epi-13:仕組まれたシナリオ 訪問者の目的とは!?
2
見事なまでに、迫真の演技を見せる――エメラルドは、右手の掌に黄色い立方体を乗せながらそう言った。
「……偶然だな、エメラルド。こんなところで遭うなんて」
会ったのではなく。
遭ったのだ。
ゆっくりと、エメラルドの方を見ながら警戒し、腰を上げる。後ろの方で熱気が凄いことになっているが、構っている暇はなかった。
直立不動のエメラルドは、顔色一つ変えず、ただ口だけを発していた。
声だけでも、上手い演技だと感じられる。
そう――演技。
「へえ……その黄色い箱、どっかで見たことあるぜ。……なんでそんなもん持ち歩いてるんだよ、偽善者」
「偽善者とは――」
口だけを動かすエメラルド。
「偽善者とは、聞き捨てなりませんね。私は善を偽ったつもりはないですし、というよりも――善を語ったつもりもありません」
最初からね、と表情を変えないエメラルド。
長い長い黒髪が、ふわりと浮いた。
「……バレバレなんだよ、お前らのやってることは」
「バレバレ、と言いますと?」
「俺を騙し続けたんだろ。本当のラスボスはお前らだったってわけだ」
「不正解ですね。正解は――私だけがラスボスなんですよ」
そしてやっと、エメラルドは掌に乗せていた黄色い立方体を握り締めてはポケットに入れた。動いたかと思うと、再びその場に止まり続けた。
「『完全念力』を最大限に活用するために実験をしていたんですが、どうやら外部からの干渉は受けないようでしてね。あ、知ってましたか? 貴方の知らないところで私、結構いろんなこと貴方にしたんですよ。一番大胆だったのは、梅おにぎりでしょうか」
ふふっ、と笑みを零す。
梅おにぎり。確かに俺はそれを食べたが、それはエメラルドの言う実験の道具だと言うのだろうか? 変なものを食ってしまったらしい。
「外部から干渉しないなら、自分自身で力を開花させるしかない、そう考えた結果、貴方には『完全念力』を最大限にまで引き出すための計画『終章、最終進化完全体』に協力してもらうはずでした」
「…………」
「しかし貴方は拒んだ。そのため、強制的に計画は発動されたんですよ。秘密裏に、貴方の知らないところで」
言ってエメラルドは、腰につけていたベルト(今気づいた俺)に装着していた、掌サイズの拳銃のようなものを右手に取った。
「『終章、最終進化完全体』の最大の欠点は、貴方と互角の能力者、つまりはアパリッショナル宇宙人に憑依された地球人がいないという事でした。お気づきかもしれませんが、『完全念力』の特徴の一つには、生命の危機に直面した際に『完全念力』が強制発動するというものがあります。ですから、貴方がどれほど弱い人間であろうと、最強の相手に殺されるその刹那、貴方は無意識のうちに最強さえも容易く倒してしまうんです」
拳銃のようなものを構えずに、右手で握ったままでいるエメラルド。
「そんなときに見つけたのが――『焼殺の光』の力を持つ人間でした。自らをキープアウトと名乗る彼は、電撃を身体に帯びた電気人間だったので、非常に驚きましたよ。善は急げというものですからね、私は彼を『終章、最終進化完全体』に採用しました」
「……雇ったのか、あいつを?」
「ええ。拒まれるかと思いましたが、殺人を犯した人間だったからでしょうか、狂ったようにOKを出しましたよ。やはり人殺しは人格を変えてしまいますね」
恐ろしいものです、と呟くエメラルド。
続けて、
「しかし現にこうして『終章、最終進化完全体』は失敗に終わりました。キープアウトは貴方の『完全念力』を最大限に引き出すことが出来ずに負けてしまった」
「負け? ちょっと待て、お前の計画とやらに勝負があるのか?」
「勝負に負けてしまっては、敵が本気を出す事はあり得ませんでしょう。永遠に勝ち続けなければ、『完全念力』は本気を出しませんので」
そしてエメラルドは、握っていた拳銃のようなものを、肩の高さに上げた。
銃口を――こちらに向けて。
「これらを聞いて、今私がやっている行動が理解できましたか?」
随分と――平坦な口調だった。
あまりにも落ち着いていて、奇妙だった。
奇妙というのならば――それはエメラルドの姿も奇妙で――後方で燃え続けているビルから発せられる炎の光によって、彼女は輝いていた。
光る部分もあればまた――黒い影が映る部分もあった。
例えば――彼女の顔。
「…………」
沈黙する。
薄々気づいてはいた。
そう――誘拐が起きたと気づいた時からだ。
「置手紙を書いたのはお前か?」
「? どうしたんですか急に。……まぁ、書いたのは私ですが」
「ああやって、置手紙にわざと『感電死事件』って書いたのも作意なのか?」
「おお、そこに気づいてましたか。凄い凄い」
感心しました、と言っているエメラルドだが、その割には少しも驚いた様子を見せない。
偽り、か。
「謎に必須なのはヒントですからね。ヒントのない謎は誰も解きませんから」
「幻覚を俺に見せてたのも、お前の仕業なのか?」
「ええ。幻覚といっても、貴方が見ていたのはただの映像ですけどね。宇宙人の技術、あまり舐めないほうがいいですよ」
そこには言及しないでおこう。
しかし。
全てが全て、意図的なものだというのならば。
俺は何を信じればいいのだろうか。
「では、もしかしてアレにも気づいているんですよね?」
と、エメラルドが首を傾げた。
「アレ? ……なんだよアレって」
「私達と貴方が最初に出会った時のことですよ。覚えてますよね、あのお婆さん」
並外れた身体能力を持ったあのお婆さんですよ。
エメラルドは言う。
「……おいおい、まさかだろ」
あのお婆さんの一件も――計画のひとつなのか。
金の入った鞄を盗んだアレも――お前の作戦だったのかよ。
「金を手には入れますよ、と声をかけたら元気よく答えてくれました。あ、金というのは貴方の鞄に入っていた金のことですよ」
「それさえも計画の一部なのかよ!」
「じゃあ、ついでに――アレも気づいてますよね」
逆の方向に首を傾げるエメラルド。
第二の――アレ。
いい加減にしろ。
お前はどれだけ俺を騙してるんだ。
「ああ。あれが一番気づかれると思ってハラハラしていたんですけどね」
そう言って。
首を元に戻しては、
「――無能ですね」
握っていた拳銃のようなものの、引き金を引いた。
――ガグゲゲゴ。
バンッ、という轟音と共に発射された弾丸は、――俺の顔の寸前で、虚空で静止した。
目の前にある弾丸を見る限り、地球で作られたものではないのは確かと見た。
色が真っ赤で、形が円盤のようなものだったからだ。
「――――」
この現象に、自分でも驚きはしない。
今目の前で静止している弾丸を止めているのは、まぎれもなく俺であるとは理解している。
『完全念力』による力であると――理解している。
「ようやくコツが掴めたよ」
俺はそう言って、空中に静止している円盤型の弾丸を指でつまんだ。
「頭で『止まれ』と思えば、思うように止まるんだな」
つまんだ弾丸を地面に投げ捨てる。
どうやら一度念力によって行動を制御された物体の運動はそこで終わるらしい。
収穫を得た。
「ええ。それが『完全念力』なんですよ」
しかし、驚愕もしなければ語調も何一つ変えないでいるエメラルドに、少しの疑念を抱く。
こいつは今、何故このタイミングで撃ったんだ?
「ですが、その『思う気持ち』と比例するように、自身の体力も減少していくって知ってますか?」
エメラルドがそう言った直後――。
ヒュンッ! という羽音のようなものが聞こえ、後ろを振り向いた。
「ッ……!?」
風を斬るように――一メートルを越す長い刀を持ったリーフが、空中に位置していた。