epi-15:完全念力の存在! 反撃の開幕!
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とある昼休みの会話である。
シグナルと俺は、弁当を食べ終えるとどこかに行くこともなく、会話を繰り広げていた。
といっても、シグナルが一方的に話しているだけだったが――途中で、かなり気になる話が耳に入った。
「この星もまた、とても可哀想なものよね」
「あ? それもまたお前の宇宙論とかそんなものなのか?」
空っぽの弁当箱を机の隅に置いた時、シグナルが唐突に呟いた。
「いやいや。これはマジよ。マジな話。結構面白い話なんだけどね――ペットっているじゃない? 犬とか猫とか鳥とか鵺とか」
「鵺はねーな」
鵺を飼う人間なんていねーよ。
仙人か。仙人なら飼うか。
「ペットは人間に飼われてるけど、あれでも束縛されている感覚はしてないと思うのよ。自由に息をし、自由に生きている。鎖で繋がれていても、吠えたり鳴いたり飛んだりするけど――でも結局は人間の手の上で遊ばされているのよね」
「それがペットってやつだろ」
「ではそのペットに――人間を置換してみてください」
人差し指を立てるシグナル。
「人間?」
……随分俺も妙な妄想をしてしまった。
絶対に、首輪をつけられたMな男性とそれに対して暴力を振るうSな女性を思い浮かべた、何てことは言わない。
「言いたいことはね、結局のところ――人間もまた誰かに飼われている存在っていいたいのよ」
「……そりゃタチが悪いな」
そういう考えもあるんだろうけど、宇宙人が言うには本気な話なのかと錯覚してしまいそうだった。
「地球という広大なケースに、人間は飼われている。意思も行動も自由だけど、でも実は全ては実験のための事に過ぎないのであって、私達は日々何者かによって人間という生命体の行動を観察されている、ということよ」
「ペットじゃあるまいし」
「もしかすると、神という存在も、悪魔も天使も、全ては何者かによる妄想を勝手に私達の歴史に備えただけかもしれない。人間をより広く観察するための道具として、ね」
「……地球がケースねぇ。じゃあ人間はハムスターってか」
「モルモットよ」
「そこはどうでもいいんだけど」
「しかし、勘違いしないでよね有瀬君」
「ツンデレか」
だけど彼女は無表情。
「地球だけがケースってわけじゃないのよ。もしかすると、宇宙全体が一つのケースなのかもしれないのよね」
宇宙が籠。
すなわち創られた世界。
「壮大なスケールだな……」
「壮大なスケールよ。――宇宙は何者かによって作られた実験台。何者かはそれを観察しながら日々を楽しんでいる、ということね」
「……考えると恐ろしい話だよな。今こうして会話している俺とお前も、観察対象に入っているってことだろ。地球は小さい、そして宇宙も小さいってか。……じゃあこの世界は一体何なんだ、という考えが生まれてくるわけだ」
もしかするとね、とシグナルが真剣な顔を見せる。
「もしかすると、全ては実験によって創られた存在なのかもしれない。誰かのために作られた――ゲーム……ってとこかしら」
「もし本当にそうだったら、俺達の世界が何時終わるのかも分からないってわけだ。だとすると、地球で戦争やってる俺ら人間は、随分と無駄な被害を生んでるんだな」
「戦争、ね……」
「ん? どうした?」
急に俯くシグナルを心配する。
「いえ。戦争は――最悪よね」
「そうだな」
「最悪なのに、最も結果をハッキリとさせた――勝負だわ」
戦争を勝負と同じにする彼女の考えは、宇宙人だからなのか。
しかし、戦争といっても、日本では平和ボケしたオーラに包まれているから、平成生まれの俺にとっては戦争を実感したところがない。
戦争の恐ろしさ。
戦争の醜さ。
そんなこと、分かってるつもりで、何一つ分かっちゃいない。
「ところで有瀬君」
「何?」
「貴方についてなんだけどね――」
5
「……テメェら」
「あまり――舐めないでくださいね。地球よりも遥か上に位置する私達を、あんまり舐めていると身が滅びますよ」
静止していた身体を動かすエメラルドはそう言った。
それは、確かシグナルが言っていた気がする。
そして徐々に近づいてきたエメラルドは、とうとう俺の目の前にやって来る。
俺の顔を見上げては、拳銃のようなものを顔にそっと向けた。
「これ、実は麻酔弾というものででしてね、即効性の。貴方を麻酔で眠らせ、その後貴方を私達に対して絶対服従させるような改造します。これを聞いて恐怖するのは結構ですが、反抗はしないでくださいね、面倒なので。本当のこと言えば、これが一番手っ取りばやいんですが、『完全念力』の最終進化は外部の干渉を受け付けないので、下手すると一生完全化しなくなる可能性が高いですが――誰かに取られるより、ものにしておいたほうが吉なので……では」
直後――バンッ、という銃声が耳に響いた。
だがしかし。
俺は――これを知っている。
「御免だよ」
「えっ……!?」
俺の呟きに――背後にいるエメラルドは驚きの声を上げる。
「お前らなんかに絶対服従したって、そりゃまぁ美女の四人殿の下僕になるのなら考えないわけでもないけど、相手が人間じゃないなら別だぜ。――というか、有瀬美里こと高校二年生の好みのタイプは、格好良いお姉さん系なんだよね」
特に大家さん、とは言わないけど。
とにかく――俺の背中の後ろにいるエメラルドは、驚いたままなのか、その姿勢を変えることなどせずに、じっと止まっていた。
首だけを後ろに向ける俺は、溜め息を交えて言葉を放つ。
「お前の知ってる『完全念力』は既にもう『完全念力』じゃない。――物体や時空間だけを操られるとでも思ったか? 天才発明者みたいな雰囲気を出すエメラルド、お前なら分かっていたと思ったんだけどな――」
勝ち誇ったかのように言う俺は――気持ちが良かった。
顔が見えるリーフは――その場で硬直している。というのも、事実、麻酔弾を胸に放たれたのだから、即効性が随分と良いらしく、その場ですぐに眠ってしまっている。
警戒すべきは――エメラルドだけだ。
「『未来を目視する』」
近未来の世界を――といっても数時間後から最高でも二日後までの未来を。
未来を見る――『完全念力』。
「『嘘を造る』」
残像、幻覚、幻聴、空想、存在しないはずの俺の妄想を現実に置き換える力。
例えば――キープアウトと出遭った時から、エメラルドに銃を向けられるまでの俺は、嘘。
「お前の知ってる『完全念力』には、そんな力ないもんな」
時空間といえど、俺の考える思考を現実には置換できない。
千里眼といえど、俺の未来を目にすることは出来ない。
それが――過去の『完全念力』。
はあ、と息を吐き――ここに宣戦布告の準備をする。
「『完全念力』とやらが戦争にとってどれほど有害で有利なものなのかは分かったさ。過去に起こった戦争で、勝利を掴んだのも『完全念力』あっての事ってのも知った。だが残念だったな、本当に残念だったな。――有瀬美里の『完全念力』は、お前の知ってる『完全念力』じゃあない」
エメラルドが――この『完全念力』をかなり求める理由。
宇宙が、各星の住民達が、『完全念力』を戦力などとして欲する理由。
密かに、裏切り者はこう言っていた。
『昔『完全念力』を持った宇宙人がいてね。そいつの所為で、最初の宇宙戦争は終わったのよ。勿論結果は、『完全念力』を戦力としていた――ブラックと呼ばれる宇宙人達の勝ち』
『『完全念力』が最強の超能力である事は、宇宙で知られているの。――時空間を操り、物体を操るその超能力は――まさに無敵』
『神の領域を超えたその力は、限界を達し自ら滅んだけど――今現在、まさにその『完全念力』が復活したのよね』
『有瀬君。――貴方のことよ』
『自ら憑依したアパリッショナル宇宙人のゴーストリアンを殺し、ゴーストリアンが持っていた『完全念力』だけを身体に取り残した。――誰もが貴方を神として、悪魔として見たわ』
「アパリッショナル宇宙人ってのは、何かに憑依することによって、持っていた力を開放させることが出来るらしいな。しかし、憑いたものによって力の性質は変わってくる。――偶然にも俺に宿った『完全念力』は、性質が変化していたらしい」
『貴方の場合、時空間を操ることは不可能。ただし物体を操る事は出来るわ。――それと、昔の『完全念力』にはない力を持っている』
未来を見て。
今を変える。
嘘をつくり。
今を変える。
「キープアウトも、お前の事も、リーフのことも、こうなる事も――全部お見通しだ」
「にへへ」
と。
エメラルドは肩を震えさせながら、不気味に笑った。
「……やはり、彼女はそう動きましたか。はあ、こうなるんだったら最初から手を打っておくべきでしたね。……シグナルを学校に送る事は間違っていたようです」
「……」
振り向きもせずに、エメラルドは言い続ける。
長い黒髪の所為で――やけにおぞましく見える。
「裏切り、というところですか。いやはや、参りました。ということはつまり、騙していたのは彼女で、騙されていたのは私達ということですか……」
「……あ?」
「しかし……ああ、悔しい。『完全念力』の全てを知ったつもりでいたのに、それは知ったかぶりで終わっていたんですか。何もかも知り尽くしたはずなのに…………あっ、……よくよく考えを総合してみると、矛盾が生まれますね」
「おいエメラルド」
「生命に危機が訪れると、無意識のうちに力を発動し、死を避ける力を持っている『完全念力』ですが、しかし――交通事故で憑依していたゴーストリアンを消し去った貴方のことを考えると、まずその交通事故の話はあり得ないことになりますね」
どうやら、エメラルドは俺の声が聞こえていないらしい。
身体ごと振り返り、彼女の肩を掴もうとしたが、それも彼女の声によって止められる。
「考えましょう。もしその交通事故のときだけ『完全念力』が発動されなかったとしたら……では貴方の『完全念力』は『完全念力』ではないという考えが生まれますね」
彼女が貴方と言っている時点で、俺に話しかけているのは間違いない。
しかし、何も篭っていないような声を出し続ける彼女を、じっと見ているのはかなり厳しいところがあった。
今すぐにでもこいつを殴りたい。
そういう意識があるのにも拘らず。
「しかし、『完全念力』であることは宇宙全体が認めていますし、『終章、最終進化完全体』の計画作成の際も貴方の『完全念力』は本物であることは完全に判断されました。だとすると、貴方の『完全念力』は――アパリッショナル宇宙人ゴーストリアンが身体から消えた際に生まれたと考えるべきでしょうか……」
「…………ッ」
決心をする。
そして、迷うことなく彼女の肩を掴んだ――。
「触るなッ!!」
その刹那――
エメラルドの発言の直後、ビルの方向から凄まじい轟音が聞こえてきた。
急いでビルのほうを見る。
「なっ!?」
気づくのが遅すぎた。
ビルから吹っ飛んできたその黒く焦げた物体は――容赦なく俺の全身にぶち当たった。
ぐちゃり、と鈍い音が耳に聞こえ、思わず吐き気を堪える。
俺の前にいたエメラルドは、素早い動きで飛んでくる物体を避け、俺が焦げた物体によって潰される瞬間を、何の変哲もない顔で見つめていた。
「……ようやくこの時か」
燃えるビルの隣にあるビルの影に身を潜めていた――本当の俺は、ようやく長時間下ろしていた腰をゆっくりと上げ、背伸びをする。
そして――戦場へと足を運んだ。