を空中に浮かせるだとか。

 例えば、五メートル以上の高さのあるところから飛び降り、着地付近で自身の身体を念力で操作することによって、ゆっくりと身体を下降することが出来るとか。

「……まぁ、確かにその通りだよ。自分で言うのもなんだけど、確かに凄い力であることは間違いないさ。――だからって、それがどうしたってんだ?」

 それを聞いたシグナルは、ゆっくりと笑みを消していき、低い声で言った。

「その力、どうやって手にしたのか――知りたくない?」

 その言い方から察するに、どうも彼女はこの力の素性を知っているらしかった。

 周囲の三人も同様に、知っているらしい。皆が同時に反応している。背後の散切りショートカット少女も、喉を鳴らした。

「えー! 教えるのシグナルちゃん?」

 頬に両手を当てて、驚きを表現する……アップル。

「――教えるのか?」

 俺の後ろで……リーフ(?)がこっそりと呟く。

「教えないという方針じゃなかったんですか?」

 口に手を当てて喋るエメラルド(この名前と彼女にはかなり強い印象を持っている)。

 どうやら皆、俺にその――どうやって能力を手にしたのか? という解説をする気ではなかったらしい。

 突然のシグナルの言葉に皆の動揺が見られた。

 俺の返事を待っているのか、表情を変えずにこちらを見つめるシグナル。

 確かに知りたい。

 シグナルの言う『完全念力(サイコキネシス)』というこの力の正体は知りたい。

 だけども知ってどうする? という考えにぶつかってしまうのが本心だ。

「それを知って、どうにかなるのか?」

「どうにもならないけど、居心地は悪くなるんじゃない?」

「……」

 しばらく考えた後で、俺は決心した。

「知っても減るもんじゃないし、……教えてくれ。その――俺が能力を得た理由を」

 それを聞いて、笑みを浮かべたシグナルは床に置いていた黒い鞄を手に取り、テーブルの上にドンッ、と置いた。

 置いた鞄の上で頬杖をつくシグナルは、口を開いた。

「ここから説明するとなると、案外気の重い話だったりするから軽い気持ちで聞いてほしくないわ。覚悟を決める、というより、何事にも動じないこと、それと、今から聞くことを誰にも口外しない、ということを誓う?」

「ごめん。やっぱ聞かない」

「だーめ」

 ビュンッ!! と俺の横で何かが突き抜けた。同時に髪の毛が揺れた。

 さっきと同じ感覚だ。まるで風のような……。しかしこの状況で風が吹くなんてことはあり得ない。

「……」

「……驚かないのね」

 シグナルが少し驚きながら言う。

「何の話だ?」

「風よ、風。今貴方の顔の真横を通り抜けたでしょ。――今この状況で風が吹く事なんてありえないのに、どうして吹いたんだ? って、疑問を持ったりしないわけ?」

 俺の内心を見透かしているかのように思えた。

「……思ったよ。だけどそれがどうした?」

 はぁ、と溜め息をついたシグナルは、鞄から肘を放し、ゆっくりと鞄のロックを外していった。

「そこが人間の駄目なところなのよね」

 無礼な発言をしては、黒い鞄を開けるシグナル。こちらからだと中身が見えないため、何が入っているかは分からないが、シグナルの隣にいるアップル(?)とエメラルドは中身をじっくりと見つめていた。

「もっとこう、不可思議な現象とか小さな謎なんかに目をやるべきよ。今の風にしたって、そこで『何が起こったんだ?』って考えないと、いつまで経っても真相には追いつけない」

「何を言っているんだ?」

 シグナルの言っている意味が、俺には理解できずにいた。

 理解できない思いが言葉に出ると共に、痺れを切らしていた足の姿勢を、安座に変えた。

「理解力の低い人間ね。だったら――これでどう?」

 シグナルは右手を上に伸ばすと、――パチンと指を鳴らした。

 その直後。

 ヒュンヒュンッ! と、どこからともなく奇妙な音が耳に届いた。

「……なんだ?」

 そんな俺の疑問を、シグナルは一瞬で砕いた。

「風よ。今私の指の先で風がグルグル回転してるわ」

 口で言っても、風というものが目には見えないので実際本当にそこに風が吹いているのかどうかは分からない。

「……で?」

「はぁ、……信じてないのね。いいわ、分かった。きちんと理解するように――こうしましょう」

 言ってシグナルは、伸ばした人差し指をゆっくりとこちらに向けた。

 ヒュンヒュンと唸る音を聞きながら、俺は向けられた人差し指の先をじっと見つめる。

 視界の中で、シグナルの口が動くのが見えた――と同時に、

「バン」

 まるで顔面を強打したかのような激痛が走った。

「うぉっ!?」

 ビュオッ! という轟音が耳に響くと同時に、猛烈な勢いでシグナルの方から風が吹いてきた。ただの風じゃない。一瞬の風だったが、それでも俺の顔が押されるぐらい、そして何より、殴られた感触を与えた。

 瞬間の出来事が終わると、俺は呆然とシグナルを見つめていた。

 彼女の人差し指がこちらに近づいてくる。シグナルが腕を伸ばしながら言ってくる。

「理解してくれるために――もう一発」

 彼女の言葉に合わせるかのように、再び俺の顔面に風が吹いてきた。先ほどのような痛みはなかったが、激しく後ろに押された。

「……」

 シグナルは伸ばしていた腕を引き戻す。

 そうか。そういうことか。

 理解できた。

「やっと分かってくれたかしら?」

 シグナルの顔は楽しそうだった。

 数秒間の沈黙を作る間、俺はさっきの風とシグナルの言葉を重ねながら、思考を繰り返した。

 ようやく結論に至る。

「お前も……俺みたいな力を持っているのか?」

「ご名答! といっても、完全な正解じゃないけどね。…………あ、この際だから紹介しとくわ。――アップル、リーフ、エメラルド、順番に特技を披露してくれない?」

 シグナルがそう言うと、アップルと呼ばれる金髪セミロングの少女が「わっかりましたーッ!」と張り切りながらシグナルを退け、前に出た。

「私の特技は――『破壊運動』でーすッ!」

 言ってアップルは、テーブルに置いてあった洗剤入りのコップを手にし、その場に立ってはコップを宙に掲げた。

「何すんだ……?」

 疑問を浮かべたその瞬間――。

 バリンッ、と――コップが勢いよく割れた。

「…………はい?」

 その瞬間を見ていた俺は更に疑問を抱いた。

 アップルは、右手に持っていたコップをギュッと握り締めた――そして割れたのだ。

 ガラスだぜ? と怒鳴りたい気分だったが、割れて飛び散った硝子の破片を懸命に集め始めたアップルの姿を見て、言う気が失せた。

 唖然していた俺に声をかけてきたのは、シグナルだった。

「どう? アップルは怪力の持ち主なのよね。今のは多分一%も力使っていないんじゃない? 本気を出せばこの星の半分は破壊できるって昨日言ってたし」

 その言葉にまた唖然する。

 破片を集め終わったアップルが、俺の顔を覗きこんできた。

「えへへー、ごめんね、割っちゃった」

「あ、いや、すいません。ホントなんかすいません」

 引きつった顔を女の子に見せるっていうのは、何だか恥だった。

 ここに、人を握りつぶせる、否、人を握り殺せる女の子がいます。

「大丈夫? 顔面蒼白になってるけど?」

 シグナルが気を遣ってくれたが、当の本人は未だに唖然していたのだった。

 と、そんな余地を与えてくれるはずもなく、次の使者が俺の視界に現れた。

「――――」

「……」

 テーブルに堂々と立つ散切りショートカット少女。

「リーフ、はいこれ」

 と、シグナルがどこからともなく出してきた俺の愛用の箸を、リーフとやらに渡した。

 一本の箸を右手の人差し指と中指で握るリーフは、じっとこちらを見下ろしていた。

「……えっと、マジックでもご披露するんですか?」

「――ふん」

 彼女が鼻で笑うと、箸の形状が大きく変化したのを目にした。

 ぐにゃり、と箸が曲がった。

「へ?」

 驚愕したその次の瞬間――、箸の形状が一瞬にして一直線を描く棒のようなものになった。

 否、棒ではない。

「私の力、『物質変化』だ」

 リーフがそれを言えば、俺も今の現象を理解した。

 一本の箸が、――銀色に光る刃物へと変わったのだ。

 こちらから見てもすぐに分かる。天井についてある蛍光灯からの光によって、刃物がぎらりと威嚇の光を発していた。

 箸の原型は保っているが、れっきとした刃物だった。

「これには一番驚くでしょ。リーフは細長い物質を刃物に変える『物質変化』能力を持ってるのよ。原子も分子も無視して、存在そのものを刃物に変えちゃうわ」

 シグナルが後付けした。

 うわーお。これには本当に驚いた。一本の箸があっという間に刃物に変わるという非常識な現象を目の当たりにしたのだから、驚かないわけがない。

「――朝飯前だ」

 リーフはそう言うと、テーブルから下り、またもや俺の背後へと歩いていった。

 どうやらそこが彼女のポジションらしい。もしくは俺が逃げるのを防ぐためか?

「……」

「さて、最後だけど、……エメラルド、貴方は能力というより武器専門だから、そうね……、じゃあまあ、とっておきの武器を見せてくれる?」

 俺の驚きを鎮静させる余裕をくれず、シグナルはエメラルドに声をかける。

 エメラルドさん、貴方が一番怖いのですが。と言うにはまだ勇気が足りない。

「分かりました」

 返事をしたエメラルドは、むくっと立ち上がり、長い黒髪を奇妙に垂らしながら、ズボンのポケットに手を突っ込んだ。

 取り出したのは――小さな黄色の立方体だった。

「一番まともそうじゃないか。あ、いや、まともそうですね……」

「いえいえ。一番――恐ろしい代物なんですよコレが」

 彼女の不気味なトーンの声は聞かなかったことにしておこう。

 掌に立方体を置いたエメラルドは、それをじっと見つめていた。

「これは半径五〇〇メートル間に、『振動爆発』を起こすボックス兵器です」

「……はい」

 素直に頷く。

「私の音声認識によって起動しますが……、起動してもいいのでしょうか?」

「……はい」

 エメラルドには何の反論もしないでおこう。姿さえも怖いのに、妙な事言って逆鱗に触れたら、地獄に落とされそうだ。

「分かりました。では、少し衝撃を喰らいますが、ご了承を」

 五秒の沈黙が生まれた。その間に、アップルは部屋の隅で身体を丸くしながら怯え、シグナルはらしくない引きつった表情を浮かべていた。背後にいるリーフがどうしている分からなかったが、一体何が起こるというのやら。

「では行きます――」

 と、エメラルドが、

「――ボム・エメラルド」


 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッッッッ!!!!!!

「あああッああッッあッああッああああああッぁあああッああああッぁぁぁッあああぁッ!!」


 激しい振動が俺を襲った。いや、ここにいる全てを襲った。

 痛みは感じない。が、全身が激しく揺れる感触が、休息を与える暇なく俺を襲い続けた。

 悲鳴を出しても、言葉と言葉の間が千切れてしまう。

 座っていた俺が、妙に跳ねるといった現象も起きた。

「ああああああッあああッッああッあッあッああああッああッああああッッ!!」

 約三〇秒後だろうか。いや、実際のところそれ以上に長いのかもしれないが、度の過ぎた振動がやっと治まった。

「…………」

「……あー、吐きそう」

「ぜぇ……ぜぇ……、やっぱ、り……エメちゃんのソレ……よくない」

「――――オエッ」

「どうでしたか? これはまだ進化の可能性が高い武器なんですけどね、あまりにも衝撃が高いために、戦闘では味方にも自分にも不利になっちゃうんですよね」

 未だに身体が揺れる感触があった。

 それもようやく治まったところで、意識をしっかりと戻すと、一人は床に倒れ、一人は物凄い形相で呻き、一人は台所の方で顔を下げていた。

 そして一人は、何事もなかったように畳の上に立っていた。

「あ、勘違いなさらずに。私はこの中で一番身体が丈夫なんですよ。振動爆発の衝撃には何とか耐えられただけです」

 冷静な語調で話すエメラルドは、目だけをじっとこちらに向けていた。

「しかし、貴方もどちらかというと耐えられている方ですね。シグナルもアップルもリーフも、この『振動爆発』には耐えられないのですが……、いやはや、貴方には感動します」

「どうも……」

 耐えられたわけではない。

 意識が少し吹っ飛んでいるだけだ。

 と、俺がやや呆然と座っていると、シグナルが倒れていた身体を起こし、汗ダラダラの顔をこちらに向けた。

「と、とりあえず……、これが私達の――力。これを、思って……、私達が只者じゃ、ないってことは……理解出来たよね?」

 相当きつかったらしい振動に、頑張って耐えているシグナル。

「ああ、まぁ理解できたけど……、ていうか多分、生まれて初めてだよ、こんなに意識が吹っ飛びそうなのは」

 私、現在努力して意識が火星に行かないようにしています、と宣言したところで、この四人組の彼女らは無視するだけだろう。

 確かに彼女らは只者ではない。それは、今起きた現象を目の当たりにすれば、嫌でも理解できることだ。だけども、仮に彼女らがやってきた事が『超能力』とか、『魔法』とかそういった類のものであれば、――『完全念力(サイコキネシス)』とやらが使える俺も、彼女らと同類という事になってしまうのではないだろうか。

「それで? 貴方は私達を――どのような存在だと推測できる?」

 普通の調子を取り戻したシグナルが、テーブルに置かれた鞄に肘を置く。

「どのような存在……」

 彼女の言葉を復唱する。

 例えば、超能力者なのか。

 あるいは、魔法使いなのか。

 もしくは、神様なのか。

 それとも、悪魔なのか?

 多分あり得ないと思うけど、天使だったりするのか?

 しばらく無理矢理に頭を働かせ、俺は彼女らを見つめた。後ろに立つリーフの方も振り返ると、視線をシグナルに戻す。

「……やっぱり、考えられるのは――超能力者って奴か?」

「違うわ」

 意外、ではなかった。

 超能力者なんて存在するのか? という疑問が勝っていたからだ。

 あり得るとすれば、やはり進化した科学を使う特殊戦闘員とか、そういったものだろう。

「じゃあなんだ……、裏で活動する国の警察とか、そういう類のものか?」

「かなりかけ離れてるわ。超能力者のほうがまだ近い」

 またしても外れた。

「……魔法使い?」

「あほ」

「神?」

「髪?」

「悪魔とか?」

「ちがーう」

「天……、あ、いや、何でもないや」

「何で言うのを止めたの?」

 もし天使だったら失望してしまうので、俺は言うのを拒んだ。

 では、一体何者なのだろうか?

 高校生ぐらいの容姿を持ち、あり得ない現象を引き起こしたり、人間とは思えない怪力を持っていたり、……ん? いや待て。そうだ。

 そうだ、人間とは思えないことばかりしている。

 だとしたら、悪魔や天使、もしくは神のような存在としか考えられない。

 超能力者じゃないと断言したシグナル。だとすれば、人間ではない、という前提を置くべきなのか?

 いやしかし、だ。

 彼女は言った。悪魔でも神でもない。

「……何なんだ、お前らは?」

 詰まってしまった思考に反射するように、俺はいつの間にか呟いてしまっていた。

 だからこそ、次の瞬間に聞こえたワードには、口をポカンと開けておくしかなかった。


「宇宙人よ」

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