epi-12:電撃の火傷! 包帯男の能力
1
目の前に奴は現れた。
「いいね。こういう炎に包まれたビルってのは。人もいないし、邪魔もいない。最終回のバトルには相応しいステージだな」
KEEP OUT。
そう書かれたテープを全身に貼り付け、白い衣を纏った謎の人物。
前にもお会いしたが、またもやお会いしてしまった。
「念力使って幻覚を破った事には感謝するけど、しかし気づくのが遅かったな。てっきりここに来てすぐに気づくと思って暴れまくっていたけど、生憎そうはいかんかった。おかげでビルはこの様だよ、玩具の少年」
KEEP OUTのテープが貼り付けられた衣を、衣というかファッションとして着こなしている相手は、燃え盛るビルを親指で指しながら言った。
燃えるビルをバックグラウンドにしているのは銅像だけじゃなく、彼もまたそうだった。
「貴方は――誰なんですか?」
恐る恐る、か細い声で聞いてみる。
「あん? ほらコレ見ろよ。書いてあるだろ? 『KEEP OUT』ってよ」
どうやらキープアウトさん、らしい。
指で『KEEP OUT』の文字をなぞりながら話す彼に、思わず呆れ顔を見せてしまった。
「なんだその顔? 信じてねーのか」
「…………いえ」
彼から一〇メートルは離れた。
熱気から避けたいという気持ちもあったが、あの不審者を司るような容姿と言動から考えた結果、近寄るべからずと結論が出たからこそ離れた。
KEEP OUTは、近寄るな、ととっても良いだろう。
「大家さんは、いや、立神さんはどこですか?」
「知らん。全く」
勇気を振り絞って問うた質問に、意外な返答がやって来た。
「……あの――」
「事実を述べただけだが、まあとりあえず答えるなら安全なところだろうよ。危害を加えてはいない死ね」
しね、という発音と共に親指をグッと下に差すキープアウトさん。
「……」
つまりは――「いない『死ね』」、か。
「俺、嘘は吐かない主義だから、これから先も嘘は吐かないぜ。安心しろ、お前の質問にはきちんと詳細まで明かして答えてやるよ」
下に指していた親指を上げる彼。
「……」
説得力ねーよ。
その姿と言動から考えてな!
しかし。
考えてみると、どうやらおかしいのは彼だけではなかった。
炎上するビルがあるのに、周囲には人間誰一人いない。
消防車のサイレンも聞こえなければ、悲鳴も奇声も耳にしない。
一方に燃え続けるビルを、このままほったらかす方針なのか?
「その様子から察するに、まぁその通りだよ。このビルをどうにかしようなんて考えてる連中はいねえ。というより、誰も近づこうとはしないのさ」
「……」
「まあ、俺の所為なんだよね」
言いながら、銅像に手をつくキープアウトさん。
「感電死事故の真相は実は事件で、その犯人が今ここで暴れているって聞いたら、警察も動くんだろうけど、生憎そんな事は警察知らないし、今現在起こっているこの状況は『不可思議な現象によりビルから放電が起きている』ってことらしい。警察さん方もそれ聞いて、避難勧告出してるわけだよ」
感電死事故、というキーワードを聞いてハッとする。
今まで彼を目で見つめていたが、すぐに睨む目へと変えた。
「……感電死、どうやって起こした?」
「あ、そこに突っ込むか。いいぜ、答えよう。――超能力さ」
バチバチ、と火花が彼の頭から散った。
直後、俺の目を休ませることなく、彼の頭から火花が消えると今度は青白い電撃が――ビリリと。
虚空に消えた光の残像が、目に焼かれた。
「通称『焼殺の光』っていうらしいよ。なんでも電撃で何かを焼くのがメインの力らしい」
凄いよなコレ、と笑うキープアウト。
「……」
「……なんだよその面は。まるで敵意を見せてるようなものだな。カルシウム取ってるか? 短気は損するぜ。闇雲に突っ走るからな」
なんだろうか。
彼から発せられるオーラというか、威圧感というか、そういったものが感じられない気がした。
不審者の頂点とまで言える容姿から呆れてしまっているのか、それとも自然に彼への恐怖心を抱けないのか。
身近にいる感覚がしてならない。
「『焼殺の光』を使って、何人もの人間を痺れさせてきたけど、手にしたもんは全部同じだったんだからまぁ、悲しいわけだよ、玩具の少年。でも、今は違う。――お前が相手で嬉しいんだ」
ビリリ、と火花を散らす前に青白い光を全身から放ち始めた。
彼の言う超能力による現象ならば、俺に危害を加えるのは確かなはずだ。
「うずうずしてんだよ。こうしてお前と会って、お前と闘えるってんだからな」
「……闘う?」
「決闘だよ。――全てはシナリオ通りだ」
瞬間――敵は動き出した。
一〇メートル離れている俺のところへ走り出し、両手から光を生み出しながら笑い声を上げた。
「――!!」
敵が目の前に来たのはすぐだった。
驚く暇さえあまりなく、敵は電撃を溜めていた両手を一気に俺の胸へと突き出した。
「っくッ!!」
即座に後ろに身体を反らす。その所為で後方へ全身が倒れ、キープアウトに見下ろされる姿勢になってしまった。
「死ぬなよ」
ガッ、と突き出してきた両手が俺の腹部に当たる。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!!!!!」
「わーお。叫んでるぜ、玩具の少年」
――ガガガガ。
意識が吹っ飛びそうになったが、何とか堪える。
妙な雑音が耳に響いたが、それよりも電撃の痛みの方が数倍強烈だった。
敵の突き出していた右手を無理矢理腹から離す。
右手を掴んでいた左手を、強引に上へと伸ばそうとしたが、
「あほ」
「あああああああああああああああああああああッッ!!」
敵の右手から出された電撃によって再び激痛を喰らう。
しかし。
意識はあった。
「――――」
「ここで疑問になってくるのが――平気なお前の姿なんだよな」
キープアウトが呟いた瞬間、死に物狂いで俺は右足を上げた。
彼の股間を蹴るように伸ばした足は、股間ではなく左脚の太股へと当たった。
体勢を崩したキープアウトを見、俺はすぐさま身体を横にずらし、立ち上がろうとした。
が、先ほどの電撃によって負傷していた左手を地面に置いたとき、肌が焼けていたために一瞬の激痛が全身に走った。
「――ッく」
堪えて、とにかく堪えて立ち上がり、すぐさま燃え盛るビルの前にあるビルの方へ駆け寄る。
休む暇なく振り返ると、右手を顔の横に上げてそこから光を放つキープアウトが見えた。
「それは『完全念力』によるものなのか?」
「あ?」
『完全念力』?
今そう言ったのか?
「……なんで知ってんだよ」
「あ、いや。口が滑ったようだよ。ちょっと驚いただけだ」
左手を見る。
黒く焦げていたが、しかし指の機能はきちんと働いている。右手でそっと触れたが、それだけでも痛みを感じた。
バチバチ、と電撃で遊ぶキープアウトを見つめる。
俺の『完全念力』を知っているということはつまり、彼もまたシグナル達のようなヒューマノイド宇宙人ということなのだろうか。可能性はあるが、しかしだとすると、彼が俺を襲う理由が分からない。
シグナル達同様に、宇宙人狩りの協力を求めているのなら危害は加えないだろうし、敵だとすれば俺を狙う動機も分からない。
いや、ここで考えるならば一〇〇%、彼は敵だ。
『完全念力』を使わないわけにはいかないが――全身に力が入らないし、どうやって扱うのかも未だに分かっていない。
「この『焼殺の光』を喰らって平気で地面を立っているっていうのは、ちとあり得ないんじゃねーのか? なあ、どう思うよ?」
やや低めの口調で問うキープアウト。
どう思うよ、と言われても俺も分からないのだから、どうしようもない。
電撃を浴びて普通にいられるなんて、夢みたいな設定だ。
「仮にお前がゴム人間だとしても、だったら既にお前は俺に向かってゴムゴムのバズーカでもやっているに違いない。やっていないのだからお前がゴム人間であるということはまずないだろう。だとするならば、お前が平気でいられるのは、最早人間ではないからだ、としか言いようがないな」
「そういう貴方は、電気を掌で遊ばせていても、傷一つ負わないんだな」
「そういう仕組みなんだよ。しいて言うなら『絶縁体』ってところかな」
パッと電気を掌から消すキープアウト。
自らを絶縁体と称するのだから、人間ではないのだろう。
そういう結論が出たところで、いつの間にか、敵は走っていた。
「なっ……」
「お前は『絶縁体』でもないくせに、よくのうのうと平気でいられるよなぁッ!!」
彼は右手から青白い光を出し、こちらに近づいてきては拳を作り、殴るように手を伸ばしてきた。
触れちゃいけない。
逃げるしかない。
「――ッ!」
並みの速さのパンチに、避けることが精一杯だった俺は、真横に身体を持ってきたキープアウトからすぐさま離れるように横走りをした。
――だが、顔を見せない相手でも、キープアウトが今笑ったように見えた。
「手、だけだと思ったか?」
気づけば――いつの間にかキープアウトの右足が俺の足元に来ていた。
勿論――電撃付き。
右足の脛の部分を、思いっきり蹴り飛ばされた。
「――――――ッッッッ!!!!」
脛を蹴られた痛みよりも、直後に流れた電流による痛みの方が圧倒的に勝っており、声にならない叫びを上げてしまった。
「これでも死なねぇんだからよ。――お次は顔面ってか?」
キープアウトの言った意味がすぐに理解出来た。
――だからこそ本能的に、俺は痛みをぐっと我慢して両手を顔の前にやった。
「くへ」
読み通り、キープアウトの拳が顔に向かって伸ばされた。
両手で拳を捉えたが、しかし予想通りに電撃はそこから放たれた。
「んんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんッッッ!!」
「泣けるぜ! お前のその無駄な足掻きになッ!!」
言った意味が理解出来たのは――直後だった。
電撃の拳が俺の両手から放された直後には、かすかに指と指の間から見える視界に映っている通りならば、彼の拳は顔の下――胸の方へと寄せられていた。
避ける暇も。
逃げる暇も。
構える暇もないまま――、
「痺れまくってMにならないようにッ――」
ガガガガガガ。
――ガガ――ガガゴギギグゲガガゴギガグググゲゴ。
「………………は?」
「――――」
次にやって来たのは、痛みでも笑い声でもなく、何かが抜けたような声だった。
――ガガ
顔に被せていた両手をゆっくりと、慎重に放していくと、俺の胸へと突き出していた拳が見えた。
しかし、残り数センチで胸に直撃するというのに、拳を突き出すキープアウトはそこから動こうとする気配を見せなかった。
――ガグギゴゴゲ
「……ん?」
青白い光は、確かにキープアウトの拳から放たれている。
思うに、彼は俺の胸へと拳を当てようとしている。
だけども。
「これは、これはこれはこれは――ヤベェぜ」
キープアウトのその一言を聞いて、ハッとする。
チャンスだ。
「あちょーっ!」
両手を握り、作った拳を上から思いっきりキープアウトの頭へと振り下ろす。
ゴツンッ、という鈍い音が響くと共に、キープアウトはその場に倒れこんだ。
「っテェッ!!」
痛みに耐えようとその場にもがこうともせずに、ましてや即座に立とうする素振りを見せないキープアウトに、少しの疑念を抱く。
動けないのか? と。
その時――だった。
ゴオオオッ、という轟音をたてると共に、燃えていたビルから黒く焦げた四角形の物体が落ちてくるのが見えた。
飛ばされるようにビルから出てきた物体は、丁度キープアウトと俺を落下点へとするように落ちてくるのが、嫌でも分かった。
「げげげげげげげげッッ!! 嘘だろオイッ!」
――ゲグギガ
先ほどから妙な雑音を聞いていたが、単に燃えているビルから発せられる音かと思っていた。
しかしそれは間違いだと気づく。
身の危険を感じると、――グゲゲゴガグギガ
――グガギグググゴゴガゲグガガ
「オイオイオイオイオイオイッッッ!!」
キープアウトが叫ぶ。
落ちてくる物体を見上げる。
そして俺は――
「んんんんんんッッ『――グゲガグゴギガゴゴゴグガギガガグゲガ「んんんんんんッッ!!『――唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖「――んんんんんんんんんッッッッ!!!!!!!!」
物体が俺の頭へと衝突する刹那。
そして直後、俺の頭がぐしゃりと潰される音を聞くと、首があり得ない方向に曲がった。
痛みなんてものを感じる前に――視界が真っ暗になった。
それが幻想。
黒焦げの物体が俺の頭に衝突する――残り五センチといったところか。
「…………」
「…………」
二〇メートル上から落下してきた物体は、俺の頭のてっぺん寸前で、綺麗にぴしゃりと静止した。
それに対して、俺は。
驚く事も。
恐怖する事も。
感動する事も拒んだ。
「……これが『完全念力』だよ」
その場に倒れる――見えない何かに縛られているキープアウトを見下ろした。
雑音が更に乱れるように聞こえているのは、多分俺だけだろう。
視界がぐらぐらと揺れ、一瞬闇が見えたり光が見えたりと、不可解な現象に見舞われてしまう。
『完全念力』。
おそらく『完全念力』の正体なのだろう。
全身に力を込めたわけでもないし。
精神を集中させたつもりもない。
極自然に。
素で身震いしたその瞬間に、俺の持つ力は発動されると考えた。
千里眼――と銘打った『完全念力』による現象を起こした時も、力を加えたつもりだったが、よくよく考えてみるとあの後、俺を襲ったのは、疲労感ではなく頭痛と嘔吐しそうな気分だった。
幻覚というべき現象を破った時もまた、力を入れたつもりはあったのだろうけど、実際はそうじゃなかった。不愉快な幻覚と幻聴が脳内で再生されただけだったし。
誰かは言った。
『完全念力』は念力の中でも最高峰の力があるとか。
いやいや、これは度が過ぎてる。
俺の扱える範囲に収まっていない。
「……おい」
と、見下ろしていたら、キープアウトが目だけをこちらに向けて口を開いた。
「さっきから気持ち悪い感触がしてるし、おまけに身体が動かねーんだが……、もしかしてお前の仕業か?」
恐怖したような語調ではなかった。
少なくとも彼は俺に対して怯んではいないらしい。
だけども俺はというと――頭上に静止し続ける不気味な焦げた物体に、今にも恐怖しそうな勢いだった。
「実は言うと、俺も『完全念力』には何の知識もないんだ。――宇宙人である貴方なら知ってるんじゃないのか?」
「はあ?」
返ってきたのは呆れ声だった。
「宇宙人? おいおい冗談よせよ。俺のどこを見て宇宙人だと思うんだよ」
その『KEEP OUT』と書かれたシールが貼り付けられた浴衣みたいな服を着てる時点で、宇宙人と思ってもおかしかねーよ。
「まあ。こんな危ねぇ力持ってる俺達は、外部が見れば宇宙人だって思うだろうよ」
「……俺も入ってるのか?」
「『完全念力』を使うお前もその一部だろ。『焼殺の光』で人を殺した俺はもっと危険視されるだろうけどな……」
そして疑問を抱いた。
さっきも少し思ったんだ。
この人物はどうして――『完全念力』のことを知っているんだ?
それを言葉にしようと、口を開いた瞬間だった。
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッッッ!!
「ああッあッッあッああッああッあああッぁああああああぁぁッぁああああッッあッぁッ!!」
揺れる感じ。
もっと言うなら――全身が振動しているような。
そんな衝撃が不意に襲ってきた。
約一〇秒間に及ぶ衝撃が止むと、立ってることさえ限界に近くなりその場にしゃがみ込む。
「…………って、あれ?」
そこにいたはずの――キープアウトがいなかった。
ゆっくりと地面に尻をつける。
その際に後ろに伸ばした手が、何かに当たった。――ビルから落ちてきた焦げた四角形の物体だった。全焼しているので、それが何なのかは判明できなかった――が、
「…………」
後ろを見た際に、視界に映ったそれを見て、愕然する。
ああ。そうか。
『振動爆発』って奴か。
「こんばんは。偶然ですね、有瀬さん。……おやまぁ、どうしたんですかその怪我! 大丈夫ですか! 手当てしますよ!」