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In The Fantasynovel  作者: kurora
第一章
9/20

07話 言葉

 私は、大きな壁に行きあたってしまった。それも一瞬で。

 簡単に事が運ぶとは思っていなかったし、それも覚悟していた。

 でも初めて乗り越えなければいけない壁が山の様に高かった。




――――共鳴歌≪きょうめいか≫


 共鳴歌とは、この異世界に存在する魔法の中で、人間が扱う事の出来ない回復魔法を、この世界の何処にでも存在する精霊の力を借りて使用する唯一の方法。


 歌により精霊に呼びかけ、回復魔法を精霊が行う一見簡単な方法に見える。

 だが共鳴歌はどれも高音域で難易度の高い歌な為、男性には歌えず、女性でも歌えない者も多い。

 更に精霊は歌と心に反応するため、歌い手の精神に大きく作用するのだ。

 たとえ共鳴歌が歌える者が何人もいたとしても、その歌と心が精霊に響かなければ全く意味のない物になってしまうのだ。




「これはあんまりだわ……」


 深夜、ろうそくの明かりで照らされた宿の部屋で私は悩んでいた。

 ……共鳴歌を私は歌えるかどうか。

 通常の歌ならある程度の自信はある。合唱ではソプラノ、でそれに辛いと感じた事は無かった。

 刺激の強い食べ物はあまり好きじゃないし、一時期声優を目指した事もあって喉には気を付けていた。

 だから共鳴歌を習う前までは自身があった。


「でも、共鳴歌を習う前にまず言葉を勉強しないといけないなんて」


――――そう、大きな問題とは言語の壁だった。


 初めて共鳴歌を聞いた時、何故か全く歌詞の意味が理解できなかった。

 ……なぜ歌詞の言葉が理解できないの?

 最初、共鳴歌は特殊な歌だと思っていた。専用の言葉があり、通常では使わない言葉を使用しているのかと思っていた。

 でもそんな事は無かった。それは最悪な展開だった。


「そもそもこの世界の言葉が日本語の筈が無かったんだわ」


 最初から言葉が通じた時、可笑しいと思うべきだった。日本がこの世界の共通語なんて無理がありすぎるもの。


「多分、異世界に召喚された時、もれなく言語の壁をどうにかしてくれる魔法を受けたのね。でも言語の魔法は完璧では無かったって事よね……。」


 独り言をつぶやきながら落ち込む。

 予想以上の高い壁に巡り合ってしまった。

 この異世界で無意識で使っている言葉は日本語では無かった。

 異世界の言葉だった、そして無意識にこの世界の言葉を日本語に翻訳していた。

 でも、意識すると一瞬で違いがわかった、相手の言葉を日本語では無いと認識するだけで、理解不能な言葉に変わってしまう。

 そして同じで言葉は理解できても歌になると、イントネーションやリズムが加わり、無意識下での言葉の自動翻訳が出来なかった。


「この情報が手に入ったのは良いとして、どうすればいいのかしら」


 この世界の言葉を覚えようにも、教科書もなければ指導者もいない。

 完全に独学でしか方法がないのは頭が痛くなりそう。でも此処でめげてはいけない、諦めてしまったらまた目の前で人が死ぬ事になる。


「それだけは絶対にさせない」


 この世界に来て昔の様な生活は一切できない、この世界には元の世界とは全てが違う、そう再確認できただけでも良かったわ。これでまた前に進める。

 もう一度この世界で生き残る決意をして、ろうそくの灯を消した。




「おはようございます! 今日もよろしくお願いします!」


 昨日よりも早く依頼者のもとに着く。私は大きく挨拶をして仕事を始める。

 血で汚れた布を洗い続ける、洗剤の無いこの世界では綺麗に汚れが落ちない、何度も水で濯ぎ、汚れが落ちなくなったら次の布を洗う。

 洗う場所が川でなければ2、3枚洗うだけで水が赤黒くなってしまうだろう。

 川の水が冷たくて手が麻痺しているが手を休めてはいけない、まだ別の作業がたくさん残ってる。でも適当に洗ってしまったら布が傷んでしまう。それは絶対にだめだ。

 たかが布でもこの世界では簡単に入手出来ないし、価値が違う。

 手が真っ赤になって感覚が麻痺した所でやっと水洗いし布を干して作業を終える。


「遅い! どれだけ時間がかかってるの?」

「すみません! 只今終わりました、直ぐに向かいます!」


 今まで、勉強と読書と自作小説の執筆しかしてなかった私にはとても大変な作業だった。

 多分この世界では川で洗濯なんて当たり前の作業なんだろう。

 たとえ日本が政治が上手くいってなくても、私はとても良い環境で育ってきていたと再確認する。

 一度日本の生活の事を忘れて全て一からやり直しだと思わないと精神が付いていけない。

 気を取り直し依頼者の元に向かって走りまた別の仕事に集中する。

 私一人の頑張りでもしかしたら何人もの命が助かるかもしれない。此処で投げ出しては駄目だ。




「はぁこの世界には労働基準法が無いのよね……」


 朝からずっと働き続けて先ほどまで朝日だったはずの太陽が既に夕日に変わっていた。

 忙しすぎると知らずに時間が経過している、そして疲労感も同じだ。力仕事はしなかったが常に走り回っているので足がフラフラしていた。

 本当なら今すぐにでも借りている宿に向かい、身体の汗を流して死んだように寝たい。

 でも向かうのは宿ではなく病院の一室。


「今日も大変でしたね、でもまだ時間はあります、始めましょうか」


 ドアを開けると、一人の女性が私を待っていてくれた。

 そう、昨日私の言葉をききいれてくれた聖歌隊の女性だ。仕事後にわざわざ私に共鳴歌の講師を引き受けてくれた。名前はレーアさんと言うそうだ。


「はい! よろしくお願いしますレーアさん!」

「良い返事ね、じゃあまず共鳴歌の事について貴女はどれくらい知っていますか?」

「共鳴歌の意味とその使用方法の難しさを少し知っているだけです、すみません」


 そう、この世界の共鳴歌についての知識は小説ではあまり語られなかった。

 異世界での日常生活における様々な情報や生活スタイルを詳細に明確に表現しているにも関わらず、他のファンタジー小説と違う独特な設定で有りながら、共鳴歌の説明は少なく、使用者も数人程度しか作中に現れていないのだ。

 その為、私の知る知識は小説の中で説明された少しの知識しか無く、無知と言っても過言ではない状態だった。


「そう、貴女はあまり教会には訪れた事が無いのね。でも今まで戦争が続いていたこの時代、教会に訪れる暇はないかもしれないわね」

「……はい」


 勘違いしてくれたのは良かったけど、嘘をついいている様で少し心が痛い。


「では、まず精霊と、共鳴歌について説明するわね」

「はい」

「この世界には魔力と言う存在が何処にでも存在します。その魔力を統計し管理していると言われているわ」

「……言われている?」

「えぇ、精霊は私達人間には見る事が出来ません、その為精霊がこの世界で何の役割を持っているかは私達には理解できないの」

「では何故この世界に精霊がいると分かっているのですか?」

「それは、共鳴歌を歌うと解るわね。共鳴歌は精霊と共鳴し怪我人を癒し治す歌です。歌うと自然に精霊の存在が感じられるの。その感覚は歌った人にしか分からないわ」

「そうなんですか」

「えぇ、感覚は人によって全く違うわ、私の場合は目の前に暖かな光が現れて包み込まれる感覚ね、他の人は視覚的だったり聴覚的だったりと本当に色々」

「では、共鳴歌を歌う方法さえ人により変わってくるんですか?」

「そうね、だから最初は精霊と共鳴するにはとても難しいわ。精霊の存在を認識できないからね。貴女も知っている通り、共鳴歌は歌と心に共鳴するの。だから精霊がどういう存在か認識出来るまで苦労するかもしれないわ、それで諦めていった人も沢山いるから」


 レーアさんは荷物の中から一冊の本を出した。


「まぁ精霊と共鳴歌についてはこれ位にしておきましょう、ではそろそろ本格的に始めますね」


 レーアさんが本を開き、私には理解できない記号が規則的に並んでいた。


「貴女は、譜面を見た事ある?」

「いえ……これが譜面ですか?」

「えぇ、ではまず譜面を読めるようにならないといけないわね……文字は読めるかしら?」

「はい、文字は……」


 その時に私はこの世界の歌を歌えない事を思い出し直ぐに言葉を修正する。


「すみません、文字は解るのですが、音楽に歌詞を載せるのが苦手で……まずは譜面の読み方と、歌い方について教えていただけると嬉しいのですが」

「そう? 貴女がそういうなら良いでしょう、ではまず譜面の読み方について説明させていただきますね」

「ありがとうございます!」


 譜面の読み方を覚える間に、歌詞を読み、歌える方法を探さなければならないわ……。

 前途多難だけど、大きな壁を少しずつ削り続けるしかない。


「では、この記号の意味を全て説明するから出来るだけ覚えてくださいね」

「はい!」


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