epi-18:さよなら 宇宙人は帰る
2
学校。
自転車置き場。
時刻、一三時頃。
昼休みの真っ最中、俺は一人の少女に、ここに来るよう呼ばれた。
一週間前ごろに。
「…………」
「…………」
互いに――互いを敵視し合う。
俺の敵、私の敵、とお互いが言わんばかりに睨み合っている。
自転車が綺麗に並べられたこの場所にいると、数分後には自転車がめちゃくちゃに粉砕されている映像が頭に浮かぶ。
左右に並べられた自転車の中に、鈴のついた鍵が鎖しっぱなしであった。ゆっくりと流れてきた風によって、その鈴がチリンと音を鳴らす。
「全て知ったようね」
「ああ」
幕が上がる。
俺と――シグナルの決闘というべき会話が、堂々とここでスタートした。
女子高生の制服が似合いすぎる彼女を睨みながら、距離一五メートル間を保ちながら、この感情を抑えながら、ゆっくりと口を開く。
「フルなんてろファイナルっつう計画、失敗したな」
皮肉を言う。
怒りを込めた言葉を、ポニーテールの彼女に放つ。
「ええ。見事に――華麗に失敗したわ」
彼女が、言葉とは逆に笑顔を見せているのには理由がある事ぐらい、もう分かっていた。
全てを総合し。
総合した考えに答えを出した瞬間――ようやく見つけた一つの可能性。
ゆっくりと深呼吸をして、ばくばくと鼓動を鳴らす心臓を落ち着かせる。
悪戯な笑みを浮かべる彼女に、俺は、何も篭らない顔を見せ――言った。
「失敗こそが成功だったわけだ」
ご名答! と彼女の言葉が返ってきたのは、一〇秒後だった。
その間に鳴っていた鈴の音が、おそらく彼女の返答を焦らせたのだろう。
思えば――。
地球に来る前から俺を監視していた彼女らの事なら、そんな大きな仕事を成すことが出来る彼女らが、こんな簡単に、闘いと仲間の裏切りによって計画を破綻されるはずがない。
故に――あれほどまでに強大な力を持っている宇宙人組みが、『完全念力』という強い力を持っていても完全には扱えないただの高校生の人間に、負けるはずがない。
それにわざわざ、キープアウトという電気使いの殺人犯を雇ったのもまた、その戦闘において俺の力を開花させるための、いわばウォーミングアップに過ぎなかったのだろう。
わざわざ俺にビルではなく駅という幻覚を見せたのもまた、その一部に入る。
しかしエメラルドは、映像を見せているに過ぎないと言った。ならば、俺は完全に幻覚を破った事にはならない。それに、俺の『完全念力』は『未来を目視する』と『嘘を造る』と物体の念力操作だけであり、幻覚を打ち破る力は持っていなかった。
『未来を目視する』という力でさえも、本当は――使えたのはたったの一度きり。
――銅像が下にあるビル、という映像を見たときだけだろう。
あの時――エメラルド達と相手している時、実際俺は彼女らの行動を『未来を黙視する』で予測していたわけではない。全ては――昼休みのシグナルからの忠告から聞いた話を元に、行動したまでだ。
『嘘を造る』という能力が使えたのも、実際のところ何故かは分からないが、あえて二重トラップのつもりで二つの嘘を造っておけ、と命じたのはシグナルだ。
彼女がその時全ての真相を語った時、俺はついつい悪いイメージがエメラルド達に被さったわけだが――それもシグナルの巧みな罠によって間違った考えを生み出してしまったのだ。
リーフと一緒に散歩した際にも、伏線のようにキープアウトと出遭った時にも、リーフの不自然さには鋭く気付くべきだった。
妙な誘拐事件を目の当たりにした際にも、運良くアップルが来た時にも、少しの疑心を作っておくべきだっただろう。それは結構難しかったかもしれないが。
キープアウト戦の際にも、燃えるビルという建物があったのも、何かの伏線に違いない。
誘拐された大家さん達を無傷のまま燃えるビルの隣に監禁していたのも、きっと何か裏があるのだろう。
そう。
全ては計画。
全てはシナリオ。
俺は――宇宙人という地球よりも遥か上に位置する存在によって、軽々と遊ばされていたわけだ。
「どうするんだ? 俺の『完全念力』、欲しくないのか?」
「欲しいわ。でも、未だ貴方の『完全念力』は完全化していない。完全化していない『完全念力』には、要はないのよ」
彼女の言い分にも、同感した。
いや、同じ事を考えていた。
エメラルドが俺の『完全念力』を欲しがっている奴らがたくさんいる、みたいな言っていたが、完全化されていない『完全念力』を手にしてどうするのかを真っ先に考え付くべきであった。
「完全化するための『終章、最終進化完全体』だったのに、見事失敗したわ。おめでとうおめでとう」
失敗、つまりは成功。
宇宙人は、宇宙人狩りをする前に、どうやら地球人を狙っていたようだ。
訪問者。
彼女ら四人組は、最初からチームであると断言し、協力して欲しいと俺に頼んでいた。
最初っから。
彼女らは素直に、シンプルな事情を伝えてはいたのだ。
しかし――伝えるべきではない裏の事情は、最後の最後まで隠していた。
「今思い返すと、結構アップルって演技上手いんだな」
顔を真っ赤にさせて、四人の仲を壊したと俺に怒っていたアップル。
あれさえも――嘘だというのか。
「だから言ったでしょう。私達を舐めない方が良いって」
冷静な返答。
宇宙人は、本当に人間よりも遥か上に位置するようなオーラを醸し出していた。
「……で、ここで俺を殺すのか?」
本題に入る。
シグナルが今日、この日俺をここに呼んだ理由。
あの時――、
『ここに……、大家さん達がいるのか?』
『ええ、間違いないわ。私達は最初にここに監禁するって決めてたから』
――まだシグナルを疑っていなかった時、そのついでに彼女が言った台詞。
『来週、丁度一週間後に、学校の自転車置き場に昼休み来て』
淡々と言って、大家さん達を助ける前に俺から去って行ったシグナルは、気絶しているエメラルドとアップルとリーフを、風で操りどこかへ去っていった。
あのタイミングで言った意味は分からないが――とにかく彼女は俺は全てを知ることを悟って、あの時会う約束をしたのだろう。
もしかすると。
キープアウトが今日やって来たのも、また計画の一部だったりするんだろうか。
そしてシグナルは、両手を広げ、ヒュンヒュンヒュンッ――とそこから風を作り始めた。
嫌でも分かる。周りの木の葉が渦巻きのように、掌の上で踊っていた。
「また遭いましょう――必然的に」
吹き乱れる風は、その瞬間俺の方へ向かってきた。
飛び散る砂や木の葉から目を守るために、手で目を覆い隠す。
右足が一歩後ろに出るぐらいの強さの風が、一瞬で吹き止むと、――手を退かせば、そこにシグナルの姿はなかった。
さよならにしては、随分暴力的だった。
「…………」
残りの昼休みの時間、俺はずっと沈黙し続けた。
この短時間は、かなり長い時間に感じられた。
END