epi-14:欲望の的は? 完全念力を持つ男
3
――ゴゲグガガガ。
「んんんッッ!!」
頭部の寸前――そこで振り下ろされた刀は静止した。
「チッ!」
舌打ちをしたリーフは咄嗟に刀を手放し、地面につくと即座に後ろへと跳躍した。
突然の出来事に力を加えていた俺は、リラックスをする。静止していた刀が地面に落下する。
「…………お前もまたグルってか」
「その通り」
燃えるビルを背景にするリーフは――かなり格好良かった。
散切りのショートカットにブルーのTシャツが恐ろしく今では似合っているように見えた。
戦場に立つとこいつはかなり美しいな。
いやいや。
そんな事考えている場合じゃあない。
「『終章、最終進化完全体』の最悪段階を始めよう。有瀬美里」
ポケットから、三〇センチものさしを取り出し、それを刃へと変化させるリーフの顔は、無表情――ポーカーフェイス。
「……まったく」
リーフを見てはエメラルドを見る。その繰り返しをしないと落ち着けなかった。
何時、どちらが襲ってくるか分からないからだ。
「とにかくエメラルド、お前はまた俺に嘘吐いたわけだな。これでもう確信を得たよ。――お前ら全員、四人とも全てがグルってわけだ。いやまぁそりゃそうだろうな。なにせチームなんだから」
エメラルドの方に首を向ける。
「バレちゃいましたか」
てへっ、とらしくない顔を見せるエメラルド。
「といってもこれも嘘なんですけどね。グルなのは私達だけですよ。というより、あんまりそういうところは知らぬが仏ってやつでしょうか」
「知る権利を使うぜ」
「いいでしょう。しかし、貴方が今更こんな話を聞いたところで、何の利益も得ないことを知っておいてくださいね」
上等だ、と心で肯く。
緊迫感を感じているのは俺だけだろう。
前方後方を警戒しなければならないのだから、視線を止める暇なんてなかった。
「全員――グルですよ。グルっていう言い方はおかしいですね。あえて言うなら、というか最初に言ったんですけど――ヒューマノイド宇宙人グリーンの中の暗殺係という一つのチームなんですよ。って、自己紹介のときに言いませんでしたっけ?」
「言ったな」
「その通りですよ。私達はチーム。チームワークを大切にする者共です」
「で? 今まで俺を騙してきたわけだ」
「騙す? 心外ですね。騙したつもりはないですよ。端から『協力してください』と頼んでいたじゃないですか」
悪戯な顔を見せるエメラルド。
「私達は地球に来た瞬間に『終章、最終進化完全体』を実行し始めてました。『完全念力』を完全化させるために、入念に作ったこの計画を――失敗するわけにはいかないので」
「……一つ疑問に思うんだが――」
と、ここで咄嗟に後ろを見る。殺気のようなものを感じたのでリーフを見たが、案の定、彼女は腰を低くして刃を構えていた。
リーフの方を警戒しながら口を開ける。
「その――フルなんてろファイナルっつう計画は、俺の『完全念力』の完全化に意味があるわけだよな? だったら、最初からそれを教えればいい話じゃねーか」
「機密って知ってますか。いわゆる、国家機密ってやつですよ、グリーンのね。――宇宙最高峰クラスの超能力の一つである『完全念力』を、どの星も欲しがってますからね」
「欲しがる?」
「簡単に計画を口外してはいけないんですよ。だからこそ、私達はアパリッショナル宇宙人の殲滅を表上にした『終章、最終進化完全体』を実行したんです。まぁ、第一段階の時点で失敗しちゃいましたが」
未だにリーフが刃を構えている。
エメラルドも何かしかねないので、瞬時に振り向いて安全を確認すると、すぐにリーフに視線を向ける。
「警戒しすぎですよ。私達が貴方を殺すことはまずあり得ないので。――ところで有瀬さん、『終章、最終進化完全体』の事を聞いて、気になることはないんですか?」
エメラルドが問う。
「気になる? そんなものないな。気になるっていうなら、お前らがやりたい事だよ」
「簡単に言えば――貴方が欲しいんですよ、有瀬さん」
その答えに、思わず「は?」と唖然する。
しかし油断してはならないと咄嗟に思い、すぐさま警戒態勢を整える。
「欲しいって、……欲求不満とかそんなんか?」
「…………いりませんよそんなもの」
冷たい返事をされる。
欲求不満はあり得ないか。
「厳密に言うなら――貴方のその『完全念力』。それをグリーンのものにしたい」
エメラルドは――今までの声質とは全く違う、低く、冷たく、鳥肌がたつような声を発した。
反射的にエメラルドの方を振り返った。
「貴方にこんなところまで話す必要はないんですが、どうやらここまで口が滑った以上、放すべき展開となってしまったので話しましょう。――宇宙戦争、今これが勃発中って知ってましたか? 宇宙を舞台にした戦争。星同士の戦争ですよ」
「トム・クルーズの奴か?」
「? トムは関係してませんよ。宇宙戦争です。地球用に例えるなら、第二次世界大戦が宇宙バージョンになったとお考え下さい」
第二次世界大戦の――宇宙バージョン。
すごく……スターウォーズです。
「どういったイメージをしているかは分かりませんが。つまりは大規模――宇宙規模の大戦争が、暗黒の宇宙の中で起こってるんです。勿論各星の住民達は、戦力を欲しがる。科学、超能力、魔術、禁忌、核兵器、といったものを求めるんですが……、と言ったところでそろそろ理解できるんじゃないでしょうか?」
ああ、と答える。
ひどく理解出来た。
嫌でもな。
結局のところ、こいつらは俺のためにこんな盛大――というよりアホ臭い計画を練っては実行したということになる。
宇宙規模の大戦争のため――となるなら、仕方ないと考える部分もあるが。
「この俺を――お前らの星の戦力にしたいってことか」
「ご名答」
瞬間――エメラルドが急に右手を上げた。
咄嗟に身構えたが――気づいたのは彼女がもうすぐ後ろに来たときだった。
「なっ――ッ!?」
即座に振り向く。
三〇センチほどの刃を握ったリーフが、腰を低くして俺の太股付近に顔を近づけていた。炎の光によって輝く刃物が、俺の尻に近づいてくる。
咄嗟に力を込めた――と同時に『止まれ』と心の中で叫んだ。エメラルドの言う宇宙最高峰の超能力の一つである『完全念力』を発揮させようとしたのだ。
結果、リーフが突き出していた刃物は尻に突き刺さる寸前で止まった。
しかしすぐに気づく。
刃物が止まったわけじゃなかった。
リーフ自身が――止まっていた。
「…………?」
思わず身体を縮めていたが、三秒経ってもリーフに動きがないことを確認し、体勢を戻す。拳を握り、攻撃の準備に入った。
「動かん……!!」
と、口を開いたのがリーフだった。
かなりきつそうな体勢で静止したままだった。
突き出している刃物から離れ、相手が動けないと分かると、エメラルドの方を見る。
「格段と進化していますね、貴方の『完全念力』は。最早貴方は『完全念力』にしっかりと適応した身体の持ち主としか思えません。――今貴方がやったその物体の動きを制御できる力、それこそが『完全念力』の基本なんですよ」
驚いたような顔をしながら感動するエメラルドに対し、俺は徐々に疲れていく感覚に襲われていた。『完全念力』を使う際に、体力も落ちると先ほど聞いたが、これは異常だ。かなり疲労感が溜まる。
「しかし『完全念力』の本当の力はそれではない。『終章、最終進化完全体』の最大の目標は、『完全念力』の最終進化能力――『時空間制御』。時と場所を、自在に操る事のできる力が秘められている『完全念力』を、完全にするために『終章、最終進化完全体』はあるんですよ」
「……なんだよそれ。そんなこと、できるわけないだろ。ドラえもんじゃあるまいし」
「不可能を可能にする、と銘打たれたのが『完全念力』なんですよ。未知の力、神の力、触れてはいけない力、と恐れられたその力を――私達は欲しいんです。いや、全宇宙が欲しがっている」
「つまりは――」
と後ろでリーフが口を開いた。
なんとも惨めな格好で話す彼女が可哀想に見えてくる。
「お前の『完全念力』をものにすることによって、我々グリーンは全宇宙を支配する事が出来る、というわけだ」
やっぱそうなのか、とすぐに思った。
しかし、それにしては随分とこった計画を練ったものだと考える、
「それならそうと言ってくれればいいじゃないか――とは言わないな。なんだよ宇宙戦争って、そんなものに参加する気はサラサラないし、この『完全念力』とやらを完全化させる気も全くないぜ」
「そう言うと思っての今なんですよ」
エメラルドは言う。
「人間は非協力的で身勝手で自己中心的な存在です。それをふまえて貴方の性格も考えると、宇宙戦争という大規模な出来事には関わりたくないと思う怠惰が生まれるでしょう。ですが私達は完全化した『完全念力』を我が物にしたい。そのために、そのための『終章、最終進化完全体』なんです」
とエメラルドが口を閉じた瞬間、ヒュンッという音が聞こえた。
「…………」
「集中が途切れたらしい」
気づけば、動けなかったはずのリーフが俺の首に刃物をそっと近づけていた。
体力的な問題なのか、それともリーフの言う集中の途切れの所為なのか、いつの間にか『完全念力』が解かれていた。
「では、長々と説明してきたところで、肝心な事を言いましょう、有瀬さん」
言ってエメラルドがこちらに近づいてきた。
『止まれ!』
「――――ッ!」
思い。
願う。
「っと……」
見事、「止まれ」と内心で考えていたら、エメラルドの足が止まった。
彼女の顔が驚愕に満ちていたが、それもすぐに消え去る。
「無駄です」
「あ?」
彼女の言った意味が分かったのはすぐだった。
ぐさり、と、肩に刃物が突き刺さる。
「あああッ!!」
リーフが――彼女が持っていた刃物が肩に容赦なく突き刺さり、悲鳴を上げた。すぐに抜かれた刃物が刺さっていた肩に手をやる。が、すぐさま血のついた刃物を顔に向けられた。
動くな、と。
「……テメェら」
「あまり――舐めないでくださいね。地球よりも遥か上に位置する私達を、あんまり舐めていると身が滅びますよ」
静止していた身体を動かすエメラルドはそう言った。
それは――シグナルが言っていた気がする。
そして徐々に近づいてきたエメラルドは、とうとう俺の目の前にやって来る。
俺の顔を見上げては、拳銃のようなものを顔に向けた。
「これ、実は麻酔弾なんですよ、即効性の。貴方を麻酔で眠らせ、その後貴方を私達に対して絶対服従させるような改造します。これを聞いて恐怖するのは結構ですが、反抗はしないでくださいね。本当のこと言えば、これが一番手っ取りばやいんですが、『完全念力』の最終進化は外部の干渉を受け付けないので、下手すると一生完全化しなくなる可能性が高いですが――誰かに取られるより、ものにしておいたほうが吉なので……」
直後――バンッ、という銃声が耳に響き――
…………。