epi-10:使う時は来た 完全念力の見る幻!
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ワンピースの姿に、金髪のセミロング。終始にこやかな笑顔を見せる彼女の名は、アップル。宇宙人狩りを目的として地球に訪れたグリーンというヒューマノイド宇宙人の暗殺係と呼ばれる存在。一番の怪力の持ち主であり、見た目で判断しちゃいけないとはこの事だ。
「大変なんだ……」
彼女の存在を目に焼き尽くす。
アップルだ。
丁度いいところに来てくれた。
刃渡荘の出入り口付近に、彼女は心配そうな顔でこちらを見ていた。
「ん? どしたの? そんなに慌てて」
彼女の言うように俺は慌てていた。
彼女の下へ駆け出していたからだ。
「…………誘拐だ」
「へ? ユウカイ?」
「あ、お前、誘拐の意味知ってるんだっけか? まぁいい! とにかくだ。とにかくだよッ!」
「お、落ち着いてよ、ミサっちゃん」
「落ち着いちゃいけないんだよ!」
叫ぶ。いや、怒声だろうか。
終始笑顔の彼女とは逆に、俺は終始怪訝そうな顔をしているに違いない。
「――落ち着いてよ」
「――ッ」
不意に、アップルらしくない低い口調を聞かされる。
「何があったかしらないし、ユウカイの意味も分からないけどさ。ミサっちゃん、これだけは言えるよ。落ち着かないと、失敗しちゃうんだよ」
はぁ、ふぅ。
深呼吸をして、刃渡荘の建物へと振り返る。
開けっ放しのドアはそのままにしておいたので、遠くから見れば奇妙で仕方ない。
「……大家さん達が、どこかに連れて行かれたんだよ」
「ぅえーッッ! あの強そうな女の人が!? どーして!? どこに!?」
驚き方さえも場違いな気がしたが、しかしアップル、お前のお陰で落ち着くことが出来たと言っておこう。
刃渡荘を見て、気づいたのだ。
そういや大家さんも似たような事を言っていたな、と。
確かにここに大家さんがいたら、大家さんは俺をこっぴどく叱っていたに違いない。まるで母親のように、俺を、正しい道へと進めさせていただろう。そう考えると、まるで慌てていた俺が醜く感じた。
アップルのほうを振り向く。彼女の顔をじっと見て、お願いをした。
「助けてくれないか。手伝って欲しい」
「いいよ!」
考える暇も無く、まるで反射的にアップルは答えた。
夕方五時過ぎ。
空には夕焼けが広がっていた。似合わしくない。今の俺の心境と外の景色がかみ合わない。その所為か、焦るような感覚が時々不意に俺を襲ってくる。
繁華街を駆ける俺に、走って何の意味がある? と問いかけてくる。
意味はない。
でも――走らないといけない気がした。
アップルと手分けした探す事になった。改めて思うが、現れたのがアップルで良かった。シグナルだったら変な条件を出すに違いない。
ありとあらゆる場所を探す。
いないと分かっていてもショッピングセンターを探したり、不良が集まるような路地裏にさえ足を運んだ。
こんな事で大家さん達が見つかるのだろうか。
どうせなら警察に電話すべきだった。
――警察に電話する。それが第一だ。
――駄目だよ。アパリッショナル宇宙人が関与している事件に、警察は駄目。
なんて強引に言われては、俺も首を横に振りたかったが、肯くしかなかった。
自力で探せ。大家さんがそう言ってるに違いない。
無理はあるがな。
しかし困った。
大家さん達を見つけるにしても、ヒントが何一つないのならば探すあてがない。
ヒントといえばアレだ。
脅迫文というか、洒落た置手紙を残した謎の人物。俺の推測が正しいのならば、間違いなく犯人は『KEEP OUT』と書かれたパッキングテープを身体中に貼り付けた白い衣を纏った奴だ。
記憶の中にいると語ったのだから、間違いなく奴だろう。
ならば感電死事故――の犯人も彼に違いないとみる。
頭の中がキーワードで埋めつくされる。
刃渡荘。誘拐。大家さん。ドア開放。ドア全壊。置手紙。記憶。KEEP OUT。変人。感電死。アパリッショナル宇宙人。グリーン。シグナル。アップル。リーフ。エメラルド。
そういえば、今日の内に俺は変な知識を詰め込まされたはずだった。
昼休みの中の会話。
『あ、そうそう。貴方の『完全念力』。使い方って様々なのよ。透視とか予知能力とか、結構ジャンルは多いからね』
『あ? 透視能力?』
『どうしてそこに引っかかるの?』
『あ、いや。……そうか、そういう使い方もあるのか。だったらよ、未来を見るとか、千里眼とか、死人と話すとか動物と話すとか……、そういうのもあるのか?』
『あると――思うわよ。多分ね』
――あ。
歩道の真ん中で足を止めた。
気づけば横には、昨日リーフと行ったCDショップがあった。
「『完全念力』……」
呟く。
その呟きも雑音によってすぐに掻き消された。
だけども消されることのないものが心にあった。俺の内心に、一つだけポジティブな可能性が確かに芽生えていた。
「……千里眼ってか」
『完全念力』がどこまで扱えるのか無知だ。
だからこそ。無知だからこそ可能性があるのだろう。
落ち着け。
落ち着かないと、前には進めない。
落ち着かないと、何もかも失敗する。
俺は、人の歩行の邪魔になるような場所に立ちながら。
ゆっくりと呼吸を整え、空を見上げる。
「試してみようか……」
気まぐれで起こる『完全念力』だが、ここぞという時に発動してくれるのがこの力の良い所だ。例えば、あの四人組と初めて遭ったとき、逃亡の手段にこれを使った。
危機的状況で発動する、という条件があるのなら――。
今この瞬間だって。
『アアアアア『ウウウ『エエ『ギギギギ『ンンン『ガガ』――――――――――――――
――緑色の空。
発光体が白く輝きながら、一つのビルに向かっている。
ビルから黄色い輝きが新たに生まれた。
電流のような青白い光が、滝のようにそこから流れている。
端から端まで、『立ち入り禁止』とかかれたテープが貼り付けられる。
笑い声が聞こえてきた。
数人の影がビルから落ちてくる。
落ちた影はやがて地面に消えた。
ビルの下には銅像が建っていた――。
――――――――――――――――『オオ『ゲゲゲゲ『ググ『エエエエエ『ゴゴゴ――
「…………ぅぁ」
ぐぎぎ、と何かが埋め込まれるような頭痛が急に生まれてきた。
その場に倒れるように身体が後ろにもっていかれたが、右足で何とか踏ん張り、姿勢は保てたままだった。
「…………はあ」
息切れ、というもんじゃない。
これはもう死んでもおかしくないぐらいキツい。
頭が爆発しそうで、その分視界も安定していなかった。歩く人々がカラフルな影に見える。
頭を手で抱える。頭痛によるものなのか、嘔吐しそうな気分になってきた。
しかし収穫を手に入れた。
――『完全念力』を扱うことには成功した。
それが完全たる能力なのか、そんな確証はどこにもねーが。
それでも、行くべき場所は見つかった。
「……銅像が下にあるビル」
念のために声に出して確認する。
あの現象が――千里眼のようなものに近いのならば、これを信念にすることは不可。
されど。
――『落ちつかねーと前進しないぜ』
大家さん。
前進するには、足を動かすしかないでしょ。
「人探しじゃねーぜ。人助けだ」
自分に言い聞かせる。
幸いにも、俺は、銅像が下にあるビルを知っていた。