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宇宙からの訪問者  作者: 赤腹井守
始まり
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epi-00 序章

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 人間離れした人間というものを見たことはあるだろうか。

 実を言えば俺もその内の一人に入るのだが、しかし実際のところ、どうして俺にはこんな能力があるのだろうと、常に悩んでいるところではある。

 だからといって、この状況でその恐れられた能力を使わないわけにはいかないのだが。

「待て待て待てッッ! 俺の鞄を返せ婆さんッ!!」

 有瀬(あるせ)美里(みさと)こと高校二年生百メートル走十二秒台の俺でも、八〇歳以上には見える老人の脚力に勝てない、と言ったところで誰が信じてくれるのだろうか。

「待てよオイッ! クソッ! 何だよあの足の速さは!!」

 こうして商店街を走りまくっても、誰も盗人婆さんを止めようとするものはいない。

 現に俺が叫びながら婆さんを追いかけても、周囲の人間はギャラリーと化しているだけで、異常な速さで商店街の道路を駆け抜ける婆さんを見て、誰も驚愕しないのは聊か不自然だった。

 いや、その問題に関してはもう既に俺は理解している。

「誰かッ! 誰かあの婆さん捕まえてくれッ!」

 ギャラリーたる周囲の人間つまりは商店街で店を経営している皆様は、俺の愉快さに楽しんでいるのだった。

「若いもんはいいねぇ」

「ホラホラ、婆さんに負けてんじゃねーよ」

「いったいった!!」

 婆さんを止めるどころか、俺に声援を送っている始末。

 既に白いカッターシャツに汗が染み渡っている。午前授業だった学校の日程を終えて下校道を渡っていた最中に鞄を盗られてから、およそ三〇分は掛かっている。

 全力疾走で婆さんを追いかけても、差が縮まることはなく、徐々に開いていっているとしか思えようがなかった。

「化け物だよあの婆さん!!」

 前方四〇メートルほど先で、チラチラと後ろの俺を警戒しながら走る婆さんを見ていると、何だか走っている自分が妙に恥ずかしくなってきた。

 だけども、今月の生活費十五万円という大金が入った財布がある鞄を取り返さないわけにはいかない。

 諦めたらそこで終わりだ。

 俺は既に限界に近い体力を無視して、更にスピードを上げていった。

 三〇メートル、二〇メートルと婆さんの背中が近づいてくるなかで、突然その背中が視界から消えた。

 俺の顔に笑みがこぼれる。

「そこは行き止まりだ!」

 左の細道に急に曲がった婆さんの後をつける俺は、ここらの地理には詳しかった。

 細道の向こうは白い壁が立ちはだかっていることを知っている俺は、ついに勝利を手にする時が来たと喜びを味わいながら、細道の方へ曲がった。

「はぁ……はぁ……、お終いだ、婆さん。俺の鞄を返せ」

 頬に流れる汗を手で拭い、俺は目の前で戸惑っている婆さんを睨みつけた。

「ふん。若いもんにはまだ負けんわ。――見とれ、わしはまだ現役じゃッ!!」

 婆さんは叫び、腰を低くすると足を勢いよく伸ばし、――跳躍した。

 五メートルはある壁を、軽々と飛んだ。

「…………え」

 ええええええええええッッ!? 

 理解不能だった。

 軽々と、ウザイ笑顔を浮かべながら、婆さんは五メートルという高さを飛び越え、壁の上にある民家の屋根に着地した。

 俺の顔を見下ろす悪魔のような顔が、ニヒッと笑う。

「わしの生活も困っとるんよ。見逃せや、若いもん」

 こちらも生活に困っている身。俺にとっては大金と言うべき金が鞄の中に入っているのだ。

 諦めるわけにはいかない。諦めたら飢え死にするのは確定している。

 見下ろしていた顔が視界から消えると、俺はすぐさま壁に向かって走り、手をついた。

「……飛べねーよ」

 この五メートル以上はあると思われる壁を、軽々と、ましてや歯を食いしばっても限界を出し切っても、飛び越えることは不可能だと一瞬で理解した。

 だったら――登るしかない。

 不幸中の幸いか、壁にはところどころ穴が開いており、それを駆使すれば何とか登ることは可能だった。

 すぐに手の届く場所にある穴に右手を伸ばし、俺はロッククライミングではなく――ウォールクライミングを開始した。

「何で婆さん相手にここまでしなくちゃいかんのだ……」

 愚痴をこぼしながらも、俺はやっと壁を登りきった。

 民家の屋根、というよりは瓦ではなくコンクリートの屋根だった。ようやく屋根の上に足をつく――と、

「お疲れさん」

 と、寸前に立っていた婆さんが、またもニヒッと不気味な笑みを見せ――俺の腹部を蹴飛ばした。

「うごぉッッッ!?」

 強烈な回し蹴り。

 避ける暇などなかった俺は、容赦なくそのまま後方へ吹っ飛んだ。

 三秒間は空中にいただろう。俺はその衝撃に逆らえることなくコンクリートの屋根に転がった。

「……ってぇ」

 これまた不幸中の幸いなのか、俺はあと少しで屋根から五メートル下にあるコンクリートの地面へと落ちそうだった。

「危ね……」

 婆さんの跳躍といい回し蹴りといい、驚愕をし続けたあまりに呆れてしまったためか、俺はこの状況に恐怖することは出来なかった。

 すぐさま立ち上がると、前方にいる婆さんを見つけた。

 こちらを見ては、ニヒニヒと笑っている。

「あれは最早老人というカテゴリには属さんぞ。……殴ってもいいのか」

 馬鹿げた運動神経を見せる婆さんを目にしている俺は、鞄を取り返すべく走り出した。

 それを見た婆さんも、俺から逃げるように走り出した――と思ったが。

 婆さんが――。

「…………あれ?」

 身体を丸くしながら――。

「……え、嘘。……いやいや待って」

 こちらに吹っ飛んできた。

「げぼぉッ!」

 直撃。

 婆さんの身体が小柄だったために、俺の腹部に華麗に激突した。

 まるでボールのようにこちらに吹っ飛んできた婆さんの所為で、俺は後ろの強引に倒されるハメになった。

「うううううう……」

「何なんだよもう……」

 俺の懐に倒れる白髪婆さんは、呻き声を小さく上げながら、身体を丸くしていた。

 俺は婆さんの身体を退けながら、二度の激痛を味わった腹部を摩る。

「婆さん、幾ら何でも自ら吹っ飛んでくるっつう荒業は駄目だぜ」

 この婆さん、自らも傷つく攻撃にはさすがに耐えられなかったのだろうか、その場でずっと震えていた。

 さすがにダメージがあったのだろう。

 俺の腹部も相当ヤバイが、婆さんの体力もそろそろ限界なのではないだろうか。


「そこ、動かないで」


 身体が硬直した。

 突然の第三者による声の介入に驚き、そして恐怖を感じた。

 目に映るのは、四人の少女。

 その内の一人が、銃と思われる武器をこちらに向けていた。確かにしっかりと、銃口は俺に向けられている。

 静止していた俺の身体に、ゆっくりと変化が訪れた。震えだ。虚空で止まっている両手の震えが始まった。

「全く、やって来て早々こういうことが起きるなんて、私達もどこまで不幸なのかしら」

 銃口をこちらに向ける少女は、ゆっくりとこちらに向かってくる。

 後ろの三人も、共に歩いてきた。

 何だ? 誰なんだ?

「有瀬美里。そのまま動かずにじっとしていて。――下手に動くと怪我するわ」

 死ぬわよ、と言わなかったことに安心したが、しかし怪我というワードでさえも俺にはかなりの恐怖感を与えた。

 銃口がゆっくりと近づく。

「OK。よく動きませんでした」

 もう目前に、銃を持った彼女が立っていた。

 近くで見るとやけに可愛く見えた。同い年ぐらいかそれに近いぐらいの年齢だろう。黒いブラウスに黒いミニスカートを着こなしている彼女の姿は、どこからどうみても高校生もしくは中学生といったような容姿を持つ彼女。そんな彼女が、顔色一つ変えないまま、銃をこちらに向けていた。

「心配しないで。貴方に銃口を向けていたのは下手して動くのを防ぐため。用があるのは――こっちよ」

 彼女の言葉の終わりと共に――銃口は瞬時に地面に蹲っている婆さんに向けられ、

「お、オイッ!」

「消えなさい」


 彼女は躊躇うことなく引き金を引いた。


 そこでは、おそらく銃声が響き弾丸が婆さんの頭を撃ち抜くはずだったのだろう。

 しかし、現実で、目の前で起こったのはそんな柔な話ではなかった。

 青白い電撃のようなものが、銃口から発射され、複雑な動きをしながら一瞬で婆さんの頭に直撃した。

 空中に浮かぶ光の残像を目に焼き尽くしていた俺は、やがて現実の状況に気づいた。

「…………あ、え、…………お、オイ! 何やってんだお前!」

 婆さんは電撃のようなものを浴びたせいか、「あああああああッッ!!」と悲鳴を上げながらその場で暴れ始めた。

 手足を奇妙に動かし、白目を剥いた婆さんを見て、俺は銃口を未だ婆さんに向けている少女の胸倉を掴んだ。

「お前何してんだ!? 婆さんに何した!?」

「鞄、盗まれたんでしょ。どうしてこの人を心配する必要が、貴方にはあるのよ」

 彼女の冷静な対応に、俺は呆気を取られた。胸倉から手を放し、俺は彼女を見つめた。

「……はぁ?」

 やがて銃口を婆さんからこちらに向けた彼女は、ニヒッと笑顔を作ることもなく、ただただこちらをじっと見つめていた。

「安心して。この人は殺してない。私はこの人に憑いていたゴーストリアンを回収しただけ。直にゴーストリアンは自然消滅するわ」

 言っている意味は理解できなかったが、確かに婆さんは死んではいなかった。先ほどの電撃らしきものを浴びてから数十秒経って、その場に鎮まっていた婆さんの寝息が嫌でも聞こえてきたからだ。

 そして、彼女の銃をよく見れば、それは実に不思議な形をしていた。銃といっても近未来にありそうな複雑なデザインが施された銃で、引き金の上には透明なカプセルが装着されており、その中にやがて白い発光体が現れた。

「……お前、何なんだ?」

「正式にはそこで――『お前達何なんだ?』と聞くのがベストなんでしょうけど、生憎貴方に印象を与えたのは私だけだったみたいだし、仕方ないか」

 ぶつぶつと呟く彼女は、向こうを振り返った。

「アップル、リーフ、エメラルド。――茶番劇は終わり。ここからは交渉タイムよ」

 彼女の声と共に、向こうにいた三人はこちらに向かって歩いてきた。

 いやいや。

 銃を持つ彼女の言う印象というものは、嫌でも与えられてしまった。

「……誰なんだよお前ら」

 一人は――金髪のセミロングヘアに、ニコニコした笑顔をこちらに見せる少女。カラフルなドットバルーンワンピースを着ており、その容姿から考えるに、年齢は銃を持つ少女と同じぐらいか、もしくはその下と見えた。

 一人は――散切りのショートカットヘアに、無愛想な顔をしたつり目の少女。ブルーのシャツにブルーのタイパンツを穿いている。彼女は大人っぽく見えるが、しかしやはり高校生と思えた。

 一人は――いや、何というかとにかく一番印象に残るような容姿だった。手入れをしてなさそうなボッサボサの黒髪は脹脛辺りまで伸びており、顔の半分を前髪によって隠されるといった、まるで貞子を連想させるような、そんな少女だった。青白い肌も特徴的だが、猫背で、歩き方も奇妙なところから、まるで本当に幽霊ような気がしてならなかった。白いTシャツに白いズボンというファッションセンスもまた不気味だった。

 そして最後に、黒いブラウスに黒いミニスカートの少女。ポニーテールによって束ねられた髪は腰の辺りまで伸びている。

 右手に銃らしきものを持った彼女の横に、後ろから歩いてきた三人が並んだ。

 思わず一歩下がる。

 彼女らの威圧感、というよりそこから出されるオーラに気圧された。

「さて、有瀬美里。貴方には私達に協力する義務があるわ。――ここで死ぬか、もしくは私達とゴーストリアン狩りをするか。どちらを選ぶかは自由よ」

 迷わず逃げた。

 踵を返し、俺は振り向くことなく屋根の端に足を進めた。

「待ちなさい。逃げられるとで思ってるの? ――アップル、お願い」

「あいあいさーッ!」

 後ろでのやり取りを気にすることなく、俺は躊躇わずに屋根から飛び降りた。

 先ほどとは違う場所から飛び降りたが、着地地点までの距離が五メートルということに変わりなかった。

 それでも俺は飛び降りた。

 ――ガゲグゴグギ

 一瞬で地面への距離が一メートルほどになったところで、俺の足はゆっくりと地面へと下りていった。

 ゆっくりと、ゆっくりと足が地面に着地すると共に、俺は壁の上を見るなり細道をすぐに抜け、商店街の道路の中へ駆け込んだ。



 逃亡成功。

 そう思っていた俺は約二時間後、大きな問題に関わることを知りもせずにアパートへと逃げていくのだった。

 あの謎の四人組から、逃げるために。

 しかしまさか。

 宇宙規模の問題に巻き込まれるとは――本当に思ってもなかった。

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