epi-09:迫り来るは謎 混乱への一歩
1
学校に行く支度をし、相変わらずの不気味なエメラルドさんに「いってらっしゃい」と言われ、「いってきます」と返事をすれば、一階の一〇四号室に向かい、ドアをコンコンと叩く。
がちゃり、とドアが開かれ中から大家さんがパジャマ姿で出てきた。
「ぅあ? ……んだよ、オメェか」
「俺です」
欠伸をして、頭を掻く大家さん。
寝起きなのだろうか。いや、大家さんが寝起きならば今ここで鼻フックされているはずだ。
ドアを叩いたときに一歩下がろうとしていたが、せずに良かったらしい。
「何の用だよ?」
随分と眠たそうな顔だった。
「あー……実はですね。ていうか、最初に謝っておきます。――すいません」
言った瞬間、ガシッと、下げた頭を?まれた。
顔を上げることも許さず、大家さんは言う。
「何やらかした?」
「……ドアぶっ壊れました」
「…………え、ちょっと待って、も一回言って」
「ドアがですね。壊れたっていうか、全壊っていうか」
「へへ。眠気が覚めたぜ有瀬君。――ちと入れや」
「ういっす」
こうなる事は予想していた。
心臓の鼓動が暴走している。
これから一〇分後――俺の学生服がボロボロになっていたので、再び二〇四号室に戻るハメになった。
2
「なるほど、どおりでそんなボロボロなわけね」
教室の中で、隣に座る後島碧ことシグナルは、嫌な笑みを浮かべそう言った。
あの後大家さんに扱かれた俺は、二〇四号室に戻ってドアを直すようエメラルドとアップルに命令し、その後遅刻をするという、最悪な一日の始まりとなった。
しかし一日が過ぎるのは早く、今は昼休み。
午後からやって来たシグナルは注目の的だが、その注目を浴びる者はこちらを見ている。
「お前らの所為だ――と怒りたいところだが、怒ったところで常識の通じないお前には言う必要もねぇわな」
手に持つ箸をくるりと回す。
「それは聞き捨てならないわね。常識の通じない? 何を言ってるの有瀬君、貴方よりも遥かに常識を知ってるわ」
「夜の挨拶といえば?」
「こんばんは」
ふん、と笑うシグナル。
これで自慢げにするんじゃねーよ。
「日本の首都を言え」
「東京……よね」
「何だ、自信ないのか?」
「そうね。そんなとこまでいちいち覚えられないわ。私は宇宙人狩りで精一杯だし」
シグナルは持参のパンを銜える。
口にパンを含みながら、
「そういえば、貴方もある程度こちら側の知識を覚えていてもらうわよ」
「俺はまだ協力するとは言ってないが……?」
「してもしなくても、知ってもらいたい知識っていうのはあるものよ」
例えばね、とシグナルは続けた。
「最強の宇宙人の種族は――ブラックよ」
「はいはい、ブラックね」
なんて。
無駄な知識を昼休み中詰め込まされる。
とにかく。
とにかく今日も昨日も、俺にとっては迷惑でしかなかった。
そして。
ここからが異常だ。
3
帰宅して――慄然した。
驚愕でも愕然でも唖然でもない。
全身の肌が一瞬にして凍るような感覚が襲った。
痺れが躊躇いもせず直後に感じられた。
「…………」
開かれたままの一〇四号室のドア。
中を覗けば、誰もいない。
一〇三号室、ここはフリーターで天才が住んでいる部屋。ドアは開けっぱなし。誰もいない。
一〇二号室、ここは嘘吐きの塊が住んでいる部屋。ドアは開けっぱなし。誰もいない。
一〇一号室、ここは頼れる警備員が住んでいる部屋。ドアは開けっぱなし。いつも通りだ。
二階に上がる。
二〇一号室、ここは小学校の先生が住んでいる部屋。ドアは開けっぱなし。誰もいない。
二〇二号室、ここは俺を愛している人が住んでいる部屋。ドアは開けっぱなし。誰もいない。
二〇三号室、ここは悪魔が住んでいる部屋。ドアは開けっぱなし。いつも通りだ。
二〇四号室、ここは有瀬美里が住んでいる部屋。ドアは……壊れていた。直してねーじゃねーか、エメラルドとアップル。
そして――部屋を覗いて。
置手紙に気づいた。
靴を脱がずに中に入る。
テーブルに置かれたA4サイズの紙を、手に取る。
「…………何だよこれ」
手紙にはこう書かれてあった。
『読んだな? そうか読んだか。つまりは今の状況も理解しているのかな? いやまぁ、どうでもいいがよ。しかし、考えろ少年。これはなんだ? この手紙は何だ? 何で俺の家に置いてあるんだ? なんて考えてねーか? それは正解だ。お前は実にいい頭脳をしている。
簡単に言えばだな、結局のところこのアパートの住民のほとんどを誘拐させてもらったりしたわけで、案外簡単に済んだよ。いや、あの嘘吐き君には手こずったがな。
どうした? 手が怯えてるぜ? そうなんだろ実際。この手紙をここまで読んで、大体察しはついたろ。そうよ、誘拐事件発生だよ。
ならばお前はどうする?
このまま怯えるか。それとも俺を探すか? 無理だぜ。ここらで俺を探すってのは、高校生のお前じゃ無理だ。
ヒントはやってある。
お前の記憶に俺はいる。
そうだな。大ヒントをやろう。
感電死。
感電死事件の事を知ってんだろ? だったら分かるはずだ。
実は俺もお前の事を知ってる。
何でか知りたいか? 知りたいだろうよ。だがな、知りたいなら俺を見つけるほかないな。あんだけ派手な格好してるんだ、すぐに見つかるかもな。
最後に。
世も末だな。
注意、電撃には気をつけましょう――』
全てのドアが全開(全壊)されてあり。
更にはいるはずの人がいない。
俺の部屋に置かれた置手紙。
「…………」
激しく混乱した。
とととににかくくこれれれはいちちちだいじじじじであてててってけいいいっさささつにれんんらららくくすべべきききだがががまままてて、かかんんんがえええろろろろ。
こんんんらららんんしてててているるるせいいいでで。
あああたたたままががままわららななななない。
「あっ、あ、ち、ょっと、あ……、い、いやや、いやいや……、あり得ない。ありえねーわな普通。……えっ、ってか、えっ……、は、は、ははは、ははははは」
落ち着け。
落ち着け。
とにかく落ち着くんだ。
手紙を握り締めながら、落ち着こうと深呼吸をする。
「警察だ」
警察に連絡すべきだ。
これは立派な誘拐事件だ。
証拠もある。
それに犯人も誰か分かっている。
しかし生憎携帯電話というものを持っていない。――考えた結果、近くの公衆電話を借りることにした。
いや、待て。
ここはあえて学校に戻って、部活動見学をしているシグナルに事を伝えるべきだろうか。
急いで階段を下りる。
もう一度一〇四号室の前に行くが、大家さんの姿はない。
再び混乱しようとしたが、胸をギュッと握り締め、それを抑える。
振り返って、刃渡荘から出ようと足を出した瞬間――。
視界に、彼女は映った。
「? どーしたの? そんなに慌ててー?」
場違いなぐらいに、無邪気な笑顔をこちらに見せてきた。